世界の彼方此方へ行きたい

気ままな旅の様子を綴っていきます

マグロの大間へ(2014青森no9)

2014-10-25 | 東北

 

 下北半島の、そして恐山山地の最高峰釜臥山(878m)がホテルから眺めたそこにありました。360度パノラマ展望台もスキー場もあるそうですが、この写真には見えていませんが(恐山からは見えました)なんといっても航空自衛隊のレーダーサイトがあること。どこかの国から飛んでくるかもしれないミサイルに備え、日本の安全を守っているのでしょう。昨日ガイドさんが言っていた「青森の基地には屈強な隊員が集まっているんですよ」と。

 むつ市から国道279号「はまなすライン」を走って大間の町にやってきました。お待ちいただいていたガイドのお母さんに「活!」を入れられてから観光開始です。 

 「大間」といい岬とは呼ばないらしい。左の弁天島に白黒の「大間灯台」その奥はわずか17.5kmで北海道は函館。右端に「ここ本州の最北端の地」の碑が見えます。

 

 ガイドの元気いっぱいお母ちゃんと記念に一枚。ことわざが言っている「板子一枚下は地獄」と。漁師の母ちゃんはこれでなければ・・・と思ってしまった。とにかく元気と朗らかさ活力がいっぱい。大漁旗は「第八春照丸」ひょっとしてその舟の女将さん。 

 この文言が 日本海軍特務艦 豊国丸戦死者慰霊碑に書かれていました。いつこれが建立されたのか裏に回って見ませんでしたが、碑には内閣総理大臣福田赳夫と彫られていました。時の教育の善し悪しはともかくとして、当時の兵隊さんの大部分(?)は「お国のため」といって、戦地に赴いたと教えられたつもり。 たぶん日本国中こうした慰霊碑はあちこちにあることでしょう。ではと私は思ってしまうのです。戦争を陰で支え、爆弾や砲弾に撃たれてしまった一般人を慰霊する碑はどこかにあるのでしょうか。沖縄平和公園のことは承知していますが、「靖国靖国」とあちらこちらから言われています。でも大空襲を受けた東京に、その災を受けた民間人を慰霊する日というのがあるのでしょうか。この慰霊碑に違和感を覚え、いらぬ妄想にとりつかれてしまうのでした。

 啄木の歌碑が3基。まだ新しいようだ。「東海の小島」とはどこだ。どこで蟹と戯れたのだ。ここで歌ったのだと大間ではいっている。いやいや函館だ、などなど諸説あるらしい。 

 天日干しの昆布がいっぱい。マグロと並ぶ大きな収入源だといいます。お仕事中のお父さんに聞いてみました。三種類の昆布が干してあるという。どこがどう違うのかわかりませんが使途、用途が違うのかもしれません。天気と相談しながらの大変なお仕事でしょう。


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