草もち姫 徒然なるままに

日暮し、PCにむかひて心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

京都のおまけ

2018年04月24日 | 旅行

京都でぜひ行ってみたい場所がありました。「石清水八幡宮」と「伏見稲荷」です。

三條大橋から「石清水八幡宮」へは京阪電車で楽に着きました。「男山ロープウェイ」に乗り継いで結構あっさり到着。

    

      

展望台までの階段を頑張って上がり、竹細工の大きなトンボに感激!竹細工のスタッフさんの見事な作品も見られるし、展望台からの景色も気持ちいい!

    

    

思ったほど人も多くなくて爽やかです。

    

石清水八幡宮の凄さを先日の「ぶらぶら美術館」で見ていたので、ちょうどうまく時間もあったので「昇殿参拝」1,000円で申し込みました。

    

待ち時間にエジソンが電球を発明するときにここの竹を使ったとかという立派な「エジソンの碑」なども見ました。

私含めて4名の方が参加です。30分程度という事でしたが、終わったら結局1時間を超えていました(笑)

 

このお寺の由来もですが、織田信長、豊臣秀吉、秀頼、徳川家光が関わっていて、欄間彫刻は左甚五郎とそのお弟子さんの物だし、もちろん写メ厳禁ですが、良いもの沢山見られました。

織田信長の寄進した「金の雨どい」とか、肉球のある象さんの彫り物、「サイ」のつもりだけど実物を知らないで亀の甲羅が載っている彫刻とか、いやぁ楽しかった!

 

そのあと、欲張り全開で「伏見稲荷大社」にも寄りました。現在外国人に人気ナンバーワンという「千本鳥居」で有名なお稲荷さんです。

      

参道に入ったとたんに、インターナショナルカーニバルの様相で、なんか笑えてきてしまった。日本の若いお嬢さんやカップルもちゃんと着物着てるし。

まさか千本鳥居がこんなに長いとは知らず、結構頑張ったけど「景色は最高」という四つ辻までで断念しました(-_-;)

    

JR「稲荷」駅から京都まではあっという間でした。チケットの「京都市内」ってのも使えたし(笑)ジパング倶楽部も大いに満喫しました。

2日前から羽沢のフェデラー様と京都姫路ツアーで来ていた北上姫様と連絡を取っていて、ひょっとしたら京都駅で遭遇!も面白かったんだけど私はひかりしか乗れないのでちょっと前に出発となりニアミスでした。また時間があったらちゃんとフォローしたいけどとりあえずここまで書いておきます。

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東海道中膝OK? 「大津」→「京 三条大橋」

2018年04月24日 | 東海道53次

いよいよ京都三条大橋に向けた最後の道中となります。「長安寺」を過ぎると大きな国道沿いを歩くのでちょいと憂うつです。沢山水、お茶飲みながら歩きます。おー煉瓦のトンネル!萌え~

    

次は「逢坂山関跡」ですが、「逢坂山」と言えば?思い出すのが百人一首の「蝉丸」です。

平安前期の歌人で、盲目でありながら、大変な琵琶の名人であったともいわれていますが、「これやこの 行くも帰るも わかれては 知るも知らぬも あふ坂の関」はなんとなく覚えやすかも?

我が家の子供たちには最後まで百人一首は教えられなくて(-_-;)中学一年で帰国して日本の中学に入ったミート君が「お母、「ひゃくにんひとくび」って何?」と私を絶句させた(-_-;)

しかし、マニラ時代は我が子だけでなく、我が家に遊びに来る子供、ボランティアでやっていた日本語クラスに参加する子供たちに「BOZUーMEKURI」を普及させた覚えはあります。

やはり「姫」や「殿」よりも「坊主」のインパクトは大きくて(笑)「BOZU、BOZU」と大人気、だけど持ち札全部取り上げだよ!でこの蝉丸が出たら全員の札没収!!「ひゃ~」って楽しい!

