goo blog サービス終了のお知らせ 

長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『魂のゆくえ』

2019-05-23 | 映画レビュー(た)

創立250年の伝統ある教会で牧師を務めるトラーは、信徒メアリーから夫に会ってほしいと相談を受ける。環境保護活動家の夫マイケルはカナダで逮捕された後、重いうつ状態に陥っていた。彼は身重のメアリーに子を産んでほしくないと言う。深刻な環境破壊により既に地球は瀕死の状態であり、生きていくには困難だからというのだ。トラーは通り一遍の説教をするも、確信が持てない。彼自身も人生に絶望し、神の御心に懐疑的だからだ。

『タクシードライバー』『レイジング・ブル』の脚本で知られるポール・シュレイダー監督による本作は激しい苦悶と厳格な求道心で作られたかのような映画だ。劇中、トラーは自らの心中を日記に書き残し、自問を繰り返す。牧師という家業を継がせた息子は大義なきイラク戦争に従軍牧師として随行し、死んだ。それをきっかけに妻は去り、彼はアルコールにまみれている。近所には大型宗教施設”メガチャーチ”が建ち、信徒を奪われて生活もままならない経営だ。やがて彼は地元の環境汚染企業がメガチャーチの大口献金者と知り、それは次第に狂気へと変わっていく。まるで『タクシードライバー』のトラヴィスのように。

本作でトラー役のイーサン・ホークは全米の批評家賞を独占したが、アカデミー賞には無視された。大概にしてほしい。シュレイダーの苦悶を体現する彼の演技はキャリア最高である事はもちろん、昨年のアメリカ映画における最もショッキングなパフォーマンスだ。彼の狂気が爆発する終幕に圧倒されてしまった。

2018年のアメリカ映画は徹底して個人の内面ににじり寄ろうとした。規範なき時代、誰もが出口のない苦悩を抱えている。息苦しい1:1の画面フレームの中でシュレイダーは自問を突き詰める。答えは出ない。だが、神の声は聞こえなくとも人を救えるのは人なのかも知れない。そんな一縷の希望を見出すラストに僕たちはすがるしかないのだ。

 

『魂のゆくえ』18・米、英、豪

監督 ポール・シュレイダー

出演 イーサン・ホーク、アマンダ・セイフライド

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ターナー、光に愛を求めて』

2018-04-04 | 映画レビュー(た)

市井の人々を独自の演出手法で描いてきたマイク・リー監督がロマン主義の画家ターナーの伝記映画を撮ったと聞いて驚いたが、当のターナーは庶民的な人であり、自作を全て国へ寄贈するという気取らない人柄であったという。そういう意味ではマイク・リーらしい題材であり、インスピレーションを求めて諸国を放浪し、風景画にこだわり続けた巨匠の作家性と人柄を紐解いている。

特異な人ではある。年老いた父と同居し、自分の妻子はとうに捨てて見向きもしない。息子のために顔料を溶く献身的な父に“パパ”と呼んでキスをするターナーのファザコンっぷりはどちらも凄いオッサンなだけにかなり珍妙な画だ。方やムラムラしてくるとおもむろに女中の胸を鷲掴みにする。この女中も猫背の相当みすぼらしいオバサンで、無造作に抱かれようとも拒否しない。これがかの巨匠の日常なのか。

ターナーに扮したティモシー・スポールは本作でカンヌ映画祭の男優賞を受賞した。光あふれる繊細な画風からは想像もつかない豪胆な筆致と、常に「うむぅ」と唸ってばかりの粗野な佇まい。偉人を自分に近付けた性格俳優ならではの演技アプローチはユニークだ。

果たしてターナーが風景に見出してきたものとは何だったのか?
 解体のために引き上げられたテメレール号にものどかな漁村にも彼は諸行無常と自然に対する畏敬の念を見出していた。晩年、あしげく田舎の漁村に通い、窓からの何という事はない風景を描き続けた彼は民宿を切り盛りする未亡人に心惹かれ、人生を共にする。日々、優しさを享受する心穏やかな日々。ターナーはイギリス庶民の精神性を風景画に込めていたのかもしれない。


『ターナー、光に愛を求めて』14・英、仏、独
監督 マイク・リー
出演 ティモシー・スポール、ドロシー・アトキンソン、マリオン・ベイリー
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ダンケルク』

2017-09-22 | 映画レビュー(た)
無人となったダンケルクの街を少年兵達が歩いている。
辺り一面は空から巻かれた無数のビラ。ドイツ軍からの降伏勧告だ。
時は1940年、第二次大戦の最中。連合軍の大規模撤退作戦“ダイナモ作戦”が始まろうとしていた。

直後の銃声をきっかけに、クリストファー・ノーラン監督は観客をダンケルク海岸へと叩き落す。
空からはドイツ軍の空爆と機銃掃射が襲い、海ではどこからともなくUボートの魚雷が艦船に穴を空け、兵士たちを海の藻屑と化す。ノーランは名もなき兵士の肩越しにカメラを据え、並々ならぬ迫力で観客にこの世の地獄を追体験させる。IMAXカメラのランドスケープと腹に響く砲弾の音響に僕らはすくむ。

だが面白いことにノーランは映画をリアリズムで塗り固めようとしない。スピルバーグのような内臓を飛び散らせる事はおろか、血しぶき1つ飛ばさないのだ。驚くほど実験的で野心みなぎるハンス・ジマーのスコアは弾着音から戦闘機の飛来音、戦場下の兵士を襲う耳鳴りまでも表現し、さながらサイレント映画のような趣である。商業映画でこの実験を成し遂げたジマーのスコアは近年、主流となりつつある非メロディライン映画音楽の1つの到達点と言えるだろう。

 ノーランはこれらのテクニックを用いて近年『ゼロ・グラビティ』
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が成しえてきた動体運動のみの映画話法に挑み、そこに『インセプション』のような時制のトリックを持ち込んだ。ダンケルクの撤退は約1週間に及ぶ攻防であり、イギリスからダンケルクへの海路は1日、空路は1時間だ。各パートを並行に描きながら、映画の終点でそれらの時差が同時にクライマックスを迎えるよう構成しているのである。

非常に高度な編集技術だが、果たしてこのシンプルな映画に必要な語り口かというと疑問だ。初見ではわかりにくく、この仕掛けがイデオロギーもドラマも持たない本作の“ゲームっぽさ”を際立てている。

注目すべきはこれまでハリウッド映画、アメリカ映画ばかりを手掛けてきた英国人ノーランが、初めて自身のアイデンティティを表出させた“英国映画”である事だ(註・製作は米ワーナーブラザーズ)。
「生きて故郷に帰る」というこの史実の精神性は玉砕を是とした国の子孫から見れば非常に尊く、そして軍だけではなく民間船までもが人員輸送に携わった団結の“ダンケルク魂”は分断の現在に眩い。その象徴として映画に屹立するマーク・ライランスの素晴らしさは筆舌にし難く、果てはジャムパン、紅茶、トラッドファッションにまでノーランの英国イズムへの自負を感じるのだ。こんなノーラン映画、初めてではないだろうか。

その要因の1つは、これまで全作品の脚本を手掛けてきた弟ジョナサンの離脱だろう。ジョナサンの新作TVドラマ『ウエストワールド』こそノーラン映画がトレードマークにしてきた観客への問いかけに満ちた思索的作品であり、彼の作風こそがこれまでのノーラン映画を形成してきた事がわかる。彼の不在により『ダンケルク』は削ぎ落された作品となった。今後のクリストファー・ノーランのキャリアを占う上で、重要な1本だ。


『ダンケルク』17・米
監督 クリストファー・ノーラン
出演 フィン・ホワイトヘッド、トム・ハーディ、キリアン・マーフィ、マーク・ライランス、ケネス・ブラナー
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ターミネーター:新起動 ジェニシス』

2017-02-07 | 映画レビュー(た)

ジェームズ・キャメロンの離脱後、3匹目のドジョウを狙ってきたが一向に当たりは出ず、その度にパラレルワールドと言い換えて『猿の惑星』のような壮大なタイムトラベルものになってしまった『ターミネーター』シリーズ第5弾。個人的には第4作が嫌いじゃなかっただけに黒歴史化されてしまったのは哀しいが、州知事の任期を終え、エクスペンダブルズ扱いされるシュワちゃんを再び迎え入れるためにはリブートするしかなかった。

しかし前半20分はファンサービスのつもりなのか1、2のセルフリメイクの域を出ず、早々に新たなスリルを提供する事を放棄した怠惰さに目眩を覚えてしまう。シュワ自身は老齢のターミネーターに父性を持たせ、長年演じ続けてきたアイコンに予想外の深みをもたらしており同年、やはり長寿シリーズで自身の分身とも言える“ロッキー”の老境を味わい深く演じてオスカーにまでノミネートされた盟友スタローンを彷彿とさせるものがあった。

 タイムパラドックスを弄りながら結局は“スカイネット始動”というプロットから脱却できないアイデア不足にガッカリしてしまう。そもそもキャメロンによる1、2にはSF以前に運命に立ち向かう人間のドラマがあった。ふくよかで幼い(そしてセクシー過ぎる)エミリア・クラークはやはりサラ・コナーではないし、カイル・リース役ジェイ・コートニーは無個性過ぎるのである。


『ターミネーター:新起動 ジェニシス』15・米
監督 アラン・テイラー
出演 アーノルド・シュワルツェネッガー、エミリア・クラーク、ジェイ・コートニー、J・K・シモンズ、イ・ビョンホン
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする