Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

DAS RHEINGOLD (Sat Mtn, Mar 28, 2009)

2009-03-28 | メトロポリタン・オペラ
今シーズンのメトのリング・サイクルについて、
3つのうち、どのサイクルをとるか、大いに頭を悩ませたという話は前回の記事に書いたとおりで、
ブリューワーとモリスのために、ドミンゴとパペをあきらめたというのに、
その片翼のブリューワーをへし折られてすっかりへこんでおりますが、
それでも日は昇り、日は沈む、で、私のリング・サイクル(サイクル1)の初日がやってきました。

1987年に初演されて以来、NYローカルの熱血なワグネリアン・ヘッズたちにも愛され、
リング・サイクル、個別上演を含み、20年以上の長きに渡って
メトで上演され続けて来たオットー・シェンクのプロダクションですが、
今年のリング・サイクルの上演を最後に幕引きすることが決定されており、
新しいリングの演出は、今シーズンの『ファウストの劫罰』の演出家であった、
ロバート・ルパージ(ロベール・ルパージュ)が手がけることになっています。

あらゆる場所で自分の手形足形をつけないと気がすまない、
メトの某支配人(たった一人なので誰かは丸わかりですけど。)によって、
数々のプロダクションが、”古臭い!”という名目のもと、新しいものに取り替えられていく中で、
”なんで、こんな素晴らしいプロダクションまで引き摺り落とす?!”と、
ローカルのオペラヘッドに非難を浴びているいくつかの演出の中でも、
最も惜しむ声が多いのが、このシェンクのリングで、今回は、歌手や演奏以前に、
この演出の最後を目に焼き付けたくて、リング・サイクルのチケットを購入した観客も多いはずです。

『ニーベルングの指環』(の指環をとって、俗に”リング”と言われる)の第一日目にあたる、
序夜、といっても、今日はマチネなので、序昼ですが、に上演されるのが、
今日の『ラインの黄金』で、冒頭の音楽は、世界の誕生を表現している部分なので、
無音の状態から始まる、ということで、観客は指揮者が登場しても拍手をしないのが通例なのですが、
『ラインの黄金』の個別上演として(なので、サイクルの日程には入っていない)
一足早く舞台にのった水曜日の公演をシリウスで聴いた時には、
なぜだか、開演時に観客から拍手が沸きあがり、何でそんなことに、、?と、びっくりしましたが、
今日の公演では、劇場の照明が落ち、ピットも真っ暗になった後、
レヴァインがどんな目ざとい観客にも見つからないように、
おそらく内壁にはりつくようにして慎重に、オケピに入ったのでしょう、
観客から拍手が出る隙をあたえず、無事に無音状態から音楽を始めることが出来ました。

しかし、ものの数秒したところで、妙な音が聴こえるな、
こんな音、オケの楽器からしないはずなのにな、と思っていたら、段々大きくなる
ぴりりりり、ぴりりりり、、という音。携帯だーーーーーっ!!!
切っとけ、こらああああーーーーっ!!
私の隣に座ってたら、持ち主の首の骨は今頃へし折れてますね、間違いなく。
しかし、道端でもどこでもかしこでも、馬鹿みたいに携帯の画面ばかりチェックしている人々が多い
この現代を象徴するかのように、原始は携帯電話と共に始まった・・、とでも言っているかのようなシュールな幕開け。
現代的なリングのスタートといえば、そうともいえます。

幸か不幸か、今日のこの演目のラストの部分にあたる、ヴァルハラ城への入城のシーンは、
つい先だって行われた125周年記念ガラのトリ演目になっていて、
しかも、ルネ・パペがそのガラをキャンセルしたせいで、ヴォータン役をモリスが歌うことになったために、
ヴォータン、フリッカ、ローゲ、フロー、そしてラインの乙女たち、と、
登場人物がこのサイクル1のキャストとまったく同じだったのですが、
モリスの歌は冴えないわ、他の歌手はぴんと来ないわ、で、これを全幕で観るのか、、と、
ちょっと恐ろしくなっていて、しかも、シリウスで聴いた水曜の公演も、
イマイチな出来だったので、今日は覚悟を決めていたのですが、
結論から言うと、歌唱陣は、ガラとも水曜とも比べ物にならないくらい高水準で、大変満足できるものでした。

世界の産声ともいえる、この作品の第一声を発するラインの乙女のソプラノ・パートを歌う
ヴォークリンデ役のオロペーザは、今年、『つばめ』のリゼット役で登場していたソプラノですが、
水曜日は緊張していたのか、伸びのない声で、全く魅力のない世界の誕生になってしまい、
ラジオで聴いている私もこけてしまいましたが、今日は開き直ったか、
思い切りのよい発声で、彼女の良さが出た歌唱でした。
若手のメゾの中では注目しているケイト・リンゼーも健闘していたと思います。