ってのが私の蝉丸エピソードでした(お粗末)

閑話休題。

この場所の蝉丸の存在たるや、半端ないです。関大明神蝉丸宮と称される上社に、下社である関蝉丸神社、分社の蝉丸神社など、蝉丸を祀る三つの神社が存在しています。

そして「逢坂の関」も「大津絵の版元第一号店の後だったり、名物ウナギ屋さんがあったり、休憩所も完備しておりました。広重様の浮世絵もあります。

    

逢坂の関の他の歌もあります。清少納言の「夜をこめて 鳥の空音(そらね)は 謀(はか)るとも よに逢坂の 関は許(ゆる)さじ」と

三条右大臣の「名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな」  

「逢う」という響きで恋人や愛しい人に逢えるというイメージなんでしょうね。石碑あり、常夜燈あり、その存在感たるや想像以上でした。百聞は一見に如かず(笑)

    

さぁて、いかほど歩いたか?と歩数計を見たら、まさかの「0」なぜか「STOP」になっていた(笑)こんな事初めてだわ、最終日のおまけエピソードか!でここから再開10,000歩くらいな気がするけど?

    

「右京三條」とか「元祖走井餅本店」とか「大津算盤」もこの辺らしいけど、今となっては鉄道の線路と国道で風情もあったもんじゃないのは仕方ないかな。

    

広重様の東海道五十三次に、沸き出る走井と名物「走井餅」を商う茶屋が描かれている。この茶屋が現在の「月心寺」である。とのことです!ボロボロだがな(-_-;)

      

ほぉ、京都と宇治の分岐点なんだ!「追分」ってことですね。車石とは、牛車(荷役)用の轍を石に刻み敷設したもの。

    

分かりにくい旧道へのアプローチを分かり易く表示してくれてあって感謝、週末という事もあり結構東海道歩きと思しき人もたくさんおられます。

    

「山科地蔵徳林庵」の付近からは、京都の名所が立ち並び、いよいよといった雰囲気を感じます。いちいちお寺や神社の前で写メ撮らないようにする!

    

このまままっすぐ「三条大橋」を目指したらもう少し早く着きそうだけど、私がずーっと参考にさせていただいた「人力」さんのサイトを参考に「天智天皇陵」を目指したのですが、

    

な、なんとその雰囲気だけはあるけど、実際に「天智天皇陵」などには入れるはずもなく(-_-;)そのあたりはランニングコースなどにも整備されている場所でした。

      

「本圀寺(ほんこくじ)」というお寺はあるのですが、住居表示も「山科区御領なにがし」とあるのです。気になっていた「琵琶湖疎水」という表記があったり最近できたばかりのトイレにトイレットペーパーホルダーが無いとか、色々思うところがありました(笑)

    

「しかしかなり歩きました。次の「亀の水不動尊」前に「150 Years Old House」という古民家があったので休憩しました。松姫に戴いた「生フィナンシェ」甘くて美味しい!

    

見落としそうな参道を登って(-_-;)たどり着いた頂上?と思ったらなんと住宅街(@_@)そしてこんな不思議なお不動様(笑)この旅初めてのお賽銭弾み、ろうそくとお線香灯してきました。

「南禅寺」手前でもまたオマケの「つつじ鑑賞会」通り路なので寄ってみました。なぜか「京都水道局」の団扇を持って歩くことに(笑)「蹴上がりのつつじ」有名らしいです。

    

  

「南禅寺」界隈になると本当に京都観光客が溢れております。そして南禅寺の迫力、凄いです。ここもゆっくり来てみたい。

何の行列?と思ったら「ブルーボトルコーヒー」だった(-_-;)「ゆどうふ」が名物なんですね。今どきのお嬢さんたちの着物着て観光!流行っていますね。

    

真っ赤な鳥居の「平等院」をスルーして三條大橋目指します。せっかくなのでちょっと手前の「明智光秀首塚」に寄りました。「白川」に柳が抜群に似合います。京都っぽい(*^^)v

    

昨日テレビで紹介されていて2020年のNHK大河は長谷川博己さんで「明智光秀」らしいです。また滋賀県がブレイクしそうです。ここにも長谷川さん来たのかな?

さぁいよいよ三條大橋です。さすがに写真撮影お願いしました。と思ったらシンガポールからのカップル(笑)まぁいいか、ミート君やマリーナベイサンズの話にまで発展したけど(笑)

    

「東京から2年半かけて歩いてきた!」と自慢させていただきました。分かるかな?2018年4月21日12時12分完歩!(スタートは2016年2月11日でした)

    

「弥二さん喜多さん」の像の前で写真撮って、FBに上げて、LINEで広重ごっこの事をご存知の皆様に送りました。皆様から暖かいコメント戴き感激!

