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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ホルストン』

2021-08-31 | 海外ドラマ(ほ)

 Netflixとライアン・マーフィーによる最新作は1970年代に活躍したファッションデザイナー、ホルストンの伝記ドラマだ。彼の名を一躍有名にしたのは1961年、ジョン・F・ケネディの大統領就任式で妻ジャクリーンがかぶった「ピルボックス帽」のデザインだった。以後、帽子の流行が下火になると彼は洋服デザインへと転向し、その流麗でエレガントなスタイルが人気を集めていくことになる。

 『POSE』『ハリウッド』『ボーイズ・イン・ザ・バンド』同様、徹底再現された時代風俗が本作の見どころの1つだ。ホルストンのブランド初期メンバーには後に映画監督へ転身し、『バットマン・フォーエヴァー』や『オペラ座の怪人』など数々の大ヒット作を手掛けた故ジョエル・シュマッカー監督が在籍していた事に驚いた。ホルストンは映画界との繋がりも強く、ボブ・フォッシー監督作『キャバレー』では衣装を改良した事からライザ・ミネリと親交が生まれ、それは終生に渡って続いたという。演じるクリスタ・ロドリゲスはミネリに似せているのはもちろん、ホルストンがブランドの威信をかけたファッションショー"ヴェルサイユの戦い”を描く第2話で見事なステージアクトを披露している。

 だが、ドラマはホルストンがファッションによってもたらした革命〜女性解放〜についてはあまり注力していない。彼は体にフィットしたデザインが主流だった時代に緩やかさとパンツルックを持ち込み、ハイブランドから中小価格帯へ進出することで中産階級の衣料を一変させる。しかし、その先駆的な経営戦略は当時、ブランド価値を傷つけるとして物議を醸す。本作ではホルストンは商才をほとんど持ち合わせておらず、経営は彼の意に反したものだったとしている。

 彼は経営者である以前に、アーティストだった。1975年、ホルストンがマックスファクターから発売した香水は終生の大ヒット作となる。第3話、調香師はホルストンのルーツから香りを探り出そうと、まるでセラピストのように彼の内面へと迫っていく(ヴェラ・ファーミガがこの職人に神妙な説得力を持たせており、さすがの巧者ぶり)。家族の帽子を手掛けていた幼少期の記憶と、ゲイとしての孤独と向き合う彼が見出した匂いに調香師は言う「あなたは天性の調香師よ」。最もパーソナルなことが最もクリエイティブなのだ。

 最終回タイトルは『批評』。薬物依存で経営判断もままならない彼の仕事を酷評したのが批評家であり、社から放逐された後、懇意の演出家の下で手掛けた舞台衣装を大絶賛したのも批評家であった。物語はマーフィーの代表作『POSE』同様、エイズ禍の1990年代に突入して幕を閉じる。『ホルストン』は時代に埋もれたゲイの物語に光を当てるが、薬物に依存していくナルシズムに時間を割いた構成はやや活力に乏しい。しかし商業主義に背を向け、時に批評に泣き、批評によって尊厳を取り戻すアーティスト、ホルストンへの強い憧れにこれまでにないマーフィーの強い想いを感じるのである。

 近年、バイプレーヤーとして磨きをかけてきたユアン・マクレガーはホルストンの野心と繊細をエレガントに演じ、キャリアベストの演技。エミー賞では主演男優賞はじめ、美術部門など計5部門でノミネートされている。


『ホルストン』21・米
監督 ダニエル・ミナハン
出演 ユアン・マクレガー、レベッカ・デイアン、デヴィッド・ピトゥー、ジャン・フランコ・ロドリゲス、ビル・プルマン、ヴェラ・ファーミガ
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『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』

2021-07-28 | 海外ドラマ(ほ)
※このレビューは物語の結末に触れています※
 『胸騒ぎのシチリア』『君の名前で僕を呼んで』で知られるイタリアの名匠ルカ・グァダニーノもTVシリーズ進出だ。夏の享楽を撮らせたら右に出る者はいない監督である。照りつける太陽、吹き抜ける海風…カメラから伝わるそれは僕らの個人史と結びつき、この物語が永遠に忘れられないあの夏だという事がわかる。グァダニーノは今回、初めてデジタルで撮影しているが、同じイタリアの夏を舞台とした前2作とまるで異なるルックを獲得している。いずれもグァダニーノによる夏なのに、暑さも風も違って見えるのだ。