NYタイムズによると、今回のこのメトでの最後の公演のために、齢78にもなる
シェンク自らが実際に立ち会ってのリハーサルとなったらしく、
(通常は新演出以外、演出家自らが立ち会ってリハーサルを行うことは少なく、
舞台監督などがメモなどをもとに代行することが多い。
実演についての記事でいつもキャストとスタッフリストをつけていますが、
プロダクションとなっている部分ではオリジナルの演出家名、
ディレクションとなっている部分では、演出家に代わって舞台をまとめている人の名前になっています。)
そのNYタイムズの記事でトマシーニ氏も書いているとおり、
一幕目の生き生きとしたラインの乙女たちとアルベリヒの会話の部分は、
演技付けが非常に細かく、恐ろしい運命へと激流が流れていく(なんといっても、
ここでアルベリヒが黄金の指環の秘密を知ってしまったことが全ての始まりなのですから、、。)
前と後との対比が優れています。
全編非常に上手く考え抜かれたセットばかりのこのリングですが、
この最初の場面の、岩の上を水が流れていく様や、岩にあたった水によって、
泥と濁りができる様子とか(色の付いたスモークを使って表現)、
とにかくリアルで、すぐに観客の心を掴んでしまうのは、本当に心憎いばかりです。
積まれた岩を利用して、縦横無尽に動き回るキャストたちも、
(鈍重なことを乙女にからかわれるアルベリヒでさえ、岩を滑り台のように使って滑り降りたり、
演じる側は相当動き回っています。)
今回は太目の乙女は一人もおらず、三人とも若手の体型のすっきりした女性歌手だけあって、
ビジュアル的にも非常に説得力がありました。



アルベリヒ役を歌ったリチャード・ポール・フィンクは演技は達者なんですが、
少し歌唱がそちらに流れすぎるというのか、声に色付けをしようとし過ぎて、
声が、歌として聴くと汚く感じる個所があるのは、もう少しトーンダウンしてもいいかもしれません。
がはははは、と笑うさまは、あまり陰湿な邪悪さを感じさせない、
からっとしてわかりやすい、デパートの屋上のウルトラマン・ショーの怪獣役的演じ方ですが、
しかし、これはこれで直球的アプローチの中では悪くありません。声も大変良く通っていました。

今日、私個人的に喜ばしい驚きだったのは、神様姉妹二人のコンビの健闘で、
特にフリッカ役のイヴォンヌ・ネフは、ガラで聴いたときには全く注意をひかれなかったのですが、
今日、ソロで歌う部分をたくさん聴いて、その声量十分でありながら、かつフレキシビリティと繊細さのある歌声に、
下手な歌だと、わがまま金持ちマダムの嫌な部分を集めたようになってしまうこの役を、
(というか、『ワルキューレ』では、それどころですまない、徹底的に嫌な女になっていて、
二作の間に何があった?って感じなのですが、
まだこの『ラインの黄金』では、わがままな中にちょっぴり愛嬌があります。)
愛すべき、神の一員だけど人間らしい人(神)物像にすることに成功しており、見事でした。



もう一人はフライア役を歌ったウェンディ・ブリン・ハーマー。
2006年シーズン末のリンデマン・ヤング・アーティスト・デヴェロップメント・プログラムの
ワークショップで、大注目した彼女。
以降、メトの舞台の超端役でこつこつと経験と研鑽を積んできた彼女ですが、
それが一気に花開いた感があります。
というか、あのワークショップの時も声量があるなあ、と思いましたが、
こんなにあるとは思いませんでした。
今日の彼女はメトが崩れ落ちるかのようなすごい声です。オケがフルで鳴っていても、びくともしてません。
声量に関しては今日ほどボリュームをあげなくても十分聴こえますし、
かえって、彼女の場合はボリュームがあることが、歌が荒削りな印象につながる恐れもあるような気もします。
それでも、あのワークショップで聴いたときより、ずっと細部に注意の向いた歌唱が出来るようになっていて、
もちろん、まだまだ精進すべきところはあるでしょうが、聴いていてわくわくしました。
もともとものすごく綺麗な声をしていますし、この声量だと、正しくキャリアを積んでいけば、
ワーグナーの主役女子を歌える可能性を十分持った逸材です。将来が本当に楽しみです。