西から本目の「擬宝珠」にある「刀傷」を確認。そのまま「行きたい場所」に突進したので三條大橋周辺の観光はしてない(笑)

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東海道中膝OK? 「大津宿」

2018年04月24日 | 東海道53次

昨晩自転車で街を走ったり、今朝京都に向かって歩いていて不思議な感覚に陥りました。京都の町のような錯覚です。帰って「大津京」「近江京」をググったら

「飛鳥時代に天智天皇が近江国滋賀郡に営んだ都。天智天皇6年(667年)に飛鳥から近江に遷都した天智天皇はこの宮で正式に即位し、近江令や庚午年籍など律令制の基礎となる施策を実行。天皇崩後に朝廷の首班となった大友皇子(弘文天皇)は天武天皇元年(672年)の壬申の乱で大海人皇子に敗れたため、5年余りで廃都となった。」とあってなるほどと納得した。

つくしの姫様からもFBに「滋賀あっての都、京都ですよね!」とコメントを頂戴した。分かっている方にはそういう事なんだな(笑)って。

大津別院入母屋造(いりもやづくり)、本瓦葺の建物で昭和36年(1961)6月に重要文化財に指定された。そうですが、何をする場所だったのか?調べてみよう(笑)

    

  

札の辻:住居表示に「札ノ辻」とあるからそうなんだろうけど?幕府の法令を記した高札が建てられた四つ辻であったことに由来しており、旅人たちに、馬や人足を提供する大津宿の人馬会所もこの角にあったそうです。早朝入ってみたら読経の声が聞こえて藤がとても美しいお寺でした。

    

    

芍薬も牡丹も見事!自然の中のこの強烈なピンクはあまり日本の花らしくない気もしますが?昔からこうだったのかな?

    

「本陣跡」は労務局がある場所辺りでした。上関寺町から札の辻までの距離が八町(約872m)あったからとも、その間に八か町あったことによるとも言われている。

江戸時代の東海道にあたり、道の両側には多くの旅籠屋があったそうです。この道の広さはいつからなのか?路面電車が走っているのも素敵です。

    

    

さて、早朝の大津の駅前通りから旧東海道、貸し切り状態で歩きました。知事公館→県庁→「天孫神社」昨日自転車で走っておいて正解!

    

    

「京町通り」があるんですから「京都」と思ったけど「大津京」だな。ここでも「とらきち」という事は阪神ファンが多いのかな?

    

ここから京都に向かいますが「長安寺」までを大津宿にしようかな。ちょっと外れてるからどうしようかな?と迷ったけど、昨晩近江牛を美味しくいただいた私は行くべくして行った(笑)

地図で見ると山を迂回する感じでしたが、階段じゃなくて急坂利用で、朝なので上れた感じですが。思ったよりも早くたどり着きました。「犬塚」って初めて見た!

    

京阪の駅前のこんな坂をグーっと登ります。

    

この辺りでちょっと後悔したりして(笑)

    

「日本最古で最大の宝塔(牛塔)がある。その他にも、「埋もれ百体地蔵」や「小野小町供養塔」などがありました。

      

 当時の旅人かわざわざここに寄ったかどうか?疑問ですがむしろ近江牛で儲けている大津の商人は通ったに違いありません(笑)

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東海道中膝OK? 番外「石山寺」と松姫と4年ぶりの再会

2018年04月24日 | お友達

「唐橋前」から京阪電車で1駅あっという間に「石山寺」駅に着きますが「参道」が長い(-_-;)約15分?平坦で景色もいいので我慢しよう(笑)

    

    

紫式部が「源氏物語」を書いたという「石山寺」程度の知識でしたが、いやいやそんなもんじゃないです。

とにかく歴史が、飛鳥時代ですから!江戸時代以降なんておまけみたいなもの(笑)そしてかなりの階段で大変(-_-;)

    

    

本堂は写真NGですが、紫式部のお人形が執筆している場所で、なんと!ロボットの「MURASAKI」ちゃんが解説をしております。2008年以降とか言っていたので知らない方もいるかも?

