かずこの想い

日本共産党区議会議員ぬかが和子の日々の出来事や想いを綴るページ

着物姿で名刺交換会に参加

2012年01月05日 | 区政全般
今日は写真満載です!
新年くらいは着物を着たい!と年末から計画。着付けは近くの知り合いの方が「喜んで!」と引き受けてくれました。
その方のお宅へ大荷物を抱えて、お店を広げたところ

寒い一日でしたが、長襦袢やお腰や肌襦袢…身体に次々といろいろなものを着込むので暖かかったです。

次々と着付けをしてくれました。

   
私も伝統文化とか、日本の古き良きものは大好きです。寺社や伝統文化を大切にするという点でも、実は真の愛国者は日本共産党だと思っているのです。
   

このお宅は書道の先生もしていらしたので、立派な書がありました。

 
着付けの仕上げの段階です。


着付け終了で記念写真。
   

早速車を自分で運転して区役所へ。控室でも記念撮影。
 

名刺交換会の前に、出初式です。
   

同じく和装の針谷議員といっしょに撮影。
今年は団長・幹事長そろって和服です。

 
普段和服とは縁もゆかりもない私ですが、大昔、祖母の影響で日本舞踊を習っていた時期もありまして、所作は苦労はしませんでした。しかも、着付けをして下さった方が上手で、苦しくもなく、着くずれもしないで過ごすことができました。「脱ぎたくない」と思うくらい、心地よく暖かかったです。本当にありがとうございました。
手描き友禅絵師だった伊藤和彦議員から「いいもの着ているね」といわれたので着物のうん蓄もわからない私はホッとしました。

名刺交換会の始まりは、恒例の江戸消防記念会のみなさんの木遣りです。

     
木遣は、もともと労働歌の一つ。1202年(建仁2年)に栄西上人が重いものを引き揚げる時に掛けさせた掛け声が起こりだとされる事があります。掛け声が時代の流れにより歌へ変化し、江戸鳶がだんだん数を増やした江戸風を広めていったといわれています。本来は、読んで字のごとく木を遣り渡す(運ぶ)という意味ですが、威勢のいい町火消のお兄さん達に唄われる唄のことです。もともとは大木など運び出す時、その力を一つにまとめるための掛け声、合図として唄われたものでした。
このように作業唄であったものが、寺社や家などを建築すること自体が慶事であったことからおめでたい唄として唄われるようになりました。
江戸の中期ごろには鳶職人の人達の間で盛んに唄われていたそうで、そのうち町火消が鳶職人を中心に誕生したため、木遣り唄も自然と町火消の中に溶け込み、受け継がれていったといわれています。江戸消防記念会の資料によると、地曲・くさり物・追掛け物・手休め物・流れ物・端物・大間など8種110曲があるようです。
この木遣り唄を大切に受け継いできた町火消の姿、それが今でも受け継がれています。






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