長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『マイ・エレメント』

2023-08-31 | 映画レビュー(ま)

 見渡せばスーパーヒーロー映画にフランチャイズ映画、人類滅亡のスペクタクルアクションばかりになってしまったハリウッドサマーシーズン。少なくとも2000年くらいまではアクション、ホラー、サスペンス、シリーズもの、そしてロマンチックコメディとメインストリームには多様性があったように記憶している。しかし、メグ・ライアンがキャンセルされ、ジュリア・ロバーツも歳を取り、いつしかスターと呼べる俳優がいなくなると、冒険をやめたハリウッドからは口コミが頼りの恋愛映画は姿を消し、今やストリーミングスルーが相場となってしまった。

 ピクサーが久しぶりに劇場のスクリーンにお目見えした『マイ・エレメント』は、そんな懐かしのハリウッド王道ロマンチックコメディを彷彿とさせる好編だ。近年、劇場公開を謳った宣伝展開から一転、ディズニープラス配信という不義理を続けてきたのが祟ってか、初動の興行収入こそ失敗したものの、評判が評判を呼んでロングヒットを記録。全米興行収入は1億5千万ドル、世界興収は爆発的な人気を呼んだ『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の3億ドルをも超えて、ディズニーは当初業界筋から下された“失敗作”という評価を打ち消す声明を出した。そんな興収推移まで『マイ・エレメント』は往年の大ヒットロマコメ映画そっくりである。

 火水木風という4つの精霊が暮らすエレメントシティが舞台、というファンタジー設定はあるものの、作品の根幹はまさに火と水ほどに性格の違う男女の恋と、異人種間のカルチャーギャップを描いたアメリカ映画伝統のフォーマットだ。火のエレメント、エンバーは遠く海を渡ってこの街へやってきた両親を持つ移民二世。火のエレメント族はほとんど二級市民のような扱いだが、父の開いた雑貨店を中心に移民街は発展してきた。エンバーはストレスを溜めすぎてしまうと文字通り爆発してしまう“火の玉ガール”。エマ・ストーン、はたまたアニャ・テイラー=ジョイを思わせるハスキーボイスで溌剌と好演するリア・ルイスは、Netflixの傑作恋愛映画『ハーフ・オブ・イット』のヒロイン、エリー・チューではないか。そのまま実写で見てみたいルイスの快投に、観客はエンバーを愛さずにはいられなくなる。感情によって煌めきを変える炎の表現はピクサーの真骨頂だ。

 方や水男ウェイドは都市部のデザイナーズマンションに暮らすお坊ちゃん。涙もろく、性根の優しい、(水だけに)ちょっとぽちゃぽちゃした愛すべき男だ。エンバーとウェイドが恋におちていくストーリーテリングは古典的とも言える直球展開。互いの違いに心ときめかせ、しかし火と水ゆえに触れたくても触れられない…そんな焦れったさにやきもきし、ロマンチックな気分になって最後はホロリと泣かせてくれる。こんな多幸感あふれるハリウッドメインストリーム映画、随分と久しぶりじゃないか!


『マイ・エレメント』23・米
監督 ピーター・ソーン
出演 リア・ルイス、マムドウ・アチー、ロニー・デル・カルメン、シーラ・オンミ、キャサリン・オハラ

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