行政書士・社会保険労務士 大原事務所

人生も多分半ばを過ぎて始めた士業。ボチボチ、そのくせドタバタ毎日が過ぎていく。

出版営業の話 ③

2013-12-15 23:58:24 | 出版業界

 もう一つこんな話もある。

 京都駅からそんなに遠くないJR駅前の本屋さんの話。

 京都駅から近い割には、駅前は閑散として寂れている。ロータリーはない。空き地がある程度。初めて営業に行った本やさん。10坪もない狭い店。でも、駅から徒歩一分だから、場所は悪くない。

 店の前に立った。古いガラス戸。

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これが開かない。

おかしいな、と思って、玄関マットの上でポンと跳んでみた。

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やはり開かない。

戸の上方を見てみる。あの自動ドアの上についている筈のセンサーらしきものはない。

ガラス戸の何処にも「押す」とかなんとか書いたものもない。

まあ、この間、僅か数十秒位だったと思うが、愚かな私はやっと気づいた。

―アッ、自動ドアじゃないんだー

世の中はもう平成になって久しかった。勝手に誤解した私が悪いのだが、本屋さんの自動ドアは当たり前の時代になっていた。

仕方ないので引き戸になっているガラス戸を開けようとして戸に手を掛けた時、店の主人と目があった。彼は、ガラス戸の前で飛んだり跳ねたり、上を見たり下を見たり、まぬけな仕草をする私をずっと見ていたのだ。店主の視線は決して好意的なものではなかった。

―しくじったー

と思った。

 営業に来て、一言も話さないうちに、しくじってしまった。でもそのまま帰る訳にもいかない。いや帰ってしまった方が良かったのかもしれないが、その時は成り行きで店に入ろうとした。

 ところが戸がすんなりとは開かないのだ。引き戸に手を掛けて、左にずらしたとき、建付けが悪いのか、ガタッと戸が僅かにレールから外れたような音がした。戸が引っ掛かる。ガタガタと音を立ててなかなか開かない。やっと身体が店に入るくらいは開いた。店主を見ると、これがまたカウンタ―から出てくる訳でもなく、じっと私を見ている。私は肩から下げていた重いカバンを玄関前の地面に置いた。カラス戸を両手で持って、引っかかったレールから一度完全に外してから、もう一度レールに戻した。軽く右と左に動かすと完全ではないが、概ね滑らかに動いた。

 さて、問題は店主である。店に入って、

「毎度、東京の出版社で○○出版と申しますが・・・・・・」

店の中を見渡した。ホントはここで

―在庫拝見していいですかー

と聞いてから、店内に自社商品の在庫が有るかどうかチェックするのだが、一目見てその必要はないのが分かった。雑誌、コミック、文庫位しか置いていない。私のいた出版社は美術系の本の出版社だったのでこういった本屋さんに在庫はない。

 その時の営業の目的は、年に一度の年賀状関係の本の営業だ。この商品はどこでも売れる。小さな本屋さんでも、スタンドショップでも売れる。だからこの本やさんでも置いてもらえる。

 ところが、店主、私の挨拶を聞いたとたん、少し身を引いた。確かに私は優しい顔では無い。どちらかと言うと黙っていると怖い顔だと女房にも言われたことがある。たまに顔をあわせる同業他社の営業にも

「飯田橋の駅前で見かけたけど、怖そうな顔で歩いていたので声を掛けられませんでした」

と言われたことがある。 でも、昼間、素面でヘラヘラ笑いながら街中を歩いていたら、これは与太郎だ。

 ともかく、営業に寄った本やさんで、怖がられた事は無かった。ましてや店主はか弱い女性というわけではない。店に入ってくる客や出版社の営業が怖いのなら、店に立ってはいけない。