 北イタリア、ベネト州の米軍キオッジャ基地にフレイザーがやってくる。母サラが駐屯司令に就任し、NYから転勤となったのだ。14歳、都会のトガッたセンスと自意識では田舎の生活に慣れた同世代の間で浮いてしまうのも無理はない。そんな彼が唯一、打ち解けたのが隣家に暮らすケイトリンだ。

 グァダニーノはフレイザーとケイトリンの2人を主人公として、彼らのひと夏を追っていく。全8話中前半4話はほとんど事件らしい事件もなく、まるで永遠に終わらない夏休みかのような祝祭感に満ちている。フレイザーは母の秘書を務める青年士官に惹かれ、ケイトリンは男装してハーパーと名乗り、地元の女の子とデートをする。2人とも性的アイデンティティすら定かではなく、しかしグァダニーノの夏はそんな2人の"ゆらぎ”も祝福する。

 イタリアの夏に抱かれるのは子ども達だけではない。母サラはフレイザーが想いを寄せる青年士官と距離を近づけ、パートナーであるマギーもまた不倫に走る。一人だけキモチ良くなれないのはケイトリンの父親で、隠れトランプ支持者のリチャードだけだ。クールに年齢とキャリアを重ねたサラ役クロエ・セヴィニー、こんなにしっとりとした美しさを持っていたのかと驚かされるアリシー・ブラガと大人のキャスト陣も実に艶っぽく、いい。内に怒りを抱えたリチャード役のキッド・カディも憎まれ役を好演だ。

 間もなく冬を迎えようとする第6話から物語が大きく動く。深夜、軍からの急報を受けるサラの傍らで、テレビはドナルド・トランプの大統領当選の様子を映し、それはエンドロールが終わるまで続く。ドラマにはこれまでにない不穏な空気が流れ、『サスペリア』同様、激しい冷雨が死の影を呼ぶ。グァダニーノ作品で夏はエロスの象徴であり、冬はタナトスの象徴だ。

 トランプの大統領就任から4年間、極まった排外主義は決してアメリカだけに留まらず、日本をはじめ世界中で内在していた者達を呼応させた。他国にありながら自国のルールが成立する"イタリアの中のアメリカ軍基地”という舞台設定は、実に多くの意味を持ったメタファーでもあるのだ。『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』は今を生きる子ども達に向けられた物語であると同時に、決して完璧ではない大人たちの責任を描いてもいる。果たして僕たち大人は、このあまりに不安定な世界で子ども達を守ることができるのか?思いがけぬ人物の「子供をほったらかしちゃいけない」という言葉が、強く突き刺さった。

 TVシリーズというナラティブを手に入れたグァダニーノは最終回を安易なエピローグにすることなく、もう1つの冒険を用意してみせる。サラの考えによりリチャード家は転勤が決まり、フレイザーとケイトリンには別れの時が近付いていた。彼らはたった2人で基地を抜け出し、徒歩でブラッドオレンジのライブに向かう。開演時間に間に合うかどうかも定かではないが、そんなことはどうでもいい。どれだけ無鉄砲なことをして、そして「この世で最も美しい場所」が夜明け前の無人の街だと錯覚できるのはこの年齢だけだ。子ども時代のそんな積み重ねが、豊かな人生を形作っていくのではないか。本作の眩い太陽に切なさがこみ上げるのは、僕たち大人が同じ夏など2度とない事を知っているからだ。フレイザーとケイトリンは今ここで自分らしさを手に入れるが、このコロナ禍において2度も夏休みを奪われたティーンエージャーのことを思わずにはいられない。


『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』20・米、伊
監督 ルカ・グァダニーノ
出演 ジャック・ディラン・グレイザー、ジョーダン・クリスティ・シモン、クロエ・セヴィニー、アリシー・ブラガ、キッド・カディ

 
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『ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー』

2020-11-18 | 海外ドラマ(ほ)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 マイク・フラナガン監督によるアンソロジーシリーズの第2弾は、ヘンリー・ジェームズの中編『ねじの回転』を原作に物語の舞台を1980年代へと移している。ある夜に集った人々が語り合う怪談話は、主人公ダニーが人里離れた邸宅“ブライ”にやって来る所から始まる。彼女はここに住む10歳の少年マイルズと、8歳の妹フローラの家庭教師として雇われたのだ。そこで彼女は想像を絶する恐怖に直面する…と基本プロットはそのままに、今回も登場人物それぞれのドラマが掘り下げられ、胸に迫る怪談へとアレンジされている。

