中国西安で奮闘する大学教師Mの日々

日本人教員として中国の陝西省西安市の大学生・大学院生に対し、「日本文化・社会」や「卒業論文」などを教えています。

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上海で過ごす2013年最後の日

2013年12月31日 22時41分37秒 | とりあえず日記
中国は今日も仕事があり1月1日のみが休日。
1月2日からは仕事が始まります。

日本とは違い、中国は旧正月を重視するからこそですね。
私も「年内に今学期の仕事は終えよう」と考えていたので、午前から今日の夕方までかかって試験採点を全て終えました。
成績をネットで登録する作業だけが残されましたが、一様今学期の仕事は全て終わったと言えるでしょう。
部屋ももう一度簡単に掃除をし、来年の目標も何とか立てました。

その後、「年越し気分を味わうためには日本料理だ!」と考え、上海体育館で寿司を買って来ました。
市内は人がいつもよりも多く、こんな時は家でゆっくりするに限ると改めて思いました。
しかし、調子に乗って買い過ぎた…。


サーモン、鯛の寿司。


鮪と烏賊などの寿司。



これら全てをビールと一緒に美味しく頂きました。
今はお腹がいっぱいで何もしたくありません。
明日は友人たちと一緒に日本料理を作って新年を祝う予定。

そろそろ年越し、皆さん良いお年を。
2014年もよろしくお願い致します。
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12月23-28日のこと(上海での日誌として)

2013年12月28日 18時39分26秒 | とりあえず日記
学期末試験も全て終わり、今後は採点作業・成績の登録作業。
それが終われば、今学期の仕事は終了!


12月21日(土)
上海市日本人教員の会の定例会の日。
当日は、復旦大学の教室とホテルを借りて実施。
教員の参加者は20名弱だったが、二人の学生も参加。
甘泉中学のお二人の先生から報告を拝聴する。
その後、懇親会と近くのカフェで歓談。

昨今の日中関係を「第二次戦後もっとも最悪」と話す教員が複数。
私は中国生活が長いわけではないが、やはり共感せざるをえない。
色々と言いたいことはあるが、私の今の立場では日々の仕事を真剣にやるほかないと思う。
自分が学生達の「日本」や「日本人」イメージを形成する大きなファクターであることを忘れず奮闘したい。


12月22(日)
自身の研究論文を部屋にこもって書き続ける。
夜、実家からスカイプで連絡が入るがあいにく通話状態が悪い。
ここ一か月は特に通話状態が悪く、日中間の通話に支障あり。
ただ、中国国内でスカイプを使用する場合は問題ない。
母が心配しているようなので、スカイプにメッセージを残す。
(多分、無理だろうが…苦笑)


12月23日(月)
空気が悪いので、22日と同様自室にこもって論文執筆。
また、来年5月に上海で開催される国際学会のパネルメンバーの募集を行う。
今回、日中間の留学生史研究者、日中間の外交史研究者を中心に声掛け。
さらに、来年10月日本へ留学を目指す学生達の指導も。
今年は四名の学生(男1名、他は女子学生)が希望している。

研究課題は、
1、日中間の環境経済 
2、「本国」の治安維持法に対する植民地台湾での認識・反応
3、日中間の高齢者福祉政策 -NGOの活動を中心に-
4、日本古代文学研究

夜は日本からいらした千葉大学Y先生のホテルで、学科主任のH先生と24日の協定式の打ち合わせ。

12月24日(火)
午前から午後まで千葉大学と華東理工大学の全学協定式関連の仕事。
午前、両校との今後の協定に関して具体的な内容を話し合い。
昼食を大学近くのホテルでY先生、副校長、外事オフィス長、外事オフィスT先生、H先生、私でとる。
午後は大学に戻って調印式。
H先生の車で浦東空港までY先生を送った後、帰宅。
まだ交流協定に関して仕事はあるが、ここまで来られて一安心。
夜はクリスマスイブを祝うメールが学生から数通。


12月25(水)
この日は私が担当する授業の学期末試験の日。
朝8時から夕方5時までずっと試験監督。
監督中、本でも読めればいいのだが、他に事務室から監督にいらっしゃるので無理…。
記述式の問題ばかりで、ほぼカンニング不可能な試験なのにな。
中国の重点大学になると試験監督のやり方も、採点の方法も相当厳しい。
以前の安徽省の大学では試験監督は一人、採点も縛りほぼなし。
中国は同じ国立大学でもこれだけ運営体制が異なる。

