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中国西安で奮闘する大学教師Mの日々

日本人教員として中国の陝西省西安市の大学生・大学院生に対し、「日本文化・社会」や「卒業論文」などを教えています。

台湾問題に関する1964年極秘外交文書開示 (2014年7月24日 NHKニュース)

2014年07月25日 01時19分32秒 | 日中関係のあれこれ
本日の夕食を家族でとっている最中、1964年、日中関係の外交文書開示に関するNHKニュースが流れた。

それによれば、1964年1月26日、当時外相だった大平正芳が北京の共産党政権承認を見越していたことを示す文書が開示されたという。
文書の中には、当時、日本を訪れたアメリカのラスク国務長官と大平外相との会談記録が記されている。
NHKニュースでは、この文書の記録の中でも特に、大平外相の、

「国民党政権が民主的な繁栄した国として台湾で立派な繁栄遂げること望んでいる」

と語る一方、

「台湾が中国本土をも支配しているというフィクションによって色々な問題が出る」
「国民党政権が中国全体に対する正当な政府との考えに基づくからだ」

などと話した部分が紹介されていた。
これに基づけば、大平外相は当時、日本政府が中国唯一の合法政府として国民党政権を承認していた立場とは異なる見解を伝えていたことになる。
さらに、この会談で世論調査がソ連を一番嫌いな国とした一方、中国の共産党政権にはあまり敵意がないと語っていたと言う。

これらの文書記録から、大平外相が当時、将来的には北京の共産党政権の承認を見越した見解を伝えていたことが明らかになった。
こうした発言の背景として、NHKは、

・(当時)中国大陸は中国共産党が現実的に支配していた
・その現状をまずは認識したうえで、非常に現実的な対応を(日本政府側は)考えていた
・結果、「外務当局はいずれ中共(中国共産党)を承認する」、「国連加盟を認める」という基本的な将来像のもとに、台湾をどうするか議論していた

とまとめていた(国立公文書館センター長、波多野澄雄氏の解説による)。


実際のニュースは以下のアドレスから見ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=dAI351-Ntfc



今回はあくまでも1960年代の大平外相個人の対台湾(或いは、対中)認識・見解が外交文書から明らかになったわけで、どこまで同じような見解・認識を持つ政治家(或いは、官僚)が日本政府内にいたのかとは別の話である。
ただ、やはり当時、政府内に大平のような現実的な判断のできる政治家がいたことの意味は無視できないと思う。
実際、近年、1972年9月の日中国交正常化の交渉の際、大平の果たした役回りなども随分明らかになってきている。

帰国中には大平正芳関係の研究書や自伝なども読み、当時の日中関係史の全体像をもう少しきちんと整理したいと思っている。
そういえば、大平関係で言えば、最近本が一冊出ていた。
帰国後に注文して、今は到着を待っているところ。

服部龍二『大平正芳 理念と外交』岩波書店、2014年
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0291290/top.html


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今、日本の特定秘密保護法案関係の報道を中国から見て思うこと

2013年11月28日 22時13分44秒 | 日中関係のあれこれ
23日(土)
中国から日本の尖閣諸島上空を含む東シナ海を「防空識別圏」に指定したとの報道を耳にしました。

きちんと情報確認をしたいので上海図書館に行き、中国の軍事関係紙・総合紙を見ると大抵はどの紙も一面で報じていました。
一方、同図書館内にある日本の新聞各紙では24日(日)の紙面の時点ではそれに関する報道はありませんでした。
(恐らく、翌日の各紙には報道があったのでしょうが、その後確認をしていません)

日本では特定秘密保護法案をめぐる報道が各紙の注目を集め、上記記事はそれと比べて注目度が低いのもあるかもしれません。
しかし、今回の中国の外交態度だけでなく昨今は中国側の対日姿勢の変化が明らかに確認できます。
(もちろん、「さきに日本の対中政策が変わった」との意見もあるでしょうが)
今回、特定秘密保護法案の成立を目指す日本政府には、そうした中国の対日姿勢に対抗する意識があるのは明らかです。
一言で言えば、国際環境の変化を踏まえ、日本の安全保障の体制が変わろうとしているわけで、その一つが今回の法案であるといえます。
こうした日本の安全保障の在り方を巡る議論は第二次大戦後何度もありましたが、今は特にその変化を求める意見が政府側に強いわけです。
一方、日本の国民も今回の法案をこのまま賛成できないとしながらも、その多くが現状維持を望んでいるとは私は考えていません。
何かしらの形で日本の安全保障を議論し、変化させる時期に来ていると感じている国民も少なくないと感じています。

