マダム・クニコの映画解体新書

コピーライターが、現代思想とフェミニズムの視点で分析する、ひと味違う映画評。ネタバレ注意!

キャタピラー/身体化された記憶

2010-08-24 | 映画分析
  (ネタばれ注意!)
 反戦がテーマであるが、国家間の戦争と家庭内(女と男)の戦いとを重ね合わせて、 帝国主義における暴力の問題を突きつけている。

 タイトルの「キャタピラー」は、帝国主義のメタファーである「戦車(強者が弱者を踏みつぶす)」を表す。
 同時に、帝国主義にどっぷり浸かった主人公・久蔵の四肢を失った「芋虫のような身体」を指すが、彼の思想は、弱者である妻の人格を踏みにじる「戦車」そのものである。

 本作の核となるのは、久蔵と彼の妻・シゲ子の「身体」だ。
 「身体」とは、単なる肉体のことではなく、社会的・文化的意味を埋め込んだ存在で、その中にはいろいろな形の記憶が詰まっている。
 「身体」があるから、社会(他者)とつながることができるのだが、人は身体化された記憶から自由にはなれないので、社会(他者)との葛藤が生じるのである。

 久蔵は、帝国主義における暴力(第2次世界大戦)に加担し、その恩恵として侵略した中国の女を次々とレイプし殺戮するが、仕掛けられた爆薬により四肢を失う。帝国主義の暴力による犠牲者になったのだ。
 加害者でありながら被害者でもある久蔵は、「身体」的な負の記憶を通して、次第に自分の中にある二重性(罪/罰、家長/被介護者)を意識せざるを得なくなる。
 つまり、かつてのように、一元的な強い「個」としての自分のイメージを保つことができなくなる。
 
 一方、シゲ子は、現在も世界中に根付いている「家父長制文化」の犠牲者である。「家父長制文化」の下では、古くから性の特権化が行われており、男は1級国民で、女は2級国民である。
 皮肉なことに、女による生殖の再生産を通して、女に対する抑圧の文化の再生産が行われているのだ。

 男である久蔵の「身体」は、レイプの報復により四肢を失っても、「軍神様」と崇めらるが、女であるシゲ子の「身体」は、「家父長制文化」の再生産ができないので、「ウマズメ」とののしられ、結婚当初から暴力によって夫の性欲の処理を強要されてきた。
 帰還後も、性と食しか楽しみのない久蔵は、「軍神様」の地位を利用し、妻に対して自己中心的な欲望の追求を行う。
 夫に凌辱されながらも、「軍神様」の妻として、夫を介護しなければならないシゲ子。
それぞれに二律背反する、久蔵とシゲ子の「身体」化された記憶がぶつかりあい、家庭内は戦争状態となる。

 久蔵が、家庭(社会)の中で自分の居場所を作るには、”他者である妻と関わることで、自分は存在するのだ”ということを認識する必要がある。「個」の神話を解体して、「他者の中のわたし」を受け入れることが大切なのだ。
 それにはどうすればよいのだろうか?

 強者が弱者を暴力によってねじ伏せる「抑圧の構造」は、無意識のなかに組み込まれ自動化されている時に強くなる。しかし、そこに別の方向から光を当てると、今まで見えてこなかった構造が突然姿を現す。
久蔵とシゲ子の関係も、シゲ子が久蔵に代表される「男尊女卑思想」の抑圧に耐えかねて、「軍神様の妻」の役割が理不尽なものであることに気づいた時、逆転する。
久蔵に一方的に服従していた立場から、自分が主導権を握る方向へ・・・。
新しい抑圧の構造が生まれることになるのだが、そうしないと、久蔵にはシゲコ子の苦しみが分からないのだ。

 自分が抑圧されて初めて、侵略される側のことが見えてくる。
 久蔵も精神的・肉体的なトラウマに苛まれるが、「家父長制文化」のなかに埋没しているため、固定観念を捨てることができず、妻への労わりや感謝の気持ちを表すことができない。
 
 理屈や言葉では解決できないことが、最終的には強者側の暴力によって解決されるネガティブな文化=「家父長制文化」は暴力の連鎖を生む。家庭内暴力の肯定は、国家間の暴力(戦争)の肯定へとつながっているのだ。

 久蔵は自分自身への暴力である自死で解決する。同じ日、第2次世界大戦も原爆投下に象徴される巨大な暴力によって終結する。

 本作では、満州でのレイプ・殺戮の回想と帰還後の夫婦の性・食の営みが執拗に反復される。身体化された記憶を通して、「他者のなかのわたし(自分の生は、他者の生と重要な関係がある)」ということを強調しているのだ。
 他者の生を認めない久蔵は、自分の生も認めることができず、死を選ぶ。

 生存の条件である「他者のなかのわたし」を認識するには、柔軟で流動化する「個」へと変貌しなければならない。
 徴兵を忌避するために女の着物をまとって奇怪な行動をするクマと、シゲ子にさりげない愛情で寄り添う義弟の忠に、フレキシブルな「個」を確認した。

「戦争」について多面的な角度から考えさせられる秀作である。とりわけ若い人におすすめしたい。
★★★★★(★5つで満点) 

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