豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

サンフランシスコ 断捨離の途上で(3)

2019年02月25日 | あれこれ

 断捨離の掘り出し物シリーズ(?)、第3回。はサンフランシスコ関係。

 と言っても、サンフランシスコに住んだことがあるわけでもない。
 1978年5月7日から、アメリカ西海岸に新婚旅行に出かけ、サンフランシスコに2泊しただけで、すっかり気に入ってしまった。
 まさに“I left my heart in San Francisco”♪ である。

 しかし、ここにアップするのは、その時のサンフランシスコの思い出ではない。

       

 1つはNHKラジオ英語会話の1988年8月号。

 サンフランシスコの日常生活で語られる言葉で英会話の勉強をしましょうという企画(だったようだ)。

 たとえば、サンフランシスコ名物のケーブルカーの運転手さんとの会話などが出てくる。
 ケーブルカーというと、車内のベルの鳴らし方のコンテストがあるなど、楽しげなイメージだが、会話の中の運転手さんは、ケーブルカー運転手の仕事を、“Only physical”なんて言っていた。
 確かに、ユニオン・スクエア前の終点では、運転手が主導でターン・テーブルを回して、車両の向きを変えていた。

 それでも、ケーブルカーの写真を見ると、深夜12時近くにセントフランシスの客室で聞いた、あのブレーキの軋む音を思い出す。



 2つ目は、森永製菓の何かの懸賞であったジェム・ストーン(“Gem Stone”)。

 何年ころの物かも不明だが、「アメリカ マーブルストーン、カリフォルニア山中に産し、別名・更紗碧玉 幼馴染との再会を約束する意思といわれます」と説明がある。
 裏面には、「世界の珍しい石 美しい石 幸運な石 ジェム・ストーン」という見出しに続けて、「ご応募ありがとうございました 多数のご希望者の中から あなたにはこの貴石をお届けします ・・・」云々と記されている。

 今のところ、幼馴染に出会えていないから、これからの余生のどこかで、誰か世田谷の赤堤小学校の同級生にでも会えるのだろうか。

         

 サンフランシスコゆかりのものと言うには語弊があるが、ケースにゴールデン・ゲート ブリッジの写真が載っているので、許して下さい。


 2019/2/25 記 

 

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