1か月ほど前、大学院時代の友人で中国人留学生Iさんより、「今度時間がありますか」と連絡が入りました。
2012年9月にIさんと私は同時期に大学院博士課程を修了し、その後、Iさんは浙江省紹興の大学に就職しました。
私の大学がある上海から紹興までは高速鉄道で約一時間半で、中国ではかなり近い位置にあると言えます。
丁度学会発表も終わった時期だったので、10月26・27日と1泊2日で紹興まで出かけてきました。
朝7時半に上海虹橋を出発し、9時10分には紹興北駅に着。

その後、Iさんが車で迎えに来てくれたので市内へ出かけ、名所旧跡を巡りました。
具体的に見学できたのは、
・周恩来の生家
もう一枚。

・魯迅の生家(その入口部分)
・その周辺にある水と融合した歴史が残る住宅街

もう一枚

中国だけでなく、日本でも或いは世界でも著名な人物がこの紹興から誕生したわけです。
ですから、この生家周辺(特に魯迅)は観光地となっていて土曜日ということあり、人人人でした。
二人の生家はいずれも立派なもので、歴史に名を残す人物は幼い時からしかるべき教育を受ける環境にあったのだと感じました。
なお紹興で一番印象的だったのは、中国の他の地域と違い車のクラクションの音がかなり少なく、静かだったことです。
中国に住んでいると日本と違い、車同士の出すクラクション回数が多く、道路は騒がしいのが一般的です。
ですが、紹興ではそうした音がかなり少なく、日本のそうした環境で育った私にはなかなか快適でした。
もっと色々と見て回りたかったのですが、時間が足りずに気づくと夕方に。
その足でIさんの大学の教員、特に中国の朝鮮族が集うという宴会にも参加しました。

朝鮮族の方は独特の宴会習慣があり、宴会中は何よりとても賑やかになります。
そして飲む酒の量も多く、何より朝鮮族の多くは酒に強い方が多いようで、私もつい飲みすぎてしまいました。
今回初めて朝鮮族の宴会に参加させてもらいましたが、それぞれ順番に歌や踊りを披露しながら随分盛り上がりました。
私も唯一の「日本代表」として、皆が知っていると考えて「北国の春」を披露しました。
中には一緒に口づさむ先生方もいて、中国で「北国の春」が周知されていることを再認識しました。
なお、今回の宴会費用は全てホストのIさんが出されたそうで、その額は数千元!に及ぶとのこと。
そして、次回は別の先生が全てを負担して皆を集めるというようにサイクルで行うのが一般的のようです。
一年に一度このような幹事の役回りを担いながら、朝鮮族の方は親交を深めているのです。
今回1泊2日の短い日程でしたが、中国で奮闘する同期の友人と会えて元気をもらえました。
またの再会を楽しみにしています。
2012年9月にIさんと私は同時期に大学院博士課程を修了し、その後、Iさんは浙江省紹興の大学に就職しました。
私の大学がある上海から紹興までは高速鉄道で約一時間半で、中国ではかなり近い位置にあると言えます。
丁度学会発表も終わった時期だったので、10月26・27日と1泊2日で紹興まで出かけてきました。
朝7時半に上海虹橋を出発し、9時10分には紹興北駅に着。

その後、Iさんが車で迎えに来てくれたので市内へ出かけ、名所旧跡を巡りました。
具体的に見学できたのは、
・周恩来の生家

もう一枚。

・魯迅の生家(その入口部分)

・その周辺にある水と融合した歴史が残る住宅街

もう一枚

中国だけでなく、日本でも或いは世界でも著名な人物がこの紹興から誕生したわけです。
ですから、この生家周辺(特に魯迅)は観光地となっていて土曜日ということあり、人人人でした。
二人の生家はいずれも立派なもので、歴史に名を残す人物は幼い時からしかるべき教育を受ける環境にあったのだと感じました。
なお紹興で一番印象的だったのは、中国の他の地域と違い車のクラクションの音がかなり少なく、静かだったことです。
中国に住んでいると日本と違い、車同士の出すクラクション回数が多く、道路は騒がしいのが一般的です。
ですが、紹興ではそうした音がかなり少なく、日本のそうした環境で育った私にはなかなか快適でした。
もっと色々と見て回りたかったのですが、時間が足りずに気づくと夕方に。
その足でIさんの大学の教員、特に中国の朝鮮族が集うという宴会にも参加しました。

朝鮮族の方は独特の宴会習慣があり、宴会中は何よりとても賑やかになります。
そして飲む酒の量も多く、何より朝鮮族の多くは酒に強い方が多いようで、私もつい飲みすぎてしまいました。
今回初めて朝鮮族の宴会に参加させてもらいましたが、それぞれ順番に歌や踊りを披露しながら随分盛り上がりました。
私も唯一の「日本代表」として、皆が知っていると考えて「北国の春」を披露しました。
中には一緒に口づさむ先生方もいて、中国で「北国の春」が周知されていることを再認識しました。
なお、今回の宴会費用は全てホストのIさんが出されたそうで、その額は数千元!に及ぶとのこと。
そして、次回は別の先生が全てを負担して皆を集めるというようにサイクルで行うのが一般的のようです。
一年に一度このような幹事の役回りを担いながら、朝鮮族の方は親交を深めているのです。
今回1泊2日の短い日程でしたが、中国で奮闘する同期の友人と会えて元気をもらえました。
またの再会を楽しみにしています。