  

次回はボランティアの方と一緒にゆっくり廻ろう!せめて雰囲気だけでもとお抹茶セットを緋毛氈でゆっくりしました。お菓子は「走井餅」だそうです。

東海道も歩かなければいけないけど、かなりの暑い日で、今回初めてちょっとだけずるした(笑)

石山寺からちょうどバスが来たので飛び乗って、唐橋前から京阪電車に乗り換えて「瓦ヶ浜」まで乗りました。SUICA使えるので便利です。

    

一応旧東海道に戻って「若宮八幡」「篠津神社」によって膳所城跡に向かって歩きます。

    

    

「膳所」(ぜぜ)駅が大津の一つ手前の駅です。

    

琵琶湖に沿って歩いていくと「膳所城址」があります。気持ちの良い場所です。

    

松姫との待ち合わせは4時に「膳所城跡」にしたのだけど予定より早くついてしまったので電話して「西武ショッピングセンター」で待ち合わせに変更した。

道を尋ねたマダムが「私も一緒に」と琵琶湖沿いのウォーキングロードを歩いて下さり、近江や琵琶湖について沢山語ってくださいました。芝桜が美しい! 

          

先日再会したつくし野の姫様が語っておられたように、やはり井上靖さんの「星と祭」や白洲正子さんに行きつくようです。たしかに、ちょっと覗いただけでもこんなサイトがある(@_@)

町田には「武相荘」という白洲正子さんの愛した場所があるけどめっちゃ近江が好きだったんですね。

私も最近滋賀県がマイブームなのだけど、比叡山のリベンジと共に湖北にも足を延ばしてみようかな。勿論車でです(笑)

さて4年ぶりに再会した「おもろい幼なじみ」は相変わらず田舎の母上と同居の義母様のお世話をしながらばぁばもこなし、大好きなショップジャパンと海外ドラマとバレーやオペラを楽しんでいる様子。再会した時に感激して彼女との経緯をブログに書いたけど、今回も破格に楽しい時間を過ごせました。「アフタヌーンティー」でパフェをご馳走していただきました。

    

「荷物になったらいかんでしょう?」という事で生のフィナンシェと可愛いレザーのストラップを用意していてくれた。私も先日行った歌舞伎座で多分一番小さなお土産(名前の判子)を買ってきたので、共通の幼なじみの安東氏の新作「総力捜査」と一緒に「うばがもち」を置いてきました。

東海道沿いの名所「義仲寺」は彼女の家の傍(笑)「平野神社は」お馴染み初詣スポットらしいです。帰り路だからと一緒に寄ってくれました。

    

南惣門跡、膳所神社、和田神社、石坐神社、北惣門跡、などが行けなかったけどまた来る予定なので今回は良いとしよう(笑)

「ホテルα1」にチェックインしてまだ陽が高かったのでホテルの無料レンタルサイクルを借りて街にでてみました。部屋の窓の目線に電車が見える部屋でした(笑)

   

明日の予習かねてと言いつつ「OKAKI」という店で「近江牛」の焼き肉とコロッケテイクアウトして最後の晩餐豪華にしちゃいました(*^^)v

    

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東海道中膝OK? 「草津」→「大津」

2018年04月24日 | 東海道53次

行程は草津駅→ 約5時間40分(14.0km)→ 大津駅ですが油断は禁物、いつもの調子でフラフラしているといつになるのか(-_-;)分からないのだけど、一刻も早く大津に着きたいには理由が。

4年前に35年ぶりに再会した大好きな幼なじみと会う予定!すごく楽しみです。

矢倉橋を渡ります。「矢倉立場」はこの辺です。ちょうど先日仁左衛門さまの「立場の太平治」見たばかりなのでちょっと嬉しい。(もちろん場所はここじゃないけど立場というのは宿場間の宿のこと)

    

「右やばせ道 これより二五丁 大津へ舟わたし」とあり、大津まで船を利用することもできたようです。野路町の史跡や鳥瞰図などもありました。

    

大通り沿いの「野路一里塚跡」はこれでもかってほど分かり易く表示されていて、ちょっとした休憩所にもなっていてほっと。朝食で少しかじったセブンイレブンの「ちぎりパン」とコーヒーで休憩。

このパンはよもちゃんの初めてできた彼氏「王子」の大好物で(笑)美味しいから私も好き!懐かしい思い出です。広重様の浮世絵も紹介されております。

          