夜は上海、安徽省の学生達からクリスマスメールが届き、電話も。
若い学生はクリスマスへの意識が非常に高く、試験を終えて帰る時、
「先生、メリークリスマス!」と言って教室から出て行った学生達も結構いた。
ただ、本人は全くもってクリスマスを重視していないので言われて気づく(苦笑)
それはそうと、皆さんありがとう。


12月26日(木)
学期末試験が全て終わったので自室にこもって中国のテレビを見ながら、くつろぐ。
最近は韓国の爸爸去哪儿に完全にはまってしまい、今や民律君の大ファンである。
(なお、韓国の番組が本家で、中国側のは韓国から制作権を買って制作しているもの)
民律君はどうも小さい時の弟に似ているように思えてならない。
また、休日ということで部屋の掃除をし、洗濯をする。


12月27日(金)
26日はすっかり気分転換できたので、午後から上海市档案館へ。
現在書いている論文に必要な档案を収集するためで、他にも今後必要な档案をコピー。
現在、上海市档案館は一日のコピーが一人50枚なので、学生に一緒に来てもらい100枚コピー。
コピーを待っていると、「これから会議があるのでコピーは来週できます」と言われてしまう。
ということで、泣く泣く帰宅。
帰宅すると学生の家で「余ったから先生に差し上げます」という上海蟹が届いていた。
今年は上海蟹のプレゼントのやり取りも「八項規定」の影響で制限されている。
そのため、上海蟹を生産している業者は売り上げが落ち、生産分が余っているという。
その「おこぼれ」が私に回ってきたと考えればいいのだろう。

自分で蒸して頂いたが、なかなかの美味。


この二倍以上の蟹がまだ台所に。一人で食べるには多すぎる数…



12月28日(土)
部屋の掃除、洗濯をまとめて行う。
その後は、来ていたメールに返事を出す。
その後は自宅で論文執筆。


もうそろそろ年越し。
毎年どんどん一年が過ぎていくが、どんどん過ぎていく速度が速まる感じが。
きちんと一年過ごすためにも、年内に来年度の目標も立てておかないと。


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“贈り物”が減少! 中国における「八項規定」の影響

2013年12月21日 02時26分36秒 | 現代の中国社会
今週で今学期の大学の授業が全て終わりました。
来週は学期末試験監督をし、採点、登録したら今学期の仕事はほぼ終わりです。
その後、締切前の論文完成、そして河北省の資料調査、1月18日に帰国です。

「コーヒーばかりでは飽きてきたな」と思っていたら、学生から鉄観音茶をもらいました。


香りが良いのでもらってから毎日飲んでいます。



さて、今日は中国の習近平体制で実施されている「八项规定」の影響に関して。

中国語の出来る方は御参考までに以下の頁をご覧下さい(百度百科に記載された「八项规定」の説明)
http://baike.baidu.com/link?url=Kao3wgajLn9LHZg6E8JovJ65WcQyQJEtibXR_-ArzncYUWMrNAf8DnhSh_B4AMFjORy06o9d7yxe8Wm4XXcvTa

この規律、よく“倹約令”と説明されがちですが、内容はそれだけではありません。

①調査・研究の改良(要改进调查研究)
②会議活動の簡素化(要精简会议活动)
③書類・説明の簡素化(要精简文件简报)
④訪問活動の規範化(要规范出访活动)
⑤警備業務の簡素化(要改进警卫工作)
⑥ニュース・報道の改善(要改进新闻报道)
⑦草稿発表の厳格化(要严格文稿发表)
⑧勤勉倹約の励行(要厉行勤俭节约)


以上の八項目が掲げられ、内容は多岐にわたります。
要するに、政治的信頼を回復するために綱紀の乱れを正そうと掲げられた方針と言えるでしょう。
この影響は私が勤めている大学でも顕著に表れています。

このブログの去年の同じ時期の記事、或いは、節日の記事をご覧頂ければよく分るはずです。
去年の年末は大学から贈り物として、お菓子・食べ物・日用品など様々なものを所属学部からもらっていました。
また、年末は外国人教師のためだけに学部長がパーティーを開いてくれもしました。
別の節日にも何かしら贈り物があり、それらは私の中で毎年の恒例行事となっていました(笑)
しかし、それは今年めっきりと姿を消しました。