最近、朝日新聞では一面に特集(「異議あり 特定秘密秘密保護法案」)を組み、毎回各識者にこの法案への異議を執筆させています。
その中で、私にはどうも一部賛同しがたい内容がありました。
それは安倍政権の政策課題と特定秘密保護法案との関連性を論じた、神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏による記事でした。
氏は記事の中で、

「安倍政権は経済成長を最優先の政策課題に掲げ」ており、「その流れの中に特定秘密保護法案を位置づける必要」があると言います。
この法案を成立させれば、「国民が知ることのできる情報が制限」され、「政策決定はスピードアップ」し、「トップダウン」で決まるようになると言います。
そして、安倍政権がこの方針を重視する理由は、「集権的、非民主的なシステムの方が金もうけのために効率的だから」と説明しています。
氏はこの法案が施行されれば、「反政府的な言論人や労働組合は(略)抑圧され、メディアも政府批判を抑えることになる」と言います。

2009年以降中国で暮らし、2010年・2012年共に中国にいた私は、上記の氏の意見に対し、どうしても一部違和感を感じました。
もちろん、氏の大半の意見に対しては賛成なのですが、異議を感じたのはもっとも上に書いた氏の主張でした。
安倍政権が確かに経済政策を最優先課題の一つにしているとはいえ、それだけが特定秘密保護法案を成立させたい理由にはならないはずだからです。
私はむしろ、この法案は日本の安全保障を変化させ、現在の国際環境に対応するために成立させようとしている側面が強いと認識しています。
その理由は昨今の日本を取り囲む東アジア国際関係の状況をみれば、うなづけなくもありません。
(誤解のないように言えば、私は決して安倍政権の姿勢に手放しに賛成の立場ではない)

また、いくら「民主的」な社会が重要であるとはいえ、現在の日本政府はあまりにも権力が分散しており、物事の決定に時間がかかりすぎます。
「民主的」であることが社会の絶対条件であると考える一方で、あまりに物事が決まらず、国の方向性が定まらないのではそれも困ります。
特に、めまぐるしく変化していく現在の東アジアの国際環境に日本が対応していくためには、現状では不安が残るのは事実です。
そういうことを第二次大戦以降、きちんと議論していなかったことこそが、現在の日本社会の大きな問題になっていると私は考えています。

東アジアの国際関係をこれ以上緊張させないためにも、相手国と競合するように安全保障費に国家予算を費やすという形は望ましいものではありません。
それを行えばどんどん緊張関係を生み出すだけで、根本的な解決はおろか、一触即発という最悪の結果を招く可能性が極めて大きいと思われます。
ただ、日本の安全保障体制を何も変えない、何も対応しないというのでは現在の国際関係に対応できなくなってくる可能性は否めないと私は思います。
よって、日本の安全保障を変化させることが「戦争への道」と短絡的にとらえるのではなく、東アジア諸地域の安定のために今日本がどう行動すべきかを国民全体が真剣に考えるべき時期にきています。


ともかく、日本国内の事情やそこで優先される政策からのみ、今回の特定秘密保護法案との関係を論じる氏の記事には疑問を感じざるをえませんでした。
率直に言って、どうも安全保障という皮膚感覚が鈍感な内容の記事だと思わざるをえなかったからです。
その点、日経新聞などはこの点をきちんと把握していて、客観的な正しい評価をしていると感じました。



さて話題変わって。
最近は時間が出来れば上海図書館へ行って関係論文を読み、自身の論文を書き進めています。
寒くなり運動をするのも億劫になりがちですが、図書館周辺の並木道を歩くのは気分転換で最高です。

図書館周辺を走る衡山路

その衡山路の交差点



中国のメディアは参議院選挙をどう報じたか。

2013年07月25日 02時05分59秒 | 日中関係のあれこれ
先日の参議院選挙では自民党が圧勝し、野党の惨敗となりました。
特に民主党が失った議席は大きく、また、他の野党も議席を伸ばせませんでした。
ただ、これが果たして「民意」なのか・・・。
正直、私にはかなり疑問があるのですが。

