ぼくは行かない どこへも
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気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

猪谷千香氏の新気仙沼図書館のルポルタージュ Library Resource Guide第23号 ARG

2018-07-25 23:50:28 | エッセイ

 LRGの第23号、2018年春号は、特集のほか、猪谷千香氏による新気仙沼図書館のルポルタージュが掲載されている。

 特集の図書館100連発というのは、LRGの定番企画で、すでに第5弾を数えるという。全国の図書館を数多く訪問した中で、これは面白い、これは他の参考になるというようなちょっとした工夫を集めて紹介するということで、第4弾までの400の実例から、100例を厳選して、すでに一冊の単行本も出版されている。

 その紹介は、2017年の9月に、このブログにすでに書いているところである。

「岡本真 ふじたまさえ 図書館100連発  青弓社」

https://blog.goo.ne.jp/moto-c/e/23e195d105d5c82f3b8766b714306fb2

 繰り返しになるので、省略するが、図書館というところは、他の館のいいところはすぐ真似をするということがしょっちゅう行われていて、これはいいことだ、と私なども考えているところである。しかし、ひょっとすると、この良き傾向というのは、ずっと以前から自然にそうなのだ、ということではなくて、LRGのこの企画があってから増加したのだ、ということもあるのかもしれないと、いま、ふと思いついたところである。

 今回の冒頭のファイル401は、鹿児島県湧水町くりの図書館の「図書館の活動をポスターに」、402は鳥取県米子市立図書館の「コミュニケーションボードの作成」から始まって500まで並んでいる。

 岡本真氏の巻頭言によれば、今回は、図書館館内撮影の可否等にかかる工夫が何件か掲載されているとのことである。

 さて、猪谷千香氏の図書館エスノグラフィーの第9回目は、気仙沼図書館である。「震災前の歴史を大切にした、みんなの居場所」とサブタイトルがついている。

 

「誰でも、心の中に故郷の風景をもっている。小学校のグラウンドから駆けていった先には、すくっと背を伸ばすスズカケノキ。その枝々に守られるように建ち、住民の人たちに親しまれてきた図書館が、2018年3月、新しくなった。…(中略)…住民にとっても、図書館の職員にとっても、待ちに待った新しい図書館だ。」(108ページ)

 

 そう、待ちに待った図書館。

 私は、どういう立ち位置で待ちに待っていたと言えばいいのだろう。

 気仙沼市の住民であることに間違いはない。そして、図書館の職員であった。しかし、現在は、図書館員ではない。オープニングセレモニーに呼ばれる立場でもなかった。

 3月11日の震災のあと、気仙沼市の図書館は、いち早く再開した。

 

「…3月30日に被災地の図書館の中で、もっとも早く再開館にこぎつけることができた。午前10時から午後3時まで、閲覧のみの図書館だったが、いまだ不安の中に置き去りにされていた気仙沼にひとびとに「本を読む」という日常が、どれほどなぐさめになったことだろう。」(108ページ)

 

 現ARG、当時シャンティ国際ボランティア会の広報担当だった鎌倉幸子さんが「走れ移動図書館」(ちくまプリマー新書)の中で紹介した司書山口和江のことばを引用している。

 

「食糧支援などは大変ありがたいと前置きしながら、「食べ物は食べたらなくなります。でも読んだ本の記憶は残ります。だから図書館員として本を届けていきたいのです」と。電気のついていない薄暗く静寂に満ちた図書館に、山口さんの静かな、でも使命を帯びた声が響きました。」(109ページ)

 

 また、当時の白幡勝美教育長の「図書館は電気や水道などと同様に社会を支えるもっともベーシックなところにあるひとつの重要なインフラであり、災害時には一番その重要さが増す施設であることに、私たちは改めて気づかされたのでした。」という図書館友の会全国連絡会のHPに掲載されたことばを引用している。

 

 当時、地区館である気仙沼市本吉図書館長であった私は、図書館の再開よりは、言ってみれば、生存のレベルの仕事、たとえば本吉総合支所から、給水車の助手席に乗る仕事、図書館とは別の場所の避難所の担当として詰める仕事を優先していた。本吉図書館については、司書の吉田睦美(現本吉図書館長)らが、隣接する公民館の避難所の担当をしながら、図書館の閲覧開始を進めようとすることにGOサインを出しつつ、直接には手を下さず一定の距離を置いていたと言える。図書館の館長として、かつ、市役所の管理職としてのかねあいの中で、私自身は、間違った判断はしていないと思うが、そこは、さまざまな評価もありうるところではあるだろう。

 

 さて、設計を担当した岡田新一設計事務所社長の柳瀬寛夫氏が大事にしたことは、この図書館の歴史であるという。

 大空詩人永井叔の「図書館へ行く道を聞いている あおのおじさんはきっと好い人にちがいない 気仙沼と全世界の図書館さまへ」という詩の石碑が、入口近く、以前とほぼ同じ位置に立っている。大きなスズカケノキをあえて残すように建物の配置を行い、周りの古いサクラの木々を南向きの窓から見せ、「その場の記憶を継承すること」こそ、柳瀬氏が大事にしたことであった。