さらに、事務室のコピー使用に関しては、去年まで各教師が事務室のコピー機を自由に使い放題でした。
ですが、今年に入ってからコピー機自体が移動し、基本的に鍵のかかった部屋に置かれるようになりました。
コピーする際は事務員に伝え、事務員がコピー室のカギを開け、事務員がコピーをしてくれるようになりました。
これでは事務局員がコピー室の開閉を管理するので、コピーに無駄に時間がかかるようになっています。
実際、この面倒くささにコピーを事務室でする教員は確実に減少しています。
加えて、コピー用紙も最も安いものを使うようになり、よく破れるので困りものです。

他にも大学内で影響が出ているのはほぼ確実でしょうが、私が実際に確認しているのは上記の内容です。
なお、私以外に上海にお住いのある日本人のブログでは上海蟹の値段にも影響が出ているようです。
また、白酒の需要にも影響が出ており、製造企業は相当の赤字が出ているとのニュースも目にしました。
つい先日も、帰りのスクールバスを待っている時の教員間の話題もこれらに関するものでしたし、その影響を多くの人が感じているのが分かります。

このように、2013年の中国は「八项规定」の影響が様々なところで感じられた年となりました。
そろそろ毎年恒例の学部の忘年会などもありますが、去年よりも質素にやるのでしょうね。
これまでの中国で「贈り物競争」が激化し、大きな社会問題になっていたのは事実で、それは社会全体のために必ず改善すべきです。
ただ、年に一度しかない忘年会まで、何かしんみりとやるようでは少しさみしい気もしますね。

最後に今年の年越しも中国ですが、久光やしんせん館に買い物に出かけ、自宅で日本料理を作り、知り合いと食べて飲んで楽しもうと計画中。
大晦日と元旦だけはとにかく日本の正月気分を味わう予定です。
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12月11-15日のこと(上海での日誌として)

2013年12月15日 21時37分55秒 | とりあえず日記
ここ数日は自宅療養の日々でした。
ですので、書くこともあまりないのですが一応更新。

12月11日(水)
基本的にベットの上で、食事は全て出前(外卖)。
さすがにずっと寝ていてもきついので起きて論文執筆の続き。
ただ腰の痛みがきになり、どうも集中力が続かないため休む。
外の空気汚染が気になるのでエアコンはつけず。


12月12日(木)
11日と同じく大部分をベットの上などで過ごす。
寝ているだけでも飽きるので、中国のテレビ番組を見て気分転換。
昼から元学生が来てくれ、一緒に食事をとる。
午後は1月上旬に行く予定の河北省档案館への入館書類準備、ならびに、ホテルの予約など。
河北省档案館で調査する場合、一か月前に閲覧档案の目録・紹介書・申請書の提出が必要。
期限がギリギリだったが何とか無事に終える。

12月13日(金)
前日、前々日と同じような生活だが、腰は少し楽になってくる。
ただ、痛み止めの効果があるのは明らかなので油断は禁物。
昼携帯にメールがあり、見ると三年生の学生X、Sさん。

「先生、お見舞いに先生の寮へ行ってもいいですか」

というもの。
彼女達はわざわざお土産を持ってきてくれ、体を心配してくれていた。
素直に嬉しい。
ちなみに、Xさんの方は12月15日のスピーチコンテストで出場する選手。
私が腰を怪我したばかりに、その後は指導は全くできず、主任H先生にお任せしていた。
聞くと午後14時から指導の予定があるとのことなので、私も少し顔を出す。
結果、熱が入り腰の痛みを忘れ16時半頃まで指導。


12月14日(土)
前日指導に無理に参加したが、そのせいで休むに休めない自分がいた。
もちろんH先生、学生は「今は休んだ方がいい!」と何度も言ってくれたのだが。
結果、午前9時過ぎから昼食を挟み、14時頃まで指導に付き合ってしまう。
後悔はないが、きちんと指導するためにも体を元気にしないといけないと強く思う。
部屋に帰ってすぐに横になり、腰に負担をかけないようにする。


