ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

本河内高部ダム(再)

2019-07-23 16:30:15 | 長崎県
2019年7月12日 本河内高部ダム(再)
 
本河内高部ダム(再)は長崎県長崎市本河内3丁目の中島川水系中島川上流部にある長崎県土木部が管理する上水道用水および不特定利水目的の重力式コンクリートダムです。
長崎市水道事業は横浜、函館に次いで日本で3番目の近代水道として1891年(明治24年)に創設されました。
本河内高部ダム(元)は日本最初の水道用ダムとして1891年(明治24年)に竣工し当ダムの運用開始とともに長崎市水道事業がスタートしました。
その後町の発展に合わせて本河内低部ダム西山ダム小ケ倉ダム浦上ダムが建設されてゆきます。 
しかし1982年(昭和57年)の長崎大水害では中島川流域で大規模な氾濫が発生し未曾有の大災害となりました。
翌1983年(昭和58年)に長崎県は長崎水害緊急ダム事業に着手、市内の上水用ダムの多目的ダム化事業に取り掛かりますが、建設省(現国交省)の『歴史的ダム保全事業』の指定を受け文化的価値の高い旧ダムを保全しながら新ダムの建設及び再開発が行われることになりました。
本河内高部ダムでは2002年(平成14年)より再開発事業が開始され2006年(平成18年)に竣工しました。 
新ダムは日本初の水道用ダムであるアースフィルの旧堤体を保全するため旧ダム上流に新設され、新旧堤体間は盛土で埋め立てられました。
再開発事業竣により総貯水容量は36万1000立米から49万6000立米に増加しダムの目的に『不特定利水』が付加され、またダムの管理は長崎市上下水道局から長崎県に移管されました。
旧ダムは日本初の水道用ダムとして評価が高く土木学会選奨土木遺産、Aランクの近代土木遺産、近代水道百選に選定されるとともに2017年(平成29年)には『本河内水源地水道施設』として本河内浄水場とともに重要文化財に指定されました。
 
長崎市中心部から国道34号線日見バイパスを東進、妙相寺通交差点で左手の枝道に入りバイパスの高架を潜ると本河内浄水場に到着します。浄水場の左右両岸からダムにアプローチできますが、今回は浄水場の左手(右岸側)を選びました。
浄水場の裏手に1891年(明治24年)に日本初の水道用ダムとして建設された本河内高部ダム旧堤体が現れます。
近代土木遺産に選定されていますが、残念ながら旧堤体は一般公開されておらず敷地外から遠望するのみです。
 
旧ダムの底樋樋門。そばで見てみたいのですが・・・・。
 
新ダム上流面。
半円形の取水設備がビルトインされています。
 
右岸に横越流式洪水吐がありこちらは導流部。
 
緩やかにカーブを描く横越流式洪水吐。
コンクリートダムに横越流式洪水吐は珍しい組み合わせですが、旧ダム保全のためにこういう形になったのでしょう。
奥は国道34号線日見バイパスの橋梁。
 
右岸の斜樋。
こちらは建設時の仮排水トンネルを活用し、中島川の不特定利水向けの取水設備です。
 
天端は車両の進入はできませんが歩行者には開放されています。
新ダムと旧ダムの間は建設残土で埋め立てられ公園になっています。
 
竣工記念碑。
 
新ダム下流面
堤高28.2メートルですが建設残土で埋め立てられているため高さは全く感じられません。
 
旧ダム導水隧道の遺構
煉瓦構造で目地には英国から輸入したセメントが使われていました。
 
旧ダム給水塔頭頂部。
 
長崎大水害と言う災厄を契機に歴史的文化遺産と防災事業の両立がうまく図られた好例だと思います。
もちろん当初の姿からは変貌しましたが文化遺産を時代に合わせて守って行くというのはこういうことなんじゃないでしょうか?
惜しむらくは旧ダムが非公開であること。事前予約をすれば浄水場の見学はできるようですが遠方からの訪問ではそれも叶わず。
 
(追記)
本河内高部ダム(再)には洪水調節容量がありませんが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

3620 本河内高部ダム(元) 
長崎県長崎市本河内3丁目
中島川水系中島川
18.8メートル
127.3メートル
361千㎥/335千㎥
長崎市上下水道局
1891年
-----------
2570 本河内高部ダム(再)(1480)
長崎県長崎市本河内3丁目
中島川水系中島川
NW
28.2メートル
158メートル
496千㎥/386千㎥
長崎県土木部
2006年再開発竣工
◎治水協定が締結されたダム