 大傑作だった前作『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』の完成度を期待したファンにはちょっと肩透かしかも知れない。恐怖描写は控え目で、ホラーとしてはそんなに怖くない。1話ずつ登場人物を描いていく構成も全く同じでやや新味に乏しい。何より昼間シーンの淡い映像はTVで見るにはやけに眩しく、何とも“TVっぽく”て安いのだ。

 それでも一度、夜の帳が降りるとブライの屋敷には禍々しい空気が充満し始める。何かが見える気がするショットの奇妙な余白を、怖い物見たさで凝視してしまう(前作同様、イースターエッグとして屋敷の各所には事故映像さながらに幽霊が映り込んでいるという)。そして前作から続投するキャスト陣によって、物語はまるで逃れられない呪いのようにも見えてくるのだ。前作で末妹ネルに扮し、注目を集めたヴィクトリア・ペドレッティが今回は堂々の主演を務めており、ダニーの痛ましいまでの哀しみを体現した。今や時代は映画を経由せず、TVシリーズからスターが生まれる時代だ。

 煮え切らない完成度の続く今シーズンもようやく第8話でブレイクスルーが飛び出す。恐怖の根源を解き明かす全編モノクロの演出は『ツイン・ピークスThe Return』第8話、『ウォッチメン』第6話でもおなじみのトレンドだ。淡々と進むモノローグと、悪夢的なモノクロームが呼び水となる恐怖の澱みにはしかし、哀しみが見え隠れする。

 そう、今回もフラナガンは想いの強さがこの世とあの世を繋ぎとめる事を描く。生者が死者を想い、死者もまた現(うつつ)に執着する。ブライという煉獄に人知れず留まり続ける彼らは物悲しく、それでいてブライだけが唯一の居場所、拠り所に見えてしまうのだ。拭い去る事のできないトラウマを抱えたダニーはじめ、ここで働く使用人達はこの世に疲れて互いに肩を寄せ合い、そこには仄かな温かさがある(家政婦ハナに扮したタニア・ミラーが素晴らしい)。

 そして終幕、ようやく自身のセクシャリティに向き合ったダニーが庭師のジェイミー(アメリア・イヴ)と慎ましやかな同棲生活を送る姿は、エイズ禍の80年代という時代設定からも人目を忍んた暮らしだった事が伺える。その姿はブライの屋敷で人知れず現世を想い続けた幽霊たちの姿ともダブるのだ。時代に翻弄され、幸せを得る事のできなかった人々を“供養”する終幕に、並のホラーでは得られない感動を覚えた。


『ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー』20・米
監督 マイク・フラナガン、他
出演 ヴィクトリア・ペドレッティ、オリヴァー・ジャクソン・コーエン、アメリア・イヴ、タニア・ミラー、ラフル・コーリ、タヒラ・シャリフ、ヘンリー・トーマス、ケイト・シーゲル、カーラ・グギノ、アメリー・ビー・スミス、ベンジャミン・エヴァン・エインズワ
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『POSE』

2020-10-04 | 海外ドラマ(ほ)

 物語はトランスジェンダーのブランカがエイズ陽性の診断を受ける所から始まる。舞台は1987年のNY。エイズの爆発的蔓延期であり、同性愛者を中心に拡がった事から社会的な偏見が助長され、「反キリストの罰」とまで言われた時代だ。ゲイコミュニティ側にも正確な知識が不足しており、コンドーム着用を怠った事が大きな原因と言われている(ロバン・カンピヨの『BPM』もサブテキストにぜひ)

 余命を悟ったブランカは決意する。自分らしく生きて、夢を叶えなくては。当時、NYのブラック・ゲイカルチャーでは“ファミリー”と呼ばれるグループが形成され、それらが“ボール(舞踏場)”で互いの美を競い合う“POSE”というイベントが行われていた。ブランカは所属するファミリー“アバンダンス”のマザー、エレクトラからあらん限りの蔑みを浴びながら独立する。彼女の夢は自らがマザーを務めるファミリーを作り、ボールで優勝する事だ。

 『POSE』は見慣れないシチェーションだが、作りは直球どストレートの熱血トレンディドラマだ。見所の1つであるボール対決は主催者が決めたテーマに沿って着飾り、ポーズを決めて踊るというもので、この祝祭感は否が応でもアガる。ここでの優勝は彼女達にとって最大の栄誉であり、熾烈な戦いはほとんどバトル漫画のノリだ。ドミニク・ジャクソンがド迫力で演じるエレクトラは超えなくてはならない絶対的ライバルとしてブランカの前に立ちはだかり、最終回は激アツの展開が待っているぞ。

