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中国西安で奮闘する大学教師Mの日々

日本人教員として中国の陝西省西安市の大学生・大学院生に対し、「日本文化・社会」や「卒業論文」などを教えています。

日本の大学院進学を目指す学生の指導のアレコレ

2017年04月09日 00時24分40秒 | 日本への留学までの道のり
今学期は授業が通常の学期と比較して少ない為、大学の仕事は楽になりました。
しかし暇が出来ても、結局、他にやることが出てくるものです。
毎週一日は研究日を定めましたが、現状では満足に一日集中して取り組むのは難しいです。


先日の清明節は出張で西安へ行ってきました。
交通費(航空券)・宿泊費を招待側に全て負担してもらっての出張だったので、浮いた予算を観光に回せました。
お陰で出張の用事以外の日程を使い、中国に来て久しぶりに旅行らしい旅行が出来ました。


西安や西北地域でよく食べられている羊肉泡馍


世界遺産にも指定されている大雁塔(写真が横なのが残念)
唐の高僧玄奘三蔵がインドから持ち帰った経典・仏像などを保存するために、高宗に申し出て建立した塔


他にも陝西省博物館など色々と足を運んだのですが、省略。



さて本日の話題は久々に「日本への留学までの道のり」のカテゴリーに関する話題です。
上海を離れて山東省済南に来て以降、私は学生から依頼が来る留学のお手伝いを断ってきました。
理由は幾つかあります。

1 大学院留学の手助けは想像以上に時間と労力を使うこと
2 そのため、無理にやると他の仕事や研究にも支障が出ること
3 研究論文をどんどん書かないといけない中、そのような時間がなくなってきたこと
4 ある程度研究経験がある人だけが出来る作業・仕事であるため、それを無償でやることに疑問を感じたこと
5 学生の能力を見て、「この学生は指導すれば見込みがある」と感じさせる学生に済南では出会わなかったこと

などなどです。

無償で時間と労力を使う以上、それなりに「指導してあげたい」という気持ちがでなければ、
それを積極的に引き受ける理由・意義は感じられず、結局、上海から異動した後はほぼ断ってきました。


そんな中、済南へ異動してから一人だけ日本語に対する意識が他の学生と違う学生と出会いました。
出会った大学二年時から日本語が達者で、聞くと日本のアニメが大好きで日本語を覚えたと教えてくれました。
日本語・日本に関することにも広く関心を持っていて、何より自ら関心を持って学んでいるのが印象的でした。
特に学生が大学三年時の私の自主ゼミ、また四年時には自主的に毎週私の出講の大学院授業に参加し、
関心を持って学んでいる様子を見て、「指導すれば何とかなるかもしれない」と感じるようになりました。

そして四年生の冬、学生から留学のことについて相談を受けたの契機に、本格的な指導が始まりました。
研究課題は学生本人の「問題意識」に沿って決めさせ、それに意見をしながら、修正を進めるというのが主な方法でした。
書いては書き直しをさせ、その都度、学生の課題は二転三転しました。

基本的に日本語を四年間勉強しただけで、他の教養が身についていないのが中国の大学の日本語科学生の特徴です。
もちろん自分で本を読み、第二専門の授業などに参加していれば別ですが、そうした学生は少ないのが現状です。
この学生も専門とした日本語教育の基礎的教養がほぼない状態でスタートしたので、苦労しているようです(今も)。

「自分がかなりの部分を手助けしたらすぐに終わるのに」と何度も思いますが、最後まで自分でやらせる予定です。
この壁を越えないと日本に行ってから通用しませんし、この学生の目標とする「日本で博士号取得」は夢のまた夢だからです。

現状を見ていると、やはり上海の大学(中国の重点大学の一つ)の学生とは違い、成長速度は遅めです。
また論理性・思考力・修正力・基礎的な知識・自由な発想などがどうしても劣っているのを感じます。
加えて気になるのは、「一度言った注意を繰り返しミスしていること」です。

こうした学生に対して、指導者がどう向き合うべきかと問われれば「辛抱強く向かい合い、焦らないこと」なのかなと思います。
あとは研究に関わる指導をする以上、「本当にやりたい研究は何か、その研究で自分は何を考えたいのか」を何度も問いかけ、
本当にやりたい研究像を何とか形になるまで付き合うことも必要だと思います。


今の大学で日本への大学院留学の指導をする場合、これまでよりも負担が大きいのは事実でしょう。
しかし、こうした機会を通じて自分自身も大学教師として成長できるチャンスがあると感じています。