一方の男性陣。
巨人になるために、シークレット・ブーツを履いてがんばったセリグのファーゾルトと
トムリンソンのファーフナーは、似ているけど根本が違う(見た目だけではなくて、
求めているものも)というこの兄弟の相違性を上手く表現できていて、いいコンビです。
大上段な歌唱や声を披露する場面がほとんどない役ゆえに却って難しい部分もあると思うのですが、
役以上でも以下でもない歌唱で私は好感を持ちました。
最後の第四場で、指環をめぐって諍いが昂じ、ファーフナーがファーゾルトを撲殺するシーンは、
ファーフナーがファーゾルトを岩影のむこうに突き飛ばし、
観客にはファーゾルトの姿が(岩の影になって)見えないところを、
ファーフナーが棍棒でめった叩きにするので、その上下する棍棒とファーフナーの姿だけが見えるという、
全部見えないから余計に怖い、という、ヒッチコックばりの怖さ満点のシーンになっています。
このあたりもシェンクの腕が冴えてます。

ローゲ役を歌ったキム・ベグレーは器用に歌っていますし、声量も適度で、
演技も舞台を縦横無尽に動き回ったりして、がんばっているんですが、
なんでしょう、、、なんだかニューハーフみたいなローゲです、、。
ローゲの奸智のたけている部分を、
ニューハーフやドラッグクィーンの方にしばしば見られるために、
彼らのある種のステレオタイプともなっている、
”話し上手で頭の回転が速い”イメージと結びつけたのだとしたら、面白いアイディアだとは思うのですが、
彼が一フレーズ歌うたびに、その後に、”おほほほほ。”という笑いが続きそうな、
見た目はおっちゃんなのに、フェミニンな匂いのするローゲでした。
人によっては、ちょっと歌唱や演技が軽すぎる、と感じる人もいるかもしれませんが(私もややそう思う。)、
彼が今シーズンの『サロメ』で歌った全く個性のないヘロデ王と比べると、
こちらのローゲ役には少なくとも彼らしさがあります。



125周年記念ガラでの非常に声の衰えが目立つ歌を聴いて、リングではどんなことになってしまうのか?と、
かなり心配していたヴォータン役のモリスですが、
これでも125周年記念ガラの時よりはずっと良く、
長い間このヴォータン役を持ち役にしてきた思い入れの深さと、
今回のリングが、おそらくヴォータンを歌う最後になるであろうという特別の思いを
心の支えにして乗り切ったのだと思います。



ヴォータンは歌声と歌唱はもちろんなんですが、佇まいとか雰囲気とかいったものが
非常に大事で、その点、彼のヴォータンは(今では衰えてしまった歌声を除くとして)
体格も含めたそういったすべてが立っているだけで神様していて本当に素敵です。
というか、彼の後に続く人で、この役で太刀打ちできるのは誰でしょう?
背がちんちくりんで太った歌手とか、ぺらぺらおしゃべり好きで軽薄そうなタイプには、
どんなに声や歌唱がすぐれていても残念ながらオファーされる役ではないと思うし、
されてもそんなヴォータンに私は魅力を感じることが出来ません。
『オネーギン』のグレーミン役ですでにワブリングがひどかった、と書きましたが、
もちろん、それはもうこの先一層悪くなることすらあれ、消えてなくなるものではありませんし、
歌唱で現役バリバリの人と同じレベルで語ることはもうできない、とだけ言い添えておきます。
そのような障害のもとでは、思いどおりに感情を歌で表現することも容易ではないでしょう。
ただ、彼がこの役で舞台に立ったときに放つ華とか存在感、
それから役を作ってきた歴史は、そう簡単に消えるものではなく、
例えば、大蛇になったアルベリヒを見て、やるじゃないか、とばかりに、”はっはっは。”と
ヴォータンがブラヴォー出しの笑い声をあげる、そんな何気ない個所に、その重みを感じます。
こういう何気ないシーンに、人間が住まない、神や巨人や小人の世界の雰囲気をにじませてほしいのです。
(この『ラインの黄金』には、人間がまだ一人も登場していないことに注目です。)



第三場はアルベリヒが隠れ頭巾を被って姿を消したり、
大蛇になったり、ヒキガエルになったり、と、魔法シーンが炸裂で、
これを演出ではどのように見せてくれるのか、というのが楽しみの一つですが、
私はシェンクの演出の『ラインの黄金』では一場とこの三場が双璧で好きでして、
魔法のシーンも、まさにリブレットからイメージする通りのものがビジュアル化されていてわくわくします。
アルベリヒの変身した姿であるカエルがぴょろろろーんと舞台に飛び出して来て
(誰がどこでどうして操ってるんだか、、)、
恐れ多くも神様の長であるヴォータンに向かってローゲが
”ほら、カエルよ!(ニューハーフなローゲなだけに。)さあ、捕まえて!”と指示をとばすと、
かいがいしくカエルに網をかけるヴォータン=モリスの姿が泣けます。
もちろん、網の中のカエルがすぐにぼわん!とアルベリヒの姿に戻るシーンが続きます。

前後しますが、ミーメを歌ったシーゲルは堅実な歌唱と体を張った演技が特徴。
歌の方は、この憎めないキャラにしてはちょっと大人しい感じもしますが、
アルベリヒに殴られたり蹴られたりする場面はジャパン・アクション・クラブも真っ青の立ち回りぶり。
(アルベリヒ役のフィンクが実際にこんなに激しく暴力をふるっているわけはもちろんなく、
受ける側のミーメが吹っ飛んだり突っ伏したりという動作をオーバーに演じることによって、
フィンクがものすごい力で彼に乱暴を働いているような目の錯覚をおこすという、古典的な手法で、
この部分に関してはひとえにシーゲルのがんばりです。)



つい観ながらいろいろ考えさせられてしまうリングの中にあって、
唯一『ラインの黄金』は気楽に見ても楽しめる、いや、むしろ、気楽に見た方が楽しめる作品だと個人的には思い、
そのジェット・コースター的な部分は、キャストに穴がなくてこそ楽しめると思うのですが、
その意味では今日のキャストは全く悪くありませんでした。
しかし、唯一、しかし、それでいて決して小さくないミスキャストはエールダ役のジル・グローヴ。
母親的、大地的な智の女神である彼女がヴォータンに指環を手放すよう啓示を与える場面は、
当作品中でももっとも印象深くて幻想的なシーンであるうえ、
彼女とヴォータンの間に生まれた娘たちが、次作以降で大フューチャーされるブリュンヒルデを含む
ワルキューレたちなので、その伏線としても、短い登場時間でも、
力のある歌手を連れてきてほしいのですが、彼女は、、、。
発声の仕方が”歳をとってからの”淡谷のり子のようで、声そのものに魅力がないことこのうえないです。
キャストに大きな不満があるとすれば、唯一の人が彼女でした。

最後に指揮とオケのことを。
レヴァインについては、今シーズンは『ファウストの劫罰』など、いい演奏もあったのですが、
メト・オケの演奏会とか先述の125周年記念ガラなど、絶対にしめなければいけない演奏日、
昔なら絶対にしめていたであろう演奏日で、以前ほどのテンションが保たれなくなっているのは間違いありません。
この『ラインの黄金』(休憩なしで約2時間35分の演奏時間)のような演目もそうですが、
125周年記念ガラのような長丁場の演奏では、立っているのも辛そうなときがあって、
(実際『パルシファル』からの抜粋の時には指揮台にもたれるようにして演奏している場面があった。)
そんな状況では当たり前といえば当たり前なのですが、
作品を貫く緊張感のようなものが持続できなくなっています。
そのことは、全体の大きな構成感よりも局地的に勝負するような演奏になってきていることにも現れていて、
それは、スタジオ録音のような後で手直し自在なものと比べるのもなんですが、
1988年に録音された同作品(演奏はメト・オケ)と比べても感じます。

特に金管については、今日の演奏で、唯一奏者間の間にリズムの一体感、サウンドの統一感、
フレーズの確信感といったコンセンサスがとれているように聴こえたのはトロンボーンのセクションだけで、
彼らが演奏に加わっている部分は金管全体としてもまとまった音になっていましたが、
それ以外の部分については、ホルンの大事な場面での失奏(ヴァルハラ城への入城部分)もありましたが、
そんなことより、あちこちのセクションから感じられた、
一つ一つのフレーズにこうだ!といった確信が欠けているような、”迷い”のようなもの、
こちらの方が問題だと感じました。
一場の冒頭も、CDではまさに世界が生まれるといった感じで絶妙な感じで徐々に音が大きくなっていくのに対し、
今日の演奏ではのっけから音が大きく、最初からそんな大きい音にしてどうする!と、
私は頭の中で百回くらい駄目出ししました。
他では弦楽器の低音セクションは良かったと思いますが、
メト・オケはもっといい演奏が出来る力のあるオケだと思っているので、
オケの演奏という面に関しては、私は今日の出来には満足してません。
『ワルキューレ』以降に期待してます。

James Morris (Wotan)
Richard Paul Fink (Alberich)
Kim Begley (Loge)
Franz-Josef Selig (Fasolt)
John Tomlinson (Fafner)
Gerhard Siegel (Mime)
Yvonne Naef (Fricka)
Wendy Bryn Harmer (Freia)
Jill Grove (Erda)
Garrett Sorenson (Froh)
Charles Taylor (Donner)
Lisette Oropesa (Woglinde)
Kate Lindsey (Wellgunde)
Tamara Mumford (Flosshilde)
Conductor: James Levine
Production: Otto Schenk
Costume design: Rolf Langenfass
Lighting design: Gil Wechsler
Set and projection design: Gunther Schneider-Siemssen
Grand Tier B Odd
ON

*** ワーグナー ラインの黄金 Wagner Das Rheingold ***