ともかく今後、当面は自民党が安定政権として、日本政治を担当することとなりました。


では、今回の選挙を中国メディアはどのように報じているのでしょうか。
例えば、こちらの中国メディアのネット記事。

sina新聞中心
http://news.sina.com.cn/z/nihonsangi23/index.shtml

ここでは主に、
(1)自民党将面臨“経済悬崖”
  →自民党が“経済の崖っぷち”に直面していること

(2)自公党執政連盟三大優勢
  →自公連立政権の三つの優勢点

(3)図解:2013日本参議院選挙
  →2013年における参議院選挙の構図を図解したもの

(4)日本政党対主要選挙議題的立場
  →各政党の主要選挙議題に対する姿勢・立場

(5)右翼掌握参院後三大走向
  →(右翼の)自民党政権が参議院を掌握後、向かう三つの方向
   その三つの方向として挙げられていたのが以下。 
   1、経済問題面臨大考験((日本の)経済問題という試練に挑む)
   2、可能大力推動修憲進程(改憲の動きを推し進める可能性が高い)
   3、周辺外交上採取什么様的態度(周辺諸国の外交にどのような態度で挑むか)

(6)安倍再奪権後頻繁対華秀強硬
  →安倍首相が権力を奪った後、対中政策は強硬に

の六つの柱として設定され、解説されています。
(1)、(3)、(4)は日本でも同様に報じられていた内容といえるでしょう。
そして、(2)の背景については、
優勢之一:東京都議会選挙大勝(東京都議会選挙の大勝利)
優勢之二:安倍的超高民意支持率(安倍首相の国民からの高い支持率)
優勢之三:対手太不争気(対立政党の期待はずれ)

が挙げられていました。
ただ、これら六つの中で中国が何より注目したのは(5)、(6)の内容でしょう。
記事をみると、明らかに中国メディアが安倍政権を危険視し、今回の選挙結果を好ましくないものとして認識していることが分かります。

下の頁を見れば理解できるように、安倍首相は「右翼」の中でも「最右翼」という認識が中国側メディアの一般的なものとなっています。

重读安倍晋三(安倍首相の家系図、思想や政治的立場、歴史認識を紹介したもの)
http://slide.news.sina.com.cn/w/slide_1_2841_28491.html#p=5

こうした政権が「ねじれ国会」を解消し、政権基盤を固めたことで、中国メディアは日本の対中政策は強硬化し、中国を囲い込む対中政策が実施されたり、歴史問題の軋轢が再度高まりを見せたり、何より日本社会、そして日本人が徐々に右傾化していくことを懸念していることが伺えます。

このように、自民党の参議院選挙での勝利はかなりの「刺激」を中国側に与えているというのが、中国メディアの論調のようです。


一方、実際の中国人の個々の反応はそれと少し異なる部分もあるにせよ、やはりメディアの反応と似通っているようです。
こうしたことは、中国版twitterである微博(ウィボー)などの書き込みに目を通すとよく分かります。
或いは、実際の中国の教え子や知り合いからの情報も結構頼りになるのですが、現在はまだ誰からも聞いていません。

仮に今回の参院選の自民党勝利が日本人の「民意」だとしても、それとあまりに対照的な評価が海外でなされているというのはやはりおかしい、と私は思います。

一つの国家だけの国益を考える、或いは、一国の国民からだけ「支持される」ものの、他国ではそれと対照的な評価を受けるようなリーダーは、もはや時代遅れとなってきていると、私は考えているからです。

やや抽象的な言い方になりますが、自国とその周辺地域との関係、さらにもっと広い世界全体の利益へと視野を広げられるリーダーこそが、これから求められるリーダーのように思われます。
ただ、現在の中国の対日政策を見ていると、安易に「協調」路線を取ることが相当難しいのも事実でしょう。
つまり、日中双方の首脳がどうこの問題に向かい合うがもっとも重要なのですが。

ともかく、上記の点で安倍首相の政治姿勢はそうした世界の潮流に、ある種、逆行するものだと私は感じています。
日本の東アジア諸国との関係が難しく、困難な局面におかれているのは事実です。
ですが、そうした相手をより刺激し、強硬路線をとるのが得策ではないはずです。
是非、もっと広い視野から、東アジア諸国との対外関係を築いてもらいたいと願う私です。


ところで、君はどう考えていますか??

