言葉は善悪を対称化した。
ここに善悪を絶対化する神が作られた。
神は言葉が生み出した嘘や妄想である。
日常語の世界には、神は存在しない。
*
日本では、善悪の入り乱れる現実に、気持ちを安らかにする仏を作った。
これで生きることを良き心地にした。
だがこれも嘘や妄想である。
*
作用と反作用の予定調和を生きれば、神は必要ない。
心を安らげる仏も要らない。
反作用を無視して、作用だけにいいこことを求めたために、神や仏が必要になった。
*
現実が沢山の神を作り出した。
神は互いを排除する。
神が善悪と支配する絶対者となったからだ。
*
キリストの愛は、イスラムを愛することができない。
イスラムの気持ちは、キリストを受け入れない。
仏の安らぎは、キリストの愛と両立しない。
こんな問題は言葉が作った嘘や妄想だ。
*
神同士が喧嘩をし、殺し合いまでする。
神が絶対者だからだ。
これは言葉の作った嘘や妄想だ。
*
神は真偽不明である。
ある種の神が正しいという証明は出来ない。
他の種の神が、間違っていることも証明できない。
神は嘘や妄想であるからだ。
これがゲーデルの不完全性定理だ。
ここに善悪を絶対化する神が作られた。
神は言葉が生み出した嘘や妄想である。
日常語の世界には、神は存在しない。
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日本では、善悪の入り乱れる現実に、気持ちを安らかにする仏を作った。
これで生きることを良き心地にした。
だがこれも嘘や妄想である。
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作用と反作用の予定調和を生きれば、神は必要ない。
心を安らげる仏も要らない。
反作用を無視して、作用だけにいいこことを求めたために、神や仏が必要になった。
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現実が沢山の神を作り出した。
神は互いを排除する。
神が善悪と支配する絶対者となったからだ。
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キリストの愛は、イスラムを愛することができない。
イスラムの気持ちは、キリストを受け入れない。
仏の安らぎは、キリストの愛と両立しない。
こんな問題は言葉が作った嘘や妄想だ。
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神同士が喧嘩をし、殺し合いまでする。
神が絶対者だからだ。
これは言葉の作った嘘や妄想だ。
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神は真偽不明である。
ある種の神が正しいという証明は出来ない。
他の種の神が、間違っていることも証明できない。
神は嘘や妄想であるからだ。
これがゲーデルの不完全性定理だ。