646『自然と人間の歴史・世界篇』1970年のソビエト連邦の動態
第二次世界大戦後の1950年代までは、ソビエト連邦の社会主義は、ソ連国民の生活改善にかなり役立っていたものと思われる。それが、1970年代に入ると、かなり様子が違ってくる。その頃のソ連経済の模様を伝えるべく、経済学者の二瓶剛男氏の論考に、こうある。
「次に(ⅲ)によってソビエトの電子計算機の生産=設置状況をみると、宇宙ロケットにみられるような先端技術の高水準にもかかわらず、1971年現在、総台数でアメリカの6.5%。フランスに次ぐ世界第六位にとどまっており、人口100万人あたり台数では、先進資本主義国からいずれも大きく立ち後れ、スペイン・南ア共和国と同じ水準にある。
このことは、ソビエト社会主義が、一般的生産力水準の対米劣位のまま、「科学=技術革命」下の最新軍事力でアメリカと拮抗しなければならないという戦後段階の大枠を打破しようとしてまだしきれていない現状において、新鋭技術の軍事力に接しているところでは、社会主義の利点である集中的開発を活かしているのに対して、在来重化学工業ー一般生産力基盤と重なり合う分野では、まだ十分の余力に乏しく、その間に一定の落差が生じていることを示しているといえよう。
この落差は、急速にうずめる方向が政策目標としてとられてはいるが、その在来重化学工業ー一般的生産力基盤の低位は、さらにその基底としての個人副業を一定の重みでかかえこんだコルホーズに依拠する農業生産力の低位水準に規定されているのであって、これを克服するには、ソ連邦の如き気象・土地条件と農村定住様式をもつところでは、莫大な基本投資が必要とされる。
その点で、1965年のいわゆる「経済改革」によって、企業の「自主性」重視を中心として集中的計画化の従来の過度の集中を緩和する方向がとられてはいるものの、なお、かなりの集中的投資の必要が残っているものと思われる。そこで、最後に、従来検討してきた、60年代の重化学工業を中心とした蓄積=投資・拡大再生産のメカニズムの一端をみておくことにしよう。」(二瓶剛男「ソビエト社会主義経済の戦後段階ー重化学工業の展開を中心にー」:東京大学社会科学研究所編「現代社会主義、その多面的諸相」東京大学出版会、1977)
ここまで読み進めると、ソ連経済の停滞の根本原因は「集中的計画化」と、「その基底としての個人副業を一定の重みでかかえこんだコルホーズに依拠する農業生産力の低位水準」に集約される、と読める。このうち前者は、経済運営を司る、縦割りの官僚組織とこれに圧力をかける軍部を内在していたところが特徴的だ。一方農業は、世界有数の厳しい自然と向かい合わねばならぬことがあり、農業生産力の向上にはその壁をどうにかしてを克服していくことが求められたに違いない。
(続く)
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