荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『白鯨との闘い 3D』 ロン・ハワード

2016-01-17 12:46:07 | 映画
 この映画は、まだデビューしたばかりの小説家ハーマン・メルヴィルが1850年代のある晩、マサチューセッツ州の船宿に元漁師を訪ね、金銭をはずんで小説の元ネタを求めるところから始まる。これがのちの『モビー・ディック(白鯨)』である。漁師の経験談が小説となり、映画となる。物語の内容は純然たる海洋ロマンであるが、これを受容するわれわれ21世紀の観客は何を受け取るべきなのか。聖なる怪獣モビー・ディックの前にあえなく敗走する漁民たちの無残を通じて、日本やノルウェーなどの現代に残存する捕鯨国に圧力をかけたいのか。それとも、反捕鯨のオピニオンを形成する側がとっくに拭い去ったかに見える、過去の罪状を告発するものなのか。
 1975年の『ジョーズ』に端を発し、同じくピーター・ベンチリー原作の『ザ・ディープ』(1977)、あるいはエンニオ・モリコーネの堂々たる劇伴以外は『白鯨』の稚拙な焼き直しに終わったリチャード・ハリス主演の『オルカ』(1977)など、1970年代に海洋ロマンが流行った時期があった。そんな傍流的映画史の上に、ロバート・ゼメキス『キャスト・アウェイ』(2000)、アン・リー『ライフ・オブ・パイ』(2013)など近年のVFX技術による精緻な遭難ものの成果を付け合わせて、今回の一大パニック叙事詩を、名手ロン・ハワードが作りあげた。
 何よりすばらしいのは豪快な撮影であるが、前作『ラッシュ プライドと友情』(2014)に引き続き、アンソニー・ドッド・マントルが撮影監督をつとめる。『スラムドッグ$ミリオネア』ほかダニー・ボイル作品、『アンチクライスト』ほかラース・フォン・トリアー作品でも知られるイギリス出身のマントルが、苛酷な試練に遭う捕鯨船エセックス号の船体を微に入り細に入り撮りまくる。そして水しぶきをかぶって悲鳴を上げる船舶の部分を切り出して見せる。嵐や海獣の襲来。3D画面に食い入る私たちは、監督のロン・ハワードになり代わり、「もっと回せ!」と甲板上の撮影クルーたちに命じてまわるだろう。カットの連鎖は『ラッシュ プライドと友情』の、富士スピードウェイにおける大雨のレースと同じような緊迫感を醸す。
 本作は、いまなお続く商業捕鯨に対する叱責というよりも、鯨油~石油~原子力と変遷してきたエネルギー供給のヘゲモニーを、象徴主義的に再提示したものであろう。幕末日本にペリーの黒船が来航したのも、もともと捕鯨産業の補給基地欲しさゆえだったではないか。作品の中盤で、主人公たちの乗る捕鯨船エセックス号が火事につつまれ、焼け落ちていく。絶対的価値観が崩落していくのを、人間はただ眺めるばかりである。エネルギーの終焉が画面に描かれる。つまり、エセックス号の崩落は、チェルノブイリと福島第一なのだ。われわれはそれを呆然と眺める。クリス・ヘムズワースとベンジャミン・ウォーカーの2人と共に、金鉱や油田など、アメリカ映画史における一攫千金を狙う男どもの果てなき夢、そして古典的な呉越同舟とが辿られたのち、現代に通じる示唆的な後日譚に続く。それを見届けるべきだろう。


1/16(土)より丸の内ピカデリー(東京・有楽町マリオン)ほか全国で公開
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