12月15日(日)
この日はスピーチコンテストの当日(第二届“滋庆杯”日语演讲比赛)。
テーマは「私の夢」だった。
前日に「私は腰の問題があって参加できないので、H先生引率をお願いします」と伝えていた。
しかし、起きてみるとどうも胸に引っかかる感じが抜けずにH先生に電話。
結果、「H先生、やはり私も参加します、腰は大丈夫ですから。」と言っている自分がいた。
実際、痛み止めを飲み、安静に数日していたこともあり、痛みは随分引いた。

H先生の運転で大学から会場の同済大学まで約1時間(帰りはすいていて約30分)
会場について応援に来てくれた学生達と一緒に見学。
学生は練習の成果が出ていたが、やはり心配していた応答でこけた印象。
結果、入賞はならなかったが、出場するまでの過程で随分日本語発音、表現が上達した。
この指導の間、学生がプレッシャーでおしつぶされそうになったこともあった。
私から学生とその友人を誘い、一緒に衡山路のきれいな並木道を歩き、カフェで楽しい時間を過ごした。
学生の笑顔が戻っただけでなく、これまで以上に学生と私の距離が近くなり、練習も頑張り始めた気がした。
また、試合直前の大事な時にほぼ役立たずとなった私の代わりに、超多忙の主任H先生が指導をして下さった。
さらに、会場に応援に来た学生の一人は出場する学生・教師のために自家製のテラミスを持ってきてくれた。

こういう多くの人の応援、支援があって各大学から選手が出場しているのだと思った。
また、今回の大会を準備してきてくれた主催者を始め、多くの支援者がいたからこそ22人の選手が参加できたのだと思う。
一部では会場校の学生が一等、審査委員を務めた教員の学生が二等だったことを指摘する声も聞かれた。
時に、中国のスピーチコンテストではそういう残念な評価システムがあることは事実であり、私も認める。
しかし、それを仮に批判するより、自分がもっと努力して確実な実力をつけて入賞した方が格好いい。

だから、次に自分達が入賞するために何をすべきか考え、それを実践することだけ考えたい。
そして、まずは今回頑張った学生のXさん、指導をしてくださったH先生、応援してくれた学生達にお疲れ様、ありがとうと言いたい。
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中国の病院事情2(腰椎捻挫で通院・・・)

2013年12月10日 18時55分09秒 | 現代の中国社会
12月8日(日)の夜11時頃でした。
下に体を勢いよくかがめた拍子に、腰に今まで経験のない激しい痛みが走りました。
実はここ数日、既に腰に違和感を感じていたのですが、突然腰の何かが切れたような衝撃。
そのまましゃがむこともできず、座っても痛い、とにかく横になり、熟睡できぬまま夜が明けました。

そして9日の朝。
痛みは前の日よりも痛くなっていて、しゃがむと激痛が走り、ズボンを履くのも一苦労。
また、どんな姿勢をしていても痛みが常にある状態なので病院に行くことを決めました。
選んだのは、中山病院(上海市徐汇区枫林路180号)です。
ここは復旦大学の付属で、かなり大きな病院の一つです。

私はタクシーで行きましたが、バスなら957番、地下鉄なら9号線肇嘉浜路(zhào jiā bāng lu)站からが便利です。
到着した時間は丁度昼間で、患者さんもかなりいました。

入口エントランスの写真


まず一階の受付で自分の診察してほしい場所を伝えると、どこへ行けばよいか教えてくれます。
私は腰だったので二階に案内されましたが、まず收费口で診察料(約15元)を払います。
なお外国人であってもパスポートの提示を求められることは通常なく、料金のみを払います。
(必要な場合もあるかもしれないので、私は念のため持っていきましたが)

その後、待合場所で待たされること10分。
すぐに診察室へ案内されました。
医師の診断では、软组织损伤ということでした。
日本語で言えば、腰椎捻挫となるようです。
なお、腰椎捻挫とぎっくり腰とは違うようで、前者は何か強い衝撃が腰にかかったときになるものです。
一方、ぎっくり腰はさほど大きな負担や衝撃が腰にかかっていなくても発症するもののようです。

ともかく、医者からは「一週間の自宅療養と横になって安静に」と告げられました。
また、二種類の痛み止めももらいました。
やはり座る時間が長すぎることと、姿勢の問題などで腰に相当負担をかけていたのでしょう。
処方された薬を診察代を支払った收费口で受け取り、薬代150元を支払いました。

