第63回ピースボート・地球一周の船旅7 サファガ/エジプト編①

10/8【ルクソール】 サファガを出たのは朝の7時であった。観光客を乗せたバスはコンボイと呼ばれるひとかたまりになってルクソールへ向かう。

コンボイの先頭を観光警察官が乗るジープが先導して走る。高速道路のような道路をひたすら南下する。この道路と交差する道の交差点には武装警官が立って、狭い道路はストップさせる。止められた車は、コンボイが通り過ぎるのをじっと待っている。交通信号はない。この日は百台以上のバスではないかとガイドが言う。ルクソールまで4時間強かかったが、途中トイレ休憩は一回だけであった。アジア・中東・エジプトは公衆トイレの設備が非常に整備されていない。カフェテリアという日本のドライブインのような店で休憩するのだが、便器の数は少なくその上水洗の水の勢いが弱いのでとても汚い。観光に力を入れているというのに、社会生活のインフラが全く整備されていない。道路だけでなく、観光遺跡の地でも、博物館でも、レストラン、お土産店でも同様であった。移動においてトイレ問題は最大の重要問題である、と言っても過言ではない。一度のトイレ休憩に小一時間かかった。途中何回か、検問ポイントがあって、そこでは道路が一車線になるので渋滞する。
カルナック神殿 午前中はカルナック神殿を見た。グリーン・バラスというレストランで遅くなった昼食を取り、午後はルクソール神殿を見学した。
船着き場跡 入り口

羊の参道 三つの礼拝堂

第一の中庭

メセルターリ象 大列柱室

柱頭部 オベリスク

オリベスクを見る人

糞転がしの像[この象の周りを回ると幸せになると言う]

聖なる池 カルナック神殿全景


足場[こうして足場を作って高い部分を作る]

ルクソール神殿 入り口の参道からスフインクス参道を見る 全景

入り口の象 入り口のオリベスク

神殿内のモスク[後の世に作られた] モスクと第一門の間

ラムセス象 列柱間の像

第一門からラムセス像 土産物屋の金細工店

ルクソール市街

サファガからしばらくは砂漠であった。しばらくすると、急に緑が多くなり、畑や民家が現れてきた。エジプトではほとんど雨が降らないらしい。にもかかわらず広大な農地はナイルの水の賜という。本流の脇に小さな運河が掘られ、そこからポンプで水をくみ上げ畑に送るのだという。畑や水田、木々や色鮮やかな花々も咲いていて、緑は豊富なのだが、エジプトは黄土色のイメージの方が強い。それは道路、畑の土の色がそうだからだけではなく、家々、ビル(市内の高層)などの外壁の色がほとんど土の色と同じ色をしている。エジプトではほとんどの建物・家が工事中と言うイメージがする。それは、いずれも屋上に未完成の鉄筋や柱が残っていて、将来必要になったら上に建て増しするらしいのだ。農村では、屋根が草葺きで、それらは乾いた後家畜のえさか、土と混ぜて壁や日干し煉瓦に転用されるのではないだろうか。雨が少ないので屋根は、雨を防ぐためではなく、暑さを防ぐためで、それにはトタン屋根も瓦屋根も不要で、藁でも、葦でも、布でもよいというわけだ。アジア・中近東では水は重要である。生水は厳禁で、飲み水はミネラルウォーターでなければならない。ホテル、レストランでも同様である。値段は1~4ドルである。水はトイレ以上に重要ではある。観光客は現地人が売るミネラルウォータを小売店・露天でドルで買うこともできるが、ぼったくり・お釣りなしである。ルクソールは高温であった。40度は越えているという。さらに、地面は黄土色の土であったり、石でその照り返しも半端ではない。観光客の数も多く、エリトリア以上の暑さであった。カルナック神殿・ルクソール神殿も巨大な神殿であった。像もそれぞれの部分もいずれも巨大であった。だが、色彩が無くモノトーンなのである。遺跡の保存状態は決してよくないが、雨が少ないことがその腐植を防いでいるらしい。
10/9 午前中はホテルであった。ホテル入り口

ホテルの前は畑であった。

午前中は、休憩で、散歩したりナイル川岸のホテルの庭の木陰で本を読んだ。 宿泊したホテルは大きなプールもあり滞在リゾート型のホテルのようで、広大な敷地であった。朝の気温は涼しいくらいであった。ホテルの前はナイル川であった。
対岸は王家の墓であった

