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北タイ陶磁に魅せられて:第1章

2018-10-22 09:04:11 | 北タイ陶磁

『北タイ陶磁に魅せられて』と銘打って、以降不定期連載したいと考えている。今回は北タイ陶磁の全般について紹介する。

ターペー通りの骨董店で見つけたもの

筆者がランナー王国の領域内で、その時代に焼成された陶器や窯址に興味を持つきっかけとなったのは、1995年3月下旬から1999年9月末日まで、ランプーンの北部工業団地で操業するM社に出向し、休日にターペー通りの骨董店でサンカンペーンの焼物に出会った時からです。

子供の頃、家の近くに萬祥山(ばんしょうざん)焼という窯場があり、そこに遊びに行って、土練りや轆轤成形、焼成等々の陶器作りの工程を見ていました。そのような経験から、当地に赴任すると骨董店を見て回り、中国陶磁器を中心に目にしてきました。赴任3年目にターペー通りの骨董店で、麦色というか肌色の盤が目に入りました。その骨董店は、中国の古陶磁やコピーと思われる焼物を中心に商っていましたが、そのような中で目にした盤が、何か異質のように思われ、骨董店の主人に聞くとサンカンペーンで焼かれたものとのことでした。

 犬の餌鉢 筆者蔵

肌色に発色した灰釉の掛かった、装飾なしの何の変哲もない盤でしたが、作為のない無名の陶工が作ったものだと思うと、侘び寂びを感じ、価格も1700バーツ程だったことから購入しました。帰宅後、種々調べると“犬の餌鉢”と呼ぶ無装飾の盤で、中世である14~15世紀頃のサンカンペーン郡オンタイ地区に80基以上の窯が在ったであろうと分かりました。

それが、きっかけで帰国後今日まで、日本国内のタイ古陶磁の展覧会やタイ各地の美術館・博物館での古陶磁の鑑賞、更に窯址巡りをするようになり、今日に至っています。

ラーンナー地域の窯の焼物とその特徴

中世のランナー王国では、各地で陶磁器が焼成されました。代表的な窯場をグーグルアースに示しておきます。

ここで陶磁器とか古陶磁と表記していますが、陶器と磁器には大きな違いがあります。大雑把な表現をするなら、陶器の原料は粘土で、焼き上げの焼成温度は1200℃以下です。磁器は長石などの鉱物を粉砕して粉にし、そこにつなぎの粘土(カオリン)と水を加えて成形後1200~1400℃で焼成したものです。しかし粘土が主体で、それに青磁釉を掛け還元焼成した、いわゆる青磁が存在します。従って本稿では『陶磁器』ないしは『古陶磁』と表記します。また焼物といえば、メンライ王がランナー王国を建国する前のハリプンチャイ王国で、赤褐色に発色し白色の象嵌文様のある土器が焼かれていますが、釉薬を用いない土器については、ここでは触れないことにします。

ランナー各地の窯ごとに特徴を持っていますが、全体的な特徴から紹介します。

1.ランナーの焼物は大半が陶器である

2.陶器の装飾は判子を用いた文様もあるが、鉄絵を用いている場合が多い

3.釉薬は灰釉がベースである

4.窯は穴窯ないしは、それが地上に築かれたもので、形式は同じである

先ず1番目ですが、ランナーの焼物は極一部を除き、大半が焼成温度・1200℃以下の陶器で、日本の有田等のいわゆる伊万里焼のように、藍色に発色する絵付けをもつ染付磁器とは異なります。従って皿や盤の端を指で弾くと鈍い音で、磁器の金属音のそれと異なります。

2番目ですが、ランナー陶器の装飾は鉄絵で、日本でいうコバルト顔料を用いた染付(青花ともいう)は存在しません。鉄分を含んだ顔料を筆で、魚や草花を描いて焼成すると、顔料部分が黒褐色から褐色に発色して文様となります。このようにランナーで絵柄がついている陶器は全て鉄絵です。

3番目、釉薬は草木灰がベースで、これが焼き上がった陶器の表面を覆うガラス質を形成します。これに微量の鉄分(赤土)を含有させ、還元雰囲気で焼成すると青磁になり、酸化雰囲気で焼成すると麦色とか肌色に発色します。