小ヶ倉ダム

2019-07-23 13:02:38 | 長崎県
2019年7月12日 小ヶ倉ダム
 
小ヶ倉ダムは長崎県長崎市上戸町の鹿尾川水系鹿尾川上流にある長崎県土木部が管理する多目的の表面石張り粗石コンクリート重力式ダムです。
1891年(明治24年)に日本初の水道用ダムとして本河内高部ダムが完成し、長崎市水道は横浜、函館に次いで日本で3番目の近代水道として事業が開始されました。
その後の町の発展に合わせて事業の拡張が進められ、長崎市水道4番目の水源として1926年(大正15年)に完成したのが小ヶ倉ダムです。
戦後に入り1974年(昭和49年)に鹿尾川下流への多目的ダム建設事業が着手されますが、1982年(昭和57年)の長崎大水害では小ケ倉ダム下流の鹿尾川曲流部で大規模な氾濫が発生し未曾有の大災害となりました。
これをうけ翌1983年(昭和58年)に長崎県は長崎水害緊急ダム事業に着手し、未着工だった鹿尾川下流への鹿尾ダム建設に取り掛かると同時に、小ヶ倉貯水池左岸上流部に新たに常用洪水吐となる越流堰を設け洪水調節容量を確保しました。
事業は1987年(昭和62年)に竣工し、小ケ倉ダムの管理は長崎市上下水道局から長崎県土木部に移管されるとともに、ダムの目的は従来の上水道用水に加え『洪水調節』が追加され補助多目的ダムとなりました。
竣工当時小ヶ倉ダムの堤高41.2メートルは水道用ダムとしては最高を誇り、現在でも戦前の石積ダムとしては河内ダム上田池ダム千苅ダムなどと並ぶ高さとなっています。
このような小ヶ倉ダムの土木技術的・文化的価値を評価して、2009年(平成21年)に土木学会選奨土木遺産及びAランクの近代土木遺産に選定され、翌2010年(平成22年)には国の登録有形文化財となりました。
 
地図の赤マルが小ヶ倉ダム常用洪水吐越流堰
水位が上昇すると小ヶ倉ダム下流域の上戸町や新戸町市街をバイパスして越流堤から直接鹿尾ダムに水が流入する仕組みです。
 
長崎南環状線新戸町インターから県道237号を北上、上戸町4丁目のローソンのある交差点を右折し浄水場手前の分岐を右に取ると小ヶ倉水園入口に到着します。ここがダムへの入口となります。
 
川沿いの遊歩道を進むとすぐにダムが見えてきます。
堤高41.2メートルは戦前の水道用ダムとしては最高、石積堰堤としても河内ダム、上田池ダムに次ぐ高さです。
 
千刈ダムや上田池ダムのようなアーチ状の装飾はありませんが、規律正しく積み上げられた切り石が男性的な力強さ、美しさを醸し出しています。
 
選奨土木遺産と国の登録有形文化財のプレート。
 
ダム下は長崎水道創設百周年を記念して小ヶ倉水園として公園化されました。
 
訪問した日は梅雨の晴れ間の蒸し暑い夏日。
思わず飛び込みたい衝動に駆られます。
 
ダム下には石積アーチ状の副ダムがあります。
雨後には水が茶色に濁るようで、まるで有馬温泉の露天風呂。
文字通り黄金のアーチ。
 
ダム下から。
濁った水のせいでモノトーンの堤体が一段と引き立ちます。
 
丁寧に布積みされた石積堰堤が天端まで伸びてゆきます。
 
洪水吐をズームアップ。
簡素だけど力強く美しい。
 
実は堤体に触れることもできます。
とにかく丁寧に布積みされています。
 
小ヶ倉水園を後にしてダム右岸の道を上流へ進むと
フェンス越しではありますが、石積堰堤としてはおなじみの半円形の取水設備が見えます。
高欄の装飾は簡素。
 
今度は左岸沿いの隘路を遡上します
長崎大水害をきっかけに1987年(昭和62年)に新設された分水越流堰。
従来非常用洪水吐としてのクレストゲートしかなかった小ヶ倉ダムの常用洪水吐にあたります。
水位が上昇するとここから越流し、洪水吐トンネルを経て下流の鹿尾ダムに放流される仕組み。
前々日までまとまった雨が降ったせいで折り良く越流しています。
この洪水吐新設により小ヶ倉ダムの貯水容量が増加し、洪水調節容量が付加されました。
 
(追記)
小ケ倉ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

2589 小ヶ倉ダム(1479) 
長崎県長崎市上戸町
鹿尾川水系鹿尾川
FNW
41.2メートル
135.6メートル
2040千㎥/1940千㎥
長崎県土木部
1926年竣工
1987年常用洪水吐越流堰新設
◎治水協定が締結されたダム 