現代中国における反日意識 通勤中の同僚との会話から

2013年05月22日 05時53分07秒 | 日中関係のあれこれ
21日(火)のこと

日本から戻ってきたばかりのせいか、どうも疲れが残ってしまっています。
今日はぼーとしたり、だるさが消えないまま授業に向かいました(涙)

寮のある大学旧校舎から授業がある新校舎へスクールバスで向かう際、隣の席が同僚のS先生でした。
S先生はもうすぐ退官を控えるお歳ですが、雰囲気は大変若く、年齢よりも随分若く感じさせる先生です。

1時間弱のバス移動の際、S先生と一つの話題になりました。
それはS先生から振った話題であったのですが、所謂、昨今の日中関係の悪化に関するものでした。
先生の認識では、昨今の日中関係は第二次大戦以降の時代において最も悪いのではないかということでした。

特に反日、反中感情の悪化は相当に悪くなっていると言わざるを得ないのでは、とお話下さいました。
ただ、私としては日頃はほぼ日本語科の学生達と接しているので、そういう実感がないと答えました。
すると、先生は確かに日本語科はそうではないが、他の専攻の学生に日本語を教えていると感じるとのこと。

聞くと、S先生は第二専攻で日本語を学ぶ日本語科以外の大学院生に対する授業があるそうです。
具体的な話は聞いていませんが、その授業を通して強い反日感情を感じることがあったといいます。

さらに、先生はこうした反日感情の高まりの背景には何が関与していると思うかと私に尋ねました。
私は、
・中国の若者の世代は新聞・テレビよりもネットから相当強い影響を受けている。
・よって、こうしたネットにおける書き込み、そこでの反日的雰囲気が大きな影響にあるのではないか。
・2010年、2012年以降、特にこうした傾向が高まりを見せていて、それが反日感情に拍車をかけているはず。
・このように中国で起きている反日感情の高まりは、日本でも基本的に同様で、残念ながら反中意識が高まっている。
と答えました。


ともかく、日本語を学ぶ学生は別としても、日中間で相手国に対する印象が未だ悪化したままであることを再認識させられました。

ただ、そう答えつつも私はS先生に対する一つの異見も持っていました。

実は今学期、私自身も第二専攻で日本語を学ぶ大学院生を対象とした授業を担当しています。
この授業は選択性のもので、例年10-15人という受講生が集まる授業だったそうです。
しかし、今学期はその2倍以上の約40人の学生が参加してくれています。
今学期にこの授業を始めて分かったことですが、受講生の日本語学習への意識は高く、非常に熱心です。
また、ここで日本語をきちんと身につけたうえで、日本の大学院(博士課程)へ進学したいと考えている学生もいます。
さらに、以前教えた第二専攻で日本語学ぶ学生達も大学で会うと、

「你好!日语的外教(或者,S老师)。你最近怎么样?」

などと非常に気さくに話しかけてくれます。

こうした第二専門で日本語を学ぶ学生達を見ていると、日本語科でない学生だからといってそれほど反日感情が強いとは感じにくいのです。
授業以外にも彼らから食事や遊びに行くことにしばしば誘われることを考えれば、少なくとも私と交流を積極的にしようという姿勢は感。
よって、こうした日中関係が悪化していることが事実であるにせよ、私はS先生がいうほど悪化しているとは感じられません。


むしろ、危惧すべきはこうした反日、反中意識が強い人々ほど、相手国のことを知らないのではないかということです。
或いは、相手を知ろうともせず、勝手に自分の考えを主張しているだけなのではないかと私には感じることがあります。
相手への悪い「印象」・「イメージ」がどんどん膨らんでいき、客観的に相手を把握することを難しくしているのではないかと思うのです。


だからこそ両者の関係が悪化している時には、とにかく相手をありのまま見ようとする姿勢が必要です。
そのためには、交流などの“対話機会”を可能な限り増やすことしかないと思います。

そうした中国人への、或いは日本人への“対話”を、私が中国にいる間に可能な限りやりたいと思っています。

中国からみた日本での「中国」報道

2013年05月06日 22時54分22秒 | 日中関係のあれこれ
このところ、ずっと体中にアトピー性皮膚炎の症状が出てしまい、苦しめられている私です。
元来アトピー性皮膚炎になりやすい体質が子供の頃よりあったのですが、最近忙しく、ややストレスが重なったのか、症状が急に出ています。
ですから、最近はビタミン不足を解消するために果物をよく食べ、運動もなるべくして体の抵抗力をつけようとしています。


さて、最近、日本人の立場から中国で放送されるニュース、日本での報じられる中国のニュースを見ているとある特徴に気づきます。

中国国内でいま大きな話題を集めているニュースは、何といっても四川での地震関連のニュース。
それに対して、日本で注目を集めている中国のニュースは、地震よりも鳥インフルエンザ関連のそれ。
もちろん、日本でも地震に関する報道は注目されていますが、鳥インフルエンザと比になりません。