12時にホテルを出て、エル・ハッサンというレストランで食事をし、王家の谷に向かった。
メムノンの巨像 あまりの暑さに、観光警察官が子どもに水をかけていた。

ラムセス四世の墓入り口 王家の谷の風景

ラムセス一世の墓入り口 ツタンカーメンの墓入り口[カメラは預かりとなる]

一般人の墓

ハトシェプス女王葬祭殿

ハトシェプス女王葬祭殿二階 乳を飲む女のレリーフ

ハトシェプス女王葬祭殿よりルクソール市内を臨む

宿泊したホテルで夕食を取り、その後スーク市場を散策した。深夜、ルクソール空港からカイロ空港に向かった。ちょうど日付の変わる頃飛行機に乗ったが、その頃から 腹の調子が悪くなり、飛行機に乗った途端、激痛に襲われた。あわててトイに駆け込んだ。トイレの中の鏡を覗くと脂汗をかき、真っ青な顔色であった。以降ずっとトイレの中で、着陸時もトイレの中であった。このまま歩けなかったら救急車かと思ったが、何とか持ちこたえ、空港のトイレにも駆け込んだ。
ほとんど胃内のものがなくなったのかやっと少し落ち着いた。空港のトイレはちょっと変わっていた。日本の昔の便器のようなのだが、ただ穴があいているだけで、しかも、金属製の蛇腹ホースがあって、栓をひねると水が出て尻を洗うのである。余裕があれば汚らしいのでパスだが仕方ないので試した。不思議な文化である。ホテルでは同様の物が普通の西洋便器に付随していた。こちらはどうもビデらしいのだが、私はこれで尻を洗った。体調を崩したのは私だけでなくほかにも何人かいたようだ。どうも船内の食事か、レストランの食事か、水が良くなかったようだ。40度を超す猛暑とスパイシーな食物を体が寄せ付けなかったのかもしれない。ホテルに着いたのは真夜中の2時であった。娘のくれた整腸剤を飲み、バスタブにのんびりつかり、休んだ。翌朝体調が悪かったら、ホテルで休んでいようと思って床についた。

10/8【ルクソール】 サファガを出たのは朝の7時であった。観光客を乗せたバスはコンボイと呼ばれるひとかたまりになってルクソールへ向かう。


コンボイの先頭を観光警察官が乗るジープが先導して走る。高速道路のような道路をひたすら南下する。この道路と交差する道の交差点には武装警官が立って、狭い道路はストップさせる。止められた車は、コンボイが通り過ぎるのをじっと待っている。交通信号はない。この日は百台以上のバスではないかとガイドが言う。ルクソールまで4時間強かかったが、途中トイレ休憩は一回だけであった。アジア・中東・エジプトは公衆トイレの設備が非常に整備されていない。カフェテリアという日本のドライブインのような店で休憩するのだが、便器の数は少なくその上水洗の水の勢いが弱いのでとても汚い。観光に力を入れているというのに、社会生活のインフラが全く整備されていない。道路だけでなく、観光遺跡の地でも、博物館でも、レストラン、お土産店でも同様であった。移動においてトイレ問題は最大の重要問題である、と言っても過言ではない。一度のトイレ休憩に小一時間かかった。途中何回か、検問ポイントがあって、そこでは道路が一車線になるので渋滞する。
カルナック神殿 午前中はカルナック神殿を見た。グリーン・バラスというレストランで遅くなった昼食を取り、午後はルクソール神殿を見学した。
船着き場跡 入り口


羊の参道 三つの礼拝堂


第一の中庭


メセルターリ象 大列柱室


柱頭部 オベリスク


オリベスクを見る人


糞転がしの像[この象の周りを回ると幸せになると言う]


聖なる池 カルナック神殿全景





足場[こうして足場を作って高い部分を作る]