【ハリウッドにもたらされた“革命”】

 本作は全米中のオーディションで選ばれた総勢50名以上にも及ぶ黒人トランスジェンダー俳優を起用している。近年、シスジェンダーの俳優がトランスジェンダーを演じる事に対して批判的な言論があり、それに対し「どんな役でも演じられるべき」と反論している俳優もいるが『POSE』を見れば全くの見当違いだとわかるだろう。これだけ才能豊かな俳優達が正当な評価もされず、自身が演じるべきトランスジェンダーの役柄すら奪われてきたのだ。これは人権問題であり、ハリウッドにおいては性別による不利益を覆すための労働争議なのである。

 余命を悟った事で命を燃焼させる主人公ブランカ役のMJ・ロドリゲス、エレクトラ役ドミニク・ジャクソンは刮目すべき存在感であり、彼女らはじめキャストアンサンブルの充実は各賞レースの作品賞レベルだ。それでも実際に評価されたのは中年ゲイの悲哀を演じたベテラン、ビリー・ポーターだけだった。ハリウッドはライアン・マーフィーの問い掛けに「準備不足」と回答したようなものだ。

【ルールズ・オブ・80s】

 数少ない白人キャストとなるのがエヴァン・ピーターズ演じるスタンだ。彼はドナルド・トランプに憧れるビジネスマンで、何とトランプタワーに就職する。妻子にも恵まれ、何不自由ない生活に見える彼の心の内には空虚さがあり、それを埋めるかのようにトランスジェンダーのエンジェル(キュートなインディア・ムーア)と愛人関係に没頭する。彼は言う「ブランドにしか価値を見出せなかった」。80年代はレーガン大統領の“レーガノミクス”による新自由主義経済によって経済不況からの脱却が行わていく一方、今日に至る経済格差の温床となった。その過程で不動産王として名を成したのがドナルド・トランプだ。

 スタンの上司を演じるジェームズ・ヴァンダー・ピークはブレット・イーストン・エリス原作の『ルールズ・オブ・アトラクション』に主演した俳優で、彼が演じた役には同じくエリス原作『アメリカン・サイコ』でクリスチャン・ベール演じたパトリック・ベイトマンの弟という裏設定がある。80年代の物質文明を批判したエリス作品が遠隔的に引用されている事からも、本作がトランプへのカウンターであることがわかる。

【Black Lives Matter】

 僕が全くの無知だったため、彼女らが抱えるセクシャルマイノリティとしての苦難に驚かされた。エレクトラは白人“パトロン”との愛人関係により生計を立ててきたが、彼女が性転換を望んでも受け入れてはもらえない。愛人達は“女性”を求めているワケではないからだ。自らを律してきた者だけが持つ厳しさ(と圧倒的な口の悪さ)で周囲に接してきたエレクトラが自己一致に苦しみ続ける姿は辛い。

 また同じゲイでも女性装は下位に見られる事も初めて知った。ブランカは1杯のマルガリータを求めて何度もゲイバーに赴く。放り出され、時には殴られもする彼女に仲間は聞く。
「負けるとわかっているのになぜ?」
「戦う意味があるからよ」

 生まれながらの黒人差別に加え、性差別まで背負った彼女らを描く本作は全く異なる角度から光を当てたもう1つのBlack Lives Matterなのだ。この画期性に正当な評価が下されるまではもう少し時間がかかるかも知れない。それでも映画とTVシリーズを愛する者として見続けなくてはならない作品なのだ。


『POSE』18・米
監督 ライアン・マーフィー、他
出演 M・J・ロドリゲス、インドゥヤ・ムーア、エヴァン・ピーターズ、ドミニク・ジャクソン、ビリー・ポーター、インディア・ムーア

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『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』

2020-03-24 | 海外ドラマ(ほ)

個人的な話をしよう。
中学生の頃、僕が住んでいた家は所謂“いわく付き”の物件だった。持ち主が(全く別の場所ではあったものの)自殺しており以後、空き家になっていたのを買い取ったのだ。一戸建ての真新しい物件で、大きな庭まで付いて子供心に破格の値段だった事を覚えている。

 僕の祖父は僧侶だったが、霊感のなさがネタになるほど徳のない人だった。修行で各地を行脚していた頃、地元の人から「絶対にやめておきなさい」と言われた空き寺で一泊したが、何も起こらなかったという笑い話を聞いた事がある。そのせいか、僕も霊的なものは一切信じていなかった。

