NHKが、昨秋に津軽のイタコ、いわゆる「カミサマ」を舞台上で演じた奈良岡朋子の稽古風景にカメラを密着させた。奈良岡朋子といえば、かつてはテレビドラマのバイプレーヤーとしては不可欠な存在であったが、現在の露出頻度はそれほどではない。大河ドラマ『篤姫』のナレーションは印象深かったけれども、宇野重吉の愛弟子である彼女は現在、所属する劇団民藝をもっぱらメインの活動領域としているようである。
映画史的には、演劇集団円の芥川比呂志と恋人役で共演した黒澤明の『どですかでん』(1970)がもっとも大きい。しかし、鈴木清順の最高傑作のひとつ『すべてが狂ってる』(1960)もいいし、島津保次郎1937年の名作を斎藤武市がリメイクした『浅草の灯』(1964)では、オリジナル版で坪内美子が演じた役を演っていたのも捨てがたい(作品としては、島津版のほうが比べものにならないくらいに優れているが)。
今回の彼女の稽古風景を見ていて興味深かったのが、いわゆる「リアリズム演劇」の申し子である彼女が、徹底的に形から入っていく演技の探求方法を模索していたこと。サイコロジカルに役に接近するだけでなく、顔の向き、上げ下げのタイミングなどアクションのディテールを、パート譜のテストのように何度も何度もやり直し、修正を施し、それを身体にすり込ませていく。よく小津演出が「気持ちなし」で形式を追究していた、という証言をいろいろな本で読むことができるが、今回それに近いものを感じ、蒙を啓かれた。
映画史的には、演劇集団円の芥川比呂志と恋人役で共演した黒澤明の『どですかでん』(1970)がもっとも大きい。しかし、鈴木清順の最高傑作のひとつ『すべてが狂ってる』(1960)もいいし、島津保次郎1937年の名作を斎藤武市がリメイクした『浅草の灯』(1964)では、オリジナル版で坪内美子が演じた役を演っていたのも捨てがたい(作品としては、島津版のほうが比べものにならないくらいに優れているが)。
今回の彼女の稽古風景を見ていて興味深かったのが、いわゆる「リアリズム演劇」の申し子である彼女が、徹底的に形から入っていく演技の探求方法を模索していたこと。サイコロジカルに役に接近するだけでなく、顔の向き、上げ下げのタイミングなどアクションのディテールを、パート譜のテストのように何度も何度もやり直し、修正を施し、それを身体にすり込ませていく。よく小津演出が「気持ちなし」で形式を追究していた、という証言をいろいろな本で読むことができるが、今回それに近いものを感じ、蒙を啓かれた。