ADD?先生の発達障害児 教育応援サイト

ADD?傾向のある塾教師がADHDやアスペルガー症候群の子にどうかかわり教えたらいいのか模索していくブログです。

大人の手をやかせる子はみんな病気なんですか? 3

2009-10-25 17:22:10 | 番外
☆「生き辛さ」を抱えて生きるということという過去記事に、居眠り猫さんがこんなコメントをくださいました。


「何が何だかわからない安心できない世界」の中で生きているということは、社会に対する基本的信頼が形成されにくいということでもあります。
教師の言葉に従って行動したら、学級で自分ひとりだけ違うことをしていたとか、友達と話し合って決めたことを実行したら、自分以外誰もそうしていなかったとか、そういうズレを多数経験すると、何を信用していいのかわからなくなることがあります。
客観的には本人が相手の言葉の意図や場の状況を把握できなかっただけのことですが、本人の主観では虐めに遭ったのと区別がつかない場合もあります。
しかし、どのように生まれつこうと、心的向こう傷のない人生は有り得ないですし、すべてを理解しあえることも有り得ません。
自閉スペクトラムという概念を知って、自分のズレが招いた様々なことに何年かかけて納得した時、社会に対する恨みが減少しました。
ほどよく諦めがついたのが、建設的に作用したのだと思います。



私は、できるだけ早い時期に 発達障がいの可能性に気づいて、
親や周囲の大人は、
そうした知識に目を通すだけでもしておいた方がいいと考えています。

それを、何でもかんでも「病気」と決め付ける行為とは
思っていません。

そうして、いくつかの対応をとってみたら問題が消えて、
気にしすぎだったな~と笑えるときがくると、
とてもうれしいです。

どうして早めに発達障がいかも……という気づきが得たいかというと、

知能に問題がないのに、発達障がいによる2次障害が原因で、
勉強についていけなくなる子や、
不登校になる子を減らしたいからです。

また、子どもがいじめを受けたと感じて傷ついているときに、
親や教師といった大人たちまでも「おまえが悪い」と決め付けて、取り返しがつかないほど子どもを傷つけてしまうようなことをしたくないからです。
居眠り猫さんの言葉が心にひびきます。

そうして、困り感を減らすうちに、発達障がいなどという
言葉がそぐわなくなったなら、
それほどうれしいことはないのです。

子どもに、「何が何だかわからない安心できない世界」の中で生きているという
そんな辛い思いだけは抱かせたくない
と心底 思っています。



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大人の手をやかせる子はみんな病気なんですか? 1

2009-10-23 18:14:39 | 番外
☆発達障害児は多すぎる? 1
☆発達障害児は多すぎる?  2
の記事に、次のようなコメントをいただきました。

ひまさんがとてもていねいなコメントのお返事をしてくださっているのですが、私も、少し書かせてくださいね。(まだコメントのお返事ができていない方、後回しになってすいません)


今は親ともに安らぐ子育てはしてはいけないのですか?昭和の時代の子育てはジャイアン症候群とかのび太症候群なんて病気はありませんでした。ジャイアンのような子はガキ大将として、のび太のような子は、優しい子として周りは接してくれていました。しかし今は少しでも着替えが遅いと病気ガキ大将的存在の子は病気、何か苦手な分野がみつかると、病気!病気!病気!何なんですか?!大人の手をやかせる子はみんな病気なんですか!


昭和の時代は、ある意味、おおらかで生きやすい時代でしたよね。

昭和の時代は、確かに病名こそつかなかったけれど、虐待に近いしつけもまかり
通っていたはずです。また明らかな差別もありました。
理解できないものは、追い払う、排除する、という人権を無視した行為が
行われても、だれも疑問も持たないような空気もあったのです。

「窓際のトットちゃん」がちょっと落ち着きがないからと、
小学校をやめさせられたことを
知っている方はたくさんいますよね。

私が小学生のころも、クラスに、今なら発達障がいと診断を受けるような子がいたのですが、親たちの苦情と、先生の無理解のなかで、転校していきました。☆お塩の足りないスープ鍋
という記事で書いています。

私が中学生だったころも、今思うと発達障害があったと思われる子が保健室で体育の先生からボコボコに殴られるなんて日常茶飯事でした。

それこそ、中学3年間、最高の「悪さ」が、廊下を早足で歩いた程度という
まじめ一筋の私や友人でも、廊下で少しふざけていたという理由で、
体育教師から思い切り平手打ちにあったり、頭をげんこつでなぐられたりしたことが何度もあるのです。
教室で態度が悪い子がいるからと、英語の教師が教室内で竹刀を振り回したこともありました。
でも、どんな理不尽な出来事も、テレビのニュースで取りあげられることもなければ、親たちが騒ぐこともありませんでした。

