さじかげんだと思うわけッ!

日々思うことあれこれ。
風のようにそよそよと。
雲のようにのんびりと。

四十八

2007-05-29 22:54:41 | 『おなら小説家』
恵美が戻ってくるまで、あと二日。
草田男は、未だに自分の納得のいく文章を書けずにいた。原稿の締め切りも、近づいてきていた。
この一週間、満足に寝ていない。目をつぶれば、漠然とした不安が視界を覆い、うなされて起きることも珍しくはなかった。
そんなときには喉がからからに乾いて、水を飲んでも乾きは癒えない。
何をするでもなく机に向かい、じっと目をつむり考える。
話の展開を、ではない。自分の文章の、真の美とは何かを、考えるのである。

その日も、うなされて起きた。
時計は午前3時半を指している。今日はもう、これ以上眠れそうもない。
かといって、いつも通り机の前に座っていても、前進は望めそうもない。
草田男は服を着替えて、家を出た。
どこに行く当てもない。しかし、歩いた。
かれこれ、どれぐらい歩いたか。時計を見れば、5時にならんとしている。もう始発の電車が動き始めてもおかしくない時間である。
草田男は、自分が今どこにいるかを確認すると、最寄りの駅に赴いて、出発しようとしている電車に飛び乗った。
上りか下りか、それすらわかっていない。
草田男には時間がなかった。しかし、時間を惜しんでいる暇はない。
明日には、恵美が戻ってくる。
それまでに自分の感性を取り戻さなければならない。

草田男の乗った電車は、東京を出て神奈川を抜け、静岡へと入っていった。
熱海の名を聞くと、草田男は飛び降りた。
考えなど、ない。
しかし、草田男の足が自然と動いた。動いて、飛び降りたのであった。

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