リッスン・トゥ・ハー

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トナカイと僕らの境界

2011-03-06 | リッスン・トゥ・ハー
僕らがまだトナカイだった頃、と書き出してみても、違和感はない。僕はトナカイだった。それでいいじゃないか。何の問題があると言うんだ。トナカイの頃、好きだった音楽や女の子は空想にすぎないのか。いや、あれは確かに存在した。そのリズムや短いギターソロや身体を蝕んでいくようなくちづけや女の子の髪が揺れている記憶は、今でも僕の奥の奥にそっと毛布をかけて置いてある。取り出そうと思えばいつでも取り出せる。だから僕がトナカイであること、トナカイでなくなったこと、トナカイではないこと、すべては同じ意味の文章で、結局のところ、トナカイと僕らの境界なんてない。

樽床氏、代表選にでるんであとはよろしく

2011-03-06 | リッスン・トゥ・ハー
樽に入っている。得体の知れないものが入っているようだ。と加西さんは警戒している。だからわたしはその後ろ姿を見つめながら警戒している。加西さんが警戒している時は絶対にわたしも警戒した方がいいんだから。間違いないんだから。加西さんは樽をつつく。持っていた魔法の杖でつつく。どうして魔法の杖をもっているのかというと、拾ったのだそうだ。魔法の杖は帰り道によく落ちている。わたしも拾ったことがある。加西さんの杖ほどすごくはないけれど、わたしも魔法の杖を拾って、ふるったことがある。ふるってどうなったのか、言わないけれど。それほどすごいことにはならなかった。というよりもほとんど何もおこらなかった。加西さんの魔法の杖をふるうととんでもないことがおこるのだそうだ。樽はバスの待合所にあった。つつくと少し揺れる。重いものが入っているようにかすかに動く。加西さんはなおも警戒している。わたしはなにが入っていても加西さんなら上手く対処するだろうから安心だと思っている。加西さんは魔法の杖で樽を叩く、はじめは軽く次第に強く、重く。杖はきしみ、鋭く樽を打つ。音が大きくなる。樽が動いているようにも見える。そんなわけがないと思い直す。しかし確実に、加西さんが魔法の杖で強く叩くたびに動きは大きくなる。やがて、樽は転がりはじめて、加西さんとわたしはそれを追いかけていく。坂道でもないのに巧い具合に転がっていく。どこにむかっているの、とわたしは問いかける。答えてくれるわけもなく、樽は転がっていく。意外に器用なのかもしれない。加西さんはやはり警戒しつつも樽を追いかける。時々、ベイベーとつぶやく。加西さんなりにテンションが高くなってきた。わたしは加西さんの背中をじっと見ながら追いかけていく。樽は止ることない。夜はもうすぐ。わたしは陽気で、腹も減っていない。