ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

【書評】ペンギンが空を飛んだ日―IC乗車券・Suicaが変えたライフスタイル

2013年09月16日 | 読書
Suicaの生みの親ともいえる元JR東日本の椎橋章夫が書いた、Suica誕生から全国の交通系ICカードの相互利用までの苦労などをまとめた一冊。Suica導入までの苦労やSuicaの仕組みの概要が網羅的に書かれている。


ペンギンが空を飛んだ日―IC乗車券・Suicaが変えたライフスタイル / 椎橋章夫

【内容】

第1章 一枚のカードが変えた鉄道の世界
第2章 技術開発の時代―ICカード黎明期の苦闘
第3章 ビジネスモデル構築の時代―130億円を回収せよ!
第4章 Suica導入の時代 その1―混成部隊のチームワーク力が真価を発揮
第5章 Suica導入の時代 その2―Suicaが鉄道の新しい扉を開けた日
第6章 Suica育成の時代―Suica大ヒット。次の戦略が動き出す
第7章 拡大展開の時代―Suicaが変える駅ナカ・街ナカ
第8章 IC時代の陥穽と教訓
第9章 世界最大のIC乗車券ネットワークが完成した!
第10章 Suicaという“ものづくり”への思い

【レビュー】

以前、電子マネーとポイント制について調べていたことがあって、そういった意味でも、Suicaの技術やビジネスモデルについて興味があったんだけど、内容的にはSuicaそのものを深く分析したというよりは、生みの親・椎橋章夫さんの回顧録的な意味合いが強い。深く知りたい人にはお薦めはしないけれど、Suicaについて網羅的に知りたいという人にはいいのかもしれない。

以前、電子マネーは先行したEdyとそれを追うSuica、新興勢力としてあらわれたnanacoなどの流通系という図式だったのだけれど、加盟店の面的な拡大という点ではかなり先行していたEdyが結局、赤字から脱却できず、Sonyから楽天に売却され、現在では流通系の中でも後発のWAONがもっとも流通額が多くなっている(はずだ)。

Edyの開発陣の中にはどうしてもJR東日本と組みたかった人もいたらしいが、それは真っ当なこと。利用者の獲得や加盟店開拓、膨大な設備投資を、数%の決済手数料で回収するというのはかなりハードルが高い。しかしJRのような交通系であれば、そもそもの切符や定期の置き換えとして考えれば、鉄道事業を営む上での必要な投資となる(この辺りは本書のくだりでも書かれている)。しかも毎日の鉄道利用者が潜在的な利用者となりえ、便利であればほっといても使ってくれるのだ。

結果、SuicaやPASMOの利用者は一気に増えた。また駅ナカというドル箱をうまく使うことで、電子マネーとしての利用も伸びていく。実際、都内で働く人であれば、SuicaやPASMOを持っている人がほとんどだろう。

ではそのSuicaが何故、WAONに負けたのか。

1つは流通系の電子マネーは自社の囲い込みの一環だということ。流通業は競争が激しい。同じ商品を販売しているのならば、お客は当然安い店を選ぶだろう。自分たちの電子マネーを持っていてくれれば、そのお客さんは自分たちの店舗に来てくれる。他と競争するために単純に値引きをすれば、そこで値引きした金額が次に自分たちの店で使われるかはわからない。しかしポイントを付与し実質的に値引きをしながらも、次回からも自分の店で買い物をしてくれるならばその方がいい。だからこそ、販促策としてポイントを付与する。主婦はそのポイント目当てに買い物にくる。

しかしそうした厳しい競争のない「鉄道事業者」ではそうはいかない。あくまで切符の代替がスタートであり、キセルの防止や販売員の人件費を減らせるというコストカットの手段だと考える。

当然、電子マネーの拡販への力の入れ具合も違ってくる。

また流通系では電子マネーにしろ、ポイントにしろ管理の仕方はそう複雑ではない。チャージをすればオサイフにプラス、何かを買えばその金額をマイナス。しかし鉄道の運賃計算は複雑だ。いろいろなパターンがあり、それを0.2秒という通過に影響のない範囲で処理をしなければならない。それこそがSuica開発の大きな課題であったわけだけれど、それをこと(鉄道の入出退改札システムではなく)電子マネーとしてだけ考えれば、非常に重たいシステムとなる。システム投資も莫大なら維持管理する費用も馬鹿にならない。

ましてや流通系のように自社だけで閉じたモデルではない。駅ナカ・エキソトの店舗で使ってもらうとなれば、それだけの信頼性・安全性が必要だ。結果、決済端末自体のコストも馬鹿にならないし、何か新しい施策を打とうと思っても、安全性・信頼性の観点からシステムの対応は遅くなりがちだ。

社会インフラとしての電子マネーを考えるのであれば、特定の企業の囲い込み策としての電子マネーよりも、交通系の方が適している。しかし加盟店からすればそれはそれ、どうそれが商売に結び付くかの方が大事だろう。

そう考えると「交通系電子マネー」の限界も自ずと見えてくる。

単純に貨幣からの代替手段としての「電子マネー」は、利用者にとっては小銭がいらず便利かもしれないが、加盟店からは手数料を取られる分、損な仕組みとなる。電子マネー普及当初であれば、「電子マネー」対応というだけで利用者への訴求力があったのかもしれないが、これからはポイントや利用履歴をどう組み合わせて、どのように店舗へ利用者を導くかが問われる時代となった。

果たして交通系電子マネーはこうしたO2O(Online to Offline)の時代に対応できるのだろうか。そうした答えはここには書かれていない。


ペンギンが空を飛んだ日―IC乗車券・Suicaが変えたライフスタイル / 椎橋章夫










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