「この大学の学生は…」とか、「この水準では大学院では通用しない…」などと言うのは簡単です。

ただ、その学生が持っている日本語への強烈な興味・関心はまぎれもなく本物である以上、
その芽が出ないとすれば、指導者も十分な指導方法が出来ているのか否かを反芻すべきだと考えます。

今回、済南で学生の留学指導を引き受ける過程で、悩みながら前に進もうとしている学生も、
指導する私自身も共に、自分自身の“壁”を超えようとしているのかもしれません。

この仕事をして得られた喜び

2015年07月06日 01時57分27秒 | 日本への留学までの道のり
大学の今学期の授業・試験共に先週で全て終わり、ここまで某ビデオの編集、日本での大学院の研究員関係の仕事、来年度の労働ビザの更新手続きなどをしていました。
明日以降から一気に試験を採点・登録を始め、終了後は来週月曜日からの青島資料調査の準備に入ります。


さて、今日は先日あった非常に嬉しかった出来事を紹介したいと思います。
私は中国に来てから今まで、安徽省と上海市、山東省の各大学で多くの学生たちに日本・日本語を教えてきました。
そんな学生たちは卒業後、自身の専門とする日本語を活かして日本留学を希望するケースも少なくありませんでした。

日本留学を希望する学生に対しては、その時その時の可能な範囲でお手伝いをしてきたことは、このブログでも既に書いたことがあります。
(詳しくは、本ブログのカテゴリーの「日本への留学までの道のり」の記事をご覧下さい)


先日、来週月曜(13日)から青島へ調査で出かけるため、上海時代の教え子で青島出身の学生に連絡をしました。
残念ながらこの学生は私が青島へいる期間は地元に不在ということだったのですが、久々なので少し微信でメッセージをやりとりしていました。
「教え子」と書いたので、この学生が日本語科学生であると皆さんはお考えでしょう。
しかし、この学生は現在理系の専門を勉強しており、日本語科の学生ではありません。
確かに一年生の時、彼女は日本語科に属していたのですが、二年次から「もっとも興味のあった」という専門に転籍したからです。
よって、私がこの学生に授業を出来たのはただ半年間(一学期)だけでした。

もちろん、それとは関係なく、自分の教え子だという意識は変わることはなく、今までずっと接してきたつもりです。
ただ、同時に私の意識の中では、

「この学生の日本語や日本との縁は、これから弱くなってしまうのかな・・・」

という、寂しさにも似た思いが生まれていたのは事実でした。


先日、この学生とやり取りをする中で、学生の卒業後の進路について話題が及びました(現在、学生は3年生)。
私は当初、理系の専門を活かした仕事を卒業後、上海などの大都市でするのだろうと勝手に決め込んでいました。
しかし、彼女の口から意外なことを聞かされたのです。

それは、

「日本の大学院へ留学し、今の専門知識をさらに学びたいんです」

というものでした。
よく聞くと、この学生は専門をかえた後も、自分自身で日本語を勉強し続けてきたというのです。
そして、日本で現在の専門知識をより磨こうと考え、今頑張って留学準備をしていることを知りました。

この話を聞いた瞬間、自分の頭には全くなかったストーリーが私に電気ショックを与える、そんな感覚に陥りました。
何より、この学生と日本・日本語との縁が今でも続いていた、それを知れたことが私には嬉しくてたまらなかったのです。
今学期はこれまでの中国生活の中でも特に多忙で、疲れが出始めていたのですが一瞬、その疲れが吹き飛びました。

そして、この学生の学年たちに授業をしていた時期が、急に懐かしく思い出されました。
昔、かれらと上海植物園に桜を一緒に見に行ったことは、今でもよい思い出となっています。

当時の学生たちが、あと一年で大学を卒業しようとしていると思うと、本当に時間の速さを感じずにはいられません。

二班の学生たち


一班の学生たち



以前上海にいた際、日系企業の管理職にある方から、

「日本への留学経験のある中国人社員は本当に仕事がしやすいんです。やはり、実際に日本を自分の目で見て、肌で感じたことのある中国人は日本・日本人をよく熟知しているし、中国と日本という二つの国の文化的視点を持ち合わせているからではないでしょうか。」

と聞いたことがありました。
留学が珍しくなくなった時代、しかし、やはり留学することの意義が変わらずに深いことを示す言葉です。

学生の留学の希望が叶うよう、今は願わずにはいられません。

日本へ留学していった教え子達(全員が院試合格!)

