長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『インヒアレント・ヴァイス』

2018-09-12 | 映画レビュー(い)

アメリカ文学界の巨匠トマス・ピンチョンの『LAヴァイス』をポール・トーマス・アンダーソン監督(以下、PTA)が映画化した本作は近年の巨匠然とした傑作群から一転、サイケな70年代を初期衝動のままに実写化してくれるのではと予想されていた。おちゃらけた探偵ホアキン・フェニックスが富豪誘拐事件に挑むというあらすじからもPTAの師匠ロバート・アルトマンの傑作『ロング・グッドバイ』への本歌取りが感じられ、否が応でも期待が高まった。

だが、今さらPTAはそんな事をする必要はないのである。
編集で物語を作り上げていった『ザ・マスター』のコンテンポラリーさとは対照的に、ピンチョンの小説から一字一句を書き起こしたという本作は当時の風俗から女優の顔まで70年代スタイルを貫き、まるでアルトマンのいた時代に自分が映画を撮っていたらと追体験しているようである。『インヒアレント・ヴァイス』はそんな夢のカリフォルニアを幻視するハッパのような映画なのだ。ビーチの夜闇にネオンのようなタイトルが浮かび上がるオープニングの格好良いこと。そこにジョニー・グリーンウッドのアンビエントな音楽がゆったりと舞い降りてくる瞬間は儚く、美しい。

プロットがやけに複雑で脇道に逸れるのは主人公が薬漬けだからだろう。おまけに本筋に全く絡まないジョアンナ・ニューサムのナレーションが話を引っ掻き回す。『ザ・マスター』で苦悶に顔を歪めていたホアキン・フェニックスがここでは頭がトロトロに溶けた主人公をチャーミングに演じており、堪らない。これまでのPTA映画同様、キャストアンサンブルが最高で、タフガイなのにどこかゲイっぽいジョシュ・ブローリンや、変態歯科医役マーティン・ショートがホアキンと共に笑いを振りまいている。女優陣ではホアキンとの不仲説を一蹴するケミカルを見せたリース・ウィザースプーンもいいが、70年代顔のキャサリン・ウォーターストンが目を引く。この映画のために70年代からタイムスリップしてきたかのような容姿で、本作のムード作りに貢献しいる。

寡作の巨匠の1本としては戯れが過ぎるが、ファンなら何度もキメるべきだ。個人的には初期作のような奔放でエネルギーに満ちた現代劇もそろそろ見たいところだが。


『インヒアレント・ヴァイス』14・米
監督 ポール・トーマス・アンダーソン
出演 ホアキン・フェニック、キャサリン・ウォーターストン、ジョシュ・ブローリン、オーウェン・ウィルソン、リース・ウィザースプーン、ベニチオ・デルトロ、ジェナ・マローン、マーティン・ショート、ジョアンナ・ニューサム

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