ウィトゲンシュタイン的日々

日常生活での出来事、登山・本などについての雑感。

人の価値は態度で決まる

2011-02-12 18:15:13 | 

あまりにもカタカナ語が多く、ぴすけの「勝手に日本の知の巨頭ランキングベスト3」から落選した
姜尚中(敬称略)。
「勝手に日本の知の巨頭ランキングベスト3」は、姜尚中と入れ替わった天野祐吉に加え
なだいなだ・土屋賢二(このお二方はほぼ不動)の3氏となっていたが
集英社新書『ニッポン・サバイバル―不確かな時代を生き抜く10のヒント』や
本日(2011年2月12日)付の朝日新聞「オーサー・ビジット」欄を読み、再び姜尚中が返り咲き
少々商売の臭いのする天野祐吉がベスト3から外れることとなった。
こんなところでランキングされて、名前の挙がった方々は迷惑この上ないことと思うが
しがないぴすけの「勝手にランキング」であるので、どうかお許しいただきたい


本日付の朝日新聞「オーサー・ビジット」欄には、大阪府立寝屋川高校での
姜尚中が行った授業の一こまが掲載されている。
そこで姜尚中は、「人とのつながり」が生きる力になると語る。
50歳を前に亡くなった無二の友が教えてくれたこととして
姜尚中は、黒板に「創造」「体験」「態度」と3つの言葉を書いた。
さらに最後の「態度」にグルッと〇印を付け、人間の価値を決めるのは
その人が「周囲にどんな態度をとることができるか」ということだと話した。
確かに、どれほど高尚で立派な考えを持っていても、それが実行できなければ
机上の空論、絵に描いた餅だ。
頭の中では品行方正で、行動は品性下劣…というのはあまりないと思うが
頭の中では品行方正のはずでも、周囲との兼ね合いで長いものに巻かれ態度が伴わないというのは
集団の中の微妙な関係に一喜一憂しやすい人なら、よくあることなのではないだろうか。
人間の「態度」が揺れ動く時は、決まって集団の中にいる時だ。
しかもたいていは我が身の保身からスタートする。
姜尚中は、「他者に対する寛容・受容」の精神を集英社新書『ニッポン・サバイバル』の第4章で
友達との関係性において述べているが
「態度」を第1とするならば、ぴすけは「自己に対する自制・自省」の精神を説きたい。
「(他)人に寛容な社会」より「自分に厳しい社会」を、と説くのは、なだいなだの受け売りだが
(上述のなだいなだの出典に関しては、調査中。わかり次第掲載する。)



集英社新書『ニッポン・サバイバル』では
「友達を見れば、その人がどんな人であるかわかります。
 その人と人間的に同等の友達しか持てないのです。」
と述べている。
さらに姜尚中は、50歳を前に亡くなった無二の友を「畏友(尊敬できる友達)」であったとし
彼が亡くなってしまったことは辛く、大きな喪失感があり
もう親友と呼べる人はできないだろうとも記している。
年齢を重ね、経験を重ねて、人格的に成長すればするほど
自分と人間的に同等の友達を見つけるのが難しくなるのは、ぴすけも実感するところだ。
ま、そもそも「友達」の定義は人それぞれ違うと思うので
ぴすけには「そんなことをしたり言ったりする人間は、友達でもなんでもない」と思える間柄でも
ほかの人にとってはりっぱな友達だということもあり得るのだ。


人の価値は態度で決まる。
特に政治家に聞かせたい一言だ(聞かせても効かないか)。



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