2014年11月14日 23時18分11秒 | 日本への留学までの道のり
このカテゴリー(日本への留学までの道のり)の記事を書くのは久しぶりです。
今日はここで、一つ嬉しい結果について書かせてもらいたいと思います。


私は現在、山東済南市の大学で勤務していますが、今年7月までは上海の大学におりました。
そこでは大学卒業後、日本へ留学を目指す学生が毎年数人おり、私はそのお手伝いを積極的に引き受けてきました。
(詳しい「お手伝い」の内容について関心のある方は、過去の記事を読んでいただければと思います)

先日、その「お手伝い」をした学生達から立て続けに連絡が入りました。
連絡をくれたのは計3人、いずれも去年から今年夏まで留学関係の指導をしてきた学生でした。
メールの内容はいずれも「合格」したという報告と、私の指導に対するお礼でした。
このうち一人は、2千文字を超える長文のお礼を送ってくれました。
そこには、本当に嬉しい気持ちと、深い感謝の思いが感じられました。

学生達は一人が東京外国語大学で日本語教育、一人は早稲田大学で政治外交史、最後は同志社大学で社会福祉を専攻します。
ちなみに、彼女達はいずれも皆、研究生試験でなく、大学院生試験に合格しており、来年4月から大学院生となります。
特筆すべきは、彼女達が指導を受ける研究者が、その専門では大家とされる研究者ばかりであるということでしょう。
(なお、この指導教官選びにも、彼女達の意向を聞きつつ、私も積極的に関与しました)

ですから、私の勝手な希望としては、将来この中から研究者の道を歩んでいく教え子が出てくればなと思っています。


指導した立場としては、まずは合格して日本への留学を決めてほしかったので、正直、一安心しました。
そして、指導した学生が誰も失敗せずに、全員合格したことに大きな喜びを感じました。
今回の結果を得たのは、何より彼女達の頑張りによるものが大きいです。
また、日本留学という道を選択させてくれたご両親の支援も大きいと思います。

Pさん、Lさん、Wさん、本当におめでとうございました!


なお、話しは変わりますが、去年夏に私が提案し、話しを進めていたアジア経済研究所図書館と千葉大学図書館との連携協定がまとまりました。
先日、アジ研の図書館長からメールが入り、両図書館の連携協定が締結されたことを知りました。
これにより、今後、千葉大学の学生・教員はアジ研図書館の資料を個人貸し出し可能になりました。
研究でアジ研の資料を使う学生・教員も少なくないと思うので、大変有意義なことだと思います。

迅速に動いてくださった館長の村井様、このブログにて重ねてお礼を申し上げます。
ありがとうございました。


先週は去年色々行っていた仕事や取り組みが実になったことを知った、嬉しい一週間でした。



日本へ留学を目指す学生達 それぞれの進学先が決定!

2013年10月06日 22時42分12秒 | 日本への留学までの道のり
国慶節後半は今月の学会報告の準備に追われています。
少し進めては手を止め、また進めるという過程を繰り返しています。

研究に入ると私は他のことが一切手につかなくなり、頭は研究だけに占領され自分の世界に入ってしまいます。
部屋からは運動する時間以外は一切出ずに、食事も全て出前をとり、とにかく研究だけをやっている状態です。
机の上には今回の報告で使用予定の档案(資料)を並べ、それぞれに目を通しながら報告概要を練っています。


こちらは別のコピーした資料。他にもPCの中に今まで収集した資料があり、どう使うかまだ未定です…。


明日で連休も終わり、大学が再開されるので今夜までにある程度形にしておくつもり。



さて、気分を切り換えて別の話題。
このブログでは「日本への留学までの道のり」というカテゴリーを設け、何回か記事を書いてきました。
暫く更新がないままだったので、現在の状況を書いておきたいと思います。

まず確認ですが、私が今回直接担当した日本へ留学を目指す中国人学生は3人、間接的(少し)にお手伝いをしたのが一人でした。
先の3人ですが、2人が千葉大学へ学部生研究生として無事に合格し、既に大学へ入学して留学生活を始めています。
もう1人はつい先日、東京外国語大学の学部研究生としての受入が無事決定し、来年4月に入学することが決まりました。
なお、間接的にお手伝いをした学生は京都大学の学部研究生として既に入学しており、京都での留学生活が始まっています。

