ADD?先生の発達障害児 教育応援サイト

ADD?傾向のある塾教師がADHDやアスペルガー症候群の子にどうかかわり教えたらいいのか模索していくブログです。

ネット上でのトラブル…その後 2

2008-04-21 18:04:18 | 番外
以前、郵便局で留守中の荷物の再配達のために、
電話で応対する…という短期アルバイトを
していたことがあります。その頃のお仕事の様子1
その頃のお仕事の様子2

たまたま市から大量配布する配達物だったため、

普段ならその日のうちに再配達するところ、
翌日の再配達になるということを

丁寧にお詫びしてお知らせする仕事でした。
その時、驚いたのは、
「翌日に再配達になる」という事実を聞いたときの
電話の相手の激情にかられた怒鳴り声でした。

市からの配布物…って、
たいしたもんじゃないんですがね…
そんなに慌てなくても…

それが、一人や二人じゃなくて、
それは多くの人が、
「なんでや~!なめとんか~!」
「だから民営化せいゆうとんじゃ!」
「今すぐ持ってこんか~公務員!」
って具合に怒る怒る!!
短期バイトの人の中には、涙目になってため息ばかりつく…
というかなり精神的なダメージを受けた人も増えてきました。

私は、お気楽に相手が怒鳴りだしたら、
適当に受話器を離しておいて、
どうも~申し訳ありません~」と謝る部分だけ強調して、
ちゃくちゃくと仕事をこなしていました。

で、そうしながら、
なぜ、なぜ、この人たちは、こんなにも怒るのか…?

という疑問について考えていました。
まず電話の応対の仕方が失礼で怒っているわけではない。
早く市からの配布物が欲しかった理由もない。
これまで郵便局が相手に失礼なことをしたという形跡はない。

なら…なぜ…?

答えはおそらく、
郵便局員が公務員で、
どんなに理不尽な怒りをぶつけても
しかえしされることはない…という安心感が
あるからじゃないかなぁ?
と思いました。
まあ、怒鳴ったからって怒鳴り返される心配はありませんし…。

それと公務員って良い目をみているという
勝手な思い込みが、
公務員には何を言っても良い、
みたいな自分ルールを作らせているようにも感じます。

そして、話は前回の、学校の「教師」というところに行き着くのですが、

教師も郵便局員といっしょで、
仕返しできない立場
仕返ししそうにないイメージ
自分より上に立ってえらそうにされているという思い込み…
等を受けやすいところに
いるんじゃないか…?
と感じたのです。

もちろん本当に問題のある教師もいるし、
悪い人でなくても、精神疾患を患ったりすると、
とんでもなく困った教師にもなりえます。
でもそうした教師側の問題だけでなく、
親をモンスターに変えてしまうような関係が
この親と教師の間では
この電話を介した住人と郵便局員の関係のように
生じやすいんじゃないか…?
と感じました。

それでは、続きは次回に書きますね。

 
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ネット上でのトラブル…その後

2008-04-21 08:56:11 | 番外
知っている方も多いかと思いますが、
私は数日前から、ネット上でのトラブルに巻き込まれ、
困惑していました。
ようやくそれも終わりかな…
一息ついた今朝になって、
この出来事を通して、
これまで自分の中で、あるひとつの視点が希薄だったことに気づきました。

それは、発達障害児やその親を支援する
教師と言う立場の方々の苦悩です。

私自身、子どもの学習の面倒みる…という
一見、教師と類似の仕事をしているようにも見えますが、
私の仕事は個人授業。
どこまでいっても家庭生活の延長線上にあって、
家庭学習の質を向上させるという目的から外れるものではありません。
それで、「モンスターペアレンツ」といった流行語を耳にしても、
何だかピンとこず、
他人事のような受け止め方をしていました。
しかし、自分が経験しているネット上でのトラブルが泥沼化するにつれて、

「客観性」とか「社会のルール」という基本となる基準をうしなった場で、
論理性を欠いた感情にもとずく意見に、
どこまでもつきあい
答えていくという大変さを身をもって感じました。
そして多くの教師がそうした「家庭」を「社会」に持ち込む混乱した親とのトラブルに疲れ果て、
次に出会う親が、たとえきちんとした方であっても、
関わって対処することを戸惑ってしまう気持ちが、
理解できました。
だからと言って、対処しない先生の肩を持つわけではありません。

学校と言うのは、家庭とちがって、
小さな社会であって、
直接の体験を通して、
社会のルールを自分の内面に作り上げていく作業を手伝うところです。
もちろん学習は中心となる目的でしょうが、
それのみを追及する場でないのは確かなのです。

社会性に未熟さがある発達障害の子は、
当然、学校での生活は苦難の連続です。
またその責任を問われがちな親も、同じように苦しいはずです。
それでも学校という
本当の社会よりは守られている小さな社会で
失敗やトラブルを繰り返しながら いつか社会に出ていく準備を整えていく必要があります。

そう考えたときに 家庭を代表する「親」という立場と、
社会を代表する「教師」という立場を、
あいまいなままにしていると、
お互いに感情のもつれが発展し、
醜い争いとなるか、
子どもの障害に全ての原因を求めて スマートな関係を保つか
どちらかになってしまいがちだと感じました。

長くなったので次回に続きを書きますね。
 
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