こんにちは「中川ひろじ」です。

みんなのお困りごとが私のしごと

社民党全国幹事長会議

2015-10-22 22:55:25 | 活動日誌
 
10月22日東京で社民党全国幹事長会議があり出席した。
この間の戦争法案反対の取り組みを総括し、廃案にする戦いの継続と、来夏の参議院選挙に向けた方針を確認した。
私からは、長野での戦争をさせない1000人委員会の取り組みを報告しながら、①大衆運動の強化について、②安全保障政策の打ち出しについて、③自治体議員立憲ネットワークへの参加について、④参議院選挙の選挙区候補者の戦略的な擁立について発言をしました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神林旅人(かんばやし りょじん)

2015-10-22 22:32:44 | 

私が専修大学に通っていた頃、狛江市の岩戸児童館で卓球クラブの指導をしていたことがある。卓球のほかにも、音楽、絵画、工作、スポーツなどもあった。週一回土曜日に卓球クラブはあったが、絵画クラブは他の曜日だったと思う。
児童館ではクリスマス会や、七夕会、キャンプなど様々な行事が行われていたが、各クラブの先生はそういった行事もお手伝いした。
子どもたちの行事が終わって片づけてから、児童館の職員のみなさんやボランティアのお母さんたちと、懇親会もよくやった。
そのとき活躍するのが、絵画クラブの神林旅人先生である。特に「おでん」と「たれに漬け込んだバーベキュー」は絶品であった。
私は、大学を卒業して郷里に戻ったが、神林先生は妙技山のふもとに古民家を借りて絵を描きに来ていた。一度訪れたことがある。
今日、30数年ぶりに神林先生を訪ねた。
世田谷区経堂の天祖神社の隣に「あとりえたびびと」はある。
最近転んで膝のお皿を割って手術をしたそうで、無類のお酒好きが一か月飲んでいないというからよっぽどのことだろうと思う。
それでも小一時間懐かしいお話や最近の出来事などをお話して大変貴重な時間を過ごすことができた。
当時のダイナミックな絵から画風がだいぶ変わったように思う。でも見る人の気持ちを楽しくしてくれる。
写真はアトリエの中に飾ってある神林先生の絵と、その下には先生の奥様である茶子さんの陶芸の作品。


そしてけがをする前に手がけていた居酒屋食堂「ジンギスバルまーさん」の外壁です。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

沖縄から信州

2015-10-22 22:18:57 | 憲法・平和・沖縄
 
沖縄と辰野をむすぶ会で、信州を訪れた皆さんをご案内して、扉温泉「明神館」と美ヶ原をご案内しました。
明神館は社会党と縁の深い向坂逸郎さんが資本論を訳出された場所です。
昔の明神館のパンフレットには、向坂先生が書かれた紹介文が掲載されていました。
標高2000メートルの美ヶ原は少し霞んではいましたが高原のさわやかさを堪能していただけたのではないでしょうか。



「扉」(とびら)という謎のような地名が面白い。真理の扉、美の扉というような言葉を連想する。人生の幸福が、扉峠のかなたに深く秘められているかと思うような、人跡に荒らされない山々のふところ、薄川の渓谷に扉温泉はある。松本市の東南四里、1,050m位の高さである。

「春」は目の覚めるような深緑の中に、赤いつつじが素朴な人間のまごころを思わせている。

「夏」になると、美ヶ原や鉢伏登山、避暑静養の客で静かな渓谷がしばしにぎわう。しかし、涼風のここちよき室々には、読書人の来り遊ぶのも少なくはない。

「秋」は満山の紅葉火のように燃えて、ボナールの絵のようにけんらんとはえている。私はまた冬の扉を愛する。読書にあきた炬燵の中で、なにげなく渓流の音に耳をかたむける。 遠くの方で多ぜいの人が、何かささやいているような、また歌っているような錯覚をおこすことがある。私は酒をたしなまないが

「冬」の扉温泉の炬燵の中で、気の合った友達がのみかわす酒の味は、かくべつであろう。扉は、額に汗して働く人々や、その家族のなごやかないこい、たのしいまどいの場所である。 温泉を絃歌のちまたとしか考えない人々には無縁の場所であろう。


(向坂逸郎)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする