ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

破壊・逃走・Facebook

2011年12月08日 | 思考法・発想法
人間の破壊願望の究極の形は2つあって、世界のすべてを破壊したいと考えることと己自身を破壊したいと考えること、つまり自殺願望だ。これらは対極の存在のように思えるかもしれない。「世界のすべてを破壊したい」と考えることは自分自身だけが生き残ることを前提としている。気に食わない他者を排除するその思考はある意味、「征服欲」と同根のものかもしれない。その一方で「自殺」というものは他者に対する攻撃性は乏しく、どちらかと言うと他者からの「逃避」と考えられがちだ。

この対極に存在する破壊願望も、実は両方を満たす方法がないわけではない。「トム・ソーヤ」や「ハックルベリーの冒険」を描いたマーク・トウェインは「人間とは何か」「不思議な少年の中」で全ての世界は人間の思惟が産み出した想像でしかないとしている。初めから他者など存在せず、すべては自身の想像の産物でしかないと。もしそうだとしたら、自らの命を絶つという行為は、自身を破壊するだけではなく、同時に世界そのものをも破壊する行為となる。

マーク・トウェインのようなペシミスティックな考えに囚われたものだけでなく、様々な形で表れる。「神様は孤独でした」という言葉を残した「まことちゃん」のラストも同様な心性が感じられるし、兄弟が多かったり専業主婦の母親が家に常にいるような家庭であればともかく、一人っ子だと自分の意識が世界をつくりだしているという感覚は少なからずあるだろう。

あるいは北野武の「ソナチネ」に見られるように、破壊願望は人間の根底に横たわる「呪われた部分」なのかもしれない。

そこまでのものでなくとも全てをリセットしようかという衝動は常にある。特にそれはFacebookをやっていると思う。

以前もFacebookの持つ窮屈さについては書いたけれど、やはりこの空間はある種の偏りに満ちているのだと思う。

この空間はリアルな世界との延長に存在する。僕の発言は僕の友達や同僚や上司や家族や恋人やあるいは仕事上の付き合いのある人の衆目監視の下にさらされる。そこではリアルな世界に存在する多様な関係性・コミュニティーの下でのアイデンティティの多様性さえも否定される。別に赤提灯で管を巻くサラリーマンを肯定するわけではないけれど、上司や部下の前ではポジティブに振る舞うことと気の置けない同僚と飲みに行くのが同じ態度ということはないだろう。その場で求められる役割が違えば立ち振る舞いも変わるものだ。

しかしどうだろうFacebookの持つ世界では誰もが「見られること」を意識する。そしてそうした内的な「眼差し」が自らの発言を抑制する。Facebookとは「建て前」社会のためのツールでもあるのだ。

だからこそ、例えばソーシャルメディアを使い分ける人も出てくる。リアルな世界との結びつきの強いFacebookではそれにあった関係性を維持し、匿名性が維持されるBLOGやその瞬間瞬間で感じたことを呟けるTwitterでは本当に親しい人間のみで「素」をさらす。そうやって現実の関係性と複数のアイデンティティとのバランスをとる。

しかしそもそもそうしたFacebook上での「つながり」を見ていると、もちろんその楽しさも知った上で、ソーシャルグラフが作り出している関係性そのものをリセットしたいという欲求に駆られてしまう。それはその関係性そのものが自身に絡みついている「制約」であったり、「限界」であったりを見てしまうからだ。


 私の電脳がアクセス出来る膨大な情報やネットの広がり、
 それら全てが私の一部であり、「私」という意識そのものを生み出し
 そして、同時に私をある限界に 制約し続ける...
 (「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」より)


リアルな世界は置いておいても、Facebook上のソーシャルグラフをリセットしようとするならば、アカウントの削除をすればいい。まぁ、そこまでしなくともログインをせず、投稿もしなければ、やがて緩やかにその存在は忘れられていく。少なくともFacebook上では。

うん、なんともまとまりのない文章になってしまったのだけれど、Facebookを使っていると一方で可能性を広げるツールではあるのだろうけれど、その一方では僕らを固定化させ、何らかの限界に押し込めるツールのような気がしてならない。そしてそうしたモノから逃れようとするならば、この関係性を「破壊」しなければならないのだろう。


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1 コメント

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Unknown (誤答智彦)
2012-07-07 22:17:21
はじめて、このブログを読ませていただきました。
ここまで具体的に言葉として固まってはいませんでしたが、私の社会的自傷願望(影響の大小をよく吟味した上でワザと下手を打つ)とあいまって、おっしゃりたいことがよく、わかりました。
 書き留めるというよりある意味吐き捨てた、このコラム、私のフェイスブックで人を選んで共有させてもらいます。
 その他のコラム、楽しみに読ませてもらいます。
 こんなに読み応えのあるブログは、はじめてなもので。
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