特に東京外国語大学に入学を決めた学生は最も最初に留学を希望した学生で、その気持ちに応えたいと特に厳しく指導しました。
この学生には特にですが、正直かなり厳しい言葉を投げかけたり、態度をとったこともありました。

でも、学生は私の指導にへこたれずついてきただけでなく、どんどん知識を増やし、研究のセンスも磨かれていきました。
当初は論理的思考がやや弱いなという印象を持っていましたが、その点も次第に改善されていくのが分かりました。
何より指導した学生の中で、研究を義務でなく一番楽しんでいる様子があり、「これは伸びる!」という感触がありました。
学期中は大学構内や上海図書館で、夏期・冬期休暇中はスカイプやメールで何度指導したか分かりません。
結局、そんな指導が約10か月も続き、その間に他の学生達はどんどん留学先が決まっていきました。

逆に、卒業しても留学先が未定だったこの学生や御両親にとっては少なくない焦りがあったはずです。
ただ、私は「正直、これだけ力のある学生が落ちるはずがない。もし落ちたら大学研究者の見る目がない」などと構えていました。
(「もし落ちたら」などとは無責任な指導者だと思われるかもしれませんが…笑)

結果的に、最後は学生自身が志望大学を自ら決め、指導を希望する研究者に自身で苦労して書きあげた計画書を送り、合格を決めました。

「先生、東京外国語大学の○○先生が私を受入れてくれるそうです!本当にありがとうございました。」

と携帯電話口から学生が興奮気味に合格を伝えてくれた時、私は極めて冷静さを装いました。
まだ学生の入学手続き自体は残っており、ここで一緒に浮かれてはいけないと思ったからです。

ただ感情とは正直なもので、電話を切ると自然と目頭が熱くなりました。
「よく頑張ったな」と思わずにはいられなかったのです。


今後はそれぞれの学生の留学生活が始まりますが、皆が有益な留学生活を送ってほしいです。
今はそう祈っている私です。

学生の日本留学を手助けしてくれる方々に感謝

2013年04月04日 06時00分00秒 | 日本への留学までの道のり
本日(4日)から7日まで清明節の連休です。
私は今週末、5月に報告予定の学会大会における要旨を提出しないといけないので、主にその準備を進めています。
そんなわけで、ここ数日間は中国語の研究書や論文とも格闘しているところです。


清明節休暇はこうした作業を中心にしつつ、夏服を買いに買い物へ、また美容室にも出かけてこようと思ってます。

なお、最近は寮の部屋で過ごすことが多いこともあり、自炊もちょこちょこしています。



さて、今日は暫く御無沙汰だった日本への留学をめざす学生達の話題。
現在、今年10月の研究生としての入学をめざす学生達は出願願書の提出が迫っています。
一人は約10日後、もう一人も約20日後には受付が始まります。
(なお、三人いるうちの残り一人は来年4月に出願することに)

そんな中、提出書類が多かったり、検定料の問題などが幾つか出てきていました。
この願書を出す際、中国から千葉大学へ直接書類を郵送できればまだいいのですが、それが認められていません。
書類提出の際、代理に直接大学窓口へ書類を出す代理人が必要となるのです。

学生達の保証人が大学へ足を運べればいいのですが、平日に仕事をしている方がそれを行うのは不便です。
かつ、仕事がなくても大学の近くに住んでいない方にそれをお願いするのも気が引けます。
学生達の保証人はいずれも埼玉県や愛知県などに住んでいて平日は仕事があるので、この件を頼むのは不可能でした。

そんな中、大学院時代の後輩で、Iさんという社会人の博士課程院生が代理人を快く引受けて下さいました。
それだけでなく、願書提出の際の検定料納付に関してはIさんが立て替え、後日学生がそれをIさんに支払う方法を申し出て下さいました。
実は中国から日本の大学へ検定料を支払うにも少々複雑で、また受入れの学部によって方法も異なります。
そのため学生はもちろん、日本人の私でも対応には面倒臭さを感じていたところでした。

こうしたIさんの親切な対応には、私をはじめ、学生達も本当に助かり、ありがたい思いでいっぱいになりました。
学生達の日本留学への道が、色々な方々に支えられて初めて、確実に実現の道へ進むことができているのだと思いました。

そのことを忘れずに、学生達にはきちんと留学の準備を進めていってほしいと願います。

日本へ留学を目指す大学生達 無事、保証人が決まる!

