ヤマノススメ セカンドシーズン 第20話 ここなの飯能大冒険 ○
天使が妖精に会いに行った、それだけのはなしw
しかしまあアレだねえ、他のおはなしが必死に帳尻を合わそうと
ハナシを急いで消化している折り返し地点でのんびりと「地元紹介」を
やっている余裕、しかもそれの質の高さと間のうまさときたらないな。
「風呂」とかあんましいやらしい気分がないのが特筆してもよい
天使の1日を観察していたらたまたまそれがあった、という印象
あおいが出だしと終わりで「愛情」についてレクチュアしていて
ここなでそれが実践されるというきまりのよさがすばらしいね
甘たるくなく、でも確実に幸福が訪れる、そういう味だ。
俺、ツインテールになります。 第8話 慧理那、はじめての… △(+)
真面目な娘をえっちぃハナシでからかうとは、わるいやつだ、でも楽しいw
あれですよね「性知識」って人によってマチマチで、進んでいるのもいれば
全然って人もいて、その差が面白いっちゃ面白いね
漫画とかアニメで何のことか分からないアダルト用語が後になって
「ああ、こういう意味だったのか」って気づくことがある
「マスラオのマスせんば若き命がほとばしる」とかなw
総二と慧理那ママが相変わらずワケのわからん会話を熱弁していて、アホかとおもうw
あと、各種怪人の萌えトークも中の人の熱演もあいまって、すごいとおもう。でも、アホだww
でもまあ自分の癖についてアツく人に語るのって、楽しいですよね、理解はされんだろうけど。
甘城ブリリアントパーク 第9話 チームワークが生まれない! △+
「新入社員の為のレクリエーション」ってかんじだわな
夢を売る商売なのに意外と福利厚生がしっかりしている。
ちゅうか「4精霊」とかゴリゴリに押しだしたいキャラなのに
ここまで出番がほとんど無かったのが不思議なぐらいだよね
ハチャメチャな展開にしたかったのなら例の不良妖精3匹+可児江くんで
良かったと思うので、ここで出番を譲ったような印象。
最後の「自分を犠牲にすれば皆が助かる」という福本伸行的ゲームが
なかなか教訓深いかと、でもいっぱしの社会人ならこういう「公共性」
がどういう意味を持つのか、知っていてよいとおもう
こういうのこそ学校で教えるべきことなんだけどね、やらないんだ。
結城友奈は勇者である 第8話 神の祝福 △++
「ブラック企業のアフターケア」ってかんじだわな
ちゅうかハナシの流れがなんとなしに「お国の為に戦う兵隊」の
ハナシにシフトしているのがおそろしくおもう。
ボク達が一番愉しんでいる「いっぱい女の娘がでるおはなし」で
そういう所に踏み込んでいくというのが表現者の矜恃というところかねえ
「先輩勇者」として後輩に向けて訥々と花澤さんが語るのを拝聴するだけで
おそるべき印象の1話になるという、そういう状況だ
ただ、それは「それがやりたいから」という為に急にやりだしたのではなく
準備万端世界観を構築した上でっていう「冷静な恐ろしさ」がある
熱い勇者をくじくモノはKOOLなのだ。
棺姫のチャイカ AVENGING BATTLE 第8話 闘争の鐘 △+
あれですねハナシをうまくまとめる為に主要キャラをひとところに集めて
「格闘大会」で解決するとか、ちょっと昔の少年漫画的な展開ではある
このしっかりしたファンタジーでそれで解決するのはちと勿体ない気もする
「黒いチャイカ」とか、そういう「ハナシの都合」の為にあつらえられたような印象で
それはそれで「操り人形」ともいえなくもないね。
「収集」したモノってのは物語上はほぼ間違いなく「奪われる」ね
なぜならただのインキのしみである仮構のお話において金銀財宝はただの糞で
その場で得られる感覚・経験・そして人間の絆にこそ価値があるという
基本的な顚倒があるからなのね、少なくとも当話はその滋養がたっぷりあったかと
そういう情が通った主人公達がシビュラなんかに負けてたまるか、とおもう
おっと、それは違うハナシかw
デンキ街の本屋さん 第9話
Koijanaino/やあ、調子はどうだい/雪の降る夜 △(+)
いつも紅っぽいひおたんが風邪でいよいよ林檎のように赤い
うつつでぼーっと見るカントクの姿がいよいよ恋するもののそれのよう。
おかゆを作ってもらって帰ったあとの寂しさが的確
オンボロアパートって設定がよいね、じゃなきゃドアが蹴破れなかった。
あと、小さい店舗だと病気とかで急に欠員が出るとそれを埋めようと
別の人が無理をしてその人も倒れてにっちもさっちもいかなくなることがあるね
そしてそういう時にようやくどんだけ頼っていたのかが分かるってとこがある。
蟲師 続章 第17話 水碧む △++
碧(みどり)じゃなくて碧(あおい)と読むこが多くなった今日このごろ
「蟲」が「ありとあらゆるところにいる」って都合上
「水」との繋がりは深いわけで、それに併せて当作品も
それにまつわるハナシは多い、今回はもうそれそのものと言ってもよいぐらい。
水は人に恵をあたえてくれるけど、何かを奪うこともまた多い
そういうある種懐かしい「自然と人間の関係」が物語として編み込まれると
日本人としてはそう、何となく「諦め」みたいな何かとして受け入れざるをえない
って感傷を生む、というかそうでもなければ「子を失う母の悲しみ」なんて
納得がいくものではないのだろうね、だからいろいろなモノを失うことを
「流す」と多くの場合で言うのだろう。そういう「水まわり」を描くことに関して
当作品が卓越しているのは言うまでもない、「闇」と「光」と「水」と
そして「生命」を描くことに卓越しているおはなし―
それ以上の評価ってあるのだろうか。
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