鹿尾ダム

2019-07-22 23:44:22 | 長崎県
2019年7月12日 鹿尾ダム
 
鹿尾(かのお)ダムは長崎県長崎市鹿尾町の鹿尾川水系鹿尾川下流にある長崎県土木部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
長崎市街南西部を蛇行しながら貫流して長崎湾に注ぐ鹿尾川は延長9.9キロ、流域面積13.9平方キロの二級河川です。
明治期より長崎の上水・工水用水源となる一方、水位変動が大きく洪水と渇水を繰り返していました。
1926年(大正15年)に上流部に上水用水源として小ヶ倉ダムが建設されますが、治水については河川改修にとどまっていました。
高度成長による水需要の増加や鹿尾川河口周辺の市街化拡大による洪水リスクの高まりを受け、1974年(昭和49年)に長崎県は鹿尾川下流部への多目的ダム建設事業に着手します。
ところが1982年(昭和57年)の長崎大水害では小ケ倉ダム下流の鹿尾川曲流部で大規模な氾濫が発生し未曾有の大災害となりました。
これを受け翌年長崎県は『長崎水害緊急ダム事業』に着手し、当初の計画通りに鹿尾川下流への多目的ダム建設に取り掛かるとともに、利水ダムである小ヶ倉ダムの多目的ダム化を進め、両事業は1987年(昭和62年)に竣工しました。
鹿尾ダムは小ヶ倉ダムと連携して鹿尾川中下流域の洪水調節を行うほか、河川流量の安定と既得取水権への用水補給、長崎市への上水道用水の供給を目的としています。
 
小ヶ倉ダム常用洪水吐越流堰
水位が上昇すると小ヶ倉ダム下流域の上戸町や新戸町市街をバイパスして越流堤から直接鹿尾ダムに流入する仕組みです。
これにより鹿尾川中流域の洪水リスクが大きく低減しました。
 
今回は上流の県道237号線からダム貯水地沿いにアプローチ。
 
ダム便覧にはダム下からの全景写真が掲載されていますが、今は樹木が伸び下流からダムの全体像を見ることができません。
右岸から見た下流面。
堤高34.6メートルと高さはありませんが、がっつりとした堤趾導流壁がなかなかのインパクト。
 
天端は車両通行可能、両方向ともにそこそこ交通量があります。
 
ダム下の建屋
手前は放流設備、奥は小ヶ倉浄水場への送水設備。
 
減勢工。
 
ダム湖は総貯水容量114万立米。
 
左岸管理事務所と浮桟橋。
 
下流面
クレストゲートは自由越流式。デフレクターの下にコンジットゲートの放流口2門があります。
 
デフレクターをズームアップ。
 
鹿尾ダム一番の注目点はこの常用洪水吐。
越流堤が上流側にセットバックされた側水路方式となっています。
越流した水は2つの穴から流下し上の写真のコンジットゲートから放流されます。
 
側水路方式を採用することでサーチャージ水位や常時満水位を堤高近くまで持ち上げ、ダムの堤高に対してより多くの貯水容量を確保することができます。
鹿尾ダムの場合は地理的要因からダムの堤高を抑える必要があったためこの方式が採用されました。
同様の側水路方式を採用したダムとしては、鹿尾ダムの3年前に竣工した同じ長崎県営中山ダムがあります。
 
ダム下からの姿を拝めないのは残念ですが、それでも見どころたっぷりの鹿尾ダム。
上流にある小ヶ倉ダムや長崎大水害がについてしっかり予備知識を付けてからの見学をお勧めします。
 
(追記)
鹿尾ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。
 
2635 鹿尾ダム(1478) 
長崎県長崎市鹿尾町
鹿尾川水系鹿尾川
FNW
34.6メートル
88メートル
1140千㎥/1000千㎥
長崎県土木部
1987年
◎治水協定が締結されたダム

落矢ダム

2019-07-22 22:36:46 | 長崎県
2019年7月12日 落矢ダム
 
落矢ダムは長崎県長崎市江川町の落矢川水系落矢川にある上水道用水目的の重力式コンクリートダムです。
1973年(昭和48年)に当時の香焼町の上水道水源として竣工、その後長く香焼町の水源として運用されてきましたが、2005年(平成17年)に香焼町が長崎市に編入されたのに合わせて、長崎市上下水道局に移管されました。
平成の大合併により市域が大きく拡大した長崎市は上下水道施設の合理化を進め、落矢ダムも一時廃止の対象となりました。しかし長らく落矢ダムからの水を享受してきた旧香焼町住民の要請で廃止は免れ現在は運用休止の状態で維持されています。
 
国道499号線で長崎市江川町に入り、江川交差点の先、『やきとり鳥政江川店』の手前を東に折れると落矢ダムに到着します。
上水道水源と言うことでダムの敷地に入ることはできませんが、下流からダム下を眺めることができます。
洪水吐は自由越流式ゲートが3門、緩やかにカーブを描く斬縮型堤体導流壁を備えています。
 
導流壁の緩やかなカーブと美しい越流
 
近所の住民の話では春は桜が咲き誇りもっと素晴らしい景色になるとか?
うーーん見てみたい!
 
天端も当然立ち禁ですが、フェンスの隙間からパチリ!
 