 くだんの店主、身を引きながらも硬い声で聞いてきた

「あんた、なんの用なん?」

何の用なの?って、今さっき出版社だと言ってある。出版社の営業が本屋さんに入ってきて、かつ丼一丁っていう訳がないだろう。

 「出版社ですが、新刊のご案内に伺いました。お忙しい所すみませんが、少しお時間良いですか?」

と聞く。物凄い暇そうなのだが、一応社交辞令である。

「出版社って、出版社が何の用事?」

だから、営業だって言ってるのに。

「少しだけ、新刊のご案内です」

「い、要らん」

本の説明する前に断られたのは初めてではなかったが、非常に珍しい。これでは箸にも棒にもかからないというか、取りつく島がない。こういうときは早々に引き上げるに限る。

「要らないのは結構ですが、じゃあ、チラシだけ置いていきますから、後でご覧いただいて、宜しければ注文してください。年末はよく売れる商品ですよ」

少々控えめに言ったのが良かったのかもしれない。店主も少しだけ、警戒心をといたようだ。私の差し出したチラシを手には取らないが、遠目に見ながら

「その本なら知っとる。注文せんでも毎年取次(本の問屋さん)から勝手に送ってくるからわざわざ来んでもええやろ。わし、ここに店だして25年になるけど、出版社の営業という人が来たんはあんたが初めてや。びっくりするよって、ご苦労さんやけど、もう来んでええで」

 さすがに二度と行かなかった。


出版営業の話 ②

2013-12-11 14:27:58 | 出版業界

出版社の営業の新入社員はたいていの会社が本屋さん廻りをやらせる。会社の方針によって廻る書店の規模や数は変わってくる。たとえば、地域一番店から三番店位までしか巡回しない出版社も多い。地方都市なら、大きな駅で二三軒廻ったら次の駅という具合だ。反対に、小規模の新興書籍出版社などは、とりあえず書籍を置いてる本屋さんは全部回るのが目標という出版社もある。

 

私のいた出版社は後者だった。とにかく数をこなす。創業間もないせいもあったが、慣れるまでは一日歩くと足の裏が熱を持ってジーンと熱くなるほど歩いた。都市部は徒歩で、郊外は車で営業した。

 

色んな書店さんがあって、驚いたり、ムカついたり、仲良くなったりで結構面白い。私は関西地区の担当が長かったが、総じて、他の地域よりも仕事はやりやすかった。基本的に断らない。とにかく一冊でもいいから注文を出して、無駄足は踏ませないという感じの本屋さんが多かった。

 

それでも断られたことはある。数が少ないだけによく覚えている。

 

大阪郊外、南東の方の私鉄の終点に近い駅から歩いて20分位の本屋さん。広さ30坪位だったと思う。初めて行ったので、探しながらで、予想外に歩いた。おまけに店は丘の上のだらだら坂を登った所にあって、9月の初め、まだ暑い日、汗を拭き拭き店に入った。

 

店員さんに挨拶をして、店長さんはいますか、と聞くと、奥(バックヤード)にいると言う。午後一時か二時頃だった。休憩中ですか、と聞くと、時計を見ながら、もう終わってます、と言った。

 

私は店の奥の引き戸を開けて、バックヤードを覗いた。

 

「すみません、東京の出版社で○○出版と申しますが、店長さんですか?」

 

と聞きながら、名刺を渡そうとした。

 

その店長と思しき人、椅子に座り、脚を机の上に放り出している。手には漫画本、右の机の上には紙コップのコーヒー、口にはタバコを咥えている。私を一瞥の後、タバコを咥えたまま一言

 

「ワシ、今忙しい」

 

 私は一瞬絶句した。どう見ても、誰が見ても、世界中どこの国の常識でも、忙しいという状況には見えない。約束は無いから、こちらの勝手だが、折角遠いところを来た。来たからには証拠は残して帰りたい。

 

 ―すみません。新刊の案内なんですが、少しだけ」お時間いただけないですか?―

 

と言おうとして、すみません、から後を遮られた。

 

「ほやから、忙しい言うとるやろ」

 

