今では余り使われない言葉だが、昔は投手の球を「軽い・重い」と評価したものだ。体が大きくてパワーのある投手の球は「重い球」で打たれても余り飛ばない。逆に小柄や細身の投手の「軽い球」はホームランを打たれ易いと言われていた。漫画「巨人の星」の主人公・星飛雄馬は小柄なために球が軽く、その弱点を克服して「大リーグボール1号」を編み出した。
物理的に考えればこれは誤っている。投手のパワーがボールに乗り移ることなどあり得ない。同じボールを使う限りその威力は速度の二乗に比例する。国民に科学知識が広まるに連れて「軽い球・重い球」の区別は迷信として排除されたようだ。
しかしこれこそ生半可な知識に基く似非科学だ。軽い球・重い球の違いは実在する。
大学時代、私の草野球チームには3人の投手がいた。エースは中学時代に実績を残した男で、2番手は高校ではテニス部、3番手は高校野球でショートを守っていた。この第3の男が軽い球の投手だった。それなりにスピードもコントロールもあったのでド素人相手なら通用したのだが、少し野球経験のある者には滅多打ちを食らった。私はキャッチャーだったので相手チームの声がよく聞こえた。投球練習中は「キレの良さそうな球だな」と感心して見ているのだが打席を終えるや評価は一変した。「何て素直で打ち易い球だ」とか「最高のバッティングピッチャーだ」と散々な評価へと変わった。
高校でショートを守っていた彼は癖の無い球を投げるように仕付けられていた。これは一塁手にとっては捕り易い良い球なのだがバッターにとっては芯に当て易い棒球になる。
一方、2番手の男はテニス出身なので癖球だった。手元でも微妙に変化した。だからバットの芯を外れることが多く凡打になり易い。彼は所謂「重い球」を投げていた。
つまり重い球の正体は、球筋が汚く手元で変化する球か緩急の変化があってタイミングが狂い易い球のことであり、軽い球とはバットの芯で捕え易い素直な球のことだ。実際には違いがあっても、生半可な知識に基いて世界を色眼鏡を通してしか見なければ、却って事実が見えなくなってしまう。
物理的に考えればこれは誤っている。投手のパワーがボールに乗り移ることなどあり得ない。同じボールを使う限りその威力は速度の二乗に比例する。国民に科学知識が広まるに連れて「軽い球・重い球」の区別は迷信として排除されたようだ。
しかしこれこそ生半可な知識に基く似非科学だ。軽い球・重い球の違いは実在する。
大学時代、私の草野球チームには3人の投手がいた。エースは中学時代に実績を残した男で、2番手は高校ではテニス部、3番手は高校野球でショートを守っていた。この第3の男が軽い球の投手だった。それなりにスピードもコントロールもあったのでド素人相手なら通用したのだが、少し野球経験のある者には滅多打ちを食らった。私はキャッチャーだったので相手チームの声がよく聞こえた。投球練習中は「キレの良さそうな球だな」と感心して見ているのだが打席を終えるや評価は一変した。「何て素直で打ち易い球だ」とか「最高のバッティングピッチャーだ」と散々な評価へと変わった。
高校でショートを守っていた彼は癖の無い球を投げるように仕付けられていた。これは一塁手にとっては捕り易い良い球なのだがバッターにとっては芯に当て易い棒球になる。
一方、2番手の男はテニス出身なので癖球だった。手元でも微妙に変化した。だからバットの芯を外れることが多く凡打になり易い。彼は所謂「重い球」を投げていた。
つまり重い球の正体は、球筋が汚く手元で変化する球か緩急の変化があってタイミングが狂い易い球のことであり、軽い球とはバットの芯で捕え易い素直な球のことだ。実際には違いがあっても、生半可な知識に基いて世界を色眼鏡を通してしか見なければ、却って事実が見えなくなってしまう。