取水設備は上水用ダムとしてはよくみられる半円形。
 
現在落矢ダムは運用休止中のため、流入量がそのまま流下する状態、つまり常時越流が見られます。
人口減少時代に入りいつまた長崎市上下水道局の合理化が進められるかはわかりません。
ダム愛好家としてはいつまでもダムとして残してほしいと願う一方、経済的合理性からはいつ廃止されてもおかしくない立場の落矢ダムです。
 
2617 落矢ダム(1477) 
長崎県長崎市江川町
落矢川水系落矢川
24.4メートル
150メートル
280千㎥/251千㎥
長崎市上下水道局
1973年

宮崎ダム

2019-07-22 12:19:22 | 長崎県
2019年7月12日 宮崎ダム
 
宮崎ダムは長崎半島南東部の長崎市川原町の宮崎川水系宮崎川上流部にある長崎県土木部が管理する治水目的のアースフィルダムです。
建設省(国交省)の小規模ダム建設事業である生活貯水池事業の補助を受けて建設された補助治水ダムで、宮崎川の洪水調節のほか、安定した河川流量の維持と既得取水権としての流域への灌漑用水の補給を目的として2002年(平成14年)に竣工しました。
宮崎ダムは長崎県土木部が手掛けた初のフィルダムです。
 
またダム建設に合わせてダム下流一帯は宮崎ダム公園として整備され、梅やツツジを中心に長崎を代表する花の名所となっています。
 
堤高27メートルのアースフィルダムですが、建設残土を下流面に盛り立て公園化しているため見た目ではどこが堤体かはっきりしません。
 
ダム下は宮崎ダム公園となっており、梅やツツジが植えられています。
 
右岸の洪水吐導流部
唯一ここがダムの堤体を感じられる場所です。
洪水吐減勢工の底が基礎地盤なんでしょう。
 
いったん左岸に回り込みます。
下流面が埋め立てられ公園になっているのがよくわかります。
対岸に管理事務所と洪水吐があります。
 
生活貯水池事業で建設された小規模ダムと言うことでダム湖は溜池サイズ。
総貯水容量は16万4000立米。
 
洪水吐と取水設備
洪水吐は独特の構造で左手の高い越流壁が非常用洪水吐、取水設備を挟んで右手の低い越流壁が常用洪水吐となっています。
 
洪水吐導流部と減勢工
右手は放流設備。
 
上流から見た洪水吐
奥(下流側)が非常用洪水吐、左手が取水設備、手前の湾曲しているのが常用洪水吐
非常と常用の間には仕切りがありますが、たぶん試験湛水時にこの仕切りが閉じられサーチャージ水位まで上昇させたんでしょう。
とにかく洪水吐の構造が独特且つユニーク。
 
アングルを変えて。
この湾曲も魅力的。
 
ダム上流にも遊歩道が整備されておりダムを俯瞰できます。
 
ダム下が埋め立てられ公園化されているため、どこがダムの堤体かよくわからない下流面。
さらに初めて見るユニークな洪水吐と小規模ダムながら見どころたっぷりの宮崎ダム、よく咀嚼しながら見学しないとなかなか消化できない難物です。
 
(追記)
宮崎ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。  
 
2633 宮崎ダム(1476) 
長崎県長崎市川原町
宮崎川水系宮崎川
FN
27メートル
154メートル
164千㎥/114千㎥
長崎県土木部
2002年
◎治水協定が締結されたダム

高浜ダム

2019-07-21 23:19:51 | 長崎県
2019年7月12日 高浜ダム
 
高浜ダムは長崎半島南端近くの長崎市高浜町の江川にある長崎県土木部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
建設省(国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、江川のほか支流の山川川からも導水しており両河川の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給、高浜地区への上水道用水の供給を目的として2007年(平成19年)に竣工しました。
 
長崎市高浜町の国道499号から江川沿いを東に折れると高浜ダムが見えてきます。
自由越流式クレストゲート1門、自然調節式オリフィスゲート1門のゲートレスダムです。
 
ダム周辺が公園になっており駐車スペースとベンチ、東屋が置かれています。
減勢工まで下りられます。
 
車で左岸ダムサイトまで上がります。
堤頂部の襟がなく高欄からバケットカーブが続きます。
平成時代の小規模ダムでは時折見られます。
 
オリフィスゲートはクレストゲート導流部に穴があけられており直上にデフレクターがあります。
ダムカードの解説では常用洪水吐(オリフィスゲート)は長崎県営ダムで最も小さいとのこと。
 
竣工記念碑はありませんが、定礎碑が金箔仕様。
 
右岸上流面に巡視艇用の浮桟橋があります。
 
洪水吐導流部と減勢工。
 
見た目にも小さなダム湖は総貯水容量18万7000立米と小規模の溜池サイズ。
歩いて一周しても15分もかかりません。
またダム湖上流に支流の山川川からの導水設備があります。
 
天端は車止めがあり車両は進入できません
対岸は管理事務所。
 
上流から
右から取水設備、洪水吐、水位計測設備。
 
このサイズなのでてっきり生活貯水池事業で建設されたのかと思いましたがそうではありませんでした。
また帰宅後確認したら山川川からの分水施設の写真を撮り忘れているのに気づきました。
此れはしたり
 