ルクソール神殿 入り口の参道からスフインクス参道を見る 全景


入り口の象 入り口のオリベスク


神殿内のモスク[後の世に作られた] モスクと第一門の間


ラムセス象 列柱間の像


第一門からラムセス像 土産物屋の金細工店


ルクソール市街

サファガからしばらくは砂漠であった。しばらくすると、急に緑が多くなり、畑や民家が現れてきた。エジプトではほとんど雨が降らないらしい。にもかかわらず広大な農地はナイルの水の賜という。本流の脇に小さな運河が掘られ、そこからポンプで水をくみ上げ畑に送るのだという。畑や水田、木々や色鮮やかな花々も咲いていて、緑は豊富なのだが、エジプトは黄土色のイメージの方が強い。それは道路、畑の土の色がそうだからだけではなく、家々、ビル(市内の高層)などの外壁の色がほとんど土の色と同じ色をしている。エジプトではほとんどの建物・家が工事中と言うイメージがする。それは、いずれも屋上に未完成の鉄筋や柱が残っていて、将来必要になったら上に建て増しするらしいのだ。農村では、屋根が草葺きで、それらは乾いた後家畜のえさか、土と混ぜて壁や日干し煉瓦に転用されるのではないだろうか。雨が少ないので屋根は、雨を防ぐためではなく、暑さを防ぐためで、それにはトタン屋根も瓦屋根も不要で、藁でも、葦でも、布でもよいというわけだ。アジア・中近東では水は重要である。生水は厳禁で、飲み水はミネラルウォーターでなければならない。ホテル、レストランでも同様である。値段は1~4ドルである。水はトイレ以上に重要ではある。観光客は現地人が売るミネラルウォータを小売店・露天でドルで買うこともできるが、ぼったくり・お釣りなしである。ルクソールは高温であった。40度は越えているという。さらに、地面は黄土色の土であったり、石でその照り返しも半端ではない。観光客の数も多く、エリトリア以上の暑さであった。カルナック神殿・ルクソール神殿も巨大な神殿であった。像もそれぞれの部分もいずれも巨大であった。だが、色彩が無くモノトーンなのである。遺跡の保存状態は決してよくないが、雨が少ないことがその腐植を防いでいるらしい。
10/9 午前中はホテルであった。ホテル入り口


ホテルの前は畑であった。


午前中は、休憩で、散歩したりナイル川岸のホテルの庭の木陰で本を読んだ。 宿泊したホテルは大きなプールもあり滞在リゾート型のホテルのようで、広大な敷地であった。朝の気温は涼しいくらいであった。ホテルの前はナイル川であった。
対岸は王家の墓であった


12時にホテルを出て、エル・ハッサンというレストランで食事をし、王家の谷に向かった。
メムノンの巨像 あまりの暑さに、観光警察官が子どもに水をかけていた。


ラムセス四世の墓入り口 王家の谷の風景


ラムセス一世の墓入り口 ツタンカーメンの墓入り口[カメラは預かりとなる]


一般人の墓


ハトシェプス女王葬祭殿




ハトシェプス女王葬祭殿二階 乳を飲む女のレリーフ


ハトシェプス女王葬祭殿よりルクソール市内を臨む


宿泊したホテルで夕食を取り、その後スーク市場を散策した。深夜、ルクソール空港からカイロ空港に向かった。ちょうど日付の変わる頃飛行機に乗ったが、その頃から 腹の調子が悪くなり、飛行機に乗った途端、激痛に襲われた。あわててトイに駆け込んだ。トイレの中の鏡を覗くと脂汗をかき、真っ青な顔色であった。以降ずっとトイレの中で、着陸時もトイレの中であった。このまま歩けなかったら救急車かと思ったが、何とか持ちこたえ、空港のトイレにも駆け込んだ。
ほとんど胃内のものがなくなったのかやっと少し落ち着いた。空港のトイレはちょっと変わっていた。日本の昔の便器のようなのだが、ただ穴があいているだけで、しかも、金属製の蛇腹ホースがあって、栓をひねると水が出て尻を洗うのである。余裕があれば汚らしいのでパスだが仕方ないので試した。不思議な文化である。ホテルでは同様の物が普通の西洋便器に付随していた。こちらはどうもビデらしいのだが、私はこれで尻を洗った。体調を崩したのは私だけでなくほかにも何人かいたようだ。どうも船内の食事か、レストランの食事か、水が良くなかったようだ。40度を超す猛暑とスパイシーな食物を体が寄せ付けなかったのかもしれない。ホテルに着いたのは真夜中の2時であった。娘のくれた整腸剤を飲み、バスタブにのんびりつかり、休んだ。翌朝体調が悪かったら、ホテルで休んでいようと思って床についた。