今学期の授業は火・水のみ。
ということで今週の授業は昨日終わり、本日は自宅で仕事などをしていました。
「今学期は授業数が少なく、研究にも集中できる」などと思っていたら、そうはいきませんでした。
学科の主任から電話がきて、「第二専攻の授業も少しやってほしい」と依頼を受けることにしました。
そんなわけで来週から約一か月間、週一回ペースで日本語を第二専攻とする大学四年生対象に卒論の書き方を教えることに。
さて、今日の話題は先日(水)あった授業で感じた“ある変化”について書いておこうと思います。
その変化とはずばり、
「二・三年の日本語科の学生の中から、他学科へ転籍する学生が複数出てきた」
というものです。
中国の大学は日本と違い、新学期は9月から始まります。
つまり、昨日は新学期第一週の授業と同時に、今年度第一回めの授業でもありました。
ちなみに、昨日の授業は大学二年、三年生が対象の授業でした。
授業の最初に出席している学生の顔を確認すると、いるはずの学生(3人)が欠席しているのです。
その理由を他の学生に聞いて、初めてその学生達が日本語科から他学科へ転籍したことを知りました。
具体的に転籍理由は学生本人に聞かなければ本当のところは分かりません。
ですが、これだけ一気に転籍するという事態は、5年目を迎える中国の大学生活で初めてのことでした。
特に二年生の一つの班で班長を務め、学ぶ姿勢も積極的だった女子学生の転籍には正直驚かされました。
他に転籍をした学生達も日本語を学ぶことには熱心で、期待している学生ばかりでした。
彼女が抜けてしまった班の班員の雰囲気もどことなく静かで、寂しそうにさえ見えました。
「一体、何が起こっているのだろう。」
と授業前にも関わらず、決して軽くはない動揺を感じたのは確かです。
ですが、それを一時忘れて授業に集中するように努め、何とか午前の授業が終わりました。
昼食の間、頭は転籍していった学生のことで占領されていました。
そんなこんなで昼食が終わり、午後の授業へ向かうと教室には転籍していったはずの学生達も来ていました。
「どうしてこっちの授業に来ているの?」と聞くと、
「今は所属学科の授業がないので、M先生の授業を聞きにきました。」
と、笑顔と一緒に返事が返ってきました。
その瞬間、私の気持ちに大きな変化が起こったのは言うまでもありません。
授業にもいつも以上に熱が入り、それまでのモヤモヤはどこかへ飛びました。
授業後、転籍した学生一人に、
「時間があるなら、いつでも授業を聞きにおいで。歓迎するよ!」
と伝えると、嬉しそうに大きくうなづき「先生、さようなら!」と言って帰って行きました。
これらの学生達は決して日本語・日本を学ぶことが嫌になり、転籍の方向を選択したのではない、とこの時にはっきりと確信できました。
むしろ、自分一人で選択したというより、家族・周囲の多くの人々の意見で、転籍の方向性を余儀なくされたのではないかと思われます。
つまり、このようなことが背景にはあるのだろうと私は考えます。
まず、昨今の先行きが不透明な日中関係、そして東アジア・世界での日本の影響力の低下などが、今回の事態の根幹にあったのではないか。
そして、中国の大学でも卒業後に仕事がない人々が増えているという昨今の事態と、先に挙げた日中関係の悪化・日本の停滞などの事態が重なりあって、このような事態が促進されたのではないか。
中国の大学では、アジア圏の言語の中で必ず専門学科が設置されているのは日本語学科で、他の言語はほぼありません。
それだけ中国の中で日本語を学ぶということは重要なことだと、これまでは認識されてきたといえます。
ただ、今回のような事態に直面した時、現在はそうした状況が徐々に変化してきていることは間違いなさそうです。
恐らく、こうした流れはこのままでは将来どんどん加速していくはずです。
特に、入学希望者の減少は少し前から問題視されてきていると安徽省の大学にいた際に耳にしたことがあります。
もちろん、中国と日本に関わる仕事をする立場の一人として、この事態が少しでも改善されていくことが一番の希望です。
しかし、私一人ではこの事態に向かい合い、それを改善するなどということは無理な話です。
だからこそ、今私が中国で出来る仕事を精一杯真剣にやっていくしかないのだと思います。
授業で、交流で、そして、私自身が中国で生活する態度で。
それを忘れず、真剣に中国生活を送っていきたいと思う日となりました。
ということで今週の授業は昨日終わり、本日は自宅で仕事などをしていました。
