10月30日、読売編集手帳
「神田古本まつり」でにぎわう東京・神保町の古書店街を散策して、ひとつ買い物をした。
研究社出版『英和笑辞典』で時価1000円也。
奥付には「昭和36年9月30日発行」とある。
ぱらぱらめくってみると
〈【duty】義務=うんざりして受け、いやいや遂行し、はれやかに吹聴する〉、
あるいは〈【Eve】イブ=貴方(あなた)よりいい男がいたのよ、と言えなかった女〉など、
どれも気が利いている。
以前の持ち主が気に入った個所なのだろう、幾つか傍線が引いてある。
〈【mirage】空中楼閣=綴(つづり)がmarriage(結婚)に似ており、
意味もほとんど同じ〉や
〈【wedding】婚礼=自分で花を嗅(か)げる葬式〉などの傍線をみれば、
その方面でご苦労されたお方か。
傍線ひとつに、名前も知らぬ人が「ね、ここ、いいでしょう?」と顔を出す。
読書は著者との対話だといわれるが、かつての所蔵者を交えての“鼎(てい)談(だん)”
も古書をひらく楽しみに違いない。
読書週間が始まった。
虫の声、雨の音、そして〈【book】本=声なき言葉〉
――秋の夜更け、じっと耳を澄ますものに事欠かない季節である。