豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

川本三郎(講演会)「永井荷風を読む楽しみ」

2024年07月14日 | 本と雑誌
 
 きょう(7月13日、土曜)午後2時から(4時半まで)、川本三郎さんの講演会「荷風を読む楽しみ」を聞きに行ってきた。
 場所は武蔵境駅前にある武蔵野市スイングホール11階、レインボーサロン。「本を楽しもう会」という団体の主催で、同会に携わっている中学高校時代の旧友から誘われて出かけてきた。
 東京の気温は30℃くらい、酷暑というほどではなく雨も降らなかったので助かった。参加者は100人から150人くらいだろうか、男性の老人が多かったが、女性も結構いた。荷風ファンというより川本ファンなのではないか。

 川本さんの著書は「朝日のようにさわやかに」「『同時代』を生きる気分」から「シネマ裏通り」「町を歩いて映画の中へ」などかなり読んだが、「雑!エンタテイメント」「走れ!ナフタリン少年」で川本はもう卒業という気分になって、その後は「向田邦子と昭和の東京」「郊外の文学誌」を読んだだけだった。
 しかし、今回の講演会に誘われたので、予習しておこうとまずはテーマの永井荷風「断腸亭日乗」を「摘録」で読んだ(岩波文庫)。そして、荷風に関する川本の最近の著作「荷風好日」「荷風語録」「老いの荷風」など数冊を図書館で借りてきて読んだ。「荷風と東京ーー私註『断腸亭日乗』」(都市出版)は古書店で購入したがまだ読んでいない。
 そんな川本さんご本人にお会いするのは今日が初めて。作家の講演会に参加するというのもおそらく初めての経験ではないかと思う。それこそ一期一会と思って出かけてきた。

 最寄駅である中央線武蔵境駅の変貌ぶりに驚いた。
 下の息子がICUに通っていたので何度か近くをクルマで通ったことはあったが、電車で武蔵境駅に降り立つのは久しぶり。 
 ぼくが高校生だった1960年代半ば頃の中央線は地面を走っていて、駅の南側には日本獣医畜産大学の馬場(?)が見えていた。駅の一番南側には西武是政線(現在の西武多摩川線)のホームがあり、是政線の沿線にはアメリカン・スクールがあったので、武蔵境から中央線に乗りかえてくる生徒がいた。当時三鷹市在住だったジュディ・オングに会えるのではないかと、放課後にホームのベンチで時間を過ごしたこともあった。
 ぼくの記憶の中の武蔵境駅ホームは小海線の岩村田駅くらい鄙びた駅だった。もちろんジュディ・オングに会えることもなかったし、そもそも彼女が是政のアメリカン・スクールに通っていたかどうかも定かではない。

   

 さて、今日の川本さんの講演だが、この7月15日だったかに荷風をこえて80歳になるという川本さんはやや声がくぐもっていて、耳が遠くなったぼくは時おり聞き取れなかった。
 話の内容は、これまでにすでに活字になった話題が多かったが、いくつか新鮮な視点も教えられた。
 例えば、荒川放水路は「運河」であること(シムノンの「メグレ警部」に出てくるベルギー国境の運河を思い出した。荒川放水路は運河なのに自然の川のように河原があるという)、山の手は「坂の文化」であるのに対して下町は「水の文化」であること(なるほど四ツ谷、世田谷など坂と谷が多い)、日本小説の理想の男性像には「英雄」と「世捨人」(西行、荷風など)の対抗があること、「ぼく」(僕)というのは勤王志士が使った言葉で、荷風は自分を一貫して「わたくし」と呼んだこと、など。
 「断腸亭」に登場する阿部雪子は、仙台出身、荷風のフランス語の弟子で、原節子のようなロングスカートに白いブラウス姿の写真を川本さんは見たこと、小津の「東京物語」で、荒川の土手で東山千栄子が孫たちに「あんたたちもお父さんのようにお医者さんになるのかい」と話す場面は永井の「断腸亭」を読んで小津がロケ地に決めたと小津の「全日記」に書いてあること、最近キネマ旬報の賞を受賞した映画(聞き取れなかった)にも同じ荒川が登場すること、など。
 最大の収穫は、荷風のお通夜の折の福田とよさん(荷風宅の通いのお手伝いさん)の写真を見ることができたこと。「毎日グラフ」1959年5月17日号に載った写真だそうで、両手で顔を覆って泣く割烹着の彼女の後ろ姿が写っている(上の写真)。小津安二郎の映画の1シーンのようである。小津にしては少しアングルが高いけれど。
 活字にしにくい荷風の周辺の人物の話題もあった。荷風は人間と人間の関係には興味がなく、人間と風景(特に東京の下町の風景)の関係だけを書いたという川本さんの解釈を伺ったが、川本さんご自身は、風景だけでなく人間関係にも関心がおありのようだった。

   *   *   *

 ところで、先日(2024年7月9日)の東京新聞夕刊に、永井荷風「断腸亭日乗」の完全版が岩波文庫から出るという記事が載っていた(下の写真)。全9巻で、この7月12日に第1巻が発売される。岩波書店版「荷風全集」の「日乗」を原本として、これに補注と解説がつくという。

  

 「摘録・断腸亭日乗」(磯田光一編、岩波文庫)では省略された個所に何が書いてあるのかが気になったので、少なくとも昭和以降の日記は完全版で読んでみようと思う。とくに荷風が天皇をどう考えていたのかを知りたい。新刊予告によると、伏字や切取・削除された個所を復元したとあるから、難波大助処刑の日などの伏字や削除の部分も復元されているのだろう。
 なお、文庫版第1巻の表紙カバーを見ると、大正期の書名の草稿は「断腸亭日記」となっているではないか。「日乗」という語がワードでは出てこないために苦労しているぼくとしては、なんで「日記」のままにしてくれなかったのかと恨めしい。

 2024年7月13日 記
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