リッスン・トゥ・ハー

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タイムパラドックスを回避する方法

2010-08-01 | リッスン・トゥ・ハー
「知っているのか?」

「ぼくですか、知ってますよ」

「教えてくれ、今すぐ俺に教えてくれ」

「なんですか急に、イヤですよ、せっかく知ってることをわざわざ教えるもんですか」

「なんでもする、オマエが望むことは何でもするから教えてくれ」

「じゃあ、ちょっと聞きますけど、なんで知りたいんですか?別に知っても役に立ちませんよきっと」

「いや、常人であればほとんど関係のないことだが、俺は違う。かなり関係していて、それを知らないと、知らないと」

「知らないとなんですか、落ち着いてください、ほら、これを飲んで」

「なんだこの白い液体は?」

「なんだって、脂身エキスです」

「脂身エキスってなんだよ、飲まないよこんなの」

「じゃあ、教えない」

「わかった、飲む、かしてみろ、ごくごく、意外とすっきりしている」

「うわ、飲んじゃった、本気ですね」

「そうさ、さあ、教えてくれ、今すぐに俺に教えてくれ、さあ」

「わかりました、よく聞いてくださいよ」

「ああ」

「まず、ラー油です」

「は?」

「あるでしょう、最近人気の食べるラー油」

「あるね、それがなんなの」

「それを振りかけます」

「何に?何にラー油をふりかけるの?」

「何って、そりゃあ頭皮に決まってるでしょう」

「食べるラー油を頭皮にふりかけるの?なんで?」

「なんでって、すごい刺激ですよ、もう痛いぐらい、刺すような刺激」

「そうだろうけど、それなんの意味があるの?」

「うーんカイカン、って言うためでしょう」

「言いたくないよ」

「じゃあ、もう教えませんよ、いいですよ、そっちで勝手に見つけてください、ぼくは知りません」

「待って、わかった、カイカンて言う、それで次はどうなるの?」

「なんか、ちょっと言う気がなくなりました」

「ごめん、俺がはやまった、全部聞かないうちに余計なこと言った、続けて続けて」

「まったく、わがままなんだから、次、話の腰おったら教えませんから」

「わかった、もう何も言いません、相づちだけ打ってます」

「じゃあ、いいますよ。カイカンていう」

「はい」

「すると日下部さんは、お前も好きだねえ、って言ってくれる、それを聞き流してると日下部さん怒りだすから、掃除機で吸い込む、日下部さんは抵抗して吸い込まれない、強にしてしっかり吸い込む」

「ん」

「すると殺した叔父が生き返る、つまりタイムパラドックスは起きない」

「急展開すぎるし、日下部さんて誰?」

「ぼくの叔父です」

「じゃあ、殺してないじゃん」

「仮にはね」

妹がムーンウォークの練習をしている様子を撮影した動画に癒やされろ

2010-08-01 | リッスン・トゥ・ハー
妹は一心不乱にムーンウォークの練習をしている。何の迷いもなく、自分がいつかきっと映像の中のMJのように、するするとムーンウォークできるようになると信じている。その動きはまだぎこちなく、なにかかくかくしている。かくかくしながらそれでも足を自由に、手を自由に動かして、軟体動物のように動いている。いや、それは服を着た軟体動物そのものであった。軟体動物デ或る妹は、家族がいない時を見計らって出現する。カメラを設置していなければ事実は知られないままだったろう。私の英断を讃えてほしい。学者はこの動画を観察し、論文を書くだろう。テレビ局も黙っていない。ある局がいち早く取り上げ、他の局が遠慮がちに追随する。いつものパターンだ。軟体動物は前後左右に予想のできない動きを見せる。フローリングの床がすべりやすいためか、摩擦を感じない。それは、MJのそれとは全く違っていたが、あるいは月面で動くならこうなるのではないかと思わせる説得力があった。軟体動物はMJよりもよりムーンウォークの精度を高めたとさえ言える。人々はこの映像を見て、ほんのりとすることだろう。ほんのりとして、うふふと笑い、缶ビールのプルトップをあけて、喉を鳴らす。柿の種をつまみながら、またうふふと笑う。繰り返し、無限ループ。妹がカメラを見る。知っていたのか、と私は驚く。あえて、知らぬ振りをしその姿を記録し、全世界のみなさまこんにちは、ご機嫌いかがかしらと、その目は語っていた。君は僕らのアイドルさ、名前のない、軟体動物、レジェンド・オブ・妹。