前回のブログでも書きましたが、現在、中国ではインフルエンザを極端に心配する雰囲気はほぼありません。
それは「人から人へ」の感染が確認されていないことが一番大きな要因といえるでしょう。
加え、近年の中国は毎年のようにインフルエンザが発生しているため、中国人がそれぞれのインフルエンザに過敏に反応せず、冷静に状況を判断して行動している点もあげられるようです。
インフルエンザの発生当初こそ心配している声も多くあがりましたが、現在はそんな雰囲気はほぼ感じられません。

だからこそ、現在は被害状況が拡大している四川の地震関係のニュースの方が中国人の関心を集めているようです。


一方、日本では中国のインフルエンザの状況、雰囲気はきちんと伝わっていない部分もあるのでしょうが心配する声が多いようです。
毎日のようにインフルエンザの報道があり、日本の方が過敏に反応している様子が中国にいても伝わってきます。
また、PM2.5に関する中国の大気汚染の問題も日本のメディア各方面で多く報道されています。
逆に、四川での地震に関する報道は発生時は多かったものの、その後はどんどん減っているのも確認できます。
中国で発生しているインフルエンザはいずれ日本にも影響を及ぼしかねないウィルスでありだからこそ注目が集まるのだといえるでしょう。


こうした両国のニュース報道の一つ特徴として、共に自国にとって「影響がある」と判断したニュースに注目が集まっているのは明らかです。
つまり、インフルエンザの方が自国に影響があると考えるか、地震をそのように考えるかという立場で報道も変わってきます。
当然のことなのですが、現在、中国から日本での「中国」報道を見ているとそうしたことを強く意識させられます。

逆にいえば、各国で報道されるニュースは、それが自国のニュースであろうと、海外のそれであろうと自国の立場から見てしまうことは避けられないということです。
そういう意味で、自国のニュースだけでなく、海外のニュースが同じ事件などをどう報道しているか、その内容にも日頃から意識的に注意を向けていくことは重要です。
そうすることが出来ないという人であっても、自国のニュースだけを鵜呑みにするのは避けるべきだと思います。


そんなわけで、最近、私は英語の新聞記事も時々読むようにしていますが、これがなかなか…。
これまであまり英語を使って生活してこなかったので、そのつけが回ってきています。
今後の研究活動のためにも、少しづつ頑張っていこうと思っているところです。

日本人からみた「中国」

2013年02月13日 22時07分57秒 | 日中関係のあれこれ
現在、大学院内の研究室。
研究計画書を二本、論文一本を同時並行で進めているところです。



あ、決して研究室内でビールなど飲んでおりません(笑)
写真は、中国上海の南京東路で飲んだ青島ビールです。
特に意味はありません。


さて、Mも日本へ一時帰国してもう一か月になろうとしています。
そろそろ上海へ戻らないといけませんが、日本滞在中、友人や知人、家族から一番言われたことが、

『中国にいて大気汚染は大丈夫?』

でした。
本当に私の体を心配をする人もいれば、多少からかうように言う人など様々でしたが。。
ともかく、最近の日本社会で「中国」=大気汚染となっている印象を強く持ちました。
また、ネットのヤフーで「中国」と検索すると、大気汚染が一番に出てきていました。

中国の環境汚染
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/china_pollution/

それは良い評価ではなく、悪いものであることは明らかでしょう。
こうしたニュースが日本人の中に強く残り、それが「中国」イメージとなっていく背景は様々説明がつくと思います。

・実際、中国国内の大気汚染の問題が悪化している状況があること
・昨今の日本人の「中国」に対するイメージ、印象が悪化しつつあることからくるもの
 ※これは特に、2010年度以降に加熱している日中間の「領土問題」が強く関与
・各マスコミのニュース報道の在り方が、上記の内容に拍車をかけていること

恐らく、大きく分けてこの三つの要因は確実にあるように私は思います。
よって、こうした日本人の中国に対するイメージに拍車がかかっている社会現象に対して、
単に日本側のネガティブキャンペーンとのみみることは正しくないと思います。

大気汚染という事実があることは間違いなく、それを日本側が虚偽報道しているのではないわけですから。
ただ、今回の社会現象から私が感じることは以下の二点です。

第一に、少し前の日本社会でも同じような類の問題が発生していたこと。
特に、高度経済成長期、環境破壊を無視した、企業経営や開発が行われていました。
その経験を通じて、今、日本政府も企業も国民も環境の重要性に気づきはじめ、
まだ不十分でありながらも、従来の方針を転換しつつあるだけのことです。