この後、だいぶ悩んだけど、結局畑でお仕事中の方に確認して正解!やっぱり違う方に行こうとしていた、いつまでたっても方向音痴の旅人(笑)

天気もいいし、お花が次々に見られてちょっと感動です。たかがマンションの駐輪場なのに(笑)ボタンの大輪が見事です。

「野路の玉川跡」を通過。野路の地名はすでに平安時代末期にあり、「平家物語」をはじめ、多くの紀行文にもその名がある。十禅寺川と東海道が交わるあたりには、日本六玉川の一つとして古くから歌枕に詠まれた名勝があるそうです。読み方は「むたまがわ」また「 むたまがは」六か所の玉川(六玉川)を詠み込んだ歌詞による邦楽曲各種の正称または通称だが、もちろん川の名で、六か所にあるので,六玉川むたまがわと総称される。⦅歌枕⦆ちょっとはまってしまったかも(笑)近くに多摩川があるけど日本全国の玉川、、凄い!

もちろんここは「萩の玉川」と言われるわけですね。

①宮城県多賀城市を流れていた川。野田の玉川。 「陸奥みちのくの野田の-千鳥鳴くなり/新古今 冬」
②東京都を流れる多摩川。調布たつくりの玉川。 → 多摩川 「 -にさらす手作りさらさらに/万葉集 3373」
③滋賀県草津市老上町を流れる小川。野路の玉川。 「明日もこむ野路の-萩こえて/千載 秋上」
④京都府井手町を流れる川。井手の玉川。 「山ぶきの花の露そふ井手の-/新古今 春下」
⑤和歌山県高野山奥院大師廟畔の小川。高野の玉川。 「高野の奥の-の水/風雅 雑中」
⑥大阪府高槻市を流れる川。三島の玉川。 「卯の花咲ける-の里/後拾遺 夏」

    

「弁天池」を通過。藤棚がいい具合に満開です。

    

広いエンドウ畑。一応気になるのでチェック、この辺りも観光表示が分かり易くて助かります。

    

「月輪寺」を経て「一里山公園」に寄ってみましたが特に何もなく(-_-;)マダムたちが元気にゲートボールをされておりました。植物販売やトイレも完備。

「立場跡」や「一里塚」は大通り沿いにありました。

    

万葉集でおなじみの「大江の千里(おおえのちさと)」「月見れば千々(ちぢ)に物こそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど」の出身地なのかな?

東海道を下って京都に近づくにつれて分かってきたことがあります。

東京には江戸より前が無い(笑)近江京都にはそれ以前の歴史があるってことです。いやぁ実感ですよ。今更ですけど

「建部神社」は松姫からのお勧めもあって寄りましたが、さすがに近江の一之宮というだけあって、半端ない!なにやらお金のにおいも致します(笑)

    

発行枚数が少なく幻といわれた日本初の最高額(当時)1,000円札に日本武尊と建部大社の本殿が描かれていたそうです。看板も劇画調で今風です。外国人もたくさん来ています。

    

名古屋からの観光バスが6台駐車場にあって多分この方たちのための法話がマイクで流れており、時々笑いも取っています。

    

ってことで本殿前はこのVIP様がずーっとおられるので私は適当に観光して、湧き出ているというお水を汲んだりしてお暇しました。

さぁて、いよいよ日本三名橋・日本三古橋の一つ「瀬田の唐橋」を渡ります。素敵な場所です。空と琵琶湖の青さに恵まれて嬉しさひとしお(*^^)v

ここを渡り、さらに京阪石山駅を越えて大津に向かわないといけないのですが、乙女の憧れの「石山寺」がすぐそばなので寄り道決行することに。

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東海道中膝OK? 「草津宿」

2018年04月24日 | 東海道53次

今回のホテルは防音にやや難点があり(-_-;)まぁ良く寝たけど早く起きてしまったのでそのままお風呂に入って支度をして出かけました。ホテルは「いつまでも滞在したい」というタイプは厳禁(笑)

    

朝の「うばがもちや」をスタートしましたが、どうやら旧東海道周辺の道を工事中で、素晴らしい「草津川跡地公園de愛ひろば」が完成したばかりらしくかえって混乱しました(-_-;)

歴史と共に旅人を励ましてきた「追分道標」の常夜燈はかつての日本五街道の最幹線で、東海道と中仙道との分岐点にあります。なんとなく気持ちわかる(笑)旅人ですから。

    

