愚痴

2016-11-03 23:01:52 | 戯言
このブログを始めた時に書いた。
できれば愚痴の集積場にはしたくないと。
でも、人に愚痴を言うくらいなら、ここに書いた方がいいのじゃないかと思う。
でも、どこでどんな風に愚痴を言っても、親友のMちゃんに言わないとすっきりしないのだ。
どうしてだろう?
私は、大切なMちゃんのことをゴミ箱にしているのだろうか?

元々私は人の愚痴を聞くのが嫌いではなかった。
私が聞くことで、その人の気分がすっきりするのならそれでいいじゃないかと思った。
それに、友達の愚痴はそうそう的外れなことを言っているわけじゃない。
共感できることも多かった。
愚痴は本音の入口だと思っていた。
だから、人に愚痴を言うのはその人をゴミ箱にすることという言葉にはなかなか納得がいかなかった。

でも、一度ゴミ箱だなと思ったことがある。
えりかさんという人は、心に闇を抱えていたのだけれど、
心理学を学んでいたので、自分が癒されるにはどうしたらいいのかということに知識を持っていた。
自分が癒されるには、人に話を聞いてもらうこと。
ただその相手に意見されてはいけない。
共感できないなら、ただ頷いて聞くだけでないといけない。
それは、心に闇を抱えている人との正しい接し方なのかもしれない。

でも、私にはそんな知識はなかったし、
私は、人が悩んでいればきちんとそのことについて考えて、何か言ってあげるのが友達だと思っていた。
それでえりかさんは私のことを疎ましく感じるようになったのだろう。
私もえりかさんの考え方・やり方にどうしても納得のいかないものを感じて、
当然のように衝突が起こった。
その後で、少しやり取りが回復した時に、私が「愚痴を聞くのが嫌なわけじゃないのだけれど…」と言うと、
えりかさんは待ってましたとばかりに私に愚痴メールを送ってきた。
ちょっと待ってよ!
私はその愚痴に何も言ってはいけないんでしょ?
それじゃ本当にゴミ箱だよ。

愚痴を言うと、意識がそこに集中するので、すっきりするどころか余計にその内容にわだかまってしまうのだと言う。
確かに愚痴を言った日は、そのことを考えてしまう。
でも、大抵は次の日にはすっきりして忘れる。
忘れるは言い過ぎかもしれないが、もうそのことにこだわらなくなる。
私の場合。
だから、愚痴を言うこと自体がそこまで悪いことだとは思えない。
溜め込んで心の中に澱ませてしまうよりいいのじゃないか?

愚痴をできるだけ言わないようにしてからは、
愚痴を言いたい時は、「これは愚痴ではない」と自分に言い聞かせて、
できるだけ事実だけを述べるようにしてきた。
でも、心の中では思っていた。
これって愚痴だよな?
でも、それでなかなかうまくやっていられた時期も長かった。
それが今はどうだ?
愚痴が言いたくて仕方ない。
情けない。
でも、言う相手がいない。
Mちゃんにもこれ以上できることなら言いたくないのだ。
でも会ったらきっと言ってしまう。
だからこちらからコンタクトをとることをためらってしまう。

うーん…。
それも本当はちょっと違う。
でも、今はきっと少しおとなしくしていた方がいいんじゃないか。
そんな風に思う。

コメントを投稿