だからこそ私が思うのは、今こそ、日本の経験を中国に伝え、それを乗り越えるために協調すべきだということです。
なお、以下の文章もそのようなことを述べていました。

「日本の経験から言えること」大和総研(2013年2月8日)
http://www.dir.co.jp/library/column/20130208_006791.html


第二に、現代の日本人の「中国」イメージ、或いは、理解は本当に狭く薄いものでしかないこと。
今回のニュース報道を知っていることはもちろん重要なことですが、それ以外の中国に対する情報や理解はどうか。
恐らく、ほとんどの日本人たちがあまり中国に関することをご存じないのではないかと思います。
このように書くと、

「別に知る必要もない」
「興味がないので知りたくはない」

などと答える日本人もいると思います。
確かに、それは個人の自由であるので、強制されるべきものではありません。
ただ、私が協調しておきたいのは、日本人の中国への理解よりも、中国人の日本への理解の方が全般的に進んでいる事実です。
私が日ごろ接するのは、十代から二十代の若者ですが、彼ら彼女らは本当に日本のことをよく知っています。
若者文化全般のことだけでなく、政治経済のこと、そして歴史のこと。
もちろん、これはあくまでも全般的にと書いたように、地域や人々によっての差異は当然あるのですが。

両国間には、そうした相手への理解や知識という面で明らかな格差が発生しています。

昨今、両国間の国民感情は決して良いとは言えず、終息を迎える兆しも不透明です。
そんな時に、互いに批判をしあうことをまずは避けるようにしていきたいものですが、
そうした批判を仮にするにしても、もう少し相手を理解し、知ってから行うべきではないかと思えてなりません。

これは今回の帰国中、

『中国にいて大気汚染は大丈夫?』

と何度も聞かれた私が思う感想であり、思いです。

僕と中国との出会い、そして・・・

2013年02月08日 00時03分24秒 | 日中関係のあれこれ
2009年3月14日。
この日、私は初めて中国という国に行く機会を得ました。
当時私は、博士課程で研究を始めたばかりの一劣等学生で、
そのため経験も知識も本当にありませんでした。

最初に降り立った中国の都市は上海。
空港は浦東国際空港。

中国語は全く出来きない状態、そして当時、中国での勤務先はおろか、
中国国内にも私の知り合いはほぼいない状態でした。

中国とはどんな国で、どんな人々が住んでいて、僕はそこでどんな経験をするのか。

とにかく、全く先が読めないままスタートした中国での生活でした。
下の写真は、上海から夜行汽車で10時間以上揺られている時に撮ったもの。
また、翌朝無事に着任先の大学がある駅に着いた際に撮ったものです。

今見返してみると、当時の僕の心境が写真から伝わってくるようです。











気付けば2013年2月となり、もうすぐ丸四年を迎える中国での生活。
全てはここから始まったことを忘れず、これからも中国と日本のために頑張ります。

仕事も研究もとにかく全力で。
自分のためにではなく、全てはみんなの為に。

日中関係の悪化の余波  上海市のスピーチコンテスト延期へ

2012年10月29日 02時18分26秒 | 日中関係のあれこれ
本日で抱えていた一つの論文を無事提出しました。
次は、また別のテーマの論文に取り掛かれるので正直ほっとしています。

さて、ここずっと3年の学生Z君と一緒に上海市の日本語スピーチコンテストの準備をしていました。
当初、この大会は11月3日(土)に上海市の上海理工大学にて実施される予定でした。
ですから、一か月以上前から原稿作成、その暗記、そして質疑応答の練習などをしていたのです。
最近は忙しさに拍車がかかっているMにとっては、このマンツーマンの作業は楽ではありません。
しかし、

「よし、来週が本番だ!そこまでは気合でいこう!!」

などと思っていた昨日、突然、「延期」の連絡を事務局から受けました。
どうも昨今の日中関係の悪化を心配し、主催者の一つでもある日本の某大学が「延期」を強く申し出たようです。
(ただ、これは上海市の知り合いの日本人教員から聞いた話なので事の真相は分かりません)
ともかく、これにより今年の上海市のスピーチコンテストは「延期」となってしまいました。

「延期」と言ってもいつになるかは示されておらず、正直開催されるか自体が微妙のようです。

真剣に、この大会に向けて練習してきた学生、そして指導する先生方の思いは一体…。
そして、主催者側がこの大会のテーマに掲げた「日中友好」って一体…。

こんな時だからこそ、何とか大会が安全に実施される環境を設け、実施すべきであると私は思います。
実際、私は上海にいる立場として、スピーチコンテストに危害を加えるような雰囲気は皆無であると言いきれます。
昨今の両国間の悪化によって、中国国内で実施予定だったスピーチコンテストはほぼ中止、延期されています。
もちろん、「安全面」を考慮してそうした結論になったと主催者側は言うでしょう。

