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野沢尚と「履歴書」

2004-07-02 | diary
以前、脚本の勉強をしていたときに、講師の先生が
「物語の登場人物の履歴書を書いてきてください」
と言った。

ホンの中の人物の背景の詳細を自分の頭の中に明確にするために、
それまでの経歴や思い出を、ひととおり書いてみるといいという。

私はその授業をサボっていた。
ホンは人物じゃない、構成だ!と信じていた。
人を感動させるのは、生理的に快感を感じるテンポとクライマックスがある作品であって、
人間の細かい性格付けには意味がない。
どこかでそうやって否定していたのかもしれない。

その考えに固執した結果、私は本当の物語の作り方を見失った。
何を書いても、満足がいかず、他の講師に
「君は、一体何を書きたいんだ?」ともいわれた。
それは、自分にも分からない質問だった。

野沢尚が亡くなったと知って、私は大げさに言えば血の気が引く心地がした。
自殺と言うものに特別な感情があるからかもしれない。だが、何故死ぬ必要が? どんな理由があったのだろうか。

物語の登場人物の履歴書を書く、というアイディアは、
実は元々野沢尚がやっていたことだった。
そのことを思い出した時、私は彼が背負っていた、
たくさんの作家が背負っているだろう重さを感じ取ったような気がした。

人の一生を作り上げる…それは自分の人生だけでなく、
生きたことのない別の人生を同時に生きているのと同じ辛さがある。
これは、素人の私にも分かるのだ。
その、複雑な作業を毎回欠かさなかったという彼の真面目さを考えると、
なんだか、それだけで辛くて仕方なくなってしまう。
授業をサボった私は生きたことのない人生と向き合うのが怖かった。
例えば「白い巨塔」を自分が書いたとしたら、ノイローゼになってしまうかもしれない。
そう真剣に思った。
それぞれの人生を自分で生きてみるなんて、強くなければ描けないことだ。

もしかしたら、野沢さんは、自分自身では書くことの出来ないはずの未来の自分の履歴書を、
思わず書いてしまったのかもしれない。
だが、野沢さんが亡くなった理由はやはり分からない。本人しか分からない。
誰かが分かっていればこんなことにはならなかったのかもしれない。
私には、やはり人の履歴書を想像することが、出来ない。

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