2013年03月22日 06時11分28秒 | 日本への留学までの道のり
まず、この写真。




先日、三年生達がイチゴ狩りにいったそうで、お土産にもらいました。
皆さん、ありがとー!

そして、こちらの新校舎で授業の帰りにとった写真。




春の到来を告げるように、つぼみが開花し始めていました。


さて、今日は一つ嬉しいことがあったのでブログで紹介したいと思います。
現在、日本へ留学を目指す学生達が複数いますが、留学する際に必要な「保証人」が決まっていない学生が複数いました。
そして、今月になって一人、また一人と保証人の方を探し、無事に決まり始めていました。
ですが、一人だけどうしても決まらない学生がおり、私も少し心配し始めていたのです。

大学への出願期間は4月中旬と決まっており、時間的猶予がどんどんなくなっていたからです。
もしもの場合に備え、出願を半年延ばし、その間で保証人を探す計画も立てていたのが数日前でした。
そんなわけで少々気を揉んでいた今日、その学生から一通のメールが届きました。
その一部を紹介します。

○○老师,您好~打找您了。感谢您一直为我担心。想要告诉您一个好消息。我爸爸帮我找到保征人了。是一位已经取得日本国籍的中国朋友。

要するに、この学生のお父様が保証人を無事にみつけたとの報告、私への感謝を伝えるメールです。
私はメールが来た時、授業中だったので気づきませんでしたが、あとで学生に電話を入れました。

とりあえず、これで全ての学生の保証人がみつかり、今後は願書を準備し提出ということになりました。
本当に良かったと思います。。。


なお、学生達の情報によれば千葉大の他に、神戸大学や京都大学へ留学することが決まった学生達もいるようです。
こちらの学生達も色々と不安な気持ちを抱えつつ、いい結果が出たのでよかったと思っています。

こうした学生達が、まずは無事にそれぞれの大学へ入学を決めることを祈っています。

自力で留学を目指す学生達の心境

2013年02月25日 02時58分39秒 | 日本への留学までの道のり
今日は仕事と研究に必要な資料収集で上海図書館へ。
春節の雰囲気は一般的に終わっていますが、今日が元宵節で正月の最終日にあたります。
そうしたこともあって、図書館内では春節を祝う企画展が開催中でした。







夕方に図書館を後にして大学へ戻り、その足で千葉大へ留学希望の学生達と夕食をとりつつ今後の流れや、必要書類を説明しました。
元々は文学部の研究生を志望するZさんだけに行う予定でしたが、もう一人のPさんからは受取る文献があったので一緒に来てもらいました。

現在の状況は、それぞれ受入を希望する教員へ連絡を取り終わり、今後は電話やスカイプを通じて学生と教員の面接が待っています。
また、出願する際の書類を準備したり、留学する際に必要な「保証人」を探す必要もあります。

ここまで来るまでを振返れば、決して楽な道ではありませんでした。
私と専門を異にする学生達の研究計画書指導には相当私自身も勉強しましたし、指導にも色々と配慮を重ねました。
また、数人の専門家と連絡をとり、学生達の計画書が妥当なものかも何回も確認し、学生を指導しました。
学生達も大いに悩み、不安を抱えつつも、課題に真摯に取り組んだお蔭でそれなりに評価をいただける計画書を書けたのだと思います。

今日、食事をとりながら彼女達が計画書を書く際に相当なプレッシャーを感じていたことを話してくれ、それを改めて知りました。

「大事なことだし、書けるまでは心配で夜眠れなかったんです。」

「当時は毎日、上海図書館へ通い続け、帰り道はなぜか急に寂しさを感じました。」

「こんなに努力したのは初めてかもしれません。」

などなど、とにかく学生達が本当に頑張って取り組んでいたことを知る機会となりました。
私が同じ大学四年生の時であれば、めげていたかもしれないなどと思ったりもしました。
とにかく本当に頑張り屋で、誠実で、そして優秀な学生達です。

現時点ではどの学生も「保証人」の方が決まっておらず、それを探している最中とのことでした。
中国人が日本に留学する際、基本的にどの学生も「保証人」が必要となります。
そうした方がいないと、大学側が入学を認めないからです。

ですから、今後は「保証人」をどう探すか、どういう方が「保証人」になってくるかが重要なポイントです。

私も日本人で留学生たちの「保証人」探しに関しては疎いので、もし御存知の方がいれば是非教えてほしいです。
連絡は以下のアドレスまで。いつでも歓迎です!

yoshiitem1008@yahoo.co.jp

各学生への研究指導の難しさ

2013年02月04日 00時11分32秒 | 日本への留学までの道のり


現在、上海に戻っています!