ですが、そもそも「友好」は交流の数、それによりお互いの理解を深めていくところから始まるものです。
ですから、お互いの関係がぎくしゃくしてきたから、「延期」なんていう結論にすべての大会主催者が至るとは正直残念です。
むしろ、「こうした時こそ何とか会場を設置して、大会を行おう!」という主催者が出てこないものかと私は思ってしまいます。

実際、政府間ではなく民間レベルでの対話や、その頻度を高めることの重要性を主張する識者は数多いと思います。
例えば、工藤泰志(認定NPO法人 言論NPO代表)のブログ記事もそうでした。
http://www.wochikochi.jp/special/2012/09/tokyo-beijingforum.php

現状を見ていると、「日中友好」をテーマに掲げることの多いスピーチコンテストの主催者がどこまで本気でそれを考えていたのか疑わしい…
と、私などは思ってしまうのです。
逆に、今こそこうした大会の意義が問われているように思えて仕方ないのです。

現時点では「延期」ということなので、私と学生Z君、そして勤務する大学の先生方は大会に参加する準備を続けていくつもりです。
別に「延期」は構いませんが、実施日がどんなに遅れても本年の大会が無事に実施されることをただ祈ります。


下の写真は、スピーチコンテストと対照的に上海図書館の中庭にてほぼ毎週行われている結婚式の様子。
勝手に私も幸せ気分をもらってきました。

中国に留学中の日本人学生達の動向

2012年09月22日 21時44分53秒 | 日中関係のあれこれ
本日は午前はゆっくり起床し、その後、上海へ図書館へ出かけました。
目的は自分の講義に必要な資料収集と、研究課題に関連する文献を読む為でした。
今日は雨模様であったせいか、いつもの週末と比べ利用客は少なめでした。

その作業を終えた後は、予てから約束していた学生達とのカラオケへ。
なお、カラオケに向かう途中の地下鉄の駅構内テレビでは、野田首相の再選が報道されていました。
それに食い入るように見入る数人の中国人の視線が印象的でした。



四年生の学生達と行く予定でしたが、急遽、今学期から上海へ留学している日本人学生も来てくれました。
(大阪と北海道から来た女性の大学生達3人)
その内の二人は、今年3月に既にこの大学を大学間の短期交流の際に訪れており、その際に会っていました。
ですので、約半年ぶりの再会といった感じでしょうか。


カラオケで3時間程歌った後、その流れで中国人学生達と留学生達と一緒に食事へ。
徐家汇にある火鍋の店で、皆と一緒に二時間程食事を楽しみました。

そこでの話題の一つになったのはやはり、最近の日中関係の悪化が与える留学生達への影響でした。
彼女達は上海に来て以来、外出はあまりせず、基本的には大学構内か近所で生活しているとのこと。
そして、国慶節の大型連休も特に旅行などの計画はなく、少し出歩く程度しか予定していないそうです。
また、彼女たちの両親たち(或いは、友人や知人達)はかなり心配をいていると話してくれました。

それらを聞いたうえで、彼女達に実際の生活を送るうえで何か支障が有ったか聞いてみました。
すると口々に、

「何もないです。問題は。」

という返事が帰ってきました。
要するに、大学とその周辺で暮らす彼女達にとって今のところ何も問題は起きていませんでした。
むしろ、彼女達は大学構内で日本語科の学生達だけでなく、他の専門の学生達とも極めて良好な関係を築いていることが分かりました。
例えば、その内一人の女子学生は毎週三、四回は中国人学生達(学部生、大学院生)とサッカーをして交わっているそうです。
そして、そこで知り合った学生達に中国語教師を頼み、逆に日本語をその学生に教えているそうです。
(なお、こうした留学生は一人ではなく、この数日で他にもこうした例を何度も耳にしました。)

さらに嬉しかったのは、彼女がそこで知り合った中国人学生の中に、私の講義に参加している学生がいて、
その学生が留学生の彼女に私のことを色々と話してくれていたことです。

「M先生はサッカーが好きなんですよ。」とか「彼を今度僕たちのサッカーの試合に呼ぼう。」などというように。

それを聞いて私もやはり嬉しく感じました。


現在は日本から中国へ、そして中国から日本へと留学生している学生達はかなりの数に及びます。
日本人からみれば、中国へ学びに行っている日本人留学生の置かれた環境が気になるところかと思います。
ですが、私の感覚では上記のような日本人留学生たちの状況が大半なのではないかと感じています。
また、そうであることを祈ります。