これでは、二の句が継げない。これ以上食い下がると喧嘩になりそうな勢いだ。

 

仕方なく、引き下がった。

 

「お忙しい所、失礼しました」

 

と言って戸を閉めた。

 

 店の中をレジまで戻って、店番をしている、アルバイトらしき店員さんに、本の注文書と返信用封筒を渡しながら、

 

「なんか物凄い忙しいみたいで、満足に口もきいて貰えませんでした。注文書だけおいときますから、渡しておいて貰えます?」

 

と言って、外へでた。

 

せまい駐車場を抜けて、道路にでて、駅の方に歩こうとした所に店の看板が出ていた。中に蛍光灯が入って、表は店の名前が書いてある。下は鉄板に車が付いて、動かせるあれである。邪魔だった。歩道にはみ出して置いてある。ムカッときた。

 

「潰れろ、ボケ」

 

と呟きながら、看板を蹴とばした。蹴とばしてから、まずかったかな、と思って店の中を見た。すると、先程の店長と思しき奴は店の中に戻っていて、こちらを見ていた。目があった、少しの間、見つめ合った。漫画なら視線と視線がぶつかって火花が散るという絵だ。でも、実際は何の反応も無かった。私も、何事も無かったように駅への道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


出版営業の話 ①

2013-12-09 18:22:21 | 出版業界

 出版社に営業部があることを知らない人は案外多い。本を売っているのが本屋さんだからだろうか。でも本屋さんに売ってもらうには本屋さんに営業し、自分の勤務する出版社と本を覚えて貰わねばならない。勿論、広告等で直接読者に情報を流すのも営業部や宣伝部の仕事だが小さな出版社に宣伝部等はない。

 まだある。出版社が本屋さんに直接本を送って売ってもらうのは、いかにも効率が悪い。なにせ、日本には主だった本やさんだけで7千から8千店近くある。本が出るたびに、あるいは売れるたびに、その本やさんに一冊や二冊の本を送るわけにはいかない。経費がかかりすぎる。そこで、出版業界にも他の業界と同じように問屋さんがある。出版業界の問屋さんを、取次店という。その取次店に自社の本を売り込むのも営業の仕事。

他には直接読者(利用者)に売る営業。いわゆるダイレクトマーケティングというやつ。たとえば専門学校の教科書に使ってもらう。企業の研修に使ってもらう。あるいはDMやインターネットで売る営業などがある。

また、本は本屋さんで売っているものというイメージだが、そうだろうか。たとえば楽譜は楽器屋さんで良く売れる。美術関係の本は画材屋さん、写真の本はカメラ屋さんなど、独自の販売ルートの開拓も出版社の営業の仕事だ。

でも、やはり、出版営業の王道は昔から本屋さん。本屋さんに自分の会社と本を気に入ってもらって、売ってもらう。売れた本は取次店に注文が入る。取次店は出版社に注文する。これで徐々に業界の中でのその出版社の信用が出来てくる。


                         続く


出版不況

2013-05-20 17:27:03 | 出版業界

 学校を出てから出版業界に長くいた。何社か転職したが、初めに就職した取次会社(本の問屋さん)の同期に他の新入社員と少し違う感じの奴がいた。

 いつもは都心にある本社勤務なのだが、年に何回か船橋の倉庫に返品整理の応援に行く。初めての応援の時、彼が車で来た。倉庫は駅から遠かった。バスに乗るのが面倒なので都内の自宅から車で来たという新入社員も珍しいだろうが、問題はその車のだ。35年前、昭和55年ごろ、新入社員なのにその頃はまだ少なかった外車に乗ってきた。

 「これお前の?」

 「そうだよ」

 と普通に答える。

 あとで聞いたことだが、彼はある取次会社の社長の息子で、会社を継ぐために研修目的で父親の知り合いの取次会社に就職したのだという。確か2年か3年で辞めて、父親の会社に入ったと記憶する。私も6年程でその会社を辞め、少し間があったが、ある出版社に職を得た。