(追記)
高浜ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。  
 
3051 高浜ダム(1475) 
長崎県長崎市高浜町
江川水系江川
FNW
35メートル
105.5メートル
187千㎥/179千㎥
長崎県土木部
2007年
◎治水協定が締結されたダム

黒浜ダム

2019-07-21 17:51:54 | 長崎県
2019年7月12日 黒浜ダム
 
黒浜ダムは長崎半島南西部の長崎市黒浜町の黒浜川にある長崎県土木部が管理する治水目的の重力式コンクリートダムです。
建設省(国交省)の補助を受けて建設された補助治水ダムで、黒浜川の洪水調節、安定した河川流量の維持による東部簡易水道への補給を目的に1983年(昭和58年)に竣工しました。
 
長崎市黒浜町の国道499号線に黒浜ダムを示す標識があり、これに従えばダムに到着します。
ダム下に小さな公園がありここから歩いてダム下に行けます。
自由越流式クレストゲートが1門、自然調節式オリフィスゲート1門のゲートレスダムでオリフィスから放流しています。
 
車でダムサイトまで上がります。
右岸の管理事務所。
事務所前にダムの説明板がありますが字が剥げて真っ白、全く読めません。
 
ダム下の様子
手前は放流設備、右手は黒浜上水道のへの配水設備。
ダムには上水道用水容量の設定はなくが既得取水権としての補給になります。
 
減勢工と副ダム。
 
ダム下の建屋
手前は放流設備、奥は黒浜浄水場への配水設備。
 
総貯水容量30万立米の小さなダム湖。
 
長崎県のダムでは総じて貯水池の富栄養化が進んでいるようでどこも青や緑色の水となっています。
水質保持のための曝気装置と噴水。
 
下流面。
 
天端は車両通行可。
 
親柱に填め込まれた銅版の諸元表。
 
ダム建設に合わせてダム下の公園やダム湖を周回する遊歩道などが整備されたようですが、はかなり荒れています。
ま、どこでもよく見る光景です。
 
(追記)
黒浜ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。  

2629 黒浜ダム(1474) 
長崎県長崎市黒浜町
黒浜川水系黒浜川
FN
300千㎥/275千㎥
28.6メートル
93メートル
長崎県土木部
1983年
◎治水協定が締結されたダム

永池ダム(再)

2019-07-21 03:22:45 | 佐賀県
2019年7月11日 永池ダム(再)
 
永池ダム(再)は佐賀県武雄市北方町大渡の六角川水系経堂入江川源流にある防災・灌漑目的のアースフィルダムです。
経堂入江川には古くから永池上中下の3連の溜池があり六角川南岸の武雄市北方町や白石町の貴重な灌漑用水源となっていましたが、洪水による農地被災も多く、抜本的な治水対策が求められていました。
1988年(昭和63年)に佐賀県は農水省の補助を受けた防災ダム事業として永池上池の再開発に着手、1996年(平成8年)に永池ダム(再)が竣工しました。
同事業では既存の永池上池堤体下流側に新たに堤体を盛り立てて堤高を17メートルから34.8メートルに嵩上げし、灌漑用水容量に加えに洪水調節容量を追加しました。
管理は引き続き杵島土地改良区が受託していましたが、その後の土地改良区統合により現在は白石土地改良区が引き継いでいます。
永池下池・永池中池・永池ダム(再)合わせて1707ヘクタールへの農地に灌漑用水を供給するほか、下流域93ヘクタールの農地を洪水被害から守っています。
 
ダム下へ通じる道路もありますがかなり荒れたダートのため今回はパスしました。
また盛夏の訪問のため堤体は草木が伸び下流面全体を纏めて撮ることができません。
 
総貯水容量60万8000立米の貯水池。
 
左岸に洪水吐があります。
 
天端は車道。
 
左岸の洪水吐斜水路とダム下の様子。
右手に放流設備が見えます。
 
左岸の横越流式洪水吐。
 
洪水吐と上流面。
 
金箔仕様の竣工記念碑。
池の由来や再開発事業の経緯が書かれています。
 
上流面はロック材で護岸。
 
洪水吐を遠望。
 
既存の灌漑用ため池を再開発して農地防災ダム化した例としては北海道の杵臼ダム(再)があります。
 
永池ダム(元) 
佐賀県武雄市北方町大渡
六角川水系経堂入江川
17メートル
130メートル
381千㎥/381千㎥
----年
----------------
3278 永池ダム(再)(1473)
佐賀県武雄市北方町大渡
六角川水系経堂入江川
FA
34.8メートル
123.3メートル
608千㎥/602千㎥
白石土地改良区
1996年 

繁昌ダム

2019-07-20 15:46:05 | 佐賀県
2019年7月11日 繁昌ダム
 
繁昌ダムは佐賀県武雄市朝日町中野の六角川水系高橋川右支流繁昌川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
農水省の補助を受けた佐賀県の事業により1973年(昭和48年)から建設がすすめられ1978年(昭和53年)に竣工しました。
運用開始後は武雄東部土地改良区が受託管理を行い、武雄市北東部の農地356.6ヘクタールに灌漑用水を供給しています。
 
