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ADD?傾向のある塾教師がADHDやアスペルガー症候群の子にどうかかわり教えたらいいのか模索していくブログです。

番外 ひっくり返ったがんもどき

2008-04-28 08:23:17 | 番外
私の父は、以前の記事にも書いた通り、
粗暴で困った人ではありましたが、
気持ちが優しく、ユーモアがあって、話し上手な一面もありました。
私の父のことを、周囲の人はよく、「芸能人」に似ていますね…と
評することがありました。
若い頃は石原裕次郎にそっくりだと言われ、
年を取ってからは、北野たけしと梅宮アンナの父を足して2で割った
ような感じに見えるそうです。
機嫌が良いときの父は、
子どもの頃の話を、面白おかしく、
時にはしんみりとしてくれるときが
ありました。
そんな話のひとつで、心に印象深く残っているのが、
「ひっくり返ったがんもどき」の話です。

父は兄や姉のたくさんいる子沢山の家に生まれたようです。
でも実際に父が何人きょうだいであるのか、私は詳しく知りません。
一方的に自分の話したいことを話す父の話は、
どれもバラバラのパズルのピースのように断片的で、
何年たっても肝心の部分がわからないところもあるのです。

父の家は豆腐屋を営んでおり、
ペットなのか食用なのかわからないたくさんの動物…
やぎやら、にわとりやら、たぬきやらを飼っていたようです。
そんなごちゃごちゃした家には、
変わり者で乱暴な父親や
頭の良い美人の姉や、
知恵の遅れた兄など、さまざまな人が暮らしていたようです。
くわしいことはわかりませんが、今で言う知的障害であったろう兄は
ゆりちゃんという女の子のような名前でした。
近所の幼い子からもからかわれ、ばかにされ、
当時の父にはふがいない兄であったようです。

そのゆりちゃんは、いつも乱暴者の父親のもとで、
豆腐屋の手伝いをさせられていたようです。
そのころは、子どもが家業を手伝うのは当たり前で、
父も学校から帰ったら、
揚げ終わった厚揚げやがんもどきをならべさせられたり、
使いっ走りをさせられたりしていたようです。
そんなときにも、覚えが悪く手先が不器用なゆりちゃんは、
始終父親のげんこつをくらったり、
どなられたりしていて、
父は要領よく立ち回りながら、びくびくしていたようです。
父は何も言っていませんでしたが、もしゆりちゃんが、
この厳しい父のもとから逃げ出したいと思った日には、
乞食しか、今で言うホームレスになるしか、
生き方が残っていないように感じていたふしがあります。

あるとき、ゆりちゃんと二人で、店番をさせられていた父は、
慌てていて、がんもどきの入っていたケースを、床にぶちまけてしまったそうです。それは、うっかり1個落としてしまっても、殴られる、
大事な商品でした。
が、箱ごとひっくりかえした…となれば、
検討もつかないような損害です。
父親がどれほど怒るものが、想像すらできなかったでしょう。
殺されてしまうかもしれない…と感じたかもしれません。
すると、いつもはぼんやりで、
頭の働きが悪そうなゆりちゃんが、
「おれがひっくり返したことにするから、何も言わんでいい。」
と言ったそうなのです。
その後、ゆりちゃんは、殺されるほど、父親に叱られたそうです。
でも、決して、本当のことを言おうとはしなかったそうです。

父はあったことを話すだけで、自分がどう感じたのか…
といったことは、いっさい話しませんでした。
が、時々、思い出したようにこの話をしていました。

父は非常に毒舌で、いやみや皮肉を言わない日はないくらいでしたが、
知的障害かと思われる人と、ホームレスの人の悪口だけは、
決して言いませんでした。
母と結婚して間もない頃、
橋の下で、凍えているホームレスの人を見たとき、
まだ買ったばかりの布団の一式を
橋の下まで持っていってしまい、
母が大変な思いをしたことがあります。
父を突然、そういった行動に駆り立てたもの…は
ゆりちゃんという兄との思い出だったのかもしれません。
 
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17 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (riko)
2008-04-28 13:39:18
なんだか胸の中が暖かくなりました。
色々な気持ちがふくらみます。

学生の時、療育のスタッフ(先生)の知人にくっついて子供たちと遊びました。
重度の子にどう接していいか分らず固まった私に「ぎゅっとだっこしてごらん かわいいよ」と。
だっこして床をゴロゴロ。病気があるなんて本当に忘れました。 体が楽しい。 不思議でした。
自分の子供だとそんな気楽なことは言えませんね。
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Unknown (PROUD)
2008-04-28 17:29:37
なおみ先生の優しさの原点は
ゆりちゃんや、お父様、お母様から受け継がれているんですね。
覚えられない、要領がよくない分
ゆりちゃんは物凄く頭のきれる方なんですね。
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涙が出ました (みり)
2008-04-28 19:32:02
こんばんは。こちらには初めて書き込みをさせて頂きますが、
いつも心温まるお話を聞かせて頂き、感謝しております。
今日のお話には、涙が出てしまいました。
ゆりちゃんの思いやりと勇気はもちろん、先生のお父様の
あったことだけをポツリと話される様子、そして
何も語らず、思うことを行動に移された所にも感動しました。
(心の中では色々な思いがおありだったのでしょうけれど。。)

