チェインブレーカー及び関連領域の郵便史

ユーゴスラヴィア建国当時~1922年頃までの旧オーストリア・ハンガリー帝国地域のチェインブレーカーを中心とした郵便史

10 vinar印刷版

2008年05月11日 09時18分51秒 | スロヴェニア切手
10 vinar印刷版

1. 1919年1月3日、石版、リュブリャナ、I. Blazniks Nachfolgern印刷所
平滑白色~黄色紙
rosaバラ色(淡紅色、ピンク色)、karminrot深紅色(えんじ色)、lilarot淡紫色(藤色)がかった赤色
目打ち11 1/2
283万700枚(D. Novakによる)

2. 1919年3月2日、石版、リュブリャナ、I. Blazniks Nachfolgern印刷所
粗雑薄紙
lilarosa淡紫色(藤色)がかったバラ色(淡紅色、ピンク色)、hellkarmin明るい深紅色、scharlachrot深紅色がかった赤色、ziegelrotレンガ色、dünkelrot暗赤色、trübweinrot濁ったワインレッド(深紅色)
(FleckとNovakによるとrot赤色~dunkelkarmin暗い深紅色(えんじ色)の多くの色調)
目打ち11 1/2
1038万5000枚(D. Novakによる)

3. 1919年7月2日、凸版、リュブリャナ、Jugoslovanska tiskarna (ユーゴスラヴィア印刷所)
平滑白色~黄色紙、白い非常に厚い(ダンボール)紙
rosaバラ色(淡紅色、ピンク色)、scharlachrot深紅色がかった赤色、blutrot血のような赤色
(FleckとNovakによるとzinnoberrot朱色、hellrot明るい赤色(淡紅色)、lilarot淡紫色(藤色)がかった赤色、weinrotワインレッド(深紅色)、dunkelrot暗赤色、karmin深紅色)
のこぎりルレット、のこぎりルレットと11 1/2の複合目打ち、直線ルレットと11 1/2の複合目打ち
S. Veselićの記述によると、7月2日~14日に5000シート、7月10日~14日に1万9000シート(いずれも200枚シート)、すなわち480万枚を郵便経済局に納入。
D. Novakによると1715万8008枚印刷。
(訳注: 集計には1715万8008枚を使用。)

4. 1919年9月、凸版、リュブリャナ、Jugoslovanska tiskarna (ユーゴスラヴィア印刷所)
平滑白色~黄色紙
色は不明
のこぎりルレット、あるいは11 1/2(?)
400万枚(S. Veselićによる)

5. 1919年10月20日、石版、リュブリャナ、I. Blazniks Nachfolgern印刷所
粗雑薄紙
色は不明
S. Veselićによると9月15日に8万500枚印刷され、9月20日に郵便経済局に納入。

6. 1919年11月15日、凸版、ウィーン、A. Reisser Nachfolgern印刷所
平滑白色~黄色紙
ziegelrotレンガ色 (FleckとNovakによるとzinnoberrot朱色~ziegelrotレンガ色)
目打ち11 1/2
200万枚(D. Novakによる)

7. 1920年1月11日、凸版、ウィーン、A. Reisser Nachfolgern印刷所
灰色海綿紙
ziegelrotレンガ色
目打ち11 1/2
100万枚(D. Novakによる)

8. 1920年2月1日、凸版、ウィーン、A. Reisser Nachfolgern印刷所
厚い荒い紙(FleckとNovakによると白あるいは黄色い、いわゆるアイボリー紙)
目打ち11 1/2
198万枚(D. Novakによる)

9. 1920年2月、凸版、リュブリャナ、Jugoslovanska tiskarna (ユーゴスラヴィア印刷所)
平滑白色~黄色紙
のこぎりルレット、11 1/2
Deroccoによると423万1800枚。
S. Veselićによると、1月29日~2月3日に2157シート(200枚/シート)、そして2月5日~23日に42319シート(100枚/シート)刷られ、その後3000シートの無目打ちシート(Deroccoによると恐らくザグレブで目打ちをされた)が印刷され、郵便経済局に納入された。
FleckとNovakの記述によると、印刷量は1920年2月には60万枚刷られ、全て11 1/2の目打ちが行なわれた。
(訳注: 集計には423万1800枚を使用。)

10. 1920年3月、凸版、リュブリャナ、Jugoslovanska tiskarna (ユーゴスラヴィア印刷所)
平滑白色~黄色紙
karmin深紅色(?)
のこぎりルレット、11 1/2
S. Veselićによると、3月29日~31日に7430シート(200枚/シート)印刷されたとなっているが、一方、郵便経済局によると7415シートであり、その内2050シートが無目打ちで引き渡された。
Deroccoによると、無目打ちシートは後になって恐らくザグレブ(クロアチア)で目打ちをされた。
(訳注: 集計には7415×200=148万3000枚を使用。)


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