 

「いま、お父さん、お母さんが子どもだった頃からあった木々です。そして、これらの木は、これからここで育つ子どもたちを見守ってくれるはずです。」(111ページ)

 

 一方、児童センターとの同じ建物内での併設も柳瀬氏の提案である。

 (これは、実はプロポーザルの段階では、同じ敷地内に配置することは求めていたが、別棟とか同じ棟の中とは明確に指定していなかった。別棟であったり、明確に動線を区切った案も提出されていた。)

 柳瀬氏は笑いながら、猪谷氏にこう語ったという。

 

「行政としては、図書館は教育委員会、児童センターは子ども家庭課の所管になりますから、管理する立場からすれば別棟がいいのでしょうか、実際に利用する市民からすれば、混ざっていたほうが絶対に面白いはずです。」(112ページ)

 

「てっきり図書館を単独で建て替えると思っていた司書の山口さんたちは、とても驚いたそうだ。」(112ページ)

 

 当時、4年間の本吉図書館長から、1年だけ気仙沼図書館長となる経過の中で、新図書館づくりの実務を担当していた私は、この点は、実は、とてもスムーズに受け止めていた。柳瀬さんの提案を受けて「絶対に面白い、絶対いい結果をもたらす」と観じていた。二つの機能がつながることで、機能的にも、利用者の数の面でも、相乗効果が出るはずである。

 猪谷氏は、ここで改めて、図書館の入り口から、建物を紹介する。

 

「大空詩人の石碑を過ぎ、背の高いスズカケノキに身守れらながらアプローチを進むと、左手の壁には「行ク道ハタノシミ。帰リ道ハヨロコビ。」という糸井重里さんから贈られた言葉が刻まれていた。大空詩人の石碑にあったおじさんが、無事にたどり着いて、本を借りられたのだろうか。そんなことを想像させる。/エントランスをくぐると、正面から見えるのが、糸井さんからのもう一つの言葉「ナニカハ ココニ ココロノ ナカニ」だ。一体、この図書館にはなにがあるのだろうか。子ども時代に還ったようにわくわくしてきた。」(113ページ)

 

 気仙沼図書館の初代専任館長菅野青顔と親交のあった大空詩人の言葉と、いま現在の気仙沼に強く肩入れしてくださっている糸井重里氏から贈られた言葉がつながっている。

 新しい図書館は、以前と比べてどう変わったか、山口司書に聞いてみると、

 

「まえは子どもとお母さんばかりでしたが、いまは…お父さん、さらにおじいちゃん、おばあちゃんまで、家族のみなさんでいらっしゃるようになりました。…家族総出で来られる方がこんなに多いとは思いませんでした。」(115ページ)

 

「熊谷館長も、「利用者層が広がって、これからいろんなことができそうです。実は、この図書館と児童センターのコンセプトは、「つながる」なんです。人と情報、地域と市民、いろんなものがつながる場にしていきたい」と語る。」(115ページ)

 

 このコンセプトとしての「つながる」という言葉は、実は猪谷千香氏の著作「つながる図書館(ちくま新書)」からインスパイアされたものである。市民が参加した検討委員会の報告書をまとめるにあたり、本と人、地域と市民、地域と世界、歴史と現在、そして人と人とが繋がっていくことの重要性が浮かび上がり、それが、まさしく猪谷氏の著作で語られていたのだった。

 実を言えば、報告書の文案をまとめた私が、猪谷氏の本を読んで、この言葉をお借りしたものだ。(事前にご了解は頂いていなかったもので、ここで告白しつつ、お赦しを請うところである。)

 図書館づくりの検討委員会の委員長を務めていただいた千葉経済大学短大の齊藤誠一先生も、市民から委員に参加いただいた皆さんも、そして、設計者の柳瀬氏も含めて、菅野青顔以来の気仙沼図書館の歴史、伝統と、現在がつながることを基本に、あらゆるものがつながっていく図書館を構想した、「つながる図書館」づくりを目指したのだ、ということである。

 この「つながる」というコンセプトが、私の後任の熊谷英樹館長から、直接、猪谷千香氏に円環のように伝えられたということは、こういうふうに円環がつながったということは、なんという偶然、というよりは、必然なのだと、いま、私は思うところだ。

 

 猪谷氏のルポの後には、伊藤大貴氏の「テクノロジーが推進する地方分権、鍵は教育環境」、田中輝美氏の「島ではじめる未来の図書館」は第5回「人」という資源、佐藤翔氏の「専攻研究が存在しないので、自分でやってみた!」とサブタイトルを振っている「かたつむりは電子図書館の夢を見るか」は第6回と、連載も興味深いものが並んでいる。

 

 新図書館の開館後、ブログに、こんなことも書いていた。併せてお読みいただければ有難い。

 

「気仙沼図書館への糸井重里氏のことばと永井叔のことば」

https://blog.goo.ne.jp/moto-c/e/f37c074ff0eca7e2a69e9807d2bd24a7

 

※2019年9月22日 改題 LRGの特集名をタイトルにしていたものを、内容に合わせ、猪谷千香氏の気仙沼図書館ルポを表に出した。


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