 二、三日前その彼の取次会社が廃業するという通知があったと、ある出版社の友人が知らせてきた。債権が保全されるかどうかという相談だ。

 出版業界はここ10年以上良い話がない。出版社は次々と倒産、廃業、休眠し、それ以上に書店はなくなり、出版社と書店をつなぐ取次会社(本の問屋)も倒産、人員整理、廃業の話が続く。この先も電子出版やネット販売など、業界不安定な要素が多い。

 その会社の廃業にともなう説明会が近日中にあると聞いた。

 友人曰く

 「ところで、お前あそこの社長知ってるんだよなあ?」

 「知ってるって言っても○○社の同期ってだけだよ」

 「債権放棄しろなんてないよなあ?」

 「廃業の説明会の案内を出す位だし、財務は良好だってつい最近の業界紙にも出ていたし、大丈夫だろう。でも社員は全員解雇かなあ」

 大正時代創業の古い会社だ。多分三代目か四代目の社長だろう。長い間地道に商売してきたのだと思う。儲からない上、良い見通しはない。それなら財務状態が良いうちに破産ではなく廃業することを決定したようだ。

 「説明会お前がでるの?」

 と訊いてみた。

 「多分そうだけど、なんで?」

 「俺、35年前、あいつに100円貸したまま、返してもらってない。俺も債権者だよ!社長に会ったら100円返せって言ってたって言っといて」

 と冗談を言って電話を切った。

 35年前船橋の倉庫に返品整理に行ったとき、ベンツに乗ってきた彼に自販機でタバコか何かを買うのに小銭がないと言われ100円貸したことがある。当時、金のないことでは誰にも負けないと思っていた私にとって100円は大金だった。以来35年返しでもらっていない。もっとも督促もしてないが。こういう事って、本当に借りた方は忘れても貸した方は忘れない。私も気をつけないと、何処かで借りができたまま忘れているかもしれない。

 このところ出版界にはいい話がないと書いた。ここ3年に限っても、知人のいる出版社だけでも3社倒産した。

私が最後に勤めた出版社も5年ほど前、私が辞めて3年で倒産した。経営者が、人が良すぎたのだと思う。いつの間にかその人の良さに甘える社員ばかりになっていた。景気のいいうちはそれでも続いていたが、出版不況が吹き荒れる中では続かなかった。早くリストラをして身軽になっていればとも思うが、それは出来ない社長だった。

4、5年続いてまがりなりにも売り上げも利益も伸びた時期があったのがのがかえって災いしたのかもしれない。

 「まだ、社員を増やすのははやいと思います」

といっても聞き入れられることはなかった。急に社員が増えて、借り入れをして、新しいオフィスを借りて、不釣合いなほど事務所を大きくした。社員の待遇は良くなり、経費ばかりが増えて、少しばかり売り上げが伸びても追いつかなかった。赤字が続く。僅か従業員20人余りのちいさな会社なのに、社長室という部署ができて、急に風通しが悪くなった。話があるなら役員を通せという感じになっていた。

 その役員とやらに

 「今のままではもう無理だ。これ以上売り上げは増やせない。返品が増えるばかりだろう。一度社員の数も給料も減らして出直しましょう、って社長に言ってくれ!リストラするというのなら私を最初に解雇していいから。私が辞めればかなり人件費が浮くだろう」

 と言ったことがある。私は営業部長だったし、同業他社と比較しても多い位の給与を貰っていた。

「実際、銀行の担当者からも社員を半分にするくらいのリストラをしないと、もう付き合いは出来ないかも知れないと言われたようだ」

 とその役員も言っていた。

 「でもなあ、そんなことをするくらいなら会社なんかつぶれてもいいって答えたそうだ」



「去る者は拒まん。引き止めん。でも、絶対に社員の馘は切らない。それが私の社長としてのポリシーだ」

 とは私が辞表を出したとき、久しぶりに直接聞いた社長の言葉だった。