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「生き辛さ」を抱えて生きるということ

2009-09-28 19:13:06 | 番外
大人になって、自分は発達障害ではないかと疑いを持ちました……とおっしゃる方々からコメントをいただくことがあります。
そうした方のコメントは、いつもとても深い洞察を含んでいます。

発達障害児を育てる親御さんのコメントとは少し異なる
「生き辛さ」を抱えて生きるということを自分で経験してきた方の
生の言葉です。

発達障がいを持った子を育てていると、
どうやって普通に近づこうか、困った癖をやめさせようか、
ひとつでも何かできることを増やそうか、自立への道を歩ませようか
とそればかりで頭がいっぱいになってしまうかもしれません。

少しでも生きやすくなるためにそうした支援は必要ではあるけれど、

実際、「生き辛さ」を抱えて生きている当の本人にすれば、
何が何だかわからない
安心できない世界から、毎時間毎分、
ダメな自分、できない自分、
足りない自分、変わらなくてはならない自分を
つきつけられて、

自分を信じる
自分を受容する

という人として生きていく基盤となるような部分が
いつもぐらついた状態で、
生きていることが周囲に対し申し訳ないような思いまで抱きながら暮らしているのが現状です。

運動オンチの人がオリンピック選手を養成する体操クラブに入れられれば、
たとえ、バカにされたり、期待されたりしなかったとしても、
周囲のようにできない自分に自信を失い、
苦しみを感じて生きるようになりますよね。
発達障がいを持って生きるということは、支援を受けていても、優しくされていても、
挫折感とコンプレックスと疎外感と誤解される悲しみと絶えず向き合いながら
それを受容し、呑み込んでは、
一歩、一歩、前に進んでいく作業です。
障害特性ゆえに苦しい、感情がコントロールできないという事実とは別に、
現実がむごすぎて、
苦しくて、感情がコントロールできなくなるのです。

それでも一生懸命、生きている子がいて、
そうした苦しい受容を途方もないほど繰り返しながら、
大人になって、一生懸命生きている方がいます。

私たちは、自分が持っている「ふつう」という固定観念と比べて、
経済的に自立しているかとか、
社会的に認められているかとか、
人間関係が上手にこなせているか、
とかで人を比べたり、評価したり、人を社会のお荷物とみなしたりします。

でも、もし、人類というひとつのまとまりのなかで、
何割かの人が、
必ず 自分たちが過去に汚した環境の影響をかぶって
障害を持って生まれる役を引き受けなくてはならなかったり、
誰かは必ず、進化しようとする遺伝子の影響で、
ある部分だけ特化した
生きずらい生を引き受けなければならないとしたら、

人類が自分も含んで確率的に持っているもののひとつを
引き受けてくれた人に対し、
あれこれ比べたり評価するというのはどうなのでしょう?

そうした生をバカにする人や、変わるように急かす人が、
なら次は自分がそうした苦しい生を引き受けて、
最後まで生き抜きます~と簡単に言えるのでしょうか?

こうした生き辛い生には、苦しみとひきかえに、
ひとつのすてきなプレゼントが用意されています。

ジョージア州に、成功者と億万長者を20年間調べ続けて、
自分もその仲間入りをした方がこんなことを
おっしゃっています。

『人とちがうことは利益をもたらす』
トマス・J・スタンリー

人が褒めてくれるような長所は、意外に、利益をあまりもたらさないのだそうです。なぜなら誰もがあこがれる見栄えの良いところには、
人が群がって競争が激しくなるからです。

『戦って勝つのは下策。戦わずに勝つのが最上』と孫子も言っています。

本田宗一郎は、

『私は世間でいう゛悪い子゛に期待している。なぜかといえば、そういう子どもこそ ゛個性の芽生え゛を持つ頼もしい可能性に満ちた本当の意味での
゛いい子゛なのである』

『失敗もせずに問題を解決した人と、十回失敗した人の時間が同じなら、
十回失敗した人をとる。
同じ時間なら、失敗した方が苦しんでいる。それが知らずして根性となり人生の飛躍の土台となる』

と語っています。
生き辛さは、このように、きちんと生き抜けば、それだけで価値があるものなのです。


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15 コメント

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Unknown (onocching)
2009-09-28 23:14:20
ご存知の方も多いかと思いますが、

素敵な詩をみつけたので、URLをコピー

しておきますね。

http://www.nmt.ne.jp/~yukya/mamxi-f/tennshi.html

どうか、少しでもお役に立てますように。

Unknown (はちboo)
2009-09-29 13:29:24
『人とちがうことは利益をもたらす』
とっても素敵な言葉ですね。
私の心の中にとっても刻まれました。

