ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

中村祐子 わたしが誰かわからない ヤングケアラーを探す旅 医学書院2023

2024-04-17 11:06:04 | エッセイ オープンダイアローグ
 これも、シリーズケアをひらくの一冊。
 中村祐子氏は、1977年東京生まれ、慶応義塾大学文学部卒、テレビマンユニオンに参加とのことで、映画・テレビの脚本、演出を手がけつつ、2020年に集英社から『マザリング 現代の母なる場所』を出版されているようだ。立教大学現代心理学部映像身体学科兼任講師も務められる。
 さて、この本は、何の本だろうか?「ヤングケアラー」についての本だろうか。そうではあるだろう。しかし、そうとばかりは言えない、かもしれない。
 
【過剰さ、あるいは矛盾?】

「わたしのように幼いころから病の家族につきあう子どものことを、昨今、急に世の中に躍り出た言葉を使うなら「ヤングケアラー」という。世間ではヤングケアラーを支援せよ、といわれる。…
しかし、そこにヤングケアラー当事者の本当の感情は響いているだろうか。…
世界はいま、さまざまな当事者であふれている。…しかし、突然登場してきた言葉で自分の、自分だけの過去の記憶を定義されることへの戸惑いを抱える人もまたいるのではないか。その白黒つけられない、グレーなはざまの、淡い色調を、一つひとつ書き起こしたいと思った。」(p.4)

 この言葉の流れには、何か過剰なものが響いている。
 しかし、この過剰さは、余計でも無意味でもない、かもしれない。
 
「この本では、病の家族に付き添う時間とはどういうものなのか、つまりヤングケアラーの内的時間とはどういうものかを書いている。葛藤と喜び、苦しみと快楽、引き裂かれて感情の双方の極を書きたいと思った。」(p.5)
 
 ハウツーだとか、ノウハウだとかを超えたものが満ちている。
 中村氏は、単純に被害者であるという見方はとらない。
少し先の第5章には、一般に良きものとして提供される「支援」とか「ケア」について、こんなことも書かれている。

「アカデミックな支援研究では、ケアの功罪の”罪”の部分はなかなか扱いにくいのか、ケアはいま金科玉条のごとく語られる。しかし現場ではケアによる副次作用も多々起きる。」(p116)

【玉虫色の経験】
第4章「わたしはなぜ書けないか」で、中村氏は、病気の母との関係性のなかで「家族を壊したことがある」と語る。

「でも、家族を崩したという話は、…玉虫色にしておきたいんです。この経験のなかでわたしは被害者でも加害者でもある。でも言葉にすると、どちらかに、たとえば自分は被害者であると言うところに固着化してしまって、一面的な物語になってしまいそうなんです。被害者でも加害者でもある体験を、わたしはときおり胸の中で眺めに行くんです。その時間がわたしには必要だし、大切なんです。」(p.93)

 割り切れないもの、多様な見え方をするもの。

「波打ち際がその日の光によって姿を変えるように、ときおりその波のように幾重にも見える体験のそばにたたずんで、眺めにいくことが自分にとっては大切なんですよね。それが一面的な姿しか見せなくなったら、固定化してしまったら、わたしは生きていけないと思います。」(p.94)

 文学的であり、哲学的である。
 ちなみに、この箇所、このときには語り得なかった「家族を壊した話」が、この本全体としては語られている、というべきだろう。一面的でなく、固定的でないかたちで。

【カウンセリングへの疑問】
 同じ章、「カウンセリングの思い出」という小見出しで、カウンセリングについて疑問を呈するところがある。
 カウンセラーの技術が向かう先は、「回復」あるいは「前進」であろうが、「しかし、具合の悪い、出口の見えない心の痛みを抱えている人は、…本当に「回復」し、人生を「前進」させたいのかどうか」と。

「カウンセラーと話していると、わたしは何かの目的のため傷を言葉にし、話をしているわけではないという強烈な違和感にさいなまれることが多かった。…どんどん掘り進められて、いままで自分でも言葉にしたことがなかった親への不信感だとか、恨みとか、悲しかった思い出とかを、言葉にせざるを得なくなってくる。カウンセラー…の求めに応じてあげなくてはいけないという、妙な義務感というかサービス精神が発動する。
 カウンセラーの聞く技術は、わたしを「回復」させようとしているので、私の名状し得ない感情に「悲しみ」とか「孤独」とかの言葉を与えると、彼女が内心喜んでいるのではないかという妄信が出てくる。…彼女の一挙手一投足は一つの技術なのだろう。しかし、そこには人格のない、その人の感情が読めない、鏡にもなり得ない、言葉が反射して返ってこない、のっぺらぼうがいるだけだ。」p.100

