長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『タイラー・レイク 命の奪還』

2020-05-14 | 映画レビュー(た)

 このコロナショックを受け、世界中の映画館が閉館を余儀なくされている今、Netflixの会員数が急増している。MCUの雷神ソー役でお馴染み、クリス・ヘムズワース主演の本作は全世界9000万世帯で視聴される大ヒットとなり、映画ファンの飢餓感に応えた格好だ。近年、アカデミー賞における処遇などハリウッドの論争の的となってきた配信映画だが、コロナショックという思いがけない現象によって早々に立場を変える事になるかも知れない。

 Netflixがオリジナルコンテンツの開発に力を入れているインドでの撮影が効果を上げており、群衆で溢れかえったストリートでの激しいカーアクションや薄汚れた屋内での近接戦闘など、MCUやチャド・スタエルスキー映画で活躍したスタントマン出身サム・ハーグレイヴ監督によるアクション設計が目新しく、豪放で重量感あるヘムズワースとの相性もいい。脇を固めるのもあまり馴染みのないインド系俳優達であり、Netflixならではのグローバルな製作体制は既にコロナショック後の新たなスタンダードを意識させてくれる。

 ハーグレイヴ監督はカメラを手に自らの身体をボンネットにくくりつけ、前半早々に長回しの凄まじいカーアクションを撮影する奮闘ぶり(長ければ長いほどTPS的なゲームっぽさが出てしまうのだが)。方や脚本を『アベンジャーズ/エンドゲーム』のジョー・ルッソが手掛けており、この手のアクション映画としては殊の外、丁寧に作られている。ランボーよろしく、ヘムズワースが世界各地の紛争地域を転戦するシリーズ化も期待できるのではないか。新作映画が公開されなかった2020年上半期において記憶しておきたい1本である。


『タイラー・レイク 命の奪還』20・米
監督 サム・ハーグレイヴ
出演 クリス・ヘムズワ-ス、デヴィッド・ハーバー、ゴルシフテ・ファラハニ、デレク・ルーク、ランディ・プ・フダ
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『タリーと私の秘密の時間』

2020-05-04 | 映画レビュー(た)

 マーロは40代で予定外の3人目を妊娠してしまう。長女はだいぶ手がかからなくなったが、下の子はどうやら発達障害を抱えているらしい。夫は仕事が忙しくてほとんど家にいない。家事も子育ても全て彼女の仕事で、毎日が戦場だ。

 ジェイソン・ライトマン監督と脚本家ディアブロ・コディが『JUNO』『ヤング・アダルト』に続きタッグを組んだ本作は彼らならではの人生に対する洞察が込められた映画だ。マーロは決して不幸な結婚をしたワケではなく、出産・子育てによって人生の何かを諦めたワケでもない。彼女は社会や自らが課した“良き母”、“良き妻”といった枷に囚われてしまっているのだ。シャーリーズ・セロンは生活感たっぷりにマーロを演じ、すっかり“ちょっと美人な普通のママ”になっていて驚かされる。徹底的に自らを鍛え上げてアクションスタントをこなした『アトミック・ブロンド』、自身の持つスーパーウーマンなパブリックイメージをフル活用したラブコメ『ロング・ショット』、オスカーノミネート作『スキャンダル』と近年、全方位の大活躍だ。そんな一分の隙も無いように見える彼女が無力感に苛まれ、ついにはオレンジジュースでグショグショのTシャツを脱いでたるみきった体を晒すシーンは実生活でも母親である彼女ならではの無防備さであり、好感が持ててしまうのである。

 そんなマーロを助けるのが深夜勤専門のベビーシッターであるタリーだ。気配り上手で子守も完璧、授乳に起こしに来るタイミングもバッチリだ。まだ若さを謳歌する年頃であり、その自由奔放さはマーロの人生に潤いを与えていく。マッケンジー・デイヴィスはタリーを好感度たっぷりに演じており、セロンも肩を貸すような相性で次作は2人のアクションも見てみたい。

 マジカルシッターのタリーの秘密は映画の最後で明らかになるが、ここでは触れない。ただ言っておきたいのは男も女も性別の課す役割分担から早く解放される事だ。「完璧でいなくちゃ」というのは、ツラい。


