俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

脳の疲労

2012-05-11 15:31:41 | Weblog
 脳も筋肉も使えば発達するし、使わなければ衰える。しかし大きな違いがある。筋肉は使い過ぎれば破損するが、脳を使い過ぎて障害が発生した人はいないだろう。長時間の勉強による疲れ(英語ではtired ofでありtired withではない)を感じた人は少なくなかろうが、フル稼働させて脳を疲労させた経験のある人は少なかろう。
 私は脳の疲労を感じたことが2度ある。どちらも大学生時代だ。
 1つはニーチェの「ツァラトゥストラ」を読んだ時のことだ。それまでぼんやりと思っていた疑問が次々に解明されることに激しく昂奮した。息使いまで荒くなり読書と言うよりもまるで格闘をしているような気分だった。
 もう1つは英会話だった。90分間、全く英語しか使わない授業は初めてだったので一言も聞き逃すまいと神経を張り詰めてかなりの疲労感を覚えた。但し、2回目からは慣れたせいか疲労を感じるほどには脳を使わなくなった。
 結局、一生でたった2回だけしか脳をフル稼働させなかったということだ。仕事では結構アイデアを出したつもりだが脳の疲労を感じるほどに使ったことは無かった。
 多分、多くの人は一生に1度も自分の脳をフル稼働させることが無いままで生涯を終える。勿体ないことだ。

コメントを投稿