・・・はい。
嘘です、まだ日本です。
くだらなくてすみません。


最近、連日のように留学を希望する大学生達の研究計画書作成を指導しています。
指導している学生は3人いて、1人はほぼ計画書が完了しています。
残り2人は現在、研究計画書を執筆中です。

3人とも違う研究テーマなのは当然のことです。
よって指導する側としては、学生の研究課題に関係ある研究成果を把握するため、
1つの研究課題につき何だかんだで10本程度の論文を読む必要があります。
(もっとも多い指導学生の場合は、私も20本以上読んだように思います)

その上で、各学生の性格やレベルを考えて、指導の仕方を変えるようにしています。

Aさんはどんどん要求をしても、それに見合って頑張ってくれるのでどんどん叱咤激励をする。
Bさんは何でもこちらの指示を全て受け入れてしまうところがあるので、自分でなるべく考えさせて、Bさんに答えを出させるように指導をする。
Cさんは自分でマイペースで考え、その中で自分で答えを出させる方がうまくいくので、こちらはあまり指示を出しすぎないようにする。

などなどです。
ですから、同時平衡で3人の研究計画を共に進めているのですが、3人とも接し方を分ける必要性があると、指導を通じて分かってきたのでした。

自分の研究論文もあり、締め切りが迫った自身の計画書も複数あるので余裕はそれほどありません。
ですが、こうした学生達の指導を通じて、私も色々と勉強させてもらっていて、新しい知識も身につけられています。
そして、学生への研究指導のポイントも身につけさせてもらえっているのかもしれません。

そう考えると、彼女たちにはこちらも感謝しないといけないなと思います。
今後、指導をお願いしている教員の方々へ計画書をお見せする機会があり、それまでが一つの山です。
ですが、彼女たちも頑張っているので、私も応援していきたいと思います。

それではー

学生たちの留学へ向けた取り組み(計画書を書く)

2013年01月28日 20時31分28秒 | 日本への留学までの道のり
明け方に寝る生活が続いているせいか変な疲れを感じることが出てきました。
さすがにもう少し早めに寝て、朝には起きる生活に戻そうかと思っています。

実家に戻っているので、食生活は大変健康的です。
今夜はおでんと焼き魚(鯖)、そして野菜サラダでした。



明日明後日と大学で用があるので、明日は朝早めに起きて研究室へ行く予定です。


さて、本日のテーマは日本へ留学を希望している中国人大学生達の取り組みについて。
現在、私が世話をしている学生達は3人いて、すべて大学四年生達です。
彼女達にはそれぞれ自分が指導を依頼する教員へ見せる計画書を書いてもらっています。

それぞれ関心ある課題を決め、それに関する先行研究を調べ、そこから自身の課題を絞り、見込まれる研究成果や意義をまとめてもらっています。
そして、自身の研究計画を簡潔に記してもらっています。

そうした作業を経て、学生達には計画書を私に一度提出してもらっています。
受け取った計画書を見て、私のほうから必要な意見を出し、修正してもらうのです。

既に二人の学生が計画書を出してくれ、それに修正意見をつけて送り返すところです。


彼女達にとっては外国語である日本語で計画書を書くのは、それ自体大変な作業です。
加えて、三人とも人文系の研究課題であるために、関係する先行研究を整理するのもかなり大変です。
彼女達は日本語専攻で日本語に関する知識はあっても、それ以外の知識は少ないからです。
(なお、学生達の研究課題分野はそれぞれ言語学、歴史学、文学)
日本人の大学生にとっても、こうした作業は決して楽ではないですから。
ですから、それら先行研究をきちんと把握し、自身の問題関心を絞るのは相当大変だろうと思います。

ただ、その作業をきちんと経て大学院へ留学すれば、必ずやっていけると考えています。

ちなみに、彼女達はいずれも研究生という形で留学する予定です。
その後、半年ないし一年の研究生期間を経て、大学院修士課程へ入学予定です。
その研究生期間もきちんと指導を受けた学生であれば、より短くすることも可能です。