『タリーと私の秘密の時間』18・米
監督 ジェイソン・ライトマン
出演 シャーリーズ・セロン、マッケンジー・デイヴィス、マーク・デュプラス、ロン・リヴィングストン
 
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『誰よりも狙われた男』

2020-03-28 | 映画レビュー(た)

 2014年、フィリップ・シーモア・ホフマンが死んだ。まだ46歳だった。死因は意外なことにドラッグだった。停滞とは真逆の充実したキャリアにあった彼だが、一作一作を真摯に取り組むその姿勢が精神を疲弊させたのかも知れない。そんな彼の最期の主演作となったのがジョン・ル・カレ原作『誰よりも狙われた男』である。

 ドイツはハンブルクに現れたイスラム過激派の青年を巡ってドイツ諜報局とCIAが暗躍する。ホフマン演じるギュンター・バッハマンは青年を泳がせることでさらなる大物を捕まえようと画策するが…。
 タバコと酒で枯らした声、だらしない身体、蒼白の顔…“世界を平和にする”ためスパイ活動に殉じる破滅的なまでのストイックさは今でこそ演技の高みを目指したホフマンとダブる。マーロン・ブランドをも彷彿とさせる貫禄と渋みは彼がキャリアの新たな領域に達しつつあった事が伺え、改めて無念がこみ上げた。

 アントン・コービン監督の引きの美学とタイトなジョン・ル・カレの筆致がマッチし、バイプレーヤー達の巧演が映画にコクをもたらした。ロビン・ライト、ウィレム・デフォーの雄弁な顔の皺、ピリリとサスペンスを締めるレイチェル・マクアダムス。ホフマンの傍らにピタと寄り添うニーナ・ホスのハードボイルドな華も見逃してはならない。

 終幕、ホフマンは怒りと哀しみの雄叫びを上げる。抑制から一転、気がふれたかのような凄まじい咆哮。それは演技の“高み”が指先をすり抜けたかのような、希求の瞬間にも思えた。ホフマンはさらなる領域を目指していたのだ。
 しかし、彼は車のドアを閉め、去っていってしまった。それが映画にとっても、ホフマンにとってもラストショットになってしまった。僕は寂しくて堪らないのである。


『誰よりも狙われた男』14・米、英、独
監督 アントン・コービン
出演 フィリップ・シーモア・ホフマン、レイチェル・マクアダムス、ウィレム・デフォー、ロビン・ライト、ニーナ・ホス、ダニエル・ブリュール
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『ターミネーター:ニュー・フェイト』

2020-01-26 | 映画レビュー(た)

 シリーズの生みの親であるジェームズ・キャメロンが製作、原案に名を連ね、“『ターミネーター2』の正統続編!”と銘打たれたシリーズ第6作。『ターミネーター3』『ターミネーター4』『ターミネーター:新起動ジェニシス』が失敗するや黒歴史扱いをしてきたツケが回ったのか、市場では見向きもされず興行的惨敗を喫した。やむを得ないだろう。既に35年前のコンテンツであり、度重なる製作会社の倒産、版権移譲によって正しくフランチャイズ展開する機会を失してきた結果だ。

 それでも42年間のシリーズに幕を下ろした『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』の後では断固として支持したい。監督ティミ・ミラーはファンにおもねず、確固たる演出で“現在=いま”の映画として描こうとしているからだ。

 プロットはこれまでの焼き直しに過ぎない。舞台はメキシコ。ここに未来から最新型ターミネーターRev-9が送り込まれてくる。T-800型フレームに液体金属を纏い、分裂機能を備えた強敵だ(分裂してもなぜか大きさは変わらないし、特段スペックも落ちない)。狙いは現地の工場で働く若い女性ダニー。なるほど、今度は彼女が救世主を生むのか?そこへ彼女を守るべく未来から女戦士グレースが現れる。彼女は体の半分が機械化されたサイボーグ戦士だ。おっ、ここで『ターミネーター4』が“供養”されているじゃないか。Rev-9の急襲にダニーの物分かりの良さが気になるが、まぁみんな『ターミネーター』もT2も何度も見てるから当然か。いよいよ追い詰めらた2人の前に現れるのがサラ・コナー=リンダ・ハミルトン!ダダンダンダダン!