「今学期は授業数が少なく、研究にも集中できる」などと思っていたら、そうはいきませんでした。
学科の主任から電話がきて、「第二専攻の授業も少しやってほしい」と依頼を受けることにしました。
そんなわけで来週から約一か月間、週一回ペースで日本語を第二専攻とする大学四年生対象に卒論の書き方を教えることに。
さて、今日の話題は先日(水)あった授業で感じた“ある変化”について書いておこうと思います。
その変化とはずばり、
「二・三年の日本語科の学生の中から、他学科へ転籍する学生が複数出てきた」
というものです。
中国の大学は日本と違い、新学期は9月から始まります。
つまり、昨日は新学期第一週の授業と同時に、今年度第一回めの授業でもありました。
ちなみに、昨日の授業は大学二年、三年生が対象の授業でした。
授業の最初に出席している学生の顔を確認すると、いるはずの学生(3人)が欠席しているのです。
その理由を他の学生に聞いて、初めてその学生達が日本語科から他学科へ転籍したことを知りました。
具体的に転籍理由は学生本人に聞かなければ本当のところは分かりません。
ですが、これだけ一気に転籍するという事態は、5年目を迎える中国の大学生活で初めてのことでした。
特に二年生の一つの班で班長を務め、学ぶ姿勢も積極的だった女子学生の転籍には正直驚かされました。
他に転籍をした学生達も日本語を学ぶことには熱心で、期待している学生ばかりでした。
彼女が抜けてしまった班の班員の雰囲気もどことなく静かで、寂しそうにさえ見えました。
「一体、何が起こっているのだろう。」
と授業前にも関わらず、決して軽くはない動揺を感じたのは確かです。
ですが、それを一時忘れて授業に集中するように努め、何とか午前の授業が終わりました。
昼食の間、頭は転籍していった学生のことで占領されていました。
そんなこんなで昼食が終わり、午後の授業へ向かうと教室には転籍していったはずの学生達も来ていました。
「どうしてこっちの授業に来ているの?」と聞くと、
「今は所属学科の授業がないので、M先生の授業を聞きにきました。」
と、笑顔と一緒に返事が返ってきました。
その瞬間、私の気持ちに大きな変化が起こったのは言うまでもありません。
授業にもいつも以上に熱が入り、それまでのモヤモヤはどこかへ飛びました。
授業後、転籍した学生一人に、
「時間があるなら、いつでも授業を聞きにおいで。歓迎するよ!」
と伝えると、嬉しそうに大きくうなづき「先生、さようなら!」と言って帰って行きました。
これらの学生達は決して日本語・日本を学ぶことが嫌になり、転籍の方向を選択したのではない、とこの時にはっきりと確信できました。
むしろ、自分一人で選択したというより、家族・周囲の多くの人々の意見で、転籍の方向性を余儀なくされたのではないかと思われます。
つまり、このようなことが背景にはあるのだろうと私は考えます。
まず、昨今の先行きが不透明な日中関係、そして東アジア・世界での日本の影響力の低下などが、今回の事態の根幹にあったのではないか。
そして、中国の大学でも卒業後に仕事がない人々が増えているという昨今の事態と、先に挙げた日中関係の悪化・日本の停滞などの事態が重なりあって、このような事態が促進されたのではないか。
中国の大学では、アジア圏の言語の中で必ず専門学科が設置されているのは日本語学科で、他の言語はほぼありません。
それだけ中国の中で日本語を学ぶということは重要なことだと、これまでは認識されてきたといえます。
ただ、今回のような事態に直面した時、現在はそうした状況が徐々に変化してきていることは間違いなさそうです。
恐らく、こうした流れはこのままでは将来どんどん加速していくはずです。
特に、入学希望者の減少は少し前から問題視されてきていると安徽省の大学にいた際に耳にしたことがあります。
もちろん、中国と日本に関わる仕事をする立場の一人として、この事態が少しでも改善されていくことが一番の希望です。
しかし、私一人ではこの事態に向かい合い、それを改善するなどということは無理な話です。
だからこそ、今私が中国で出来る仕事を精一杯真剣にやっていくしかないのだと思います。
授業で、交流で、そして、私自身が中国で生活する態度で。
それを忘れず、真剣に中国生活を送っていきたいと思う日となりました。
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