また、当時は医学的な知識がなかったので、自閉傾向を持つ子の母親は、育て方が原因とされて周囲から責め立てられ、
それは辛く苦しい思いをして子育てをしていました。
きちんとさせようという責任感が、子どもへの虐待行為に
なっていたことも多かったと思います。

実際、大人になって発達障がいがあることに気づいた方が、
子ども時代を振り返って、辛い記憶を告白するとき、
先生から汚いもののように扱われたり、裸に近い格好をさせられたり、
「また学校に来たのか?よく来るな…」といやみを言われたり……
と信じられないようなお話をたくさん耳にすることがあるのです。

それでも、昭和の時代は、大人が今のように子どもを監視する習慣はなかったので、
どこか間が抜けていて、すき間だらけで、
やんちゃで乱暴な子にも、いじめられっ子にも、居場所があったような気もします。
また、確かに、小学校が、親たちから文句を言われない完璧さを
保とうと今のようにピリピリしたところがなかったのでしょう。

長くなったので、引っ張るようですが、続きは次回に書きますね。



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「生き辛さ」を抱えて生きるということ

2009-09-28 19:13:06 | 番外
大人になって、自分は発達障害ではないかと疑いを持ちました……とおっしゃる方々からコメントをいただくことがあります。
そうした方のコメントは、いつもとても深い洞察を含んでいます。

発達障害児を育てる親御さんのコメントとは少し異なる
「生き辛さ」を抱えて生きるということを自分で経験してきた方の
生の言葉です。

発達障がいを持った子を育てていると、
どうやって普通に近づこうか、困った癖をやめさせようか、
ひとつでも何かできることを増やそうか、自立への道を歩ませようか
とそればかりで頭がいっぱいになってしまうかもしれません。

少しでも生きやすくなるためにそうした支援は必要ではあるけれど、

実際、「生き辛さ」を抱えて生きている当の本人にすれば、
何が何だかわからない
安心できない世界から、毎時間毎分、
ダメな自分、できない自分、
足りない自分、変わらなくてはならない自分を
つきつけられて、

自分を信じる
自分を受容する

という人として生きていく基盤となるような部分が
いつもぐらついた状態で、
生きていることが周囲に対し申し訳ないような思いまで抱きながら暮らしているのが現状です。

運動オンチの人がオリンピック選手を養成する体操クラブに入れられれば、
たとえ、バカにされたり、期待されたりしなかったとしても、
周囲のようにできない自分に自信を失い、
苦しみを感じて生きるようになりますよね。
発達障がいを持って生きるということは、支援を受けていても、優しくされていても、
挫折感とコンプレックスと疎外感と誤解される悲しみと絶えず向き合いながら
それを受容し、呑み込んでは、
一歩、一歩、前に進んでいく作業です。
障害特性ゆえに苦しい、感情がコントロールできないという事実とは別に、
現実がむごすぎて、
苦しくて、感情がコントロールできなくなるのです。

それでも一生懸命、生きている子がいて、
そうした苦しい受容を途方もないほど繰り返しながら、
大人になって、一生懸命生きている方がいます。

私たちは、自分が持っている「ふつう」という固定観念と比べて、
経済的に自立しているかとか、
社会的に認められているかとか、
人間関係が上手にこなせているか、
とかで人を比べたり、評価したり、人を社会のお荷物とみなしたりします。

でも、もし、人類というひとつのまとまりのなかで、
何割かの人が、
必ず 自分たちが過去に汚した環境の影響をかぶって
障害を持って生まれる役を引き受けなくてはならなかったり、
誰かは必ず、進化しようとする遺伝子の影響で、
ある部分だけ特化した
生きずらい生を引き受けなければならないとしたら、

人類が自分も含んで確率的に持っているもののひとつを
引き受けてくれた人に対し、
あれこれ比べたり評価するというのはどうなのでしょう?

そうした生をバカにする人や、変わるように急かす人が、
なら次は自分がそうした苦しい生を引き受けて、
最後まで生き抜きます~と簡単に言えるのでしょうか?