だからこそ私は、この過程で学生達が大いに考え、悩んで計画書を書き上げていってほしいと思っています。

今後は一週間前後の間に、彼女たちが指導を希望する教員の方々へ計画書を提出予定。
これは私が日本滞在期間しか出来ない作業なので大変重要であると同時に、ここである程度学生の評価が決まることとなります。

ですから、学生達にもメールを送り、

「君達が何か問題や相談がある時はいつでも連絡をしてきていいよ。」

と伝えました。
学生達はもちろん、私もそのために出来る限りのことをしてあげたいと思っています。
自分の研究や語学勉強、自身の研究計画書執筆など多忙なのですが、最後まで付き合うつもりです。

研究計画書指導と教員探し

2013年01月14日 09時47分30秒 | 日本への留学までの道のり
さて、最近は留学を希望する学生達と良く連絡を取り、実際に会う時間もとって、その指導をしています。
学生達は本当に自分で色々と調べ、勉強して確実に力をつけてきているのを私は実感しています。

現時点では、各自の研究課題がほぼ固まって来た段階で、先行研究と自身の研究の位置づけを明確にさせています。
これまで研究というものをしたことがない学生にとって、この作業は本当に大変で、指導も骨が折れます。

毎回、色々と「先行研究」を探してくるのですが、それがどうも不適切だったり、範囲が狭かったりします。
また、十分に先行研究を調べる作業も私の助言がないと難しい時があります。
振返れば、私も学部時代と修士時代とこうした作業はいつも難しさを感じていました(苦笑)

こうした課題を克服するには、

1、自分がやりたい研究課題が何か、これをきちんと意識すること
2、そのうえで関連する研究書や論文を乱読し、それらを整理すること
3、そうした作業を通して、自分の研究課題を絞っていく

これが定式でしょう。
個人的な実感としては、以上の作業を経た後、三者に意見を求め客観的な意見をもらうことが重要です。
あとは、数多くの論文を書いていく作業を経て、こうした作業は徐々に慣れ、力がついていきます。

ともかく学生達は今、その一歩目を踏み出して葛藤しているわけです。
そうした研究課題と先行研究の位置づけが明示出来れば、あとは関連文献や論文や資料を読んで分析、
その結果を論文にしていけばいいわけです。


そして計画書がある程度まとまってきたら、同時にそうした課題を指導してくれる日本側の教員を探す必要が出てきます。
現在は三人の指導学生とも、それぞれ指導を希望する教員を探し、それぞれ連絡を取り合うところまでは来ています。

ただ、ここでポイントなのは学生が個人的に連絡をとるのでは、あまり返事が期待できないということです。
大学の教員は多忙ですし、こうした依頼が少なくないですし、それにいちいち対応できない状況があるようです。
ですから私が面識があり、学生の研究課題を指導できそうな教員を絞り、私からまずは連絡をさせて頂くようにしています。

そして、それぞれの教員が受入れ可能かをお聞きし、学生の簡単な研究課題と計画書をお送りし、
御意見(評価)を伺います。

あとは、先生方の評価によるので、私にはどうすることも出来ません。
ですから、私に出来るのはそこまでの作業が主になります。

1、よりきちんと研究指導(計画書の)をすること
2、そうした学生の課題にあった、また性格にもあいそうな教員を探す

この二つです。
「2」に関しては、もし私に知り合いの教員がいない場合もあります。
その場合、他の研究者に紹介して頂けるように依頼します。
実際、一人の学生は文学の研究だったので、知り合いの方に紹介を依頼しました。

今後は私が日本へ帰り、学生達が1月下旬頃には書き上げるであろう計画書を手に、
教員を訪問して計画書並びに、学生の人となりをお話しする予定です。



ところで、昨日ネットで以下のような文章を見つけました。
以前の記事でも紹介したように、中国では留学の斡旋会社が数多くあり、その問題性を指摘したものです。
私はどこまで真実かを確かめようもないのですが、学生から得た情報では大部分が当たっている模様です。

「注意!とんでもない中国人研究生の実態 中国人留学生の真実(5)」
http://www.jctsc.co.jp/1399.html

数多くの中国人留学生が日本へ来てくれるのは大変嬉しいのですが、
こうした弊害が同時に起こっていることも我々は知っておいていいと思います。

そうした中、私が担当して色々指導している学生達は、助言を基に自力で留学を実現しようとしています。
ですから、その中で葛藤や不安、悩みも抱えて頑張っているわけです。

私はこうした過程を経て留学の道を得ていく方が、将来は確実に役立つ!と思います。