4番目については、一言で言い表すには無理がありますが、ランナーの窯は全て穴窯です。穴窯といえば日本では須恵器を焼く窯で、山や丘の斜面に穴を穿って窯にするものです。これと同じ形式の窯がランナーの窯です。但しランナーでは地下式の穴窯はウィアン・カロンとパヤオに存在し、それ以外の窯場は形が同じながら半地下式や地上式の穴窯です。多少専門的になりますが、この穴窯を横焔式単室窯とかクロス・ドラフト・キルンと呼びます。その窯は焚口を備へ焼物を並べる焼成室は1室で、最後部に煙突を備える形式で、ランナー各地に共通で中世でも使われていました。

典型的な地下式穴窯:チェンマイ国立博物館前庭移設のワンヌア窯(ワンヌア現地から移設に当たり、地上に設置されていますが、本来地下に設置されていた穴窯です)

ランナー地域の窯と焼成陶磁の全体的な特徴を紹介しましたが、穴窯についてもう少し説明を加えたいと思います。この穴窯は原始的な形状であることを紹介してきました。では、この原始的な穴窯が北タイで自然発生的に築窯され、使われてきたのでしょうか。そこで種々調べてみると、確定的に述べることはできませんが、オーストラリアのアデレード大学教授であるドン・ハイン氏の論文によると、中国で紀元前に発生した穴窯が時代の経過とともに、安南(ベトナム)やラオス北部を経由しランナーにもたらされた可能性について言及しています。以上がランナー地域の窯と焼成陶磁の全体的な特徴です。

それではランナー陶磁はどこで消費されたのでしょうか。そのほとんどが、ランナー域内で消費され、域外への供給は皆無ではありませんが極少数でした。その理由は南のスコータイ王国に、スコータイ窯やシーサッチャナーライ窯が存在し、特にシーサッチャナーライ窯が強力なライバルで、タイ産輸出陶磁をほぼ独占していました。つまりランナー域内で使われていたことになりますが、中世のランナー社会は階級社会でした。チェンマイの南にウィアン・クムカームやウィアン・ターカンと呼ぶランナー王朝初期の遺跡があります。そこの発掘調査では、ランナー陶磁と共に中国・景徳鎮の青花磁器(日本では染付と呼ぶ)が出土します。

ウィアン・クムカーム出土の中国陶磁 チェンマイ国立博物館

この青花磁器は薄くて固い焼物です。見た目も綺麗で魅力のある焼物でした。これらの磁器は王家や貴族、あるいは役人などの身分の高い人たちが消費し、ランナーの焼物は庶民が使っていたと考えられます。

サンカンペーン陶磁器と古窯址

サンカンペーン郡オンタイ地区に窯址が散在し、合計80基以上の窯が在りました。サンカンペーン陶器の文様の特徴は、双魚文で全体の6割以上を占めています。双魚文は鉄絵の双魚文と、魚文の判子(ハンコ)を作り、それを成形した盤が半乾きの状態の時に、太極配置で判子押しをして器面に凹みをつけて双魚文(これを印花双魚文と呼ぶ)にした2通りが存在します。鉄絵双魚文盤の事例は冒頭紹介した通です。ここでは印花双魚文盤の事例を紹介します。

褐釉印花双魚文盤 町田市立博物館

中古来国では魚の卵は多産であり、転じて子孫や家門繁栄の意味となり吉祥文と呼びます。これが北タイに影響を与えたものと思われます。ここで鉄絵双魚文は青磁釉ないしは灰釉がかかり、印花双魚文は褐釉がかかる特徴を有し、その逆はありません。

サンカンペーン ワット・チェンセーン窯

古窯址ではワット・チェンセーン窯が、比較的原形を留めています。最近新しい覆屋ができ、四方から窯跡を眺めることができるようになりました。窯の全長は3m未満で、北タイでは最も小さな窯です。このような小さな窯で、翠色の綺麗な青磁を焼成できたことに驚きを感じます。青磁を焼くには窯への空気の流入量を制限して還元雰囲気で焼く必要があります。このような焼き方は、窯の圧力が高まるので気密を保つのが難しいのです。従って窯の天井部分が崩落し易く、窯址を訪ねると、天井が崩落しているのを見ることができます。

ウィアン・カロン陶磁器と古窯址

一般的にカロンと呼ばれる陶器は14世紀に出現し、その窯場は広い範囲に散在しています。多くはチェンライ県カロン副郡ですが、尾根を一つ越えたランパーン県ワンヌア郡にも在ります。従って窯群によって焼成陶器の特徴がことなり、窯の形式は同じながら地下式、半地下式、地上式とバラエティー豊かです。

先ず、陶磁器の特徴は5つありますが、紙数の関係から5つの内から鉄絵の特徴のみ紹介し、残りは別の機会に譲りたいと考えます。カロンで人気の絵柄は写真に示す、菊花のような花文と烏(カラス)が羽を広げたように見える鳥文です。