こうした生き辛い生には、苦しみとひきかえに、
ひとつのすてきなプレゼントが用意されています。

ジョージア州に、成功者と億万長者を20年間調べ続けて、
自分もその仲間入りをした方がこんなことを
おっしゃっています。

『人とちがうことは利益をもたらす』
トマス・J・スタンリー

人が褒めてくれるような長所は、意外に、利益をあまりもたらさないのだそうです。なぜなら誰もがあこがれる見栄えの良いところには、
人が群がって競争が激しくなるからです。

『戦って勝つのは下策。戦わずに勝つのが最上』と孫子も言っています。

本田宗一郎は、

『私は世間でいう゛悪い子゛に期待している。なぜかといえば、そういう子どもこそ ゛個性の芽生え゛を持つ頼もしい可能性に満ちた本当の意味での
゛いい子゛なのである』

『失敗もせずに問題を解決した人と、十回失敗した人の時間が同じなら、
十回失敗した人をとる。
同じ時間なら、失敗した方が苦しんでいる。それが知らずして根性となり人生の飛躍の土台となる』

と語っています。
生き辛さは、このように、きちんと生き抜けば、それだけで価値があるものなのです。


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自分に優しく……とは、どうすることなのでしょう?

2009-09-19 09:28:04 | 番外
前回の記事に次のようなコメントをいただきました。

二歳8ヶ月の息子と6ヶ月の息子を持つ母です。
私も、わからないさん同様混乱の中にいます。
私をなんとかしなきゃなぁ…と思いつつ、「自分に優しく」っていうのが、分かりません。
一歳半で発達障害の可能性を保健師に指摘されています。初めて会う子や、自分の勝手なテリトリーを乱す子に威嚇する息子(ウルトラマンなんかに変身して、格好つけてパンチしたりしてます)にイライラしてしまい、キツく叱りつけたり、怒鳴ったり、手をあげてしまいます。
本人は、きっと「カッコいいでしょ?」って思ってやってるんですけど、された方は怖がったり、泣き出したり…
関わりたい気持ちが、そうさせてるのは分かってるつもりなのに、なんで怖いのが分からないかなぁ…と悲しくなってしまいます。
自分に優しくとは、どうする事なんでしょう?
息子にどんな関わり方をしていったらいいのでしょう?



「自分に優しく」するひとつの方法は、さまざまな義務感や、緊張や、外野の声を
手放して、
自分を甘やかすこと、自分がうれしくなってリラックスできること
だけをしばらくしてみることです。

ご質問者さんは、子どもは公園に連れて行ってあげなくてはならないもの、
今から輪に入れておかないとお友達ができなくなる、
自分もママ友から置いてけぼりを食ってしまう……

といったさまざまな縛りから
無理してそんな辛い公園通いをしているのかもしれません。
でも、いったんそうした義務感を
捨ててしまうのです。
子どもと一緒に「人のいない自然の多い場」にピクニックに行くのもいいです。
そのとき、お弁当を作ろうなどと思わず、
ちょっと贅沢しておいしいパン屋さんでサンドイッチのセットを買っていくのも
楽しいです。
もともと子供というのは危険な遊びが好きで、攻撃的で暴力的な
一面があります。それがおかしいと思う気持ちも手放します。
VISIONのBBSの子どもが、思わず走って見に行くような興味深いもの書き込みも読んでみてくださいね。
そうした子どもの野性味を強さとしてたくましく感じられる
山登りなどに行くのもいいです。

そうして、混乱のもととなっているさまざまなノイズから遠ざかって
自分と子どもで楽しめることだけを
しばらくしてみるのです。

そうして子どもとのかかわりが良いものになってくると
子どもは、お友だちを欲するようになってきます。
社会性はゆっくり発達するでしょうが、
少しずつ我慢もできるようになってくるでしょう。

私は発達障害のお子さんを持つ多くのお母さん方に会ったことがありますが、
どの方もこの難しい子育てを通して精神的な成長を遂げて
凛としたところのある賢い方々です。

こうした先天的な困難を持って生まれてきた子たちは、
親御さんにたくさんの成長をプレゼントしてくれる存在でもあります。
また社会全体が精神的な成長していくための
問題を提起してくれる存在でもあります。
だれもが誇りを持って働いていける世界はどういうものなのか
模索していくチャンスをくれているのです。

そうした話の全てがむなしい言葉として響いたり、
全てを拒絶したい混乱した気持ちにあるときは、
自分で自分を責めていじめている場合がよくあります。
そうしたときには、やはりしばらくは
自分を喜ばせることと、気分がおちつくことだけをして、
それに罪悪感を持たないことが大事だと思います。
そうしてパニックがおさまれば、
個として懸命に生きている子どもの姿が
正確に見えてくるはずですから。

私が出会った
凛としたところのある賢いお母さん方というのは、
どの方も一度は混乱しパニックを起し、
子どもを攻撃してしまった辛い経験を通ってきている方々です。






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わからないさんへ (罰として食事をぬきました)