堤高は30メートル弱ですが、かなり下流から堤体を遠望できます。
 
管理事務所のある左岸ダムサイトに市道が通じています。
天端も車両の通行が可能。
 
天端からの眺め
左下に放流設備が見えます。
 
総貯水容量64万5000立米の貯水池。
貯水池を周回する道路がつけられています。
 
左岸の斜樋。
 
右岸の金箔仕様の竣工記念碑が建ちます。
 
右岸の横越流式洪水吐。
 
上流面
ロック材で護岸されています。
奥の白い建屋が管理事務所。
 
ダム下に下りてみました。
これは放流設備。バルブが2条見えます。
 
草を掻き分け洪水吐減勢工から斜水路を見上げます。
 
(追記)
繁昌ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。
 
2536 繁昌ダム(1472) 
佐賀県武雄市朝日町中野
六角川水系繁昌川
29.4メートル
156メートル
645千㎥/596千㎥
武雄東部土地改良区
1978年
◎治水協定が締結されたダム

渕の尾ダム(再)

2019-07-19 15:47:04 | 佐賀県
2019年7月11日 渕の尾ダム(再)
 
渕の尾ダム(再)は佐賀県武雄市武雄町武雄の六角川水系武雄川牛流(河川名未確認)にある上水道用水目的の重力式コンクリートダムです。
旧武雄市では1928年(昭和3年)に浅井戸を水源とした町営水道が開始され、戦後の高度成長を受けた水需要増大に対応して1958年(昭和33年)に初の本格的水源として踊瀬ダムが竣工、さらに第4次拡張事業として1973年(昭和48年)に竣工したのが渕の尾ダムです。
しかしその後も需要の増加が続いたため、第5次拡張事業として渕の尾ダムの嵩上げ再開発が進められ1980年(昭和55年)に竣工、翌1981年(昭和56年)より運用開始となりました。
なお2020年(令和2年)4月に武雄市を含む3市3町1企業団の水道事業が統合され現在は佐賀西部広域水道企業団が管理を行っています。
 
国道35号線に渕の尾浄水場の標識があり、これに従って南に折れると渕の尾ダム(再)に到着します。
上水道水源と言うことでガードは固く、ダムの手前の門扉から遠望するのみ。
市町村管理の上水ダムらしく洪水吐は自由越流式ゲート1門のみ。
 
実はダム下は地域コミュニティのゲートボール場になっています。
じいちゃんばあちゃんがプレイしていたらダム下まで行けるかも?
 
右岸を走る道路から上流面が見れます。
上水ダムではよくみられる円形の取水設備。
 
ズームアップ。
 
嵩上げ工事の竣工記念碑。
金箔文字です。
 
渕の尾ダムの嵩上げ以後も武雄市の慢性的水不足は解消せず、県営の本部ダム矢筈ダム狩立日ノ峯ダムの完成によりようやく武雄市の上水道は十分な供給能力を持つに至りました。
 
2556 渕の尾ダム(再)(1471) 
佐賀県武雄市武雄町武雄
六角川水系武雄川
29メートル
138メートル
585千㎥/560千㎥
佐賀西部広域水道企業団
1973年竣工
1980年嵩上げ再開発

日ノ峯ダム

2019-07-19 01:45:14 | 佐賀県
2019年7月11日 日ノ峯ダム 
 
日ノ峯ダムは佐賀県武雄市山内町宮野の松浦川水系狩立川左支流日ノ峯川にある佐賀県県土整備部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
1982年(昭和57年)に佐賀県は狩立川への多目的ダム建設を軸とした河川総合開発事業に着手します。
同事業においては地理的要因から狩立川と支流の日ノ峯川合流地点に、それぞれ狩立ダム・日ノ峯ダムを建設し両者を連絡水路と連結洪水吐で結び一体運用する方法がとられました。
両ダムは建設省(国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、狩立川の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給、武雄市山内町地域への上水道用水の供給を目的として2001年(平成13年)に竣工しました。
両者は延長148メートルの連絡水路トンネルと116メートルの連結洪水吐で結ばれ洪水吐は狩立ダムにだけ設置されており2ダム一体運用が行われています。
 
狩立・日ノ峯ダムの位置関係
赤マルが連結洪水吐で、これにより両ダムの水位は同一に保たれています。
 
狩立ダムから連結洪水吐沿いに西に進むとすぐに日ノ峯ダムです。
ダム下から
日ノ峯ダムには洪水吐はなく、水位が上昇した際には連結洪水吐を経由して狩立ダムの洪水吐から放流される仕組みです。
 