4/29に「草津宿場祭」が盛大にあるらしく、元宝塚OGによる時代行列とか盛んに宣伝されていました。逆に探さなくても全部この通りに凝縮されているので楽だけど妙なつまらない感(笑)

しかし「浮世絵双六」ってのは面白い!広重様の著作権フリーどこまでも広がっておりますな(笑)

高札場跡・田中本陣跡・脇本陣の碑がある場所は草津市観光物産館になっていますがまだ空いていない時間です。古い酒蔵のドアが開いていたのでちょっとお邪魔してパンフレットもらってきました。

  

道路を渡ると「立木神社」(たちき)があります。旧追分道標が保存されていました。大きな神社です。

狛犬ではなく「鹿」でした。樹齢400年のご神木ウラジロガシがあったようですがさすがに新しいものになっていました。

          

ここから通学の自転車がビュンビュン走るほどの無い道で若干ウザい(-_-;)道を大津に向かいます。

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東海道中膝OK? 「石部」→「草津」

2018年04月24日 | 東海道53次

石部宿を出て手原駅方面に向かいます。手原駅手前に、国の指定重要文化財「和中散本舗」があります。ってのがずーっと気になっていました。

「家康が腹痛を起こした時、この薬を服用し快復したところから「和中散」と名付けた。道中薬として広く普及した。建物は小休本陣、シーボルトも立ち寄った。国の指定重要文化財となっている。」

「大角」一族の様で周り殆ど「大角」さんでした。

    

 この辺りも昔の屋号の看板などで東海道の雰囲気を出しています。

 手原駅を過ぎ、上鈎(かみまがり)池西側の公園に鈎(まがり)の陣跡の石碑が建っています。ばてるとお花に癒してもらう(笑)時間帯です。

  

    

「川辺」は「かわべ」じゃなくて「かわずら」って読むんだ(笑)目川池の近くに、「地蔵院」と「一里塚跡」「目川立場元伊勢屋跡」があります。

    

  

日が暮れてきました、どうしても行きたい「本家うばがもちや」(草津の名物)は午後7時までで閉店らしい。

    

ぎりぎりセーフです。しかし賞味期限が4/22までという事で小さな6個入りをとりあえず2個、今夜用にいちご大福と柏餅買っちゃった!

    

ホテル”HIBARI”はすぐそばなのでほっとしながら7-11で夕ご飯調達。ハンバーグが無いので「チーズドリア」風の物を買いました。

ここで事件です(@_@)歩数計を見たら、68,110歩!!!!ありえない(-_-;)「スマホ壊れたかも?」と思ったけど急に疲労感が出て歩行困難になる(笑)

再度、よーく見直したら15-21日分だった(笑)こんな表示は見たこと無かったので焦った(-_-;)で、結局本日は47,753歩

    

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東海道中膝OK? 「石部宿」

2018年04月24日 | 東海道53次

「東見附跡」→「吉姫神社」境内には南北朝時代作の木造狛犬や万病に効能あらたかな宮前の湧き水がある。らしいが入る余裕がない(-_-;)

    

「平松」という地名で少し山の方に入ると「うつくし松」があるようだったけど、予定よりだいぶ遅れそうなのでそのまま進みます。

    

 また無料のお休み処、バナナを食べてエネルギー補給しました。序にスマホの充電も。午後2時半過ぎでぼちぼち電池が(-_-;)

    

「高木陣屋跡」→「八島地蔵堂」

    

さすがに狸の置物の存在感半端ないです!「小島本陣跡」→「石部宿」の旗のあるお休み場所、トイレもあります。ミルクティーとラスク、三度笠でちょっと遊んでみる(笑)

    

    

「お半長左衛門」「安眠米倉庫」「石部城跡」「三大寺本陣跡」「西縄手跡」「田楽茶屋」「高札場跡」などと一緒に広重様の浮世絵のレリーフのある交差点!

「石部の一里塚跡」日本橋から116番目の一里塚→「西見附跡」 草津からの電車から見えていたあの印象的な形の山が見えてきました。「三上山(みかみやま)」通称「近江富士」だそうです。

    

最後にどっとまとめて紹介してくれるレリーフがありました。あと草津→大津→で京都です!