2009-09-17 23:50:48 | 番外
前回の記事にハンドルネーム『わからない』さんから、次のようなコメントをいただきました。

私はもう どうしていいのかわかりません
何度言っても出来ない、同じ過ちをする子供
中①ですが、今まで何も変わらず
今日は食事を与えていません
もうどうして良いかわかりません
診断下してくれる病院は1月まで予約が一杯です


『わからない』さんは、今、食事抜きを言い渡したことで、
自分自身がとても傷ついているのですね。

そんな風に心が深く傷ついているときは、

何とか子どもを正しく諭そうと、子どもの方にフォーカスせずに、

まず自分が今、何でどれほど傷ついているのか、
それは子どもの起した事件によるものなのか、
がんばってもがんばっても成長しないわが子への怒りによるものなのか、

じっくり自分の心と向き合ってみるのが良いように思います。
『わからない』さんがこんなにも混乱しているのは、
非常に子どもを愛していて、
叱ったり、食事を抜いたりする子どもへの攻撃が
そのまま自分の痛みとして感じられているからだと思います。

まず、自分の心を癒して、
傷つくという悲しい気持ちを実感すると、
今度はがんばってもがんばっても周囲の期待に応えられない
子ども自身の深い悲しみが
しんみりと伝わってきて
きちんと受け止めてあげられるかもしれません。

混乱と悲しみの渦中にあるときは、
自分の本当の心を見失っています。

将来への不安や恐怖心、
周囲の人々の冷たい視線や心無い言葉

そうしたものにまどわされて、
子どもに対するイライラする心の底にある
深い愛情が、
見えなくなってしまうのです。

恐怖心でパニックになっている状態です。

ですから、パニックを沈めるために、
まず、自分自身にもっと優しくしてあげなければ
ならないのです。
そうして、恐怖が薄らげば、
何をすればよいのか
一番知っているのは自分だということに気づくはずですよ。







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戦隊物~「買って!買って!」を減らす工夫 1

2009-08-20 20:23:48 | 番外
発達障がいのある子が、
一度、戦隊物などのアニメグッズにはまると
それがこだわりとなって、どこへ出かけても「買って!買って!」で困り果ててしまうときがありますよね。

買い物先でお母さんの足をける、ひっくり返って泣きつづける、
8000円を超えるような高価なおもちゃを誕生日でもないのに欲しがる

など、最初の一つを許したばかりにえらいことになってしまった~
という話をよく聞きます。

そうしたこだわりが強く出やすい3歳の発達障がいを持つ☆くん。

まずできあがった戦隊物のおもちゃは買わず、
雑誌の宣伝を見ながらブロックで見立て遊びをするようにしています。
☆くんはこうした遊びを通して、
発達検査で指摘された立体を把握する力の弱さを克服しています。
また推測する力が弱く、
見立てながらごっこ遊びをすることが苦手だったのに
上手に遊べるようになってきています。

最初はでたらめに積むばかりでしたが、
このごろさまざまな乗り物をあっという間に組み立てていきます。



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発達障がいのある子の算数ゲーム

2009-08-05 20:40:51 | 番外
今日は広汎性発達障がいと軽度の知的障がいがある小3の☆くんのレッスンでした。
ニコニコして明るく何をするのも積極的な☆くん。

工作にもゲームにも夢中で取り組めましたが、
中でも一番喜んでいたのが『アルゴ』ゲームです。

今日、はじめて『アルゴ』で遊んだ☆くん。
本来のルール通りで遊んだのですが、
少しヒントをもらいながら遊ぶうちに楽しくてたまらなくなって
何度もやっていました。

☆くんは、計算はできるけれど、推理をすることがとても苦手です。

最初は適当にあてずっぽうに「3!」とか「5!」とか言っていた☆くんですが、
回を重ねるうちに、

3より大きな数で、
5でも8でもない(自分がそれまでに言ったから)数だから、7!
といった推理が働くようになっていました。

0~9の『アルゴ』のカードを使って、10桁の数を作る問題(一番大きな数、一番小さな数、2番目に大きな数)
を解いてもらったときも、
最初は2番目に大きな数がどうしてもわからなくて
でたらめに並べていたのですが、カードを操作するうちに
9876543201
と下二桁を入れ替える意味を理解していました。

幼児期に知的障害が指摘された子も
周囲から大切にされて、勉強に対する挫折体験をあまり積んでいない子は、
一般的な成長よりは数年遅れに
知的な面が伸び初めて、
不可能に思えたようなこともできはじめることがあるように
感じます。
できないことが多い時期も
自信に満ちた明るい気持ち保てるように気をつけてあげることと、
あきらめず、さまざまな体験をさせることが大事だと思います。
☆くんは、算数と国語は通級に通っているそうですが、