ウチの息子もいろいろまわりより遅れていることばかりなので、まだ私は心のどこかで比べたりしていることが多かったように思います。

息子が素敵な友達にめぐり合えればいいな~っと虹色教室のブログにであって思えるようになりました。

これからも応援しています。
生き辛さ。 (ひろ)
2009-09-29 14:07:45
今年の7月、私はWAIS-IIIテストで「ADHD」の診断が出ました。
診断結果によると、
【「聴覚情報」を「視覚情報」に変換して頭の中で整理する特徴があり、それは「聴覚情報」を一度に多く記憶することや、整理すること、同時にいくつかの作業を効率よく、すばやくこなすことは得意ではないことが示されました。また、物事を”細かく見ていく””要素に分けて考え、統合していく”という作業に不慣れなことが示されました。】
とありました。

検査結果が出る前も出た後も、生き辛さは全く変わりありません。
でも、自分の中でとても大切な部分が変化したように感じます。
私の場合、ADHDの症状は、「出来ることと出来ないことの差が激しい」と同時に、同じ作業をひとつ取ってみても「出来る時と出来ない時の差が激しい」という特徴があります。
そんな、波が激しく、つかみ所がなく、出来る人と出来ない人との周囲からの評価がバラバラで、いつも混乱している自分のことが、だーい嫌いだったのですが・・・、だんだんと理解してあげられるようになってきたのです。
「言葉以外で受け取る自分の感覚」を信じられるようになった結果、得た副産物は、「自尊心」というものでした。
今まで「自尊心」の意味が分からなくて長い間苦しんでいました!
頭で分かっていても心で分かっておらず、人に聞いたり、ネットや本で必死で意味を探し続けたり・・・。
[自分の感覚を信じる]ということ。
”な~んだ、それで手に入るものなんだぁ~。”と今は納得したのでした♪
メデタシ、メデタシ☆

・・・では終わりませんでした。
「自分の感覚を信じる」ということによって、腑に落ちていないことを見過ごすことができなくなってしまいました。
TVの「おかあさんといっしょ」に障害者といわれる子供が存在していないのは、なぜ?
ジャニーズの中に、障害者といわれている人間がいないのは、どうして??
世の中に一定数存在しているのは事実なのに、TVの中では排除されているということ。
それを何の疑問を持たずに、のほほーんと見ていた私。
当たり前すぎるほど、当たり前なこと。
どうして今まで見過ごしてきたんだろう。。

毎日色んなことを、考えて考えて考えて、それが快感になりつつ過ごしています^^;


ADHDを持つお子様や自分自身に不安をもっておられる人たちには、「そんなに心配しなくても大丈夫。」だと言ってあげたい。
脳の神経伝達のバランスが悪くったって、五感を使って、代替機能を使って、本能を頼りながら手探りでだって生きていけます。
危険なものや人物には、鼻がきくようになっていきます。
大人になるまで何度も何度も何度も頭を打ちまくりますが、打たないと、体感しないと分からないのです。
体感することだけが、将来の本人を守ってくれる武器に変わると思います。
どうか、冒険する機会を与えて下さい。
守るだけではなく、傷つくことから学ぶ権利も与えてください。
発達特性を持つ人間の力を信じ、温かく大らかに見守っていっていただけると幸せです。

ADHDに人種や国境は関係ありません。
言語が違う人たちにも共通する、立派な文化の一種なのです。
この事実って、感動しませんか?


おそらくADHDであろう娘に対して、ADHDの私ができることは・・・
自分の人生を楽しむこと。
ただ、それだけです。
どんな状況で生まれたって、どんな環境で育ったって、自分次第で必ず人生は楽しむことができる。
”楽しむことは学べるんだよ”ってことを、命がつきる時までこなし続けていくのみであります。

Unknown (Unknown)
2009-09-29 20:05:08
先の記事に、自分が発達障害かも、とコメントした者です。

涙が出ました。
ありがとうございます。
本当にありがとうございます。

発達障害で色々お困りの子供さんが、少しでも生きやすくなりますよう、できるだけたくさんの個性を持つ人が、自信を持って生きていけますよう、願います。
今はまだ辛い気持ちも強く、何もできない私ですが、少しずつ自分を生きていけたらと思います。


Unknown (まりも)
2009-09-29 22:28:06
以前、自分に優しくとは?と聞いた者です。私は、自分に自信がなくて、中高大学生になっても社会人になっても「消えたい」と思ってきました。学習障害もあったんじゃないかなぁと思います。
親に他人と比べられることはなかったはずの私ですが、親の顔色を見て育ちました。今は、息子を他人と比べ、出来ないことに注目し、イライラしたり、落ち込んだり。
まだ二歳なのに、私の顔色を見ている息子が可哀想になったり、でも感情は抑えられないときがあったりで、私自身がグラグラしてます。