 カロン花卉文盤 バンコク大学付属東南アジア陶磁館

 

カロン鳥文盤 在日本K氏コレクション

鳥文盤はやや余白がありますが、花卉文盤には殆ど余白が無く、文様で埋め尽くされているのがカロン陶磁の特徴です。

            カロン メーヒェウサオケーオ窯

カロン郡トゥンマン村から東の尾根を越えると、ランパーン県ワンヌア郡となり、メーヒェウと呼ぶ小川の谷に至ります。その小川の東1.3kmのサオケーオ氏の果樹園の丘の斜面に穴窯がありました。果樹園で作業中の人に声をかけると、幸いにサオケーオ氏であり、窯址まで案内して頂きました。それが写真の窯です。それは特殊な窯で、2つの穴窯が接合していました。調査したサーヤン教授によると、それらは15-16世紀に築かれた窯で、大きな窯が下段に築窯され、その煙突が上段の小型の窯の燃焼室に繋がる特殊形状でした。

パヤオ陶磁器と古窯址

パヤオの陶器は実に多様ですが、そのなかで著名な陶器は、器の内側の壁(これを専門用語としてカベットと呼ぶ)に唐草文を描き、褐色の釉薬に覆われた盤が在ります。もう一つの特徴としてサンカンペーンの印花双魚文盤と区別がつきにくい褐色の盤が存在します。その区別の仕方を説明するには紙数が足りませんので、別の機会に譲りたいと思います。下の写真が代表的な2つの盤です。

パヤオ褐釉唐草文盤 バンコク大学付属東南アジア陶磁館

 

パヤオ褐釉印花双魚文盤 パヤオ・ジャオマーフーアン窯資料館

先ず、パヤオ唐草文盤ですが、パヤオやサンカンペーン陶器に用いる土(これを陶土と呼ぶ)は、いわゆる赤土で鉄分が多い土であり、これを焼くと黒ずんだ褐色を呈します。そこで白土を用いて化粧掛けします。その化粧土を掛けてすぐに、指先の爪ないしは箸のようなもので、表面を掻きとって唐草文様をつくり、鉄分を含有した釉薬をかけて焼成すると、写真のような陶器が焼き上がります。このような掻き取り文様がパヤオの特徴です。

更にサンカンペーンと同じように判子を使って魚文を表現した盤もパヤオの特徴の一つです。写真の盤はサンカンペーンと比較し、パヤオとの区別は容易に可能ですが、判断のしにくい非常によく似た盤が存在します。双方の盤を比較すると、魚の鰭の位置と数が異なり、それによって判断することになります。

パヤオ・ジャオマーフーアン窯

バンコク保険会社の献金により、立派な資料館が建てられ、窯址はその中で保存されています。窯は穴窯で、その形は北タイ共通のものです。

パーン陶磁器と古窯址

現在明らかになっているタイの古陶磁で、一番北に位置しているのがチェンラーイ県パーン郡の窯で焼かれた青磁を中心とする焼物です。パーンの青磁は、青磁にふさわしく翠色に発色し、シーサッチャナーライ青磁(日本では宋胡録という)に勝るとも劣らない魅力をもっています。そして特徴的でミャンマー陶磁に見るような星文様ないしは3弁の花卉文様を、専用の道具で刻んで(これを刻花文という)います。また魚が回遊する様を文様にした盤も、パーン陶磁の特徴の一つで、以下それを紹介します。

パーン青磁刻花四魚文盤 バンコク大学付属東南アジア陶磁館

写真の盤は、見込み中央(盤内面の中央)に先述の3弁の花弁を刻み、その外側に4匹の魚が右向きに回遊している大径の盤で、実に見事なものです。

パーン・サイカーオ窯

サイカーオ窯はラムヤイ畑のなかに、殆ど崩れた状態で残存していました。写真中央が煙突の跡です。

パーン・ポーンデーン窯 チェンマイ国立博物館移設窯址

パーン窯といえば、チェンマイ国立博物館前庭に移設展示されているポーンデーン窯が原形を保っています。みると北タイでは最も大型の窯で、全長は約10mの地上式穴窯で、年代は14-16世紀とされています。

この窯は北タイでは最も進化した窯で、よく観察すると窯壁が2重になっていることが分かります。これは青磁を焼成するには還元雰囲気で焼成する必要があり、窯の内圧が上昇し天井や窯壁が崩落するのを防止する役目と、気密向上のために施したものと考えられます。

 

                   <次回に続く>

 


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