左岸から下流面。
 
上流面
対岸に管理事務所と狩立ダムとの連結洪水吐が見えます。
 
日ノ峯ダムは非越流式のためダム下には減勢工はありません。
右手の建屋は日ノ峯川の利水放流設備。
 
ダム湖の総貯水容量は46万立米。
両ダム湖は水路トンネルでもつながっておりは狩立・日ノ峯合計で179万立米の貯水池が一体運用されています。
 
狩立ダムの天端と同じくこちらも車両通行可能。
 
狩立ダムとの連結洪水吐と管理事務所。
 
天端親柱の銘板と装飾。
 
上流面。
 
連結洪水吐越しの上流面。
 
連絡水路トンネルと連結洪水吐で接続しており両ダムの貯水池を一つの貯水池とみなせば、実質的には狩立ダムが主堤、日ノ峯ダムが副堤という解釈もありかも。
 
(追記)
狩立・日ノ峯ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。  
 
2560 日ノ峯ダム(1470) 
佐賀県武雄市山内町宮野
松浦川水系日ノ峯川
FNW
28.4メートル
112メートル
460千㎥/447千㎥
佐賀県県土整備部
2001年
◎治水協定が締結されたダム

狩立ダム

2019-07-18 17:17:47 | 佐賀県
2019年7月11日 狩立ダム 
 
狩立ダムは佐賀県武雄市山内町宮野の松浦川水系狩立川にある佐賀県県土整備部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
1982年(昭和57年)に佐賀県は狩立川への多目的ダム建設を軸とした河川総合開発事業に着手します。
同事業においては地理的要因から狩立川と支流の日ノ峯川合流地点に、それぞれ狩立ダム・日ノ峯ダムを建設し両者を連絡水路と連結洪水吐で結び一体運用する方法がとられました。
両ダムは建設省(国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、狩立川の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給、武雄市山内町地域への上水道用水の供給を目的として2001年(平成13年)に竣工しました。
両者は延長148メートルの連絡水路トンネルと116メートルの連結洪水吐で結ばれ洪水吐は狩立ダムにだけ設置されており2ダム一体運用が行われています。
 
狩立・日ノ峯ダムの位置関係
赤マルが連結洪水吐で、これにより両ダムの水位は同一に保たれています。
 
狩立ダム下流から。
非常用洪水吐として4門の自由越流式クレストゲート、常用洪水吐として自然調節式オリフィスゲート1門を装備。
朝までの雨の影響でオリフィスゲートから越流しています。
 
天端は車両の通行が可能
奥に隣接する日ノ峯ダムとの間に管理事務所があります。
 
上流面
対岸に日ノ峯ダムとの連結洪水吐が見えます。
 
天端から。
 
総貯水容量は133万立米。
 
左岸の艇庫とインクライン。
 
窯業が盛んな地域らしく天端高欄には有田焼の陶磁器が填め込まれています。
 
下流面
横長の減勢工。
 
上流面
ゲート右手が取水設備。
 
金箔仕様の竣工記念碑。
 
連結洪水吐と管理事務所。
運河のようです。
 
2ダム1事業で建設されたダムとしては兵庫県南あわじ市の北富士ダム成相ダムがありますが、あちらは両者ともに洪水吐を備えています。
一方狩立・日ノ峯ダムは連結洪水吐により狩立ダムにのみ洪水吐が装備され日ノ峯ダムは非越流堤体となっています。
 
(追記)
狩立・日ノ峯ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。  
 
2559 狩立ダム(1469) 
佐賀県武雄市山内町宮野
松浦川水系狩立川
FNW
28.4メートル
177メートル
1330千㎥/1243千㎥
佐賀県県土整備部
2001年
◎治水協定が締結されたダム

有田ダム

2019-07-18 14:24:40 | 佐賀県
2019年7月11日 有田ダム
 
有田ダムは佐賀県西松浦郡有田町白川の有田川水系白川川にある佐賀県県土整備部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
建設省(国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、有田川上中流域の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給、有田町への上水道用水の供給を目的として1961年(昭和36年)に竣工しました。
有田ダムは佐賀県営ダム第1号となっています。
 
有田中心街から白川川沿いを北に進むと有田ダムに着きます。
ダム便覧には有田ダム下流からの写真はなくてっきりダム下にはゆけないと思っていましたが、職員さんに伺ったら難なく到着です。
ダムはゲートレスで非常用洪水吐として3門の自由越流式クレストゲート、常用洪水吐としてハウエンバンカーバブルを備えています。
 
竜門ダム岩屋川内ダムなど古い佐賀県営ダムではおなじみ、ハウエルバンカーバルブが常用洪水吐となります。
 
ダムサイトに上がってきました。
堤体はずいぶん苔むしています。
 
竣工プレートと概要板。
 
上流面
三角屋根の取水設備建屋が目を惹きます。
 
天端は立ち禁。
 
今回職員さんのご配慮で天端に立ち入りさせていただきました。
減勢工と副ダム。
 
ダム湖の名前は『秘色の湖』
総貯水容量188万立米です。
池の背後は黒髪山で山の向こうに竜門ダムがあります。
 
ダム湖右岸上流にある艇庫とインクライン。
 
上流面
とんがり屋根の取水設備建屋が目立ちます。

ダム便覧等によれば日本で最初にクレスト自由越流頂を採用したのは1973年(昭和58年)竣工の鳥取県の百谷ダムとされています。
当ダムは1961年(昭和36年)竣工でゲートレスダムとなっています。
当初はゲートダムとして建設され、その後に改修されたということでしょうか?
 