でも、ひろさんのコメントを見て、なんだか変な自信が持てました。
やっぱり、日々私が楽しむべきなんだぁって。
下が生まれてから、あれもこれもとパニクる私ですが、イライラ母さんよりも、ニコニコ母さんになりたいなぁ。
息子が自信を持って生きられるようにニコニコ母さんやってみます(^-^)
Unknown (ゆり~り)
2009-09-30 08:38:29
はじめてのコメントです。
虹色教室のブログに出会って
親の気持ち  子供の気持ち そして、大人になってもがいている人達の気持ちを代弁して下さってありがとうございます。

ブログを読みながら、何度も胸が締め付けられるような思いを感じました。

これからも応援しています(^_-)-☆
Unknown (がんも)
2009-09-30 10:13:02
軽度知的発達遅滞の小学校1年の娘がいます。

上のコメントのひろさんの言葉、

>体感することだけが、将来の本人を守ってくれる武器に変わると思います。
>どうか、冒険する機会を与えて下さい。
>守るだけではなく、傷つくことから学ぶ権利も与えてください。
>発達特性を持つ人間の力を信じ、温かく大らかに見守っていっていただけると幸せです。

がとても心に染みました。
のんびりしていた幼稚園時代とはうってかわって弱肉強食の小学校生活。
特に女の子達は難しくて、はたで見ているとこちらが胸が痛くなるほどのきつ~いやりとり。ひっついたり離れたりはじいたり・・・
こんな丁々発止な世界にのんびりでとんちんかんな娘を放り込んでおくのが心配でたまらなくなったり・・・日々スピードアップしていく勉強にもついていけず、開いていくばかりの差に絶望的になったり・・・
自分の無力さに、越えなければならない壁の高さに、呆然として、久しぶりに神様を恨んでいる自分がいます。

それでも、傷ついたり壁にぶち当たったりした経験が娘の糧となる、将来の娘を守る武器となると信じて見守って行きたいと思います。

なかなか娘特有の強みを見つけてあげられないのが歯がゆいです。
Unknown (ミッフィ)
2009-09-30 13:32:14
何分か1の確率を引き受けて、生まれてきてくれたダウン症のかわいい姪っ子がいます。

なおみ先生の文章の

人類が自分も含んで確率的に持っているもののひとつを引き受けてくれた人に対し、
あれこれ比べたり評価するというのはどうなのでしょう?

普段、もやもやと思っていた事ズバリの言葉でした。まったくその通りだと思います。

毎朝、2つのブログを、会社で読むことが日課になっっているのですが、目に涙が溜まることもしばしばです。心の平穏が保たれます。
ありがとうございます!
はじめまして (ayateddy)
2009-10-06 21:20:04
以前からとても参考にさせていただいていました。慌しい生活の中で、自分の気持ちをじっくり考える暇もなく突っ走っているような毎日ですが、深夜、時に導眠剤を飲ませてやっとのことで寝付いた子どもたちのいない静かな部屋で先生のブログを拝見していると、いらいらした心が整理されて救われる気分です。

事後のご連絡で恐縮ですが、わたしのブログで紹介させていただきました。
どうぞよろしくおねがいいたします。
成長中(心身ともに・・・。 (ひま)
2009-10-11 12:13:42
お久しぶりです。

中学生二男の勉強を長男が見ていた時のことです。
「お母さん、ほんとにどうするの。いいのこれで。今まで何やってきたの。このままでは高校も行けないよ」と興奮した口調で、軽い憤りをぶつけながら訴えてきました。
 勉強中の二男は長男のきつい言葉に素直に従い、苦しみながら答えを出しています。
 そして、勉強が終わると、必ず言葉が荒れています。
その姿は学校から帰って来た時と同じです。

長男には次男の障害について、言葉で詳しく説明はしていませんでした。今、きちんと伝えなければいけない時期に来たと思い、私自身が落ち着いてゆっくりと説明できるように心を落ち着かせてから、長男の部屋で話をしました。

なぜ、集中出来ないのか、理解しないのか。
君の言葉の棘の刺さる傷が、表面には見えない代わりに、どんなに深く広く浸透していくのか。
また、二男の持つ可能性の大きさは、勉強も大事だけど、それ以上に持って生まれたこの個性が重要だということも、生きていくための力になることも、私が持っている知識と、伝える力を振り絞って、なおかつ、冷静に・冷静に。

 長男はうつむいたまま、ずっとうなずきながら聴いていました。
兄弟として生きて来た弟が今まで抱えて来た困難を初めて実感として理解した長男は、言葉もなく、うなだれていました。


 同じ親から生まれても、それぞれが全く違う個性を持って生きています。
この子たちを産み、育て、育む中で、私自身が学んできた出来事は、一つ一つは小さくても、持っている意味の大きさにどんなに成長を感じさせてもらえたか言葉では伝えられません。

一人で悶々と考えるばかりでは、なかなか答えも出しづらかったのですが、ここに来られる皆さんのコメントを読むことによって、またさらに自身を振り返るきっかけ作りをさせて頂いてます。

ありがとう。

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