2時30分の1時間30分後の時間は何時何分?の問いに
4時0分ときちんと答える

『10才までに覚えておきたい ちょっと難しい1000のことば』で作った
文字と意味を繋げるパズルに喜んで取り組んでいた

ことなどから、本人がかかわりやすい学習をさせることで、
今後、大きく伸びていく可能性を感じました。

☆くんのお母さんには、アルゴカードを使って
概数(四捨五入のややこしい問題)を教える方法もマスターしていただきました。



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未診断の子への配慮について

2009-08-02 16:10:52 | 番外
幼稚園の先生が障害の有無を決めるの??? の記事に次のようなコメントをいただきました。


 何か、皆さん勘違いなされているようですが、PDDの診断が出来るのは、精神科医(それも児童精神科医)だけです。ADI-Rを使用しても、二時間半はかかります。WISC-Ⅲの知能検査等は、また別に時間がかかります。
 ましてや発達障害の子どもさんは、日によって状態の変動があり、とても2時間程度で判断できるものではなく、さらに成長につれ状態像も変化してきます。その意味でも、10歳未満では、熟練した児童精神科医でも、アスペルガーの診断は難しいと言っています。
 臨床心理士は、基本的に発達障害を学んでいません。日頃、接している方の意見が一番参考になります。この年令では、園で問題がなければ、特に援助することはないでしょう。大事なことは、家族に愛され、友達と十分に遊べているかということです。


PDDの診断が出来るのは、精神科医(それも児童精神科医)だけ……ということは、おそらくこのブログを読んでいらっしゃる多くの方が知っている事実だと思います。
だからこそ、記事のタイトルも、幼稚園の先生が障害の有無を決めるの??? 
という疑問形なわけです。ただ発達障がいについてほとんど知識がない方が、

PDDの診断が出来るのは、精神科医(それも児童精神科医)だけだし、10歳未満では、熟練した児童精神科医でも、アスペルガーの診断は難しい

という事実を説明されないまま、(知らないまま)
発達障がいの診断することのできない園の先生の意見を鵜呑みにして
発達障がいではない……と判断してしまうことの危険を書かせていただきました。

幼稚園の時点でPDDの特徴をたくさん持っている子のなかには、
定型発達の子も含まれている可能性は確かにあります。

発達障がいでない子がそうした状態にある場合……

たとえば、目が合わない、心の理論が育っていない、決定権や理由があることがわからない、お友達とうまく遊べない(園の先生は問題ないという程度だが、ほとんどかかわれていない)感覚が過敏ですぐに「死ね」といった言葉を口にする、場の空気が読めない、幼稚園では個人的に声かけをしてもらわないと何をしていいのかわからない、疲れやすく姿勢がくにゃくにゃしている、悲しいときに笑っている表情をしている、など。

それはそれで、何らの環境の原因があって
子どもがそうした状態にある場合があるので、

気になることを無視して、
子どもにきちんとするように求めるばかりでは問題は解決しないように感じているのです。

アスペルガー症候群かどうかまだ診断は出せない状態でも、
社会性の発達が幼すぎて、周囲のすることを見てそこそこ真似て
自分の行動を決めることができない状態で小学校に入学した場合、

プリントを一枚自分の分を取って後ろに回す

という簡単な作業ですら、子どもを毎回苦しませることになります。

それを言葉で説明してあげるのは「過保護」というのは、
定型発達とはっきりしている子には言えるかもしれません。
しかし、もし発達障がいがある可能性があるのなら、
そうした日々の小さなストレスの積み重ねが2次障害の原因となっていくのは
目に見えています。

実際に虹色教室に来ている発達障がいの子で、乖離、不登校、知的な問題がないのに養護学校に転校する、クラス中の友だちから責められる、授業を抜け出す
などかなり深刻な問題にぶつかっている子のほとんどが、

発達障がいとしては軽度すぎて、
幼稚園や低学年では園や学校で、「問題なし」と言われてきた子たちです。

それだけに援助もなしに、わからないことだらけの集団生活を、いっぱいいっぱいまでがんばって、
問題が起こると親からもがんばるよう叱られて、
先生からも厳しく注意を受けて……小4くらいになってさらに求められることが複雑になる中で、困り果ててそうなってしまったのです。

