大黒さんの金魚鉢

黒金町の住人の独り言は“One”

One voice , one mission , one family

労働者自主福祉運動のすすめ(3)

2015年07月14日 | 労働者福祉

協同組合組織の歴史を学ぶときに必ず出てくるのが、イギリスで1844年にできた「ロッチデール先駆者組合」です。
しかしそれよりはるか前から我が国では庶民の助け合い制度としての仕組みがありました。
「頼母子講」や「無尽」がそれです。

「頼母子講」と「無尽」の違いはよくわかりませんが、地域によってその呼び名が異なるのかもしれません。
私が若かりし頃経験したのはこんな「無尽」でした。
3ヶ月に1回集まる10人のメンバーは掛金として一人1万円出します。
10万円集まりますので、クジを引いて当選者が総取りとなります。
当選者は次回以降クジは引けなくなり、全員が当選するまで掛金のみ払います。
それではつまらないので集会会場を参加メンバーの自宅持ち回りにして、酒と肴の持ち寄り宴会としました。
まあこれは相互扶助というより博奕と懇親会のようなものでしたけれども、いつしか無くなってしまいました。
本来は、このような仕組みを利用して困った人がお金の融通を受けたのだと思います。
この「頼母子講」や「無尽」はある意味、利息を取らない信用事業でした。

1787年に生まれた二宮尊徳のはじめた「報徳五常講」も、報徳思想にもとづく利息を取らない信用事業でした。
「五常」とは「仁・義・礼・智・信」という人間の日常の5つの心構えを意味します。
仁:思いやり、困った人にお金を貸すこと
義:借りたお金は約束通り返すこと
礼:返すにあたって礼金をつけること
智:借りたお金を有効に活用すること
信:相互に約束を守り合うこと
このルールの下で「五常講」は運営されました。
たとえば100万円を借りたとします。
「五常講」では毎年20万円ずつ返済すると5年で返済できますが、江戸時代の金貸しは一般的に年利20%をとっていましたから、毎年20万円ずつ返済しても元本は1円も減りません。
「五常講」のおかげで借金生活から抜け出せますので、お金を借りた人はもう1年20万円(「報徳冥加金」)をお礼として払います。
結局6年間で120万円返済したことになるので年利6.2%となり、立派に信用事業として成立していったわけです。
これが「労働金庫」のルーツでもあり、わが国最初の信用組合「掛川信用組合」が二宮尊徳の弟子の手により1892年任意事業として設立されました。
以後1900年の産業組合法制定までに全国で144もの信用組合が誕生していきます。