2526 有田ダム(1468) 
佐賀県西松浦郡有田町白川
有田川水系白川川
FNW
27.5メートル
108メートル
1880千㎥/1580千㎥
佐賀県県土整備部
1961年

竜門ダム

2019-07-18 11:40:43 | 佐賀県
2019年7月11日 竜門ダム
 
竜門ダムは佐賀県西松浦郡有田町広瀬山の有田川水系広瀬川にある佐賀県県土整備部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
建設省(国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、広瀬川および有田川下流域の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給、伊万里市及び旧西有田町(現有田町)への上水道用水の供給を目的として1976年(昭和51年)に竣工しました。
有田川水系では1961年(昭和36年)に有田ダムが建設されており、竜門ダムの完成により上下流域での洪水対策が可能となりました。
有田から広瀬川沿いに東に進むと竜門ダムに到着します。まずはダム下へ。
クレストには非常用洪水吐として真っ赤なローラーゲートが2門、ダム下部には常用洪水吐となるハウエルバンガーバルブが備わっています。
ダム便覧にはこの位置からの写真はなく、貴重なショットと自画自賛。
 
広瀬川左岸沿いを進むと左手に竜門ダムが見えてきます。
ダム一帯は『竜門峡』として紅葉の名所になっている景勝地です。
屹立する流紋岩の大岩壁とダムが並ぶ眺めは絶景の一言。
流紋岩だから竜門峡というわけではないでしょうが。
 
堤体は右岸側がわずかに湾曲しています。
 
下流面。
 
上流面
堤体から管理事務所へと続く道路は橋梁となっており、地形の峻嶮さが伺えます。
 
竣工記念碑
金箔がかなり剥げ気味。
 
導流部と減勢工
右手が利水放流設備、左手はハウエルバンガーバルブ。
 
右岸の管理事務所
ダム湖は総貯水容量235万立米
奥の三角錐の山が黒髪山で周辺は流紋岩特有の断崖が続いており紅葉期には絶景が広がるそうです。
黒髪山の向こうには有田ダムがあります。
 
天端は車両通行可能ですが、ダム湖は時計回りの一方通行。
手前のクレーンはゴミや流木の吊り上げ用。
 
管理時事務所から見た上流面
橋の下に浮桟橋があり巡視艇が係留されています
上流面は右から取水設備、クレストローラーゲート、バルブ用のコースターゲートが並びます。
 
流紋岩の断崖に寄り添うように建設されたダムは、人工物でありながら絶景に溶け込んでいます。
できれば紅葉期に再訪したいダムですが混雑するんだろうなああ・・・・。
 
2535 竜門ダム(1467) 
佐賀県西松浦郡有田町広瀬山
有田川水系広瀬川
FNW
42.2メートル
150メートル
2350千㎥/2220千㎥
佐賀県県土整備部
1976年

古木場ダム

2019-07-17 19:48:56 | 佐賀県
2019年7月11日 古木場ダム
 
古木場ダムは佐賀県西松浦郡有田町古木場の有田川水系有田川源流部にある灌漑・上水道用水目的のアースフィルダムです。
農水省の補助を受けて1973年(昭和48年)に着手された佐賀県のかんがい排水事業に水道事業者として有田町が加わり、1998年(平成10年)に竣工しました。
運用開始後は国見土地改良区が受託管理を行い、国見地区の農地874ヘクタールへの灌漑用水を供給、有田町へ上水道用水の供給を目的としています。
 
『有田ボーセンリンパーク』の北側を有田川に沿って東に進むと右手に古木場ダムが見えてきます。
堤高26.8メートルのアースフィルダムで、西日本の溜池としては珍しく7月のこの時期に草が刈られています。
堤体左岸(向かって右側)に洪水吐導流部があり、ダム下には利水放流設備や揚水機場などが並びます。
 
右岸ダムサイトに建つ金箔文字の竣工記念碑。
 
天端は車両通行可能ですが、対岸先で行き止まり。
左岸法面上は焼き物のテーマパーク『有田ポーセンリンパーク』。
 
左岸の洪水吐を遠望
上流面はロック材で護岸されています。
 
ダム下の眺め。
広場はヘリポートかな?
 
貯水池は総貯水容量117万2000立米。
 
左岸の斜樋。
 
洪水吐斜水路と減勢工
奥に放流設備が見えます。
 
横越流式洪水吐。
 
左岸から上流面。

2542 古木場ダム(1465) 
佐賀県西松浦郡有田町古木場
有田川水系有田川
AW
26.8メートル
193メートル
1172千㎥/1098千㎥
国見土地改良区
1998年