私が幼児期の親御さんに
気になることが多いときは、発達障がいの情報を把握しておくように
すすめているのは、

重い発達障がいの特徴を持つ子以上に

軽度の子、発達障がいとは外から見えない子の高学年ころの困難や問題を
見聞きするからです。
その原因の多くは、子どもの側にあるのではなく

正確な知識がないまま子どもを追い詰めていく親や先生の側に原因があります。ですから、診断うんぬんではなく、間違った思い込みを持たないために、
親は疑いの時点で知識を把握する必要があると考えているのです。


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自閉症スペクトルの子のための療育としてのブロック遊び

2009-08-01 08:57:28 | 番外
ブロック遊びは自閉症スペクトル障害(広汎性発達障害)の子が
熱中しやすい遊びです。

そうしたブロック遊びを
療育のための教具として、子どもの抱える困難を軽減するために
利用する方法を紹介します。

ブロックを出すと、子どもは自分の好きな飛行機や乗り物などに固執してそればかり作るかもしれませんし、ただただブロックを積むだけの遊びに終始するかもしれません。
そんなときに
大人が子どもが飛行機を作るなら飛行場を、
車を作るならガソリンスタンドを作ってあげると、
子どもの興味に変化が訪れます。

先日、自閉症スペクトル障害の疑いがある男の子を育てている親御さんが、
「子どもがいつも目にしているはずのポストを知らなくてびっくりした~」というお話をされていました。
発達障がいのある子は自分のこだわるものだけ見て、
それ以外に関心をはらわずに暮らしていることがよくあります。
定型発達の子なら自然と興味を持ち、
常識として身につけていくことを、
発達障がいの子は自分の興味のあることは大人の専門家レベルに知っている、それ以外は2歳児のレベルのまま……ということがよくあります。

ですから、発達障がいの子とブロック遊びをするときは、
外でその子が見たもの、体験したものを
再現して作るようにしています。
できるだけ細部…
たとえば、バスの券が出てくるところ、切符の販売機の大人用ボタン、子供用ボタンなどにこだわって作っています。

そうすることで、
観察力
より広い興味
目の前にないものを映像として思い描く能力
記憶力
ものの機能や意味への理解

が育ってくるからです。
写真はガソリンスタンドです。
上からガソリンを入れるホースがおりてきたり、
レシートが出てきたりするところに注目して作りました。
子どもに作らせようと思いすぎず
子どもにアドバイスを求めつつ
作ってあげることも学習になります。


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幼稚園の先生が障害の有無を決めるの??? 2

2009-07-31 18:05:49 | 番外
幼稚園の先生が「他にもっと問題がある子が何人かいるから、この子には問題はない」と言うから……という理由で、
さまざまな発達障がいの兆候が見えるのに、
「この子は発達障がいではないんだ~」と納得してしまう方はとても多いです。
また発達障害の診断が出来ない
児童相談施設で、障害名を告げられなかったから
「うちの子は発達障がいではないんだ~」と信じこんでしまう方もいます。
そこで、親御さんが納得しているのに
もう一度発達障がいの有無を考えて子どもを観察したり、
話し合っていくのは無意味なことのようにも思えます。

幼稚園で集団生活ができているんだから~
幼稚園の先生が障害はないと言ってるんだから~
ちょっと気になることがあっても気にするのはやめよう~
そう考える方はたくさんいるのです。

ここで注意が必要なのは、

幼稚園の先生がどれくらい発達障害についての知識を持っているか
どれくらいひとりひとりの子をよく観察しているか、
自分の発言に責任を持っているか、
軽度やグレーゾーンと言われる子たちの特徴について細かい知識があるのか、
何を判断のポイントとしているか、
幼稚園が、学校とかけ離れた自由度の高いものではないか、
という点です。

私が幼稚園では問題がなくても
発達障がいを持っているかどうかは親が把握しておいた方がいい……
と考えるのにはさまざまな理由があります。

まず一番には、発達障がいがある……ということは、
今問題がなくても成長にともなって
さまざまな困った事態に遭遇するので、困った事態を事前に予防したり、
もし起こってしまったときも、できるだけスムーズに問題を乗り越えるためです。
不登校、学校での酷すぎるいじめ、学習についていけない、
非行、精神疾患、家庭内暴力……そうした事態の中にどっぷりつかってから、
長い気づくまでの時間を経て、発達障がいの問題に行き着くよりも、