このように中国では診察料は診察前に、処方薬の費用などは最後に払うのが一般的です。
また、救急車も乗る前に費用を支払う必要があるのも中国の特徴です。
日本では救急車は無料、診察料や薬の費用は全て最後に払いますが。

二階で診察を終え、帰る時に一階を見るとこんな感じ。


現在は一日三回痛み止めを飲んでいるので何とか動けますが、発症してから72時間は特に安静にすべきとのことです。
ですから、現在はただただ自宅で横になって安静にし、外に出かけずに出前をとっています。
仕方なので主任H先生と連絡をとり、事情を説明して明日の授業は休講にしました。
「仕方ないよ」と思う自分と、「何やってんの…情けない」と感じる自分との葛藤がすごいです…。
同時に、今まで腰に問題がなく自由に生活できていたことが本当にありがたいことだと感じています。
こういう経験をできたことで、今まで当然と思っていたことに心から感謝することができました。
(そうなる前に気づける方は、もっと素晴らしいのは言うまでもないのですが)


でもいろいろ考えても仕方ない。
今、出来ることをきちんとやっていくしかない。
焦らずに着実に一歩一歩。
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12月3-5日のこと(上海での日誌として)

2013年12月05日 21時51分24秒 | とりあえず日記
ここ数日、上海におけるPM2.5(微小粒子状物質)の濃度は急激に高くなっています。
ちなみに今日の外はこんな感じ。



もう一枚。少々雲があったとはいえ、太陽は完全にぼやけています。


先日もそうでしたが、今日もPM2.5の数値は基準値(35μg/m³)を大幅に超える300μg/m³越えを記録。。。
霧が出ているとの報道ですが、どこまでが霧でどこまでがPM2.5なのか判別できないのが困ります。
最近は舌に軽いしびれを感じることが出てきたため、さすがにPM2.5対策用のマスクを買いました。
少し前までは北京だけがフューチャーされていましたが、現在は中国各地に広がっているのが現状です。


さて、本日はここ数日のことを簡単に記録しておきます。

12月3日(火)
朝5時起き。
事前にお願いをしていた外部の授業見学の日で、この日は上海交通大学へ。
闵行にあるキャンパスへはタクシーと地下鉄を乗り継いで、最後は徒歩を含めて約1時間半。
私の勤める華東理工大学も大きいが、それとは比べものにならない規模で湖もでかい。


そこで外国人教員をしているK先生の授業を半分見学、半分は私の授業もさせてもらう。
授業後はK先生と大学構内の喫茶店で色々とお話をさせて頂き、仕事・研究の話題に花が咲く。

昼前に交通大学を出てタクシーで自分の大学の奉賢キャンパスへ。
12:00-16:30頃まで大学三年生達(ほぼ全員)と一緒に大学近所の食堂を借り、日本料理(もどき)を作る活動をしてみた。
カレーライス、天ぷら、鶏のから揚げ、肉じゃが、豚汁など…。

その後はスピーチコンテストの指導をしてから、スクールバスで帰宅。
帰宅後、のどの調子がおかしいのに気づく…風邪をひいたようだ。


12月4日(水)
一日授業漬けの日。
起きると体調は完全に風邪モードとなっていたが、とにかく朝一のスクールバスで出勤。
午前の授業を終えると、体中がだるい、せきが出る、熱も出てくる有様…。
午後も何とか授業をしたが、この時はもう頭がもうろうとしていて辛かった。
帰宅して温かい服を来て、水を多めに薬と一緒に飲んで就寝。

疲れがたまってきているのを実感しているが、それが大きな理由だろう。
ただ、体調が悪くなると何もできなくなるので今週末で治したい。


12月5日(木)
依然体の調子はイマイチだが、少し楽になる。
外へ出ずに自宅で療養しながら、中国の番組などを見て無為に過ごす。
夕方からマスクをして外出し、市内で日本料理を食べてからすぐに帰宅。
PM2.5の濃度が上海でも急激に上がっている影響でマスクをする人が増える。
学生の話では、この影響で上海の病院に来る幼時の患者も増えているという。
子供や老人や呼吸器官の弱い人には特に負担となるのだろう。