今夜の日本人と中国人大学生達の合同カラオケ、そして食事会のような機会を今後もつくっていければ幸せに思います。
私は。

9.18の上海の様子(大学、大学生達)

2012年09月18日 22時47分59秒 | 日中関係のあれこれ
まず、今日は私の中国生活のなかで、恐らく忘れらない一日となると思います。

御存知の通り今日は9月18日で、1931年の同日、中国瀋陽(旧奉天)にて満州事変が起こった日です。
(その発端となったのが、柳条湖事件)

最近の日中間の領土認識の相違、それに関わる騒動の激化に懸念が高まっている中、
こうした反日感情にさらに火をつける日が重なったことを不幸に思います。
中国に来て以来、外教をして4年目ですが、9月18日に講義があったのは実は今年が初めてでした。
また、昨日は大学側から

「18日は上海で大規模な反日デモがあるので、十分気をつけるように。」

と通知を受け、そのデモに学生達が参加する事態さえも予想しなければいけないと言われました。
それを聞かされた時は正直、18日を迎えることへの強い不安感を感じざるを得ませんでした。
(もちろん、大学側はただ私の身を心配して通知してくれただけなのですが…)

そして、あまり深く眠れないまま本日を迎えました。
ちなみに、本日は講義が三コマ(4年、3年のそれ)。
まずは、大学四年生達の講義(小論文、卒論指導)がありました。
その教室へ向かう途中、

「M先生ー!」

と私を大きな声で呼ぶ女性の声。
振り向くと、顔を知らない女子学生でした。
聞くと、彼女は大学院生で、私の大学院生対象の講義を受講しているそうなのです。
ですが、その講義は学生数が120人近い為、私は顔を覚えていなかったのでした。
(この講義のお蔭で、最近は大学院生からも声をかけてもらう機会が増えてきました)
彼女の明るい顔を見ていて、私の教室に向かう足取りも不思議と軽くなっていました。

そして教室に着くと、四年の学生達は朝早いにも関わらず、いつもと変わらず出席。
そして、いつもの通りきちんと、そして、時に笑いながら講義を真剣に受けていました。
名前を失念してしまったのですが、日本の短期留学から戻った学生も聴講でわざわざ参加していました。
(それなのに名前を忘れて申し訳ない!!)

午後にあった三年生対象の講義もいつもと同様に全員出席していました。
さらに、今日から新たに講義を受けたいという他専門の女子学生二人も来てくれていました。
雰囲気は相変わらずいつもと同じで、皆真面目に受講していたと思います。

要するに、私が昨日感じた不安や懸念は全くの杞憂に終わったわけです。
講義をしながら、こうして変わらない姿勢で当然のように受講してくれる学生達の姿勢に胸が熱くなりました。
そんな学生達を見て、私は講義を終える際のあいさつで思わず、

「皆さんが承知の通り、今日は日本にとっても中国にとっても特別な日です。様々な思いを持って中国人はこの日を迎えていると思います。そして、最近の日中間の政治問題も複雑です。ですが、そうしたこととは別に、こうして日本語、或いは「日本」について真剣に学ぶ君たちを私は大変嬉しく思います。」

と言ってしまいました。
学生達の反応から、何かそこで互いの気持ちがきちんと通じ合ったような雰囲気が確かにありました。
何か心の奥までジーンとくるような、暖かな気持ちにもなりました。





講義を終えて、夜は四年生達と一緒に大学近くのレストランで食事をしながら楽しく過ごしました。
今夜の東北料理の味、そして青島ビールの味は格別でした。
そして、そこで過ごした空間も私にとっては特別でした。

自宅に帰ると、千葉大学から「安否確認」として私の安否を問うメッセージが二通入っていました。
その回答に、上記のような内容を書いて返答したのは言うまでもありません。
自宅の母にも同様の旨をスカイプを通して伝えると、母は学生達に対して大変感激していました。

もちろん、上記のような経験は大学のような環境で働く立場だからこそ得られるものなのかもしれません。
実際に企業は大変な御苦労をされているとニュースなどから容易に想像ができます。
ですから、安易に私の情報だけを鵜呑みにし、安直に現在の事態を考えてほしくはありません。

ただ、私の場合、こうした経験を2012年9月18日にしたということは紛れもない事実です。
そういうことです。