幼いうちから、子どもにはどういう苦手があって、
育てる上で、どういうていねいな子育てをしていけばいいのか……を
把握して育てるのが大事だと感じているのです。

本当は発達障がいがあるのに、「ない」と信じて育てることは、
心臓病など外から見えない病気を持っているのに
外から見えないから「健康」と思い込むのに似ています。
今症状がなくても、心臓病の場合、
急激な運動をしない~などいくつか生活上の注意点があるはずです。
そうした注意点を把握せずに
適当に生活するのと、
注意点に気をつけて暮らすのでは、ずいぶんちがいますよね。
それと同じで、
発達障がいが疑われる場合、
とりあえず情報だけは集めて、ていねいに子育てする方が
問題から目をそらして、子どもの困り感を無視して育てるよりずっといいのでは……?と思うのです。




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幼稚園の先生が障害の有無を決めるの??? 1

2009-07-31 09:05:38 | 番外
知人の甥っ子ちゃんの発達について
以前、相談を受けたことがあります。
幼稚園に適応することが難しい、気にかかる言動が多い、
と祖母、知人、甥っ子ちゃんの両親が、
それぞれに気にかかることをお話され、子ども本人とも会いました。

私は、障害の有無を診断できる立場ではありません。

けれど、遊び、工作、知能ワークなどをする姿から、
個性的で自分流が強くて他から浮いてしまう心配ない子なのか、
きちんと病院に診断に行くべき子なのか、
診断とまではいかなくても、親御さんが今後も成長をていねいに見守るべき子なのか、子どもには問題はないが親の接し方に問題があって、何らか悪い習慣が子どもに身についているのかは、
だいたい見当がつきます。

それで、虹色教室ではさまざまな遊びをしていただいて、
親御さんの気づきにくい点に意識を向けていただいて、
親御さんが自分で考え判断していく手助けをしています。

この知人の甥っ子ちゃんは、
高機能自閉症と思われるさまざまな特徴を持っていました。
幼稚園からのすすめで市の相談機関にこの子を連れて行くとき
私もごいっしょさせていただいたのですが、
その際、そちらの先生は「私は診断名をくだせる立場でない」と言いつつも
くわしくたずねると疑いとして「高機能自閉症」の名前を出されました。

この甥っ子ちゃんは、おそらく受動型の子で、他人といっしょに
過すのが好きな子です。
自閉的と言われる子も、園や保育所の中でもそれほど集団行動が多くない場合、
積極奇異の子は天真爛漫な子、
受動型の子は少しおとなしいおっとりさん、
くらいにしか見えないかもしれません。

この甥っ子ちゃんも年少のときは園の先生から注意を受けることもありましたが、
年中になって先生が変わったとたん
「幼稚園でちゃんと過せていますよ。問題ありません。障害はないと思いますよ」といわれるようになりました。
すると甥っ子ちゃんのご両親は
幼稚園の先生が大丈夫というのだから
うちの子には障害はなかったんだ。去年の先生との
相性が悪かったんだ~
と考えるようになりました。
それで本を読んだり、子どもに合わせた対応を模索するのも
やめてしまいました。

中途半端ですが、話が長くなったので次回に続きます。



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コメントのお返事  短期記憶の問題について

2009-06-19 23:18:45 | 番外
前回の記事の続きは、次の記事で書かせていただきますね。

コメント欄で短期記憶について、ご相談をいただきました。お返事できるほどの知識はないのですが、私の経験した範囲で答えさせていただきますね。

はじめまして
小学校でLD通級の担任をしております。「西風」です。
先生のブログをいつも興味深く拝読させていただいております。
私が一緒にお勉強させていただいているお子さんにも、同じように短期記憶の問題がおられるお子さんがおられます。
直前に起こった出来事が把持できない、例えば通級で行った学習を担任に報告する際には、全く違う内容を伝えてしまう。といった状態像のお子さんに対して、どのようなアプローチをすべきか試行錯誤しております。


短期記憶の悪さ……と言えば、私自身が、ADD傾向があるので、ものすごくワーキングメモリーが弱いのです。それで長年とても興味を持っていた問題です。

子どもの短期記憶に問題が感じられる場合、

ADDやADHDの子のように、
ひらめきすぎる、次々気が散りすぎる、さまざまな異種のことを考えすぎる、想像力過多……ゆえの短期記憶の悪さや忘れっぽさと、

広汎性発達障がいの子の目にしていないものを想像して、思い返すことが困難なゆえの短期記憶の悪さは
かなり種類がちがうので、対応や支援の仕方もずいぶんちがってくると思います。

また、LDや軽度の知的障がいや広汎性発達障がいが原因で
現実を時間の経過のもとできちんと把握したり、
現実と想像をごちゃごちゃにしがちな子の場合、短期記憶の悪さが原因で
間違った報告をしているかどうかはっきりしない場合もあるかと思います。

