長田家の明石便り

皆様、お元気ですか。私たちは、明石市(大久保町大窪)で、神様の守りを頂きながら元気にしております。

「聖書が告げるよい知らせ」第1回 創造者なる神

2021-12-26 15:52:21 | 聖書が告げるよい知らせ

(序)

お一人の方と聖書の学びをすることになりました。

以前、奉仕していた教会(神戸聖泉教会)で、「聖書が告げるよい知らせ」というシリーズの説教をしましたが、その時の説教要旨をアレンジして、ご一緒に学ぶことにしました。一般の方々向けに、聖書を旧約聖書のはじめから新約聖書の終りまで、最も基本的な個所を選びながら、ご一緒に学んでいただける内容になります。拙い内容ではありますが、お読みいただければうれしいです。また、聖書を学ばれる方が信仰へのよい導きを得られますように、お祈りくだされば幸いです。

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第一回 創造者なる神 創世記一・一‐二七

 聖書には、私たちに対する「よい知らせ」が満ちています。冒頭の創世記一章には神様による天と地、万物の創造のみわざが記されていますが、ここにも「よい知らせ」があります。「万物を創造されたすばらしい神様がおられますよ」という知らせです。

一、創造者なる神

はじめに神が天と地を創造された。(創世記一・一)

この一句から始まる聖書の言葉は、驚くべき知らせです。この世界を創造された神様がおられる。何もないところから天と地、その中にあるすべてのものを造られた方がいらっしゃる。壮大な宇宙、地球上の多種多様な動植物、そして私たち人間。その精巧さ、その神秘。単なる偶然の産物でなく、これらのものをこのようにあらしめた方がおられる。聖書はそのように告げています。

同志社大学の創立者となった新島襄は、幕末、国禁を犯してひそかに渡米します。外国に対する憧れもありましたが、特に聖書の神について知りたいという思いが強かったようです。彼は国内にいる間に、漢訳聖書からの抜粋に触れていました。彼はその本を通して、万物の創造者がおられることを知ります。彼はその本を読んだ後、本を置き、あたりを見回して言ったそうです。「誰が私を創ったのか。両親か。いや、神だ。私の机を作ったのは誰か。大工か。いや、神は地上に木を育てられた。神は大工に私の机を作らせられたが、その机は現実にどこかの木からできたものだ。そうであるなら私は神に感謝し、神を信じ、神に対して正直にならなくてはならない」と。(『現代語で読む新島襄』丸善出版、五四頁)

「この世界はなぜ存在しているのか」。知識豊富な人に問うてもなかなか答えは返ってきません。しかし、聖書は静かに語り始めます。「はじめに神が天と地を創造された」と。このメッセージをしっかりと受け止めるところからすべては始まります。

二、秩序をもたらす神

 天と地の創造の後、神様は順番にいろいろなものを創造されます。

神は仰せられた。「光、あれ。」すると光があった。神は光を良しと見られた。神は光と闇を分けられた。神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。神は仰せられた。「大空よ、水の真っただ中にあれ。水と水の間を分けるものとなれ。」神は大空を造り、大空の下にある水と大空の上にある水を分けられた。すると、そのようになった。神は大空を天と名づけられた。夕があり、朝があった。第二日。神は仰せられた。「天の下の水は一つの所に集まれ。乾いた所が現れよ。」すると、そのようになった。神は乾いた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。(創世記一・三‐一〇)

 これらの創造のみわざをどのように理解するか、諸説ありますが、私の眼には一つのイメージが浮かんできます。地球は厚い水蒸気の雲で覆われています。地上までは太陽の光線も届かないほどです。神が「光、あれ」と言われたとき、水蒸気の雲はやや薄れて、地上にまで光が届きます。ぼんやりとですが、地上に昼と夜の区別が生まれます。それでも地上は水蒸気の雲が覆っています。「大空よ、水の真っただ中にあれ。水と水の間を分けるものとなれ。」神様がそう言われると、水蒸気の雲は地上の海と天上の雲とに分かれます。その間に大空が広がります。当初地上は海が覆っています。神は地表を隆起させなさいます。すると、海の中から陸が現れます。海は限られた部分だけにとどまることになります。

 このように考えると、続いて記される「神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼を治めさせ、小さいほうの光る物には夜を治めさせた。また星も造られた。」とは、天上を覆っていた雲がすっかり取り除かれて、太陽や月、星が顔をのぞかせ、それらの光が地上に注がれるようになったと理解できます(創世記一・一六)。

 このように理解することが当たっているのかどうかは分かりませんが、一つのことは言えるでしょう。神様はやみの中に光をもたらし、地球環境に区分を与え、徐々に秩序をもたらされたということです。

 これは、私たちの生活にも当てはまることではないでしょうか。神が語ってくださる言葉により、何が神に喜ばれることであるのかが分かります。人間として正しいこと、間違っていることは何であるのか、明確にされます。私たちの生き方の中に秩序が設けられます。やみの中に光がもたらされるようです。このような神様がいてくださることも、聖書が告げるよい知らせの一部です。

三、豊かさをもたらす神

神は仰せられた。「地は植物を、種のできる草や、種の入った実を結ぶ果樹を、種類ごとに地の上に芽生えさせよ。」すると、そのようになった。(創世記一・一一)

神は仰せられた。「地は生き物を種類ごとに、家畜や、這うもの、地の獣を種類ごとに生じよ。」すると、そのようになった。(創世記一・二四)

 地球上の地や海、空に、神様は種々様々の動植物を造られます。ここで繰り返されている言葉は、「種類にしたがって」という言葉です。無秩序にではなく、きちんとした種類の区別があります。しかし、その種類は限りない程で、そこには豊かさがあります。

 私たちが動物園に行けば、面白いふるまいをする動物が沢山います。水族館に行けば、変な形をした魚や水中の生物を沢山見ることができるでしょう。「神様は、どうしてこんな生き物を造られたのだろう」とびっくりすることがあります。神の知恵は多種多様で、その豊かさは無限であると実感させられます。

神様はこの世界に豊かさを備えられました。私たちにも、様々な経験、色々な方々との出会いを与え、私たちの生涯に豊かな彩を備えてくださいます。

四、必要を備えてくださる神

神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。(創世記一・二七)

 いわゆる六日間の創造で、神は天と地、その中にあるすべての物を造られましたが、その最後に人を創造されました。この順序は大切です。

神様は私たちに空気や水、太陽の光や熱、食物となるあらゆる動植物が必要なことをごぞんじで、それらのものをあらかじめ備えてくださいました。人間にとって必要なすべての物が備えられた後、「さあ、これですべては揃ったよ」と言わんばかりに、人間を創造してくださいました。「天を創造した方、すなわち神、地を形造り、これを仕上げた方、これを堅く立てた方、これを茫漠としたものとして創造せず、住む所として形造った方」とある通りです(イザヤ四五・一八)。

 私たちには食物も水も必要です。住まいや着るものが必要です。温かい人との交流も必要であることを、神はごぞんじです。私たちに必要な地球環境の一切を備えてくださった神様は、今私たちに必要なものが何であるか、ごぞんじないわけではありません。この神様に信頼を置き、私たちの将来を愛なる神の御手にお委ねしながら、安心した心で生きていくことができれば、なんと幸いなことでしょうか。

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