 2010年代は90年代前半頃まで活躍した俳優がスクリーンに復活し、その円熟を見せつけた。『スター・ウォーズ』続3部作のキャリー・フィッシャー、マーク・ハミル、『アイリッシュマン』のジョー・ペシ、『ゲーム・オブ・スローンズ』のチャールズ・ダンス、そして本作のリンダ・ハミルトンだ。ジェームズ・キャメロンとの破局後、引退状態にあった彼女が我が子を奪われ、自暴自棄になったサラ・コナーに並々ならぬ迫力と深みを与えている。ダニーそのものが救世主であると知った彼女がそこに亡きジョン・コナーの姿を見出し、再び立ち上がる姿はキャメロン版への現代的意趣返しであり、感動的だ。映画はサラ、グレース、ダニーという3世代の女性達によるロードムービーになっており、シリーズのアイコンであるシュワルツネッガーが添え物程度の役割に収められているのもいい。

 女戦士グレースに扮し、見事な肉体改造を果たしたマッケンジー・デイヴィスも本作の興行的失敗がキャリアに影響を及ぼす事はないだろう。彼女のユニセックスな魅力がダニー、サラのシスターフッドを強めている(デイヴィスの出演作にLGBTQものの傑作『サン・ジュニペロ』がある事も影響しているかも知れない)。
ジェームズ・キャメロンの強い女性に対する憧れとフェチズムが現代的なフェミニズムに結実したのは意外だが、喜ぶべき事だろう。『ターミネーター』は運命に翻弄されるサラ・コナーの物語として出発しながらリンダ・ハミルトンを捨て、ジョン・コナーの物語へと舵を切った事で失敗した。女性は産むために存在するのではない。真の強さを持っているのは自らの手で運命を切り開いてきた彼女達なのだ。


『ターミネーター:ニュー・フェイト』19・米
監督 ティム・ミラー
出演 リンダ・ハミルトン、アーノルド・シュワルツネッガー、マッケンジー・デイヴィス、ナタリア・レイエス、ガブリエル・ルナ
 
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『魂のゆくえ』

2019-05-23 | 映画レビュー(た)

創立250年の伝統ある教会で牧師を務めるトラーは、信徒メアリーから夫に会ってほしいと相談を受ける。環境保護活動家の夫マイケルはカナダで逮捕された後、重いうつ状態に陥っていた。彼は身重のメアリーに子を産んでほしくないと言う。深刻な環境破壊により既に地球は瀕死の状態であり、生きていくには困難だからというのだ。トラーは通り一遍の説教をするも、確信が持てない。彼自身も人生に絶望し、神の御心に懐疑的だからだ。

『タクシードライバー』『レイジング・ブル』の脚本で知られるポール・シュレイダー監督による本作は激しい苦悶と厳格な求道心で作られたかのような映画だ。劇中、トラーは自らの心中を日記に書き残し、自問を繰り返す。牧師という家業を継がせた息子は大義なきイラク戦争に従軍牧師として随行し、死んだ。それをきっかけに妻は去り、彼はアルコールにまみれている。近所には大型宗教施設”メガチャーチ”が建ち、信徒を奪われて生活もままならない経営だ。やがて彼は地元の環境汚染企業がメガチャーチの大口献金者と知り、それは次第に狂気へと変わっていく。まるで『タクシードライバー』のトラヴィスのように。

本作でトラー役のイーサン・ホークは全米の批評家賞を独占したが、アカデミー賞には無視された。大概にしてほしい。シュレイダーの苦悶を体現する彼の演技はキャリア最高である事はもちろん、昨年のアメリカ映画における最もショッキングなパフォーマンスだ。彼の狂気が爆発する終幕に圧倒されてしまった。

2018年のアメリカ映画は徹底して個人の内面ににじり寄ろうとした。規範なき時代、誰もが出口のない苦悩を抱えている。息苦しい1:1の画面フレームの中でシュレイダーは自問を突き詰める。答えは出ない。だが、神の声は聞こえなくとも人を救えるのは人なのかも知れない。そんな一縷の希望を見出すラストに僕たちはすがるしかないのだ。

 

『魂のゆくえ』18・米、英、豪

監督 ポール・シュレイダー

出演 イーサン・ホーク、アマンダ・セイフライド

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