倉野立人のブログです。

日々の思いを、訥々と。

新年早々…

2024-01-03 | 日記

「新たな年が明けたばかりだというのに…」

そう感じているのは、私だけではないハズです。

新たなる2024年を迎えて僅か2日…だというのに、私たちの元(もと)には 次々と災害や事故ニュースが飛び込んでくることになってしまっています。

 

よりによって 元日に発生することとなってしまった「令和6年能登半島地震」は、時間経過と共に その被害の大きさが明らかになってきています。

当初の報道から、それまで見えなかった被害…それも人的被害の様子が伝えられ、私たちは それらの報道に接する度に、胸が塞(ふさ)がる思いにさせられるところです。

 

 

 

 

被災した能登半島の市町村においては いわゆる古くからの家並みが多く、例えば大火となってしまった輪島市の朝市のある地区も、古い築年の建屋(木造)が遍在していたことが知られています。

それらに何らかの原因で火が回り 折からの風・そこに加えて地震による断水に伴う給水不足(=消火活動に支障)などの悪条件が重なり、結果 大規模な火災を引き起こすことになってしまいました。

 

 

 

 

また当地は 古くは加賀藩から続く歴史ある旧家が多く、それは古来の瓦積みの建築手法(土葺(どふ)き工法)からなる 屋根自体が重い構造となっており、しかして それは一度(ひとたび)地震に遭うと屋根ごと倒壊する災害の要因にもなってしまっています。

 

 

 

 

そこに暮らす住民には、また 年末年始に当地を訪れた人々には何の非も無いのに、大自然の 半ば気まぐれともいえる行為(災害)は、地域全体の人や物 そして「心」にも甚大な被害を及ぼすことになってしまっています。

 

一体なぜ このような災害が起きてしまったのでしょうか?

報道等による専門家の見解は「域内の地下で〝流体〟が移動したことが関与している可能性がある」とのことです。

当エリア(能登半島)においては、2018年ごろから地震の回数が増え 20年12月ごろから活動が活発になっていたようです。で、その(頻発していた)地震の要因とみられるのが「地下にある流体(それも「水」の可能性が大)だとのこと。

能登半島の深い所には水の豊富な領域があり、それが地下を上昇して活断層に入り込み、断層(プレート)を滑らせたり周辺の岩盤を押し広げたりして地震の要因になったのではないか、とのことです。

 

 

 

 

それらの学説を総合すると、そもそも当地は群発地震が発生しやすいエリアだということのようです。

しかし、人々は 現にここに住んでおり、そして これからも(ここに)住み続けることは当然のことであります。

今回の不測の地震災害を通じて、改めて地域の地勢・特性を知ったうえで それらに合った暮らし向きをしてゆかれることを願うばかりであります。

もとより、今はお正月の最中(さなか)…本来であれば 新たな年を祝い、一家また親戚が集(つど)って憩(いこ)いのひとときを過ごしているハズなのに こんなことになってしまった。

被災地の方々の嘆きとご心痛は 察するに余りあるところです。

 

 

かかる状況において、発災後は周辺自治体からも支援・救援の手が被災地に伸べられるようになっています。

長野県においても、いくつかの自治体が 給水車等の装備を派遣していることが伝えられています。

松本市は2日、石川県羽咋市(はくいし)に給水車1台・組み立て式給水タンクと給水袋300袋を載せたサポートカー1台・上水道課職員3人を派遣、飯田市も2日、羽咋市に給水車1台と水道課職員4人を派遣し、さらにドクターカー1台と飯田市立病院の医師ら計5人を七尾市の公立能登総合病院に派遣するとのこと。

また 佐久市(水道企業団)は2日、水3トンを積める給水車1台・組み立て式給水タンク・給水袋500袋・職員4名を富山県高岡市に派遣、さらに 小諸市も2日、富山県滑川市に約2千人分の水と食料・職員4人を派遣したそうです。

 

 

 

これ(災害派遣)について 長野市の状況(計画)を照会すると、他自治体への災害支援については 長野県内に支援のネットワークがあり、長野市については 市内でも断水などの被害が出ていることから そちらの対応に追われることとなり、そこで他県への支援は 先ずは被災の無かった地域(中南信)の自治体に先行していただき、長野市においては4日に出動するべく準備を進めているとのことです。

また、佐久市については 全国青年市長会の要請に・小諸市については 応援協定を結ぶ滑川市の要請に基づき(いわば別口で)出動したとのことです。

私の元(もと)にも一部の方から「長野市の対応は遅い」旨のご意見をいただいたところですが、決して手をこまねいているのではなく 本市の被災状況や 県下における取り決めに準じて対応しておりますので、私の立場でも誤解の無いようにお願いいたすところであります。

いずれにしても、今この瞬間にも 被災地で不自由な生活を余儀なくされておる方々がおられることは現実ですので、長野市においても遅滞なく支援活動が行なわれることを期するところであります。

 

 

また 別報で、羽田空港の滑走路上で 航空機同士が衝突・炎上する事故が発生したことが報じられ、驚きをもって(報を)聞かされました。

 

 

 

 

聞けば、滑走路に着陸した日航機が 同じ滑走路を離陸せんとした海上自衛隊の輸送機に〝追突〟する形で衝突したとのこと。

さらに聞けば〝追突〟された自衛隊機は、能登半島の被災地に支援物資を積んで 滑走路上にいたとのこと…何ということでありましょう。

(そんな不測中の不測の衝突事故でありましたが、航空機に搭乗していた乗客乗員については全員無事に脱出でき、このことについては その対応の適切さに賛辞が送られています。こればかりは 不幸中の幸い極まれり といったところです)

 

 

 

 

冒頭のとおり、年初まだ数日しか経過していないのです。

これは残念ながら「多難な2024年の幕開け」と言わざるを得ないところでありましょう。