広汎性発達障がいの子の想像力の弱さゆえの
短期記憶の問題には、
思い出す助けとなるような視覚的な道具が役立つと思います。
学習内容を印刷したプリントを準備して、その日の学習内容のイラストに丸を入れるとか、学習内容の絵カードを用意して学んだものを袋に移し変えさせるなどです。

ADD,ADHDの子の短期記憶の悪さは、
絶対忘れてはならないものを本人に自覚させ、忘れてはならない優先順位をつけさせることが大事だと思います。よりたくさん話させて、その子の興味を惹かせることが忘れさせないポイントです。
(普段は無意識に、その子の興味順の優先順位で大量に記憶しているはずです。肝心の忘れてはならない学校の通達事項などは、その子のなかで無意識のうちに忘れてもいい記憶として意識からはぶかれていることと思います)
「忘れるからメモしなさい」といったアドバイスは、
さらにそのメモをどこかへやってしまうトラブルをまねくので、
それよりも「忘れないために良いアイデアはない?」と子どもに考えさせる方がうまくいくかもしれません。(アイデアを出すのは、このタイプの子の優先順位で上の方にある場合が多いからです)

現実と想像をごちゃごちゃにしがちな子の場合、
短期記憶も大事ですが、
まず生活場面のイラストを見せて
どれくらい状況を理解しているか把握することが大事ではないでしょうか?

先生が質問していて、算数の教科書が机に開かれていて、生徒が手を上げている場面を見せて、「これは何の絵ですか?」とたずねても、

「わかんない~」と言ったり、
「勉強してる!」などと部分的にしかわかっていない答えの場合、

生活体験の場面を「経験している最中」に言葉にしていく練習が
必要だと思います。

後で報告する前に、している最中に
「今は、●●先生と、理科の実験をしています」といったことを
言葉にできるようになる練習をしていくと、
短期記憶の問題と感じられたものが、少し減ってくるかもしれません。



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見せしめの罰が多い学校 2

2009-06-13 20:25:33 | 番外
知人の話によると、こうした見せしめの罰が多くなったきっかけのひとつに、次のようなことが考えられるそうです。
それまで、発達障がいを疑われる数名の子が、
感覚過敏があったり、感情のコントロールがしにくかったりして教室から飛び出したり、授業中騒いだりするトラブルが続いていたそうです。

学校側は、発達障がいも視野に入れたきちんとした対応をせずに

個人を叱りつける

という対応を取っていたため、どんどん問題が深刻化していました。

が、学校をあげての「見せしめの罰」作戦を
取り始めたとたん、トラブルが激減したそうなのです。
それで喜んでいる親御さんも多いため、
知人が学校のやり方に目にあまるものを感じても、
それを口に出せないのだそうです。

ひとりの子が悪いことをすると
クラス全員を罰する

ルールを守っていない生徒がいると、まずその担任が注意され、
担任によって、ルール違反をした子をたくさんの子どもの前で(時には朝礼時に全校生徒の前で)罰する

問題を起こした子にわからせるよりも、みんなの前でその子を罰することで周囲の子が恐怖から教師の言うことをきくようにしむけることに力を入れる

こうした方法は、確かに、一時期効果をあらわすかもしれません。
しかし大人の目から消え去った問題は、見えない部分で陰湿化し
さらに深刻な問題を生んでいるように感じます。

発達の偏り等が原因で集団を乱しやすい子が、周囲から相手にされず孤立していたり、集団の罰の原因として憎まれていたり……。

見せしめの罰を見て恐怖心から聞き分けがよくなった子たちが
強いストレスを感じたり…。

高学年の子が低学年の子に言いつけられたから恥をかかされたとして
しかえしの機会をうかがっていたり……。罰がひどいと、自分は手を染めず、誰かを利用してしかえしすることも考えられます。

何より怖いのは、そうした子どもの心にどんどん鈍感になっていく
教師や親たちの姿です。
学校現場でのこうした問題……解決することが難しいです。

個々の学校のカラーに染まらない
大きな視野で子どもの問題を眺めてアドバイスできる専門家が
もっと増えることを願っています。




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いくら恥をかかせてもいいんだよ~

2009-06-10 11:52:08 | 番外
教室の生徒さんのお母さんで、

「親に恥をかかせないでちょうだいね」と言われながら育って、
大人になって心が苦しくてたまらなくなった方がいます。

その方のご主人は気持ちのきれいな方で、
まだ幼い子どもたちに
「親に恥くらい……いくらでもかかせてもいいんだよ。いくらでも恥をかかせて育てばいいんだよ」と言って子育てしているそうです。



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子どもたちは、とっても愛らしいすてきな子に育っていっています。