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気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

畠山美由紀&藤本一馬『夜の庭』リリースツアー 気仙沼公演with小池龍平2023.7.16

2023-07-17 12:18:39 | エッセイ
 7月16日(日)、気仙沼中央公民館ホールで、久しぶりに、畠山美由紀のライブが行われた。
 30年も前の、ホテル望洋でのPort of Notes名義のライブ、その後の喫茶ヴァンガードでのライブ、震災後、複数のミュージシャンと一緒だった市民会館大ホール、松岩の八幡神社境内の野外ステージでと、気仙沼に戻ってくるたび聴かせてもらっている。
 今回は、ギタリスト藤本一馬との双頭名義のアルバム発売を記念したライブで、17日には盛岡でのライブがあるようだが、ギタリスト小池龍平(bonobos / LITTLE TEMPO)は、気仙沼のみの特別ゲストの扱いのようである。
 結論から言ってしまうが、とても特別な、素晴らしいライブだった。
 気心の知れた、信頼するふたりのギタリストのあいだにいて、美しく優しく力強く儚い声を奏鳴(な)らしていた。卓越した声という楽器の演奏家として存在していた。もちろん、ふたりの卓越したギタリストとともに、従える、ではなく、従うでもなく、ポリフォニック(多声的)なハーモニー(調和)を聴かせてくれた。しかし、まさしく、畠山美由紀の演奏会でしかないと思わせてくれる。
 なかで、アントニオ・カルロス・ジョビン作曲のボザノヴァの名曲「ワン・ノート・サンバ」を歌ったからではないが、まったくメロディのない歌でも、歌として成立させてしまえる。声質、声量、音程が、まったく正確にコントロールされている。無機的なという意味ではない。肉感をもって、的確な温度と湿度とを有して。
 最近の若い歌手は、ソフト・ボーチェに頼って雰囲気だけは出そうと与えられた意匠をこなすことに懸命であるが、そういう姿とは、まったく別次元の世界である。
 新作『夜の庭』所収という何曲かは、分かりやすい明確なメロディがないものと聞こえたが、そういうことを問題と感じさせない歌唱がそこに表現されていた。たとえば、エリック・サティとか、最近の坂本龍一のピアノ曲等とも通じる、聞く側に一定の文脈の読解力を要求するかのような作品であるが、実際のステージで演奏に接すると、そういう小難しい問題はすべて吹っ飛んで、その美しさに聴き入ってしまう。そんな歌唱である。
 これは、名作カバーアルバム『歌で逢いましょう』のたとえば、八代亜紀「おんな港町」、中島みゆき「かもめはかもめ」など、オムニバス『都はるみを好きになった人』における「大阪しぐれ」を歌ってしまったあとに辿り着いた境地、ではあるのかもしれない。(蛇足だが、NHK「おかえりモネ」の劇中歌として使われた「かもめはかもめ」は、元歌直接というよりも、2014年発売の『歌で逢いましょう』での畠山美由紀の歌唱が下敷きであることは間違いないと私は睨んでいる。)
 今回のステージで、このあたりのカバー集を期待した向きもあったかもしれないが、私はそれはないだろうと踏んでいた。それは、サービスが過ぎるというものである。そうではない、本来の、ボサノヴァやジャズの系譜を踏んだ曲たちで構成されるのだろうと。オリジナルとカバーを含めて。まさにそのとおりであったというべきだろう。宮沢賢治の「星めぐりの歌」等、日本の名曲は何曲かあったが、それらは抑制のもとでの選曲であった。
 ラストに近く、震災のあとにつくったオリジナル「わが美しき故郷よ」は、方言による朗読の部分は省いて歌われた。隣で妻が、低く、嗚咽を抑えきれない様子だった。私もつられたというわけではないが、あふれるものをようやく抑えていた。ここでも、過剰なものを抑制しつつ、しかし、表現すべきものは豊かに充分に伝えてくれていた。
 実は、ステージのバックには、気仙沼の風景の写真が、ずっと映し出されていた。#気仙沼百景氏の撮影という。この写真が、歌の内容と見事にシンクロしていた。つかず離れずの絶妙な距離感で、しかし歌の進行に合わせてしかるべきタイミングに次の写真に切り替えられる。アルバム『夜の庭』のカバー写真を含む作品群である。
 情感が抑制されたセットリストを終え、鳴り止まない拍手の後のアンコールで、「歌で逢いましょう」を聴かせてくれた。名作カバーアルバムの最後を飾るオリジナルである。そうそう、あふれるような情感は、このくらいがちょう良い。
 アンコールを終えると、会場前半の聴衆は立ち上がった。私も、ほとんど最後列にいたが、立ち上がって手を打ち続けた。スタンディング・オベイションである。それにふさわしいステージであった。
 ロビーで、CDを2枚、『夜の庭』と『Song Book #1』を買い求め、サインをいただいた。畠山美由紀さんと、小池氏、藤本氏、ふたりのギタリストが並んでいた。『夜の庭』は、畠山、藤本の双頭名義であり、おふたりのサインをいただいたが、うかつなことに『Song Book #1』は、美由紀さんのみとした。帰宅してから、早速、聴いたところだが、封をあけてみると、小池氏は、こちらのアルバムの主要な共作者というべき方であった。残念で、申し訳ないことをしたものである。



畠山美由紀の「大阪しぐれ」 『都はるみを好きになった人』日本コロンビア から - 湾 (goo.ne.jp)



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