 これは単に「下手な」カウンセラーに当たっただけなのかもしれないし、「相性の悪い」カウンセラーに当たっただけなのかもしれない。中村氏もその可能性は語っている。

「…カウンセリングを受けた帰り道、こんな感じなら居酒屋にでも行って、昼間から酔っ払ってふらふらしている人に幼少期の体験を開陳して、あることないこと勝手気ままに言われる方がいいと思った。そこには人間性の核というものがある…」(p.101)

 カウンセリングというものも、単純に、良きもの、役に立つもの、人を回復させるものと決めつけることができない。

【研修医かなこさん】
 第5章「抱えきれない言葉の花束」では、かなこさんという人物が登場する。

「「社会のほうが足りない」…かなこさんはいつもそう訴えていた。」(p.108)

「かなこさんは研修医だ。…東大理Ⅱに在学中から上野千鶴子研究室に通い…いったんは法務省矯正局に就職し少年院や刑務所関係の仕事をしていたが、医学部に入り直し、…精神科医になるべく研修中の身だ。」(p.110)

 中村氏が、理想の精神科医像を聞くと、かなこさんは即答で「社会を変えたい。仕事をしながら社会を変えたいと思ったということです」とまっすぐに答えたという。(p.126)
 それに対して、中村氏は、逡巡を隠さない。

「人間性を剥奪する現代の世界そのものへの違和感がまずあった。出会う人それぞれが個別にどれだけ冷たくても、大きなシステムの中においては、みなそれぞれに死なないよう必死にもがいているのだ。敵はもっと不定形かつ不安定で、人間はどこへ向かい何を目指しているのか、もうわかっていないのではないか。」(p.130)

 かなこさんは、統合失調症が百人に一人という多数の人々が発症するありふれた病であり、

「親は悪くない。子どもの私も悪くない。…それなのにこんなに私たちが困るのはおかしい…病気になったくらいでこんなに困るんだから制度がおかしいと。それが社会学を学んで確信に変わったという感じです。」(p.130)

 かなこさんのストレートさと、中村氏の逡巡。
 しかし、この二人は対立しているわけではない。深いところで共感する同志に違いない。

【自己の溶解と保存】
 バタイユ、ドゥルーズ=ガタリの『千のプラトー』などが言及され、引用されるなかで、クリスティヴァについては、自身の出産後の感覚について記述するところで言及される。第7章「自己消滅と自己保存―水滴のように」である。

「赤ちゃんが泣けばわたしも泣き、痛めば痛み、笑えばわたしにも喜びが満ちあふれた。わたしは、そのとき自我の死という危機にさらされていたのだと思う。
 しかし、その溶解した浮遊感覚は、とてつもなく甘美であった。…言語学者のジュリア・クリスティヴァが産後の女性は精神疾患に近いということを述べているが…自我の崩壊と自己保存の両方の欲望を、驚きとともに描いたのだった。」(p.168)

「差し出し、与え、捧げることは本来、生命存在の存立条件に刻印されている。」(p206)

「見返りなく誰かに自分を与えるということをまったく抜きにした自由など、本来存在するのだろうか。」(p.207)

「自己の輪郭は、溶け出し、開いている。…誰かのために生きているとき、…自分が犠牲になっているのではなく、自己をひろげ、開いていった先に、他の人の生があって、それと必死で一緒に生きていくだけなのだ。」(p.214)

 自己消滅と自己保存が合一する世界である。

【投棄、投企】
 末尾、「おわりに」に投棄という言葉が記される。

「ケア的身体というものが弱き者に手を差し伸べるプロセスで、主体の輪郭をなくしたり、また取り戻したり、文字通り手放しで世界へと自分を投棄していく。その恍惚と苦しみを書くために、わたしは記憶をさかのぼった。」(p218)

 投棄、投げ棄てる。ひょっとして、ここはハイデガーの存在論でいう「投企」の書き損じだろうか。自由な人間が自己の生きる道を切り開いていく。いや、投棄で間違いないのだろう。まさか金融資本主義的な「投機」ではない。しかし、賭けであることも間違いではなさそうだ。

【水底で、あるいは星空のなかで】
 蛇足だが、先般、永井玲衣氏の『水中の哲学者たち』を読んだばかりで、下記のところは、デジャヴと思ったわけではないが、

「ある日、プールの底にいるときに思った。
 ゆらゆらする光の水面を見上げながら、水の中だけは輪郭線を感じなくて済み、なんと楽なのだろうと、あるいは眠りのなかにいるときは、その輪郭線を感じなくて済んだ。」(p.187)

 また、この前に読んだ栗原康氏の『超人ナイチンゲール』では、最後にランボーの『永遠』が出てきたが、こちらは宮沢賢治である。

「わたくしといふ現象は
 仮定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です」(p.188)

 中村氏は「大学生のとき、〈春と修羅〉のはじまりを読んだとき、雷に打たれたようになってしまった。」(p.188)のだという。








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