 だが、説明のつかない不思議な事は起きた。家族が寝静まった夜中、二階から足音が聞こえてきた。飼い猫がいつまでも室内の虚空を見つめていた。そして深夜、ふと目覚めた僕は金縛りに遭い、何かの気配を感じた。

 でもそれはいずれも科学的な反証が可能である。足音に聞こえたそれは家の軋みかも知れないし、猫が虚空を見つめる事はよくある。深夜の金縛りは向かいの土建屋さんが早朝に出かける車の音で脳が目覚めたせいだ。そう、理由はつく。

 だが、この頃から家族の仲は悪かった。特に病気を抱えていた父親と年頃だった僕達の折り合いは悪く、その家庭不和は今も続いている。

『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』を見て、他人事と思えなかった。ある程度の家庭不和を経験したことがある人なら正視できないかもしれない。だが監督、脚本のマイク・フラナガンはTVドラマならではの全10話という時間をかけてこの家族の負った傷と再生をじっくりと描き、僕はその語り口に引き込まれてしまったのである。

【悲劇に根差した“怪談”】
主人公スティーブンも幼少期に遭遇した超常現象を化学的に反証し、自分を納得させてきた人だ。彼は20数年前、ヒルハウスで家族に起きた事件を小説化し、怪奇小説作家として名を成している。悪霊に怯え自殺した母を精神疾患と断じ、その血を怖れて子供を作ろうとせず、妻に対して心を閉ざしている。

ある晩、家に帰ると末妹ネルが来ていた。心を病み、入院していたハズなのにどうしたのだろう。そこへ妹シャーリーから電話がかかってくる。「ネルが死んだの」
振り返るとネルの顔が死人のようにくすみ、泣き叫び、大きく歪んでいく。そして次の瞬間、消えていた。

ドラマの前半5話は家族1人1人の過去と現在を丹念に解き明かしていく。中でもネルが痛ましい。幼少期に遭遇した幽霊“首折れ女”の影に怯え続け精神を病み、やがて家族から孤立していく。彼女がその恐怖の根源に気付く第5話クライマックスの“落下”には言葉を失ってしまった。

そのまま第6話をビンジしてほしい。落下のテンションは1シーン1ショットで3場面を構成する悪夢的ロングショットにつながっていく。通夜の席に集った家族の出口のない苦しみを身の毛もよだつ恐怖描写と、俳優達の真摯な演技で描き出していくこのエピソードはシーズン屈指の傑作回となった。

【ホラー映画界の超新星、マイク・フラナガン】
監督、脚本を務めたマイク・フラナガンは78年生まれの41歳。2016年の『ウィジャ ビギニング』で頭角を現し、2017年にはスティーブン・キング原作『ジェラルドのゲーム』で巨匠と邂逅。2019年に『シャイニング』続編『ドクター・スリープ』を手掛ける事となる。

Jホラーの影響も色濃い湿度の高さを持ったホラー演出、登場人物の心情を丁寧に紡いでいく怪奇作家としての描写力、そしてまるで酸化銅のようにくすんだアシッドグリーンの映像美がトレードマークだ。また本作の真の主役とも言える邸宅ヒルハウスのプロダクションデザインが素晴らしく、昼間は瀟洒な豪邸が一度、夜の闇に包まれると邪悪な気配を帯び始める。特に物語のクライマックスとなる“開かずの間”は全く何も置いていない部屋ながら、壁一面の黒カビの生え方で恐怖を呼び起こす戦慄のデザインであった。

彼の作品には必ず恐怖の元凶となった悲劇が存在しており、どちらかというと日本の怪談のような作風だ(幼少期のトラウマの象徴である“家”への帰還というモチーフは『ドクター・スリープ』とも一致する)。当然、その高い演出力は俳優陣からも素晴らしい演技を引き出しており、『ゲーム・オブ・スローンズ』のミヒル・ハウスマン、『YOU』のヴィクトリア・ペドレッティ、ケイト・シーゲル、マッケンナ・グレイス、ティモシー・ハットン、カーラ・グギノら皆、名演である。

各シーズンで完結するリミテッドシリーズとして第2シーズンも製作されており、今度はヘンリー・ジェームズの傑作『ねじの回転』を基にしているという。期待したい。


『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』18・米
監督 マイク・フラナガン
出演 ミヒル・ハウスマン、エリザベス・リーサー、ケイト・シーゲル、ヴィクトリア・ペドレッティ、オリヴァー・ジャクソン・コーエン、ヘンリー・トーマス、カーラ・グギノ、ティモシー・ハットン、マッケンナ・グレイス
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