私も先生の優しさは、お父様お母様から受け継がれていると思いました。
それと先生の、色々と困難に思える出来事を恨まず、
前へ進む材料にされているところもとても尊敬しています。
このような先生に教えて頂けること、本当に有り難く思っております。
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rikoさんへ (なおみ)
2008-04-28 19:52:50
コメントありがとうございます。
>だっこして床をゴロゴロ。病気があるなんて本当に忘れました。 体が楽しい。 不思議でした。<
重度の子と接していると、本当に病気があるなんて忘れてしまうときがありますね。私は重度の子のそばにいると、いつも心と心で話が通じ合っているような感じがするときがあります。
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PROUDさんへ (なおみ)
2008-04-28 20:28:55
コメントありがとうございます。
ゆりちゃんは、頭の知能では足りない部分もあったのでしょうが、心の知能は高い方だったんでしょうね。
そうした人といっしょに過したというだけで、わがまま勝手な父も、何か大きなものを得ていたのだと思います。
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みりさんへ (なおみ)
2008-04-28 20:36:27
コメントありがとうございます。
書いている私も涙が出てしまいました。
父はふだんあんまり近くにいたくない迷惑な性格の持ち主ですが、自分の歴史と考えを持った血の通ったひとりの人でもあるんですね。
最近はひ孫ができて、2歳のおちびさんに、それはなつかれています。父がトイレに入るだけで、「じ~じ~!!」と絶叫されているんですよ。
生きていたら、いろんな人間関係が生まれるものだと、もうびっくりして眺めています。
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Unknown (せいじ)
2008-04-29 07:35:43
不思議な魅力のあるお父さんだったのですね。

驚いたのはうちの父やその実家とよく似ていること。兄弟も多いし、よそのおばあちゃんを預かってお世話していた時期もあるし、動物もいつも色々いました。(さる、ヤギ、犬、猫、鶏…)そして、もめごとの絶えない家です(^^;)

皆それぞれに家族思いなのになぜかうまく歯車が噛みません。父の父は明らかに暴力的な人で怒声もすごかったです。でもお花が大好きでこまめに世話をして、動物に優しくて、困った人や社会的弱者にも優しかった。そして信心さんで毎日神棚に家族一人一人の名前を言ってその日の無事を祈っていました。複雑な性格です。うちの父もじいさんにそっくりで、子供のころはうっとおしくて嫌いでした。(仕事柄家にあんまりいないので助かりましたが・・・)

最近はなぜか許せるように。それなりに人も助けたし家族にあたりは悪かったけどもうええか…って。自分は子供のころに大リーグボール養成ギブスをつけられた環境で大きくなったんや…と思うことにしています。打たれ強くなりましたよね。

うちの父はまだまだ人間ができていないようでこの前はたんぷーとうーたんを車に乗せて遊びに連れて行ったのですが、静かにさせるために渡したキャラメルの包み紙を車の中に食べ散らかしたのが原因で激怒りしていたそうです…ま、ええか。孫を遊んでやろうという気になっただけでも良しとしようか…。ひ孫くらいになるとなおみ先生のお父さんみたいに丸くなるでしょうか…(^^;)
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せいじさんへ (なおみ)
2008-04-29 08:40:19
コメントありがとうございます。ひ孫の代で丸くなった…というより、このひ孫が、アダムスファミリーに生まれた赤ちゃんみたいにたいした子で、大人もビビルような声で怒鳴られても笑ってるんですよ~!!
顔も父とそっくりで、誰もが認めるハンサムくんですが、食事時間が1分でも遅れると、ベビー用のテーブルを壊さんばかりにバンバンたたいてほえます。年中だっこを要求するくせに、甘える相手ビシバシはたきます。その愛らしい姿に、家族は、「やっぱり血ってこわいね~」うなずきあっています。

せいじさんのご実家と似ているんですね。そういえば、うちの父も田舎では警察に勤めていたみたいです。都会に出てからは、お金になる荒っぽい仕事ばかりしていましたが…。
大リーグボール養成ギブスをつけられた環境で大きくなるって…そのまんま私も感じていたので、笑えました。普段、元気なときは、揉め事の耐えない実家の調整役をしている私ですが、さすがに長女を出産した直後は、実家のごたごたが神経に響いて、まだフラフラする身体で娘を抱いて、実家から退散しましたよ~。
それにしても、静かにさせるための道具で、激怒りに発展するとは、せいじさんのお父様も「よきじ~じ~」への道のりは、まだまだ続く模様ですね。
どうぞ長生きして、お孫さんたちとたくさん過してくださいね!
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やはり教えなくても発達する (Hbar)
2008-04-29 09:35:37
ゆりちゃんというなおみさんの伯父さんの話は現在の教育システムが間違っているという事を改めて実感しました。
戦前において教育勅語に代表される修身教育と稼業の手伝いの2つの柱がゆりちゃんにお父さんを庇う言葉を吐かせたのだと思います。ゆりちゃんはその置かれた環境で智慧における自然治癒力によって育まれた心に恵まれたように思います。所謂智慧遅れの人も大人になれば常識程度の事は分るようになるものです。発達障害者に対する養育の大きなヒントになりますね。
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Unknown (ちえこ)
2008-04-29 13:55:55
美談?に水を差すつもりではありませんが、
ゆりちゃんの立場からすると、途中で弟に
「実は、自分がやったのだ」と名乗り出てほしかったかもしれませんね。
その後の人生観にも影響しそうです。いろいろ難しいですね・・。
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