すぐ解決する見通しはないとのことなので、マスク携帯を心がけたい。
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中国の事務仕事・・・(あくまでも一例にすぎませんが)

2013年12月02日 22時12分28秒 | 中国の大学、大学生
先日は今が旬の上海蟹を茹でて食べてみました。
一杯約20元とお得でしたが、黄酒と一緒に食べるとなかなかの相性でした。




さて、今日は先日の日曜日に起きたある事件(?)の話し。
大学教員の多くがそうだとは思いますが、週末は翌週の授業準備や研究活動に専念できる日として大変貴重です。
先日の日曜日もそのつもりでパソコンを開くと、ネットがつながらない…

まずは自分で色々といじってみますが、接続は無理そうと判断して阿姨(各フロアにいるお手伝いのおばさん)に何度も連絡。
しかし、なかなか電話に出ない、メールをしても返事がない状態のまま午後になりました。
午後になってようやく部屋に来てくれ、そこで大学の修理作業員を呼んでくれました。
作業員が部屋に来て少し作業した後に一言。

「あ、ネットのお金が支払われていませんよ。払えば大丈夫。」

その後、彼はすたすた帰っていきました。
しかし、この大学ではネットの代金も全て大学側が負担してくれるため、阿姨に尋ねると、

「この仕事は外事オフィスのT先生の仕事ですから、明日私から電話してみます。」

との返事。
ということは、日曜日一日ネットが使えない…ということ。
正直、これには私は本当に参りました。
もっと早くに対応していれば上海図書館などへ行ってwifiを使って仕事ができますから。
しかし、午後からは席はなく、PC電池の容量が少ない私の場合は行っても意味はありませんでした。
近所の喫茶店などもありますが、関連する本が近くにないと仕事にはなりません。

「仕方ない。明日、阿姨が言えば午前には復旧するだろう。」

と考え、その日は別にパソコンを使わなくても出来る仕事をし、メールチェックは学生のパソコンからさせてもらいました。


そして、本日。


朝からチェックしていましたが、相変わらずネットは10時頃まで不通状態。
阿姨が忘れているのだろうヤレヤレと思いながら、私から外事オフィスのT先生に携帯メールをいれました。
その後、返事がないままなので電話をすると不通状態…。

あとで分かったのですが、外事オフィスのT先生は出張でフランスへ行き、不在だったのです(涙)
ですから、他の外国人教員達もネットが不通となり、仕事ができない、論文の資料が読めずに書けないなど問題が出ました。

他の外国人教員は中国語がほとんど話せないため、私が状況をやや力を込めて阿姨に伝えました。

「我々には仕事が沢山あるが、ネットが使えないと困る」

「中には海外の大学とのやり取りする仕事もあり、メールに返事を何度も出さないといけない。」

「貴重な休みに研究が出来ないと他の日には出来ず、締め切り前の論文があるので困る」

などなど。
とにかくありとあらゆる理由を訴えまくりました(苦笑)

日曜日に私のお願いを忘れる程度の状態で聞いていた阿姨でしたが、この調子にはさすがに気づいてくれた模様。
そして、何やらあちらこちらに電話をかけ始め、30分後、

「先生、ネットのお金を外事オフィスではなく、私の方で払いました。」

何と阿姨が代わりに代金を払い、問題を解決してくれたのです(午後2時頃)。
ただ阿姨も、

「この仕事は私の管轄ではないから本当に困った。」

とぼやいていました。
そんな阿姨にはお礼の気持ちを込めて先日学会で買ってきたお土産をプレゼントしました。

それにしても、今頃、フランスで外事オフィスのT先生は何をしているのでしょうか。
フランス出張するのは仕方ないにせよ、仮に大学内で管轄する部署の問題が起こっても仕方ないという態度では…。
せめて何とか連絡を取ったり、解決するためのラインを持って出かけるべきではないかと思わずにはいられません。

思えばT先生、前回も私のブログに「困った先生」として登場していただいております。。。
前回はまだ冗談が大半を占めていましたが、今回は大学の外国人教員達がかなり困りました。

もう少しきちんと仕事をしてもらえないものだろうか…と思わずにはいられない週末となりました。

先生、フランス土産位はお願いしますよ…。
高級ワインとは言いませんから(苦笑)
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