1月29日 編集手帳
詩人の吉野弘さんに、
誤植から生まれた作品がある。
表題は「夕焼け」のはずが、
受け取った刷りが「夢焼け」になっていたという。
その字体がことのほかまぶしく見えて、
詩人は「夢焼け」という題のまま新たな詩を着想する。
<人が…夢に焼かれている、と
明かしてくれたネ
人が…夢にローストされながら生きている、と
明かしてくれたネ
ああ、
「夢焼け」!>
先週末、
テニスの全豪オープン決勝を観戦しながらこの一節を思い出した。
大坂なおみ選手の試合中の涙に、
ペトラ・クビトバ選手の激情の叫びに。
クビトバ選手は2年前、
強盗に襲われ利き手の左手に重傷を負った。
一時は日常生活にも難があった。
それを克服し四大大会決勝にまでカムバックした人は表彰式では試合中とは別人のような穏やかさだった。
「なおみ、
おめでとう」。
人生を深く刻む笑みに打たれた方は多かろう。
思えば全米オープン決勝も命がけの出産を乗り越えたセリーナ・ウィリアムズ選手が相手だった。
若い大坂選手の宝となろう。
2度も続けて、
夢にじっくりローストされた熱い人生がネットの向こう側に現れた。