    

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東海道中膝OK? 「水口」→「石部」

2018年04月24日 | 東海道53次

水口宿を出て横田橋を目指し歩くと「泉の一里塚跡」があります。

   

大きな道路の向こうに「横田渡跡常夜燈」があります。広々としたスペースでトイレも東屋もあるので休憩です。持参したケチャップご飯のおにぎり。どこまでも主婦(笑)

    

    

 しかしこの後何も考えずに右方向に進み、なんか違う?と思って引き返すまでの30分強の時間を歩数を返せ!!って全部自分が悪いんですけど(-_-;)花は沢山あって楽しかったので良しとするか?

この看板を見落としたのが痛い。「三雲駅」はただ今改装中です。

    

常夜燈がやけに新しいですが、東海道整備の一環でしょうか。ありがたいことです。

  

しばらく歩き、「三雲城」の案内のある休憩場「猿飛佐助のふるさと」とのこと。トンネルの向こうに「弘法杉」が見えますがその手前です。

    

一説によれば弘法大師(空海)がこの地方を通過した時、二本の木を植えたとも、また弘法大師が食事をしたあと杉箸を差しておいたのが芽をだしたとの説がある様です。

    

    

さらに進むと、「夏見一里塚跡」と「夏見立場跡」があります。

    

なんとなく「石部宿」のにおいがしてきました(笑)

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東海道中膝OK? 「水口宿」

2018年04月24日 | 東海道53次

前回終わった「水口石橋」からのスタートです。今回もジパングクラブでチケットをゲット、5:09にすずかけ村を出ようと思ったら「東海道線人身事故」のニュース!スリル満点だな(-_-;)

  

朝一6:00新横浜発の「ひかり493号」は新横浜始発でホームに停まっていました。初めてのことですが余裕で進行方向左側をゲットしましたが、富士山霞んでおりました(-_-;)

  

昨日の残り物を持参して朝ごはん!主婦ですから(笑)

    

「米原」は止まらないので「名古屋」でひかり495号(広島行) に乗り換え、これも名古屋発でした。始発の列車っていいな。07:37-08:00

    

米原 [18分待ち]琵琶湖線新快速(姫路行) 08:18-08:51→草津 [6分待ち]草津線(柘植行)→08:57-09:28 ナ、ナント「SHINOBI TRAIN」が待っていました(*^^)v

→貴生川 (きぶがわ)→9:35発 近江鉄道近江本線[彦根行]7分→水口石橋9:42着。ここまでで相当旅行気分味わいました。

前回疲労困憊でほとんど記憶が怪しいけど、「東見付跡」「水口宿本陣跡」「問屋場跡」は通過して三差路のからくり時計まで来ていました。今回も「大岡寺」はちょっと外れているのでパスします。

  

「水口曳祭り」が4/19-20とあって期待していたのですが、お祭りの音が聞こえない(-_-;)ポスターはあるけど、どうやら19は夜だけの様です。

家康が宿泊したというだけで「家松」の称を送ったり葵の紋を使ったりしてる「大徳寺」の石垣が「小堀遠州」風らしいです。この小堀遠州さん、ちょいちょい登場しますが何者?

  

  

こうやって「宿題」みたいなものが見つかるのも広重ごっこの楽しみです。

山車蔵などを写真撮って町の観光案内所を除いて「宵宮だけなんですね。残念」と言ったら責任者らしい方が出てきてわざわざ山車をみせてくださったり解説をして下さいました<(_ _)>

 ひゃー恐縮、カセットテープで聞かせてくださったお囃子がこんなに京都よりなのに「コンチキチン」でなくて江戸の神田風(笑)参勤交代でミーハーな方が仕入れてきたようです。面白い!

  

水口城跡にもポケモンが出るんですかね(笑)水口城は三代将軍家光の上洛に先立ち、道中となる水口に専用の宿館として築かれたそうです。建物構成は京都二条城に共通し、数奇をこらしたものであった。とかですが天気が良くてお濠に映るお城や橋がいい感じです。

地元の酒蔵手前の「林口の一里塚跡」までで「水口宿」は終わり次は「石部」に向かいます。

    

  

辛うじて松の木が保護されていますが、どんどん減っていくんでしょうね。気になっております「エンドウ豆」もすくすく成長中、我が家